傷つけたくない。
「ぃッ」
舞美の腕に痛みが走る。早貴の手が舞美の腕を締め付けていた。
「…なら、それ以上のことを私がこの子にする。それならどうする?」
「…なっきぃ…!」
「舞美ちゃんは私の隣にいるんだよ。誰かの隣なんて許さない」
選択させられているようで、選べるのは1つだけだった。
舞美は苦しげに顔を歪める。
一度飲んだ選択に、戻る道も逸れる道も見当たらなった。
やっと気づけたのに……
――ビュオッ――
風を切る音が聞こえて、何かが早貴の顔面スレスレを横切る。
――バアァン!!――
ソレは壁へと叩きつけられた。そして、重力に引かれ下へ落ちる。『ダンッダンッ』と落ち着きない音を起てるのは携帯に響かせたバスケットボールだった。
音が小さくなり転がるしかなくなった頃、やっと早貴が状況を把握し、ボールを投げた人物へ顔を向けた。
「ーーあんた、いい加減にしなよ」
先に発したのは栞菜。
「関係ないでしょ。さっきから口出さないでよ」
「関係ないなんてそっちの都合じゃん。こっちはしっかり関係者だよ」
「もも達がいるの、愛理が話してる間の足止めだけだと思ってるの?」
栞菜に続き桃子も会話に加わった。
「あたしは矢島センパイ程優しくないんだよ。愛理を傷つけたらあたしがあんたを許さない。今の、次は外さないよ」
栞菜の全面に表す怒りと、
「これ以上は目に余るよ。中島ちゃん」
言い表せない、桃子の薄い笑顔に潜む空気感。
舞美から切り離された早貴は恐怖や戸惑いから苛立ちを隠せない。
「私と、その子と、何が違うのよ…。舞美ちゃんに隣に居てほしいって考えは同じじゃない!」
「はあ?どの口が愛理と同じだって?」
呆れて笑いさえ出てしまった栞菜が一歩早貴に近づく。明らかに栞菜の反感を買っていた。
怯んだ早貴は少しずつ後退する。
「舞美があなたとは『行けない』って言ったの」
桃子の言葉に栞菜の足が止まる。早貴の目が栞菜から桃子へ変わった。
「傷つけたくない。ってずっと考えてたんだよ、愛理のこと。
問う先はあなたと愛理の違いじゃない。舞美が、愛理を選んだ。それだけだよ」
落ち着いた声に、早貴から焦燥感が薄れ舞美をみつめた。舞美も早貴の視線をしっかりと受け止める。
「…私を捨てるんだね」
「……」
『捨てる』と言い表したのは故意だ。それでもその言葉に舞美は声を詰まらせる。
舞美の性格上、そういう類いのことを嫌う。しかし、そんなことをすればまた振り出しに戻るだけだった。
「舞美ちゃん、答えてよ」
「……なっきぃ」
不安から思わず声を出しそうになった愛理の頭に過るのは、撫でた舞美の手の感触。あの時の舞美の目を信じると決めた。
「……うん。
あたしは、愛理が好きだから。
だから、もうなっきぃとは行けない」
「……」
ぶつかった視線は互いに外さない。
愛理の目からまた新しい雫が落ちた。
ゆっくりと早貴の手が上がり、その指先が舞美を示す。舞美の胸元を。
「それでも、あなたは私のモノだよ。舞美ちゃん」
そこには、早貴の証がしっかりと存在していた。
「――っ」
苦しげにシャツの胸口を握りしめる。
その様子を見て早貴はその空間を後にした――