【hkok】春うらら
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昨日の計画通り、今日は土方さんと社会見学を兼ねたショッピングに繰り出す日。
早めに起きていた土方さんは既に洋服に袖を通し、準備万端という感じだ。そんな様子に私も焦りつつ、いつもより少し気合いを入れて化粧を施す。
「お待たせしてすみません。そろそろ行きましょうか」
「! …あぁ、そうだな」
座って待っていた土方さんは、声を掛けるとびくりと肩を跳ねさせて返事をした。
そこまで驚く必要はないと思うが――遠目から手元をそっと覗くと、その手には彼の愛刀が握られていた。
その場に立ち上がると名残惜しげにゆっくり手放されたそれに、胸が痛んだ。
もちろん外出する上で、この時代に刀を所持してはいけないことは説明済みだ。
けれどやはり頭で理解したってそうそう割り切れるものではない。平成を生きる私には想像することしかできないけど、土方さんにとってはどんなにやりきれないことだろうか。
「――、 名字!」
「っ! はい。なんですか?」
「……はぁ、出かけるんじゃなかったのか」
「そう、でしたね! では行きましょうか」
棒読みな笑いを浮かべながら、彼の機嫌を損ねる前に街へと向かった。
一歩外を出れば土方さんは眉間に皺を寄せながら、辺りを見回す。部屋とは比べ物にならない広い空間で、彼の目に飛び込んでくるのは摩訶不思議なものばかりだろう。
私は彼から投げ掛けられる一つ一つの質問に出来るだけ丁寧に解答していく。中には難題もあって明確な答えが出せなかったが、彼は考え込む私を見てそれ以上は聞かなかった。呆れられたかとも思ったが特に表情を変えないことから、察しのいい土方さんは気をつかってくれたのだろう。
「土方さんはここで部屋着を選んでいて下さい。しばらくしたら私もここに戻りますので」
「分かった」
とりあえず昨日も訪れたショッピングモールで、一通り必需品を揃えることにした。
まずは洋服と、今度は土方さんと話し合って決めようと思ったが「こっちの趣味は分からねぇ。名字に任せる」という意見から洋服は私が、部屋着の着流しは土方さんが選ぶことになった。あまり自信はないのだが、任されたからには頑張らねばと奮起した。
数十分後、店員さんの助言も借りて、なんとか満足のいく買い物ができた。
収穫を抱えて土方さんのいる呉服屋に行ってみると、三人の女性に囲まれていた。美形の彼のことだからナンパか何かだと思ったが、店先に近付くと直ぐにその考えは掻き消えた。
「こっちのほうが似合うわよ!」
「いいえ。私のほうが彼の魅力を引き立ててるわ!」
「彼にその色は派手すぎるでしょう。私のが、」
様々な着物を持って一人を取り囲む、店員のおばさま方。その中心にいる土方さんは心なしかやつれた様子でされるがままになされていた。
私は無意識に一歩後退ると、苛々マックスな土方さんとばっちり視線が合ってしまった。その目は助けてくれと訴える(一割)ものと、逃げたらただじゃおかねぇぞ(九割)という脅迫が詰まったもので。
「あの、すみません」
意を決して輪の中に飛び込むと、おばさまの目が私に集中する。うっとたじろぐ私に対し、何故かおばさまは土方さんと私を交互に見てはにんまりと口を歪ませた。
「あら、もしかして新婚さん?」
「…え?」
「いいわねぇ! 微笑ましいわ」
「いや、違…」
「そうだ、奥様に選んでもらったらいいんじゃないかしら」
なんだか本人を放ったらかしに同調し始めた目の前の人々に今度は私が土方さんにヘルプの視線を送るが、なんと「それがいいな」と彼までもあっちの仲間に加わったのだ。
私はちゃんと応えたのに…!
