【hkok】せぶんてぃーん・ぶるーす
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四時限目、天国と言うに相応しいお昼休みを前にしたこの授業。そんな天国を夢見て早く終われと心で念じながら、これから行われる恐怖の儀式に身を震わせていた。
「これから中間考査の答案を返す。番号順に呼ぶから呼ばれたら取りに来いよ」
そう、――テスト返しだ。
毎回毎回訪れるこのイベントは人々に様々な感情を味わわせる。努力が報われ歓喜に震える者、日頃の勉強不足がたたり悲しみのどん底に落ちる者、危ない思いをしながらも胸を撫で下ろす者……己の今後の運命を左右するその一枚の紙を受け取った者たちを横目に、私も審判の時を待つ。
「―― 名字」
「…はい」
とうとう時は満ちてしまった。机に手をついて重力に負けてしまいそうな腰を持ち上げる。
ふと隣りに座る男と目が合い、どちらからともなく拳を差し出した。そう、どんな結果が待っていようと私たちは仲間だ。互いの健闘を祈り、私は地獄の番人のもとへと足を向かわせる。途中に目に付くのは、床に膝をついて打ちひしがれる者たちや、爽やかな笑顔で喜びを噛み締める者たち。
己がどの道を辿ろうと、既に覚悟は決めてある。
さあ来るがいい……地獄の番人、土方よ!
「名字、放課後残りな」
「……はい」
結果、惨敗。
答案の角に描かれた可哀相な数字。綺麗な字にも関わらず、それが示す現実はあまりに酷なものだ。
覚束ない足取りで席に戻れば、先ほど互いの健闘を祈りあった友が笑顔で紙面を見つめていた。恐る恐る覗き見ると、そこにはぎりぎり天国を意味する値が刻まれていた。
「なぜ…何でなの…」
「うわっ、ユウ! びっくりするだろ」
気配に気付いた平助くんが驚きながらこちらを振り向く。その表情の内側は喜びと安心に満ち溢れており、絶望に打ちひしがれる私とは正反対。
力の入らない足で何とか着席すると、焦った声色で平助くんがいたわりの言葉をかけてくれる。
平助くんには悪いのだけど、正直彼は私と同じ道を辿ると思っていたから、その分ショックは倍だった。理由はまあ、見た目から。
「オレ、剣道部だし…下手な点数は取れないんだよ」
「…なるほど」
彼は彼で苦労しているんだなあ。どこか遠くを見つめる平助くんに、それ以上私は何も言えなかった。
「赤点とった奴は今日の放課後、教室に残るように。
帰った奴は……覚悟しとけよ」
どうやら今回赤点をとった生徒は少ないらしい。前回のテスト返しの時よりは眉間のシワはそこまで厳しくない。といっても怖いことには何ら変わりないのだけど。
やっと迎えたお昼休みという名のパラダイスも、放課後を考えると楽しさが半減した。
なぜ、嫌なことが待っている時ほど時間は経つのが早いのだろう。悠々と下校する子たちを窓の向こうに見ながらため息を吐く。
教室を見渡せば、同士が私のほかに五人ほどいた。思っていたよりずっと少ない人数に驚きつつ、そりゃわざわざ厳しーい土方さんの補習なんて受けたくないよね、と納得していた。
バイトもない今日は早く家に帰って寝たかったのにな。数日前の自分を呪って悪態をついていると、教室の扉が迷いなく開かれた。
「…よし、全員来てるな」
教卓に立ってはニヤリと口角を上げて笑む、土方さん。あれは間違いなく私たちを徹底的に絞り尽くす顔だ。背中に走る寒気に震えながら、前を見据える。
