他寮生
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いきなり名も知らぬ異世界に飛ばされたら、まず人は何を思うのだろうか。
そもそもそんなことはあり得ない、と当人でなければ考えるまでも無く突っぱねるだろう。当然である。異世界に飛ばされるなんてオカルトじみたことがあっちこっちで起こっていたら、世界中がパニックになりかねない。
だが、もし在り得てしまったらどうだろうか。その上さらに『元の世界に一生帰れない』だなんて現実を突きつけられたら? きっと途方も無い絶望に暮れるのだろう。しかし、実際にその身に降りかかった者の感想は至極あっさりしたものだ。
「まぁ、そうでしょうね」
それが、異世界から元の世界に帰れなくなった可哀想な人間――ユウが述べた感想だった。
*
目の前でおいおいと声を上げ涙を流す黒いシルエットが特徴的な男を、一人の少年……の姿をした少女は、どこか遠い気持ちで眺める。今し方、目の前の人物から残酷な現実を告げられたとは思えないほど冷静な頭で彼女は其処に佇んでいた。
一言告げてから何も言わぬユウに、はた、と男は顔を上げた。顔の上半分は仮面に覆われていて分からないが、少なくとも涙の筋は何処にも見当たらない。『それだけですか?』とでも言いたげな視線に、ユウは「薄々気付いてたことですから」と肩を竦める。
「帰る方法は見つかったのか訊くたびに今は忙しいだの、いい案が見つかったけど時期が悪いだの誤魔化され、そうこうしている内に卒業まであと一年。いきなり呼び出されたかと思えば『大事なお話があります』とか神妙な顔で言われて、これで〝帰れる〟っていう希望を持てる方が不思議だと思いますけど」
「……さてはユウくん、とっても怒ってますね?」
「いいえ? むしろ学園長が三年もかけて丁寧に伏線を張ってくださったから、こうして心の準備を整えられたんです。それはもう感謝してますよ」
にっこりと、ともすれば可愛らしい無邪気な笑顔を浮かべ首を傾げる。だが周囲に漂うオーラは正反対だ。一度触れれば凍りついてしまうような空気に、学園長と呼ばれた人物はぶるりと肩を震わせた。相変わらずニコニコと微笑んだままのユウに、学園長はわざとらしい咳払いをしてから「ところで、お話には続きがありまして」と無理くり話の主導権を握り直した。
「さすがに魔力の無い人間がNRCを卒業したなんて世間に知れたら学園の信用が……でなく、ユウくんが不審な目で見られてしまうかもしれません」
不審者扱いされる君のことを思うともう心配で心配で……と仰々しく話す様はもはや胡散臭さしかない。ジト目で見ているユウに気づいているのかいないのか、学園長は変わらない調子で話を続ける。
「なのでユウくんには、四年生に進級する前に〝一身上の都合で自主退学を申し出た〟ということにして頂きたいんです」
「……はあ」
今さら何を言われたところで驚きはしない。それにしても自らの意思をひとつも反映していない言葉には、ユウも気の抜けた返事が溢れた。勝手な都合に『ふざけるな』と憤慨したい気持ちが無いわけでは無い。だが見ず知らずの異世界人を三年も匿ってくれた恩があるのは事実だ。それに、首を横に振ったところでこの世界で戸籍すら持たない人間が生きていく過酷さは彼女にも想像がついた。ユウは目を伏せて軽く息を吐くと「分かりました」と静かに頷く。
「ご協力感謝しますよ。しかしですね、この世界で生活していくにはこのままでは何かと不便があるでしょう?」
「不便どころか利便が皆無……」
「ン゛ンッ、ゴホン! というわけで、こちらをご覧になってもらえますか」
言いながら、学園長はレポートのような紙の束を差し出した。
「それは求人募集を纏めたリストです。ああ、魔力の無い人間でも働ける職場だけを集めたので、その辺りは安心してください」
