傷つけたくない。
「……るさぃ…」
混沌の中に声が響く。心臓が大きく震え、舞美の意識は現実に戻される。
目の前にいた早貴がいない。
考えもなく目を向ければ、そこには早貴の後ろ姿。そして、その向こうには愛理が見えた。
舞美の体は弾かれた様に動き出す――
早貴と愛理の距離が縮まる間、双方の絡んだ目はそのままだった。
早貴の険しく怒りを含む目に、愛理は覚悟か諦めか前を見据え対峙を迎える。
間近に迫り、早貴の手が振り上げられる。 目的を持ち、戻り下りてくるそれを愛理は避けようともしなかった。
――バシッ
響いたのは、叩かれたような乾いたものとは違う。
「っ早貴!」
早貴の手は目的を果たす直前、
「約束が…違うよ」
舞美によって邪魔された。早貴の右には苦い表情の舞美、その左手は今もしっかりと早貴の腕を捕まえている。
早貴の目の色が変わる。
「舞美ちゃんは?」
「え?」
「中島先輩!」
自身を止めた舞美の腕を今度は早貴が捕らえた。身体が触れ合う程に寄せて、舞美を問い詰める。
「ねぇ、舞美ちゃんは、誰が好きなの?」
合わされた目は逃れることを許さない。力では圧倒的に勝っているのに、掴まれた腕が外せない。
しかし、目だけが早貴自ら逸らされる。次に映したのは、愛理だった。
「…あんたは『別れない』って言ったけど、『嫌い』なんて言われてしがみついてられるタイプなの?」
「…っ」
質問ではなかった。愛理の眉間に僅かなシワが生まれる。
それを見た早貴は口角を上げ、再び舞美へ目を移す。
身体を強張らせる舞美に問い詰めることを止めない。
「貴女が好きな人はだれ?」
――望みはずっと…
「恋人は、だれ?」
――たったひとつだ…
栞菜の理性が限界を迎え動き出す一瞬前に愛理がそれを止めた。
愛理の考えは、栞菜も理解している。しかしだから我慢ならない。舞美の出す答えは、いつも栞菜の予想を越えられないから。
そして桃子も、愛理の考えを知らないながらも思うことは同じだった。
だからこそあえて寡黙を通していた。
――本人の言葉でしか
もう何も動かせない――
「………あたし、は…」
舞美が、閉ざしていた口を開く。
頭に回るのは、自身を混沌へ落とす変わらないまじない
それと、
変わることのない、ひとつの望み。