回ってきたプリントに目を落とすと、そこには一週間みっちり補習の予定が記されていた。これではおちおちバイトにも行けないではないか…! 常にギリギリの生活を送っている私には大ダメージだ。
「毎回、補習の最後に課題を出す。それを次回の補習の時に提出しろ」
もし期限に遅れたら倍の課題を出すからな。と土方さんはいっそ憎たらしくなるくらい平然とおっしゃった。
つまりは一週間ずっと補習&課題づくめ。なんという地獄だ。
表情は見えなくとも、教室中の空気がとても重々しいものになっていた。
「今日はガイダンスで終わるが、明日からは覚悟しておけよ」
あれ、補習しないんだ。
どこか拍子抜けしつつ、儲けもんだと元気よく返事をした。
「ああ、そうだ。名字、支度が済んだら教員室へ来い」
「…?、はい」
去り際にそう言い残し、土方さんは教室を出た。はて、私呼ばれるようなことしたかな。テストの成績ならここにいるみんなだって同じだし。
考えを巡らせながら黙々と帰りの準備をしていると、異様に視線を感じる。ふと顔を上げれば、「可哀相に…」とでも言いたげな目が複数向けられていた。ちょっとちょっと、勝手に私を地獄に送らないでくれないかしら。口角をひきつらせているとみんなはそそくさと教室を出て行った。
*
「バイト入ってる日を教えろ」
「……へ?」
「へ、じゃねえよ。バイトと補習が被ったら困るだろうが」
確かにそうですけども――入室していきなり、ペンを持った土方さんは早く言えといわんばかりにコツコツと紙の上を叩く。
私は慌ててスケジュール帳を出して、補習中のバイトの日程を読み上げた。無言で書き込む土方さんに圧倒されながらも、どこか嬉しい気持ちが心をつつく。
スケジュール帳を閉じると、土方さんもペンを置いた。
「でも、いいんですか?」
「何がだ」
「これだと、えこひいきになってしまうんじゃ…」
嬉しいのは山々だが、他のみんなに申し訳ない。肩を疎ませていると、土方さんはこれまでの強張った表情を弛ませ「えこひいき、な」復唱して、意地悪く笑んだ。
「何も休みを認めるわけじゃねえんだ、相応の課題を出すからな。
…負い目を感じずに済むだろ?」
よかったな、と続ける笑顔はこの上なく愉しそうで。もっと状況を選んでその表情を見せてやくれないかと、声ばかりの笑いで返すのだった。
『地獄の幕開け』
「…どーもありがとうございます」
「礼なら数字で頼む」
「……努力します」
「これから中間考査の答案を返す。番号順に呼ぶから呼ばれたら取りに来いよ」
そう、――テスト返しだ。
毎回毎回訪れるこのイベントは人々に様々な感情を味わわせる。努力が報われ歓喜に震える者、日頃の勉強不足がたたり悲しみのどん底に落ちる者、危ない思いをしながらも胸を撫で下ろす者……己の今後の運命を左右するその一枚の紙を受け取った者たちを横目に、私も審判の時を待つ。
「―― 名字」
「…はい」
とうとう時は満ちてしまった。机に手をついて重力に負けてしまいそうな腰を持ち上げる。
ふと隣りに座る男と目が合い、どちらからともなく拳を差し出した。そう、どんな結果が待っていようと私たちは仲間だ。互いの健闘を祈り、私は地獄の番人のもとへと足を向かわせる。途中に目に付くのは、床に膝をついて打ちひしがれる者たちや、爽やかな笑顔で喜びを噛み締める者たち。
己がどの道を辿ろうと、既に覚悟は決めてある。
さあ来るがいい……地獄の番人、土方よ!