パラパラと紙を捲ってみれば、同じ書式で書かれた項目には雑貨屋、カフェ店員、工場の作業員などなど。多くの職種が揃えられていた。学園長の言う通り、仕事内容を読めば魔法を用いずともその身一つで働けそうな職ばかり。ユウが元々知っている求人同様、基本給や福利厚生についても書かれているようだが、元の世界と勝手が違っている上、未成年の彼女には理解しかねた。余程難しい顔をしていたのか、学園長は「今ここで決めなくとも、新学期までに決めてくだされば結構ですよ」と微笑む。どちらにしても自分の将来を決めるにしては、残された時間は少ない。
ふとリストに目を通す中で、ユウの視線が一点に留まった。輝石の国、薔薇の国、夕焼けの草原――職場の所在地にはあらゆる国の名前が書かれている。
「何せ賢者の島は小さく、人口も多くはありません。その上大きな魔法士養成校が二校もあるので、魔法を用いない仕事は限られているんです。なので魔力の無いユウくんが働くとしたら、必然的に他国になってしまうんですよ」
学園長の話を右から左へ流しながら、ユウは以前に一年生同士で故郷の話で盛り上がったことを思い出していた。それこそ話に聞いただけで実際に行ったことはない。見知らぬ土地で、見知らぬ人と、一社会人として働かなくてはならない。改めて考えて、ユウは言い知れぬ恐怖と不安に襲われる。逃げ出してしまいたい、と思っても逃げ場所は何処にも無いのだが。
「少し……考えさせてもらってもいいですか」
「ええ、もちろんです。分からないことがあればいつでも聞きに来てくださって構いませんよ。私、やさ――」
「話はこれで終わりですよね? では、失礼します」
リストを胸に抱えて一礼すると、ユウは学園長室を後にした。
*
緑が靡く草原。ガタンガタンと規則的な音を奏でて進む列車。開け放った窓からはまだ暖かい風が吹き込み、頬の上を滑る。見慣れない景色、嗅ぎ慣れない香り、乗り慣れない列車。学園がこの世界の中心だった私にとっては、何もかもが未知のものだ。
賢者の島から本土に渡るまではなかなか時間がかかった。着いた頃には夜も更けていた為、ホテルで一泊。そして朝早くから交通機関を乗り継ぎ、目的地まで続く列車に何とかたどり着いた。
車窓を流れるのどかな景色は、とても都会とはかけ離れている。どちらかと言えば田舎のほうなのだろう。列車の中もガラガラだ。心身共に疲れきった今の私にとっては何とも都合が良い環境。適当なボックス席に腰掛け、ホッと息を吐く。
(今頃、みんなはインターン先で頑張ってるんだろうな)
景色を眺めながらぼんやり考える。四年生になってからはほとんど学園には戻らないらしいが、経過報告の為ウィンターホリデーの前に学園に集まるそうだ。恐らくそこで、オンボロ寮の監督生が退学したことを何かしらの形で知らされるのだろう。驚くだろうか。一生徒の退学なんてNRCでは珍しいことでも無いし、関心すら持たれないかも。いなくなってせいせいした〜なんて思われたら、さすがにショックだけれど。無いとは言い切れない想像に苦笑いが溢れる。
「みんな、元気にしてるかな」
呟くと、クラスメイトたちの顔が自然と思い浮かんだ。自主勉強してたら親切に教えてくれた子、魔力が無いくせにと何かと突っかかってきた子――みんな個性剥き出しで、協調性が無くて、とても世間の言う善良とはかけ離れていた。「右に倣え」と言われたら真っ先に右を除外したり、倣うように見せかけて我が道を行くような人ばかりだ。決して自分とは相容れない生徒ばかりだと思っていたのに、いつの間にか溶け込んでいて、あまつさえ居心地の良さまで感じてしまった。思いの外自分が図太かったせいもあるだろうが、それだけではあの学園でやっていけなかった。
それはきっと、一番そばにいた三人のマブダチ――体は小さくて態度の大きい食い意地のはったグリムと、口が上手くて器用なエースと、優等生であろうと努力するデュース――の存在が大きい。でも、彼らだってありふれた流れで仲良くなったわけじゃない。むしろ第一印象は最悪で、不本意な一件を経て友達という関係に収まった。不思議なものだが、要は自分にも彼らと似ている部分があったのだろう。だからこそ友達になれたし、彼らの合理的で利己的な考え方は突き抜けてしまえばかえって清々しく思えた。それに上辺を取り繕わなくて良い関係は気楽で、いつだって心の底から笑えていた気がする。