前に広げられた三つの着物に言葉を詰まらせる。
藍色、萌黄色、山吹色――色や柄は違うもののどれも綺麗で頭を悩ませる。まじまじと眺めていると着物越しに目が合った土方さんが微笑むものだから、余計に緊張してしまった。
「じ、じゃあこっちで」
散々悩んで私が選んだのは、藍色の着物。途端、さっきまで言い合っていたのが嘘のようにさっさとおばさまはお得意の営業スマイルで会計へと進む。……結局買ってくれれば何でもいいってことか。
「わ、もうこんな時間なんですね」
目的のものをなんとか揃えて外に出てみれば、辺りはだいだい色に埋められていた。
思ったより時間がかかってしまったものの、これで日常生活に困ることはないだろう。一気に寒くなった懐のことはこの際忘れることにした。
荷物も多いことから自然と家路を辿る足はゆっくりとしたものになる。もっとも、私が持つのは軽いものばかりで、重いものは土方さんが持っている。交代しようと何回も問い掛けても一蹴されるので、今は諦めて委ねてしまっている。
互いに疲れていることもあり、会話はあまり交わされない。だからといって居心地が悪いわけではない。
丁度信号に捕まったところで何となしに隣りの彼を見上げれば、――驚きと動揺で面食らってしまった。
なんて目をしているのだろう。
その瞳はどこかとても遠いところを見ながら、何も映してはいなかった。
青信号に変わって、土方さんの数歩後ろを歩く。
人通りの少ない通りを、おぼつかない足元を見ながら歩いていると、頭に柔らかい衝撃が走った。斜め上から降ってくる声に私は立ち止まった土方さんにぶつかったことを理解した。
「どうした」
「…いえ、」
「嘘つけ。キツそうな顔しやがって」
顔を覗き込んでは、ため息を一つ漏らした。すると私の大して苦になっていない荷物を持とうと土方さんの手が伸びてきて、やんわりとそれを避けた。
眉間に皺を寄せられるが、何かが吹っ切れた私は睨む勢いで彼を見据える。
「それを言うなら、土方さんのほうでしょう」
土方さんは目を見開いて、次に探るような視線を向ける。
負けじと見つめ返せば、また一つ息を吐いて頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
まさかの行為に慌てたのも束の間、直ぐに止んだそれに改めて見上げると彼は諦めたように笑っていた。
「……何で俺は、未来とやらに来ちまったんだろうな」
適当に視線を投げて問い掛ける姿に、喉が詰まった。あーだのうーだの唸っていると、土方さんはやっぱり苦々しい笑顔でなかなか働いてくれない私の頭をぽんぽんとなだめた。
「こじつけだっていい。何か理由がないと、――…心が落ち着かねぇんだ」
全く情けねぇな、と自嘲的に吐き捨てた。
私はかける言葉が見つからず、ただ唇を噛み締める。否、もしかしたら今の彼にかけられる言葉なんてないのかもしれない。何を言ってもきっと彼を納得させることは叶わないだろう。
例えそうでも。私は率直な思いを形にした。
「土方さんは、此処にいて下さい」
「っは、迷惑じゃなかったのか」
「…確かに、最初はそうでしたが――今はちょっと違うんです」
あろうことか彼との生活が楽しいと思い始めてしまったのだ。
当の土方さんは私の言葉の真情が掴めないらしく、目を細めた。
「理由はまだ難しいですが、この時代にいる土方さんの居場所なら、…私にも作ることができると思います」
だから、どうか――。
言いたいことは沢山あるはずなのに上手く言葉に出せなくてもどかしい。
「お前って、変な奴だな」
何やら失礼な単語が耳に入り、俯いていた視線を前に戻すと土方さんは噛み殺すように笑っていた。ずるい人だ、そんな姿を見せられたら怒る気なんてとうに失せてしまって。
ただ、瞳に私が映っていることが分かって、独り安堵したのだった。
早めに起きていた土方さんは既に洋服に袖を通し、準備万端という感じだ。そんな様子に私も焦りつつ、いつもより少し気合いを入れて化粧を施す。
「お待たせしてすみません。そろそろ行きましょうか」
「! …あぁ、そうだな」
座って待っていた土方さんは、声を掛けるとびくりと肩を跳ねさせて返事をした。
そこまで驚く必要はないと思うが――遠目から手元をそっと覗くと、その手には彼の愛刀が握られていた。
その場に立ち上がると名残惜しげにゆっくり手放されたそれに、胸が痛んだ。
もちろん外出する上で、この時代に刀を所持してはいけないことは説明済みだ。
けれどやはり頭で理解したってそうそう割り切れるものではない。平成を生きる私には想像することしかできないけど、土方さんにとってはどんなにやりきれないことだろうか。
「――、 名字!」
「っ! はい。なんですか?」
「……はぁ、出かけるんじゃなかったのか」
「そう、でしたね! では行きましょうか」
棒読みな笑いを浮かべながら、彼の機嫌を損ねる前に街へと向かった。
一歩外を出れば土方さんは眉間に皺を寄せながら、辺りを見回す。部屋とは比べ物にならない広い空間で、彼の目に飛び込んでくるのは摩訶不思議なものばかりだろう。
私は彼から投げ掛けられる一つ一つの質問に出来るだけ丁寧に解答していく。中には難題もあって明確な答えが出せなかったが、彼は考え込む私を見てそれ以上は聞かなかった。呆れられたかとも思ったが特に表情を変えないことから、察しのいい土方さんは気をつかってくれたのだろう。
「土方さんはここで部屋着を選んでいて下さい。しばらくしたら私もここに戻りますので」
「分かった」
とりあえず昨日も訪れたショッピングモールで、一通り必需品を揃えることにした。
まずは洋服と、今度は土方さんと話し合って決めようと思ったが「こっちの趣味は分からねぇ。名字に任せる」という意見から洋服は私が、部屋着の着流しは土方さんが選ぶことになった。あまり自信はないのだが、任されたからには頑張らねばと奮起した。
数十分後、店員さんの助言も借りて、なんとか満足のいく買い物ができた。
収穫を抱えて土方さんのいる呉服屋に行ってみると、三人の女性に囲まれていた。美形の彼のことだからナンパか何かだと思ったが、店先に近付くと直ぐにその考えは掻き消えた。
「こっちのほうが似合うわよ!」
「いいえ。私のほうが彼の魅力を引き立ててるわ!」
「彼にその色は派手すぎるでしょう。私のが、」
様々な着物を持って一人を取り囲む、店員のおばさま方。その中心にいる土方さんは心なしかやつれた様子でされるがままになされていた。
私は無意識に一歩後退ると、苛々マックスな土方さんとばっちり視線が合ってしまった。その目は助けてくれと訴える(一割)ものと、逃げたらただじゃおかねぇぞ(九割)という脅迫が詰まったもので。
「あの、すみません」
意を決して輪の中に飛び込むと、おばさまの目が私に集中する。うっとたじろぐ私に対し、何故かおばさまは土方さんと私を交互に見てはにんまりと口を歪ませた。
「あら、もしかして新婚さん?」
「…え?」
「いいわねぇ! 微笑ましいわ」
「いや、違…」
「そうだ、奥様に選んでもらったらいいんじゃないかしら」
なんだか本人を放ったらかしに同調し始めた目の前の人々に今度は私が土方さんにヘルプの視線を送るが、なんと「それがいいな」と彼までもあっちの仲間に加わったのだ。
私はちゃんと応えたのに…!