「名字、放課後残りな」
「……はい」
結果、惨敗。
答案の角に描かれた可哀相な数字。綺麗な字にも関わらず、それが示す現実はあまりに酷なものだ。
覚束ない足取りで席に戻れば、先ほど互いの健闘を祈りあった友が笑顔で紙面を見つめていた。恐る恐る覗き見ると、そこにはぎりぎり天国を意味する値が刻まれていた。
「なぜ…何でなの…」
「うわっ、ユウ! びっくりするだろ」
気配に気付いた平助くんが驚きながらこちらを振り向く。その表情の内側は喜びと安心に満ち溢れており、絶望に打ちひしがれる私とは正反対。
力の入らない足で何とか着席すると、焦った声色で平助くんがいたわりの言葉をかけてくれる。
平助くんには悪いのだけど、正直彼は私と同じ道を辿ると思っていたから、その分ショックは倍だった。理由はまあ、見た目から。
「オレ、剣道部だし…下手な点数は取れないんだよ」
「…なるほど」
彼は彼で苦労しているんだなあ。どこか遠くを見つめる平助くんに、それ以上私は何も言えなかった。
「赤点とった奴は今日の放課後、教室に残るように。
帰った奴は……覚悟しとけよ」
どうやら今回赤点をとった生徒は少ないらしい。前回のテスト返しの時よりは眉間のシワはそこまで厳しくない。といっても怖いことには何ら変わりないのだけど。
やっと迎えたお昼休みという名のパラダイスも、放課後を考えると楽しさが半減した。
なぜ、嫌なことが待っている時ほど時間は経つのが早いのだろう。悠々と下校する子たちを窓の向こうに見ながらため息を吐く。
教室を見渡せば、同士が私のほかに五人ほどいた。思っていたよりずっと少ない人数に驚きつつ、そりゃわざわざ厳しーい土方さんの補習なんて受けたくないよね、と納得していた。
バイトもない今日は早く家に帰って寝たかったのにな。数日前の自分を呪って悪態をついていると、教室の扉が迷いなく開かれた。
「…よし、全員来てるな」
教卓に立ってはニヤリと口角を上げて笑む、土方さん。あれは間違いなく私たちを徹底的に絞り尽くす顔だ。背中に走る寒気に震えながら、前を見据える。
回ってきたプリントに目を落とすと、そこには一週間みっちり補習の予定が記されていた。これではおちおちバイトにも行けないではないか…! 常にギリギリの生活を送っている私には大ダメージだ。
「毎回、補習の最後に課題を出す。それを次回の補習の時に提出しろ」
もし期限に遅れたら倍の課題を出すからな。と土方さんはいっそ憎たらしくなるくらい平然とおっしゃった。
つまりは一週間ずっと補習&課題づくめ。なんという地獄だ。
表情は見えなくとも、教室中の空気がとても重々しいものになっていた。
「今日はガイダンスで終わるが、明日からは覚悟しておけよ」
あれ、補習しないんだ。
どこか拍子抜けしつつ、儲けもんだと元気よく返事をした。
「ああ、そうだ。名字、支度が済んだら教員室へ来い」
「…?、はい」
去り際にそう言い残し、土方さんは教室を出た。はて、私呼ばれるようなことしたかな。テストの成績ならここにいるみんなだって同じだし。
考えを巡らせながら黙々と帰りの準備をしていると、異様に視線を感じる。ふと顔を上げれば、「可哀相に…」とでも言いたげな目が複数向けられていた。ちょっとちょっと、勝手に私を地獄に送らないでくれないかしら。口角をひきつらせているとみんなはそそくさと教室を出て行った。
*
「バイト入ってる日を教えろ」
「……へ?」
「へ、じゃねえよ。バイトと補習が被ったら困るだろうが」
確かにそうですけども――入室していきなり、ペンを持った土方さんは早く言えといわんばかりにコツコツと紙の上を叩く。
私は慌ててスケジュール帳を出して、補習中のバイトの日程を読み上げた。無言で書き込む土方さんに圧倒されながらも、どこか嬉しい気持ちが心をつつく。
スケジュール帳を閉じると、土方さんもペンを置いた。
「でも、いいんですか?」
「何がだ」
「これだと、えこひいきになってしまうんじゃ…」
嬉しいのは山々だが、他のみんなに申し訳ない。肩を疎ませていると、土方さんはこれまでの強張った表情を弛ませ「えこひいき、な」復唱して、意地悪く笑んだ。
「何も休みを認めるわけじゃねえんだ、相応の課題を出すからな。
…負い目を感じずに済むだろ?」
よかったな、と続ける笑顔はこの上なく愉しそうで。もっと状況を選んでその表情を見せてやくれないかと、声ばかりの笑いで返すのだった。
『地獄の幕開け』
「…どーもありがとうございます」
「礼なら数字で頼む」
「……努力します」