学園長から餞別にと貰ったスマホ。表面を指でなぞる。明るくなった画面には片手で数えられるほどのアイコンしか表示されていない。マジカメも、メッセージアプリも、写真も、学園長の連絡先以外は全部消した。どうせ今さら後戻りは出来ないし、助けを乞うことだって叶わない。思い切りがいい? 違う、弱いだけだ。未練がましく残しておいたらいつか縋ってしまうかもしれない、という可能性に耐えられなかっただけ。
「オレ様には関係ないんだゾ」「やーだよ。めんどくさいし」なんてぶつぶつ言いながらも結局は助けてくれそうな二人。デュースなんて率先して来てくれるに違いない。だからこそ余計に不安で堪らなくなる。
インターンの説明会の時でさえ、グリムが不満そうに「二人で一人じゃなかったのか」ってクルーウェル先生に食い下がった時は内心嬉しかったし、思わず言葉に詰まってしまった。「やっと一人前って認められたってことでしょ? 良かったじゃん」なんて思い掛けずエースが助け舟を出してくれたおかげで、グリムも渋々納得していたっけ。隣にいたデュースも「監督生はどうするんだ?」って心配そうに訊いてくれて。みんなとは別口で研修させてもらうから大丈夫、なんてあの時は嘘ついちゃったけど。デュースは良くも悪くも正直だから、嘘ついたことがバレたら怒られそう。でも今回ばかりは事情が事情だから許してくれるかな。……止めておこう。考えても許しを乞える機会なんて来ないんだ。
一緒に過ごした三年間は時間と共に薄らいで、それぞれの道を進む中で上書きされていく。魔法士として名を上げていく三人と、魔力を持たない一般人の私。その道が交わることは、無い。
プシュー、と音を立てて列車が止まる。黒い画面から顔を上げ、駅のホームを見る。どうやら目的地に到着したようだ。席を立ち、足元に置いていたボストンバックを肩に掛ける。出口をくぐると扉が背後で閉まった。ホームで立ち止まった私は、走り出す列車を見送る。
──大丈夫、忘れ物は無い。持ってきた物はこのバッグだけだ。
(でも、物じゃなければ……いいよね)
三年間の思い出を置き忘れた 列車は、迷いなくホームから遠ざかって行った。
そもそもそんなことはあり得ない、と当人でなければ考えるまでも無く突っぱねるだろう。当然である。異世界に飛ばされるなんてオカルトじみたことがあっちこっちで起こっていたら、世界中がパニックになりかねない。
だが、もし在り得てしまったらどうだろうか。その上さらに『元の世界に一生帰れない』だなんて現実を突きつけられたら? きっと途方も無い絶望に暮れるのだろう。しかし、実際にその身に降りかかった者の感想は至極あっさりしたものだ。
「まぁ、そうでしょうね」
それが、異世界から元の世界に帰れなくなった可哀想な人間――ユウが述べた感想だった。
*
目の前でおいおいと声を上げ涙を流す黒いシルエットが特徴的な男を、一人の少年……の姿をした少女は、どこか遠い気持ちで眺める。今し方、目の前の人物から残酷な現実を告げられたとは思えないほど冷静な頭で彼女は其処に佇んでいた。
一言告げてから何も言わぬユウに、はた、と男は顔を上げた。顔の上半分は仮面に覆われていて分からないが、少なくとも涙の筋は何処にも見当たらない。『それだけですか?』とでも言いたげな視線に、ユウは「薄々気付いてたことですから」と肩を竦める。
「帰る方法は見つかったのか訊くたびに今は忙しいだの、いい案が見つかったけど時期が悪いだの誤魔化され、そうこうしている内に卒業まであと一年。いきなり呼び出されたかと思えば『大事なお話があります』とか神妙な顔で言われて、これで〝帰れる〟っていう希望を持てる方が不思議だと思いますけど」
「……さてはユウくん、とっても怒ってますね?」
「いいえ? むしろ学園長が三年もかけて丁寧に伏線を張ってくださったから、こうして心の準備を整えられたんです。それはもう感謝してますよ」
にっこりと、ともすれば可愛らしい無邪気な笑顔を浮かべ首を傾げる。だが周囲に漂うオーラは正反対だ。一度触れれば凍りついてしまうような空気に、学園長と呼ばれた人物はぶるりと肩を震わせた。相変わらずニコニコと微笑んだままのユウに、学園長はわざとらしい咳払いをしてから「ところで、お話には続きがありまして」と無理くり話の主導権を握り直した。
