【hkok】小さな心は道連れに
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一室の中心に腰を据えると、四方八方から鋭い視線を全身に受ける。
四面楚歌、というのは正にこのことではないのだろうか。
明らかに不審人物を見る視線を向けられ、目は自ずと縛られた手首に垂れた。
「斎藤、こいつを捕らえた時の状況は」
「他の家屋に侵入したらしく、家主によって外へ放り出されていたところを捕縛しました」
「な、侵入なんて…、っ」
そんなことしていない。否定しようとした口は、威圧的な瞳に制されそれ以上動くことは叶わなかった。
その後も並べられていく在りもしない事実に、私は何度も修正を加えようとしたが、前のように口を摘まれてできなかった。
この人達が何を知ってるっていうの。何も分からずに連れてこられた私の気持ちを知ろうともしないで。
……ああ、そうか。こっちの事情も聞かずに、ただ一方的に私を悪者に仕立て上げて殺すつもりなんだ。そのほうが一番楽にことが済むもの。
「――で、間違いはないかな?」
腹の中でグツグツ煮ていた嫌悪の火を、ふと聞こえた柔らかな声色が消した。
恐る恐る顔を上げると、一人だけ憎めない笑顔を浮かべこちらを見る男がいた。遮るわけでも否定的な目線を送るわけでもなく、ただ私の話を傾聴しようとする姿勢に、無意識に視界が歪んだ。
熱くなった目頭を冷ますために目を閉じ、深呼吸をした。
「私は、侵入などしていません」
「ならば、何故あのような扱いを受けていた」
「それ、は……私にもよく分かりません」
分からない?、と怪訝な表情で反復されて身体が縮こまった。
しかしここで怯んだら全てを認めたことになってしまう。
「で、でも! あのお宅で何もしていないし、それに本当に自分でも状況が分からなくて…っ。
私はただ、学校から帰っていただけなんです! なのに気付いたらあんなところに居て、」
少しでも分かってもらいたくて、正座をする腰が浮くぐらい前のめりになりながら必死で話す。
今の自分の格好を見て思い出したんだ。私は高校からの下校途中だった。それで、(経緯はやはり覚えていないが)いつの間にか此所にいた。
自分自身でも、全てを把握出来たわけじゃない。むしろ何も知らない。ただ時間と周りの口が進むだけ。
私は何をすればいい? 何をどうやってこの人達に伝えればいい?
戸惑いばかりが心を支配するのに、手を差し延べてくれる人はいない。疑いのまなざししかないこの空間で、私はどうすれば――
「一つ、聞きたいのだが」
「…はい」
再び熱くなり始めた目頭を結ばれた手首で宥めてから、顔を上げた。
顎に手を当て真剣に考え込む様子に、これから出てくる問いに対し自然と私も身構える。
「ガッコウ、とはなんだ?」
「…え?
学校は、学校ですけど…?」
あまりに突拍子もない問いに、答えになってない答えがつい口をついて出てしまった。
何のためにあるとか在り方とか、深い意味をもって聞かれているのだろうか。一度はそう推し量ったが、周囲の「ガッコウってなんだ?」と首を傾げる様子にそうではないことを感じ取った。彼は単純に、“学校”という言葉の意味を聞いているのだ。
改めて考え始めた頭の中に、そもそもな疑問が浮かんだ。
学校の意味すら知らないで彼らはどうやって生きてきたのだろう。なにせ今は義務教育というものがある。そこまで歳を召しているようには見えない彼らも、当然学校で教育を受けてきたはずだ。
考えれば考えるほど分からないこの謎を解くのに、そう時間はかからなかった。
「私たち新選組のような、どこかの組織か?」
「いえ、組織とかではなく――?」
今、何か聞き逃してはならないことを言われた気がする。
ここの雰囲気には私の思う“現在”はない。それだけに限らず、全てが見慣れないものばかりだと思っていた。おまけにあの水色の羽織りについても合点がいってしまうけれど。
その発想はなるべくしたくなかったし、しようとも思わなかった。第一、普通に生きていれば有り得ないことだ。
「今、“新選組”と、おっしゃいましたか…?」
まさか、そんなSF小説でもあるまいし。ああいうのは芸術、もしくは空想でしかない。身近な現実にあっていいものではないはずだ。
だから、お願いだから「言っていない」と、「何を馬鹿なことを言っているんだ」と否定して。
「ああ、いかにも。私たちは京の治安維持を目的とした組織、新選組だ」
「…う、嘘…だ…」
呟いた言葉に、周りが一層殺気立つのが分かった。自分がそれを向けられている張本人であるにもかかわらず、今の私には怯える余裕すらなかった。
詳しく知っているわけではないけれど、一つだけ分かったことがある。私が“タイムスリップ”してしまった、ということだけ。
『偽にしたい真』
在るはずのない現実を前に、私は涙すら出せなかった。