傷つけたくない。続編
日が短くなったことを急に実感する秋の終わり。愛理は外灯に照らされた道を歩いていた。
暗い面持ちのまま足を止める。愛理が見上げた先には一際目立つ大きな家。
「…まいみちゃん…」
小さく呟いた言葉は闇に消えていく。
インターホンを鳴らす気はない。上着のポケットの中にある携帯で知らせる気もない。ただ、自身を飲み込もうとする不安に駆られてここに来てしまったのだ。
体育館での対峙から数ヵ月。早貴の舞美や愛理への接触はなく、それがどういう形の結果だとしても愛理の知ることではなかった。
しかし愛理を襲う不安は消えない。『行かないで』と想いを伝えたあの日、確かに舞美は愛理に応えた。抱きついた愛理を抱き締め返した。
今だってどこかへ行ってしまう訳でもなく、一緒に学校へ行き、休み時間も一緒に過ごし、可能な限り一緒に帰る。
なのに、なにもない。
それが愛理を曇らせる理由だった。
手を繋いだりすれば、身体は一瞬強張り笑顔が少し固くなる。
抱きつけば、触れているのかいないのかの分からない程の弱々しさで腕が回される。
始まりはどれも自分だ。それだけならまだいいと、愛理は思う。
それ以上になると舞美は逃げてしまうのだ。
顔を近づけただけで背けられ、そのまま違う方へ切り返される。あまりにも不自然な形も少なくなかった。
いい加減不安が苛立ちに変わったのが昨日――
『あ、愛理っ?』
壁を背にした舞美に抱きつく愛理。
声だけで焦っていると分かる。上擦っているし、間近に迫った愛理の肩に置かれた両手は『これ以上』を拒んでいるかのようだった。
『舞美ちゃん』
『なに…?』
『キス、したい』
『こ、ここで?』
ここでも何も、今いるのは舞美の部屋だ。それ以外でどこがあるというのか。
『…いいよ。じゃあ、どこならいいの?』
それでも妥協案をだしたのは、いくら不自然でも拒否されてると思いたくなかったから。しかし舞美から愛理の望む答えは出てこない。
『えっと…あの、ほら、……』
言葉に詰まる舞美に、愛理の我慢が溢れた。
肩に置かれた手を壁へ押し付ける。
『っ』
『どこでだっていいじゃんっ』
少し踵を浮かし、首を伸ばす。愛理の目が閉じる。
唇が触れる寸前、愛理に衝撃が走った。
『っ…痛、』
『――っあ、ご、ごめんっ』
一歩遅れて我にかえった舞美の目の前には愛理が床に落ちていた。舞美が愛理を突き飛ばしたのだ。明らかな拒絶が愛理を襲う。
『……っ』
『愛理、だいじょう―』
愛理を起こそうと膝を付いた舞美を無視して立ち上がると自身の荷物を片手にドアノブへ手を掛けた。
『あいり!』
愛しい人の声に反応して身体が止まる。僅かに首をまわし、舞美の姿を映す。膝を付いたまま、不安げに愛理を見上げていた。
泣きたいのは愛理なのに、舞美の目は今にも涙を溢しそうで。愛理はそのまま舞美の部屋を飛び出した。
――「……ハァ、」
来たときより深まった夜に吐いた息が白く映る。
たった1日。時間で言うならまだ24時間経っていないだろう。
それなのに、もうこの感覚には耐えていたくなかった。早貴の時は舞美を信じられたのに、今は舞美を信じる為の気持ちが見えない。『理由なく信じること』が羨ましいと思えてしまう程、信じたいのに何を信じたら良いのかわからなくなっていた。
再び溢れそうになる涙に下唇を噛み堪える。ここにいても変わらないと帰ろうとしたとき、
――ワンっ
聞き慣れた声が届いた。