「さすがに魔力の無い人間がNRCを卒業したなんて世間に知れたら学園の信用が……でなく、ユウくんが不審な目で見られてしまうかもしれません」
不審者扱いされる君のことを思うともう心配で心配で……と仰々しく話す様はもはや胡散臭さしかない。ジト目で見ているユウに気づいているのかいないのか、学園長は変わらない調子で話を続ける。
「なのでユウくんには、四年生に進級する前に〝一身上の都合で自主退学を申し出た〟ということにして頂きたいんです」
「……はあ」
今さら何を言われたところで驚きはしない。それにしても自らの意思をひとつも反映していない言葉には、ユウも気の抜けた返事が溢れた。勝手な都合に『ふざけるな』と憤慨したい気持ちが無いわけでは無い。だが見ず知らずの異世界人を三年も匿ってくれた恩があるのは事実だ。それに、首を横に振ったところでこの世界で戸籍すら持たない人間が生きていく過酷さは彼女にも想像がついた。ユウは目を伏せて軽く息を吐くと「分かりました」と静かに頷く。
「ご協力感謝しますよ。しかしですね、この世界で生活していくにはこのままでは何かと不便があるでしょう?」
「不便どころか利便が皆無……」
「ン゛ンッ、ゴホン! というわけで、こちらをご覧になってもらえますか」
言いながら、学園長はレポートのような紙の束を差し出した。
「それは求人募集を纏めたリストです。ああ、魔力の無い人間でも働ける職場だけを集めたので、その辺りは安心してください」
パラパラと紙を捲ってみれば、同じ書式で書かれた項目には雑貨屋、カフェ店員、工場の作業員などなど。多くの職種が揃えられていた。学園長の言う通り、仕事内容を読めば魔法を用いずともその身一つで働けそうな職ばかり。ユウが元々知っている求人同様、基本給や福利厚生についても書かれているようだが、元の世界と勝手が違っている上、未成年の彼女には理解しかねた。余程難しい顔をしていたのか、学園長は「今ここで決めなくとも、新学期までに決めてくだされば結構ですよ」と微笑む。どちらにしても自分の将来を決めるにしては、残された時間は少ない。
ふとリストに目を通す中で、ユウの視線が一点に留まった。輝石の国、薔薇の国、夕焼けの草原――職場の所在地にはあらゆる国の名前が書かれている。
「何せ賢者の島は小さく、人口も多くはありません。その上大きな魔法士養成校が二校もあるので、魔法を用いない仕事は限られているんです。なので魔力の無いユウくんが働くとしたら、必然的に他国になってしまうんですよ」
学園長の話を右から左へ流しながら、ユウは以前に一年生同士で故郷の話で盛り上がったことを思い出していた。それこそ話に聞いただけで実際に行ったことはない。見知らぬ土地で、見知らぬ人と、一社会人として働かなくてはならない。改めて考えて、ユウは言い知れぬ恐怖と不安に襲われる。逃げ出してしまいたい、と思っても逃げ場所は何処にも無いのだが。
「少し……考えさせてもらってもいいですか」
「ええ、もちろんです。分からないことがあればいつでも聞きに来てくださって構いませんよ。私、やさ――」
「話はこれで終わりですよね? では、失礼します」
リストを胸に抱えて一礼すると、ユウは学園長室を後にした。
*
緑が靡く草原。ガタンガタンと規則的な音を奏でて進む列車。開け放った窓からはまだ暖かい風が吹き込み、頬の上を滑る。見慣れない景色、嗅ぎ慣れない香り、乗り慣れない列車。学園がこの世界の中心だった私にとっては、何もかもが未知のものだ。
賢者の島から本土に渡るまではなかなか時間がかかった。着いた頃には夜も更けていた為、ホテルで一泊。そして朝早くから交通機関を乗り継ぎ、目的地まで続く列車に何とかたどり着いた。
車窓を流れるのどかな景色は、とても都会とはかけ離れている。どちらかと言えば田舎のほうなのだろう。列車の中もガラガラだ。心身共に疲れきった今の私にとっては何とも都合が良い環境。適当なボックス席に腰掛け、ホッと息を吐く。