前に広げられた三つの着物に言葉を詰まらせる。
藍色、萌黄色、山吹色――色や柄は違うもののどれも綺麗で頭を悩ませる。まじまじと眺めていると着物越しに目が合った土方さんが微笑むものだから、余計に緊張してしまった。
「じ、じゃあこっちで」
散々悩んで私が選んだのは、藍色の着物。途端、さっきまで言い合っていたのが嘘のようにさっさとおばさまはお得意の営業スマイルで会計へと進む。……結局買ってくれれば何でもいいってことか。
「わ、もうこんな時間なんですね」
目的のものをなんとか揃えて外に出てみれば、辺りはだいだい色に埋められていた。
思ったより時間がかかってしまったものの、これで日常生活に困ることはないだろう。一気に寒くなった懐のことはこの際忘れることにした。
荷物も多いことから自然と家路を辿る足はゆっくりとしたものになる。もっとも、私が持つのは軽いものばかりで、重いものは土方さんが持っている。交代しようと何回も問い掛けても一蹴されるので、今は諦めて委ねてしまっている。
互いに疲れていることもあり、会話はあまり交わされない。だからといって居心地が悪いわけではない。
丁度信号に捕まったところで何となしに隣りの彼を見上げれば、――驚きと動揺で面食らってしまった。
なんて目をしているのだろう。
その瞳はどこかとても遠いところを見ながら、何も映してはいなかった。
青信号に変わって、土方さんの数歩後ろを歩く。
人通りの少ない通りを、おぼつかない足元を見ながら歩いていると、頭に柔らかい衝撃が走った。斜め上から降ってくる声に私は立ち止まった土方さんにぶつかったことを理解した。
「どうした」
「…いえ、」
「嘘つけ。キツそうな顔しやがって」
顔を覗き込んでは、ため息を一つ漏らした。すると私の大して苦になっていない荷物を持とうと土方さんの手が伸びてきて、やんわりとそれを避けた。
眉間に皺を寄せられるが、何かが吹っ切れた私は睨む勢いで彼を見据える。
「それを言うなら、土方さんのほうでしょう」
土方さんは目を見開いて、次に探るような視線を向ける。
負けじと見つめ返せば、また一つ息を吐いて頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
まさかの行為に慌てたのも束の間、直ぐに止んだそれに改めて見上げると彼は諦めたように笑っていた。
「……何で俺は、未来とやらに来ちまったんだろうな」
適当に視線を投げて問い掛ける姿に、喉が詰まった。あーだのうーだの唸っていると、土方さんはやっぱり苦々しい笑顔でなかなか働いてくれない私の頭をぽんぽんとなだめた。
「こじつけだっていい。何か理由がないと、――…心が落ち着かねぇんだ」
全く情けねぇな、と自嘲的に吐き捨てた。
私はかける言葉が見つからず、ただ唇を噛み締める。否、もしかしたら今の彼にかけられる言葉なんてないのかもしれない。何を言ってもきっと彼を納得させることは叶わないだろう。
例えそうでも。私は率直な思いを形にした。
「土方さんは、此処にいて下さい」
「っは、迷惑じゃなかったのか」
「…確かに、最初はそうでしたが――今はちょっと違うんです」
あろうことか彼との生活が楽しいと思い始めてしまったのだ。
当の土方さんは私の言葉の真情が掴めないらしく、目を細めた。
「理由はまだ難しいですが、この時代にいる土方さんの居場所なら、…私にも作ることができると思います」
だから、どうか――。
言いたいことは沢山あるはずなのに上手く言葉に出せなくてもどかしい。
「お前って、変な奴だな」
何やら失礼な単語が耳に入り、俯いていた視線を前に戻すと土方さんは噛み殺すように笑っていた。ずるい人だ、そんな姿を見せられたら怒る気なんてとうに失せてしまって。
ただ、瞳に私が映っていることが分かって、独り安堵したのだった。