傷つけたくない。続編
「…どこか行くの?」
「舞美ちゃ…っ」
開けてすぐに舞美が立っていた。ドアノブへかけられるはずだった手が、愛理によって行き場を失い下ろされる。
「座って」
「……やだ。帰る」
「…なら家まで送ってくよ。もう夜だし」
「いい。一人で大丈夫だから」
「…愛理」
「こんな時間に来てごめん。また明日学校で―」
舞美と壁の間にある僅かな道を抜け廊下へ出る。
「…駄目だよ」
しかし低い声をきっかけに愛理は力強く部屋へ引き戻された。舞美はドアを背に愛理と向き合う。
少しの沈黙を経て、響いたのは舞美の声。
「昨日、ごめんね…」
「……」
「怪我、しなかった?」
「……」
愛理は顔を上げない。出さない声は意思を纏っていた。
そんな愛理に布の擦れる音が届く。床に落とされたものがパサっと小さく音をたてた。視界に入ったソレに急いで顔を上げると、舞美が上着だけでなく服を脱ぎ始めていた。
「まっ舞美ちゃん!?」
声量が抑えられずに大きくなってしまった。自分の声に驚いて口元を押さえる程だったにも関わらず、舞美の手は止まらない。慌てて服に掛けられた手を止める。
「待って!何してるの!?」
「何って、昨日こういうことしたかったんでしょ?」
「ッ違う…!
舞美ちゃん、私のことそういう風に思ってるの?」
「思ってない」
「じゃあなんでっ」
「愛理が何も聞いてくれないからだよ」
「今まで話してくれなかったのは舞美ちゃんじゃん!」
「だから、ちゃんと言わなきゃって思って」
「ならっ――」
急に声が詰まる。はっきり映っていた舞美の姿が形を変えてよく見えなくなっていく。
「…愛理」
「ッなら、なんで昨日追いかけて来てくれなかったの…?」
「…ごめん」
「なんで…。私のこと、嫌がる、の?」
「違うよ。愛理が嫌なんじゃないの」
「だって!昨日だけじゃない…っ ずっとだよ、手を繋ぐのだって、我慢してるの、分かるもんっ」
「……」
「…否定、してくれないんじゃん」
愛理の手は舞美から離れ、自身に伝う涙を拭った。
ぐすっ、と抑えられない音が漏れる。
「…、嫌なら嫌って言って。ずっと待ってたんだよ」
気持ちも分からずかわされ、あやふやに逃げられ濁される。それは時間と共に愛理の心を曇らせていった。
受け入れてくれたなら、それが一番の望みだ。
しかし、このままでいるくらいなら多くの涙を流すとしても、舞美の答えが欲しかった。
「まいみちゃん、なにもいってくれないし…っ」
「……」
「今だって、なにも言ってくれないっ 昨日と全然ちがうのになにも変わんない…。
わたし、もう、どうしたらいいのかわかんないよぉ」
「…あいり」
こぼれるのは、涙。
あふれるのは、本心。
それを止められず必死に拭い続ける姿に、無意識に舞美の手が伸びる。
あんなに求めていた温もり。愛理はそれを拒んだ。
「――」
弾かれた手に痛みが走る。そこでやっと舞美は手を伸ばしていたこと気がついた。
舞美は心臓が冷めていくのを感じる。
考える脳ではなく、根源の心臓が。
冥い穴ではなく真っ白に。
目の前にしゃがみ込む愛理に、
舞美は中心を塗り潰されていく。