(今頃、みんなはインターン先で頑張ってるんだろうな)
景色を眺めながらぼんやり考える。四年生になってからはほとんど学園には戻らないらしいが、経過報告の為ウィンターホリデーの前に学園に集まるそうだ。恐らくそこで、オンボロ寮の監督生が退学したことを何かしらの形で知らされるのだろう。驚くだろうか。一生徒の退学なんてNRCでは珍しいことでも無いし、関心すら持たれないかも。いなくなってせいせいした〜なんて思われたら、さすがにショックだけれど。無いとは言い切れない想像に苦笑いが溢れる。
「みんな、元気にしてるかな」
呟くと、クラスメイトたちの顔が自然と思い浮かんだ。自主勉強してたら親切に教えてくれた子、魔力が無いくせにと何かと突っかかってきた子――みんな個性剥き出しで、協調性が無くて、とても世間の言う善良とはかけ離れていた。「右に倣え」と言われたら真っ先に右を除外したり、倣うように見せかけて我が道を行くような人ばかりだ。決して自分とは相容れない生徒ばかりだと思っていたのに、いつの間にか溶け込んでいて、あまつさえ居心地の良さまで感じてしまった。思いの外自分が図太かったせいもあるだろうが、それだけではあの学園でやっていけなかった。
それはきっと、一番そばにいた三人のマブダチ――体は小さくて態度の大きい食い意地のはったグリムと、口が上手くて器用なエースと、優等生であろうと努力するデュース――の存在が大きい。でも、彼らだってありふれた流れで仲良くなったわけじゃない。むしろ第一印象は最悪で、不本意な一件を経て友達という関係に収まった。不思議なものだが、要は自分にも彼らと似ている部分があったのだろう。だからこそ友達になれたし、彼らの合理的で利己的な考え方は突き抜けてしまえばかえって清々しく思えた。それに上辺を取り繕わなくて良い関係は気楽で、いつだって心の底から笑えていた気がする。
学園長から餞別にと貰ったスマホ。表面を指でなぞる。明るくなった画面には片手で数えられるほどのアイコンしか表示されていない。マジカメも、メッセージアプリも、写真も、学園長の連絡先以外は全部消した。どうせ今さら後戻りは出来ないし、助けを乞うことだって叶わない。思い切りがいい? 違う、弱いだけだ。未練がましく残しておいたらいつか縋ってしまうかもしれない、という可能性に耐えられなかっただけ。
「オレ様には関係ないんだゾ」「やーだよ。めんどくさいし」なんてぶつぶつ言いながらも結局は助けてくれそうな二人。デュースなんて率先して来てくれるに違いない。だからこそ余計に不安で堪らなくなる。
インターンの説明会の時でさえ、グリムが不満そうに「二人で一人じゃなかったのか」ってクルーウェル先生に食い下がった時は内心嬉しかったし、思わず言葉に詰まってしまった。「やっと一人前って認められたってことでしょ? 良かったじゃん」なんて思い掛けずエースが助け舟を出してくれたおかげで、グリムも渋々納得していたっけ。隣にいたデュースも「監督生はどうするんだ?」って心配そうに訊いてくれて。みんなとは別口で研修させてもらうから大丈夫、なんてあの時は嘘ついちゃったけど。デュースは良くも悪くも正直だから、嘘ついたことがバレたら怒られそう。でも今回ばかりは事情が事情だから許してくれるかな。……止めておこう。考えても許しを乞える機会なんて来ないんだ。
一緒に過ごした三年間は時間と共に薄らいで、それぞれの道を進む中で上書きされていく。魔法士として名を上げていく三人と、魔力を持たない一般人の私。その道が交わることは、無い。
プシュー、と音を立てて列車が止まる。黒い画面から顔を上げ、駅のホームを見る。どうやら目的地に到着したようだ。席を立ち、足元に置いていたボストンバックを肩に掛ける。出口をくぐると扉が背後で閉まった。ホームで立ち止まった私は、走り出す列車を見送る。
──大丈夫、忘れ物は無い。持ってきた物はこのバッグだけだ。
(でも、物じゃなければ……いいよね)
三年間の思い出を
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