【hkok】せぶんてぃーん・ぶるーす
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「宣誓! 私たちは――」
今日という日にふさわしい晴天のもと、誓いを掲げるその声は高らかに響いた。
さすが元男子校なだけあって、整列している中でも士気が目に見えるようだ。
私は一番後ろで、丁度隣りの列に並ぶ千鶴と顔を見合わせては、苦く笑ってしまった。
一番最初の競技は200メートル走。うちのクラスの出走者は確か、
「名字さん!」
「…はい?」
何やら慌てた様子で自分の名前を呼ぶ声に、首を傾げる。顔を確認するとその人は体育委員の男子だった。なかなか先の言葉を発しない彼をじっと見ていれば、突然頭を勢いよく下げたではないか。
「頼む! …この競技に出てくれない?」
一体何を言っておられるのでしょうか。
間抜けな表情で固まる私の肩を、物凄い剣幕でその体育委員は掴んだ。
「あいつらに太刀打ちできるのは名字だけなんだ…!」
「あいつら?」
濁された名前に益々嫌な予感が漂う。目の前の人は無意識だったろうが、目線は確かに出場者が控えるその場所に向けられていた。さらに絞れば、それはある二人の男――沖田さんと斎藤さんを映していた。
視線に気付いたらしい沖田さんは何故か楽しそうに手を振ってきた。真っ黒な何かが見えるのは気のせいにしておく。
「む、むむ無理に決まってるでしょ」
「そこを何とか! 他の奴はビビっちゃって頼れないんだ」
「私だって嫌だよ!」
「名字はあいつらと仲いいんだろ? だから…なっ?」
うっすら涙を浮かべる彼に、私は言葉を詰まらせる。普段つるんでいるのは事実だが、だからといって女子に頼るのは士道を掲げるこの学園にあっていいのか。
そんな気持ちとは裏腹に、男子に最終手段とばかりに膝をつこうとされたところで、決着はついてしまった。
「まさか、君とこうして競えるなんて思わなかったな」
「…私は想像したくもなかったですけど」
出走レーンは奇跡的に(絶望的に)、沖田さん、斎藤さん、他二人という死闘必至のものだった。
女子だからと50メートル先からスタートというハンデをいただいたが、果たして意味を成すのか甚だ疑問である。
そう私一人が腑に落ちていなくとも、「位置について」と聞こえればそれに従うしかない。
「よーい……」
刹那、空気を裂いた音と同時に思いきり地面を蹴った。
ハンデがあるおかげで数秒は先頭の気分が味わえたものの、嘲笑うかのように沖田さんがすっと追い越して行く。
こんな展開は分かっていた、が。あの優越感たっぷりな笑顔を見ると、ちっぽけな私の闘争心が掻き立てられてしまうのだ。
負けるものかと歯を食いしばって、足を前に踏み出そうとした時だった。
「いっ、!?」
前どころか足は後ろに引っ張られ、反動で上半身が思い切り前につんのめる。
――どうやら、追い越そうとした人に解けた靴紐を踏まれてしまったらしい。
スローに流れる視界の端に目を見開いた斎藤さんが映った。
「――っ!」
むしろ、つまらない意地を張って沖田さんと競っている彼の邪魔をしてしまったのは、私のほうだ。だからそんな申し訳なさそうな顔をする必要はないのに。
思いの外強く地面の上を滑った身体が痛み、不安げに覗き込む斎藤さんに向かって直接口に出すことはかなわなかった。
「名字…!」
何とか上体を起こして、安心させるために笑顔を見せた。
ただ足を見やればこれでもかというぐらいの血が出ていて、無意識に顔が強張る。
「いっ、た…」
どうにもこうにも、一時中断させてしまっているこの場を動かすためにも、私は早く保健室に向かわなければ。
よたよたと頼りない動作で何とか立ち上がれば、宙に浮かせていた片腕の自由がきかなくなった。
「…歩けるか?」
「は、はい」
「俺に体重を預けてくれて構わない、ゆっくり歩け」
普段は好んで女子に触れたがらない彼だが、やはりこういう場合は別なのだろうか。
片手は肩に回した私の手首を固定し、反対の手は支えるようにして腰に添えられていて。必然的に互いの距離は0になるわけで。
喋る斎藤さんの息が前髪に当たって、何だか気恥ずかしい。
思わず俯けた私の顔を下から覗いた斎藤さんは、大真面目に「熱中症か?」なんて言うものだから、笑って誤魔化すしかなかった。
ひとまず水道で傷口を洗い流してから、保健室にお邪魔する。
「山南先生、怪我の手当てをお願いします」
斎藤さんが呼んだ名にはっとした。
呼ばれた方は私たちに気付くと、イスを回し身体ごとこちらを向いた。笑顔なのはいいものの、私を見る目が隣りの彼に向けるそれと違ったように感じたのは、単に私が自意識過剰なだけだろうか。眼鏡のブリッジを上げるその人の表情は窺い知れなかった。
「これはまた、随分と豪快に転ばれたようで」
「すみません…」
「いいえ。治療しがいがあるというものですよ」
斎藤さんの肩から腕が外され、椅子に座らされる。彼を見やれば気持ち目を伏せて「すまなかった」と、呟きよりははっきりと謝られた。私は数回首を横に振って、口に出す代わりに笑顔で応える。彼も眉を下げて笑って、頭を撫で付けられたと思ったら既に出入り口から足を踏み出す後ろ姿が見えた。
数秒見送って視線を戻すと、真っ先に山南先生の目と視線がかち合い、肩が跳ねる。
「名字さんは、今年からこの学園へ編入されたのでしょう?」
「はい、そうです」
「どうです? 少しは学園の生活に慣れましたか」
「ええ、みんないい人達ばかりで…とても楽しいです」
「それはそれは…教師としても喜ばしい限りです」
会話を弾ませながらも、その手はテキパキと処置を施していく。保健医なのだから当然といえば当然なのだが、迷いのない手つきに感嘆の息が漏れた。耳に入ってしまったのだろうか、私の足を処置している山南先生が上目で見上げてきたので、途端に恥ずかしくなってしまった。ああもう、誰から誰までかっこよすぎるのがいけないんだ。
「――ところで、一つお聞きしたいのですが」
「? はい」
丁寧に包帯を巻き付けられた足を地に下ろすと、山南先生は眼鏡のブリッジに手を当て、一旦考える素振りを見せる。私は何も分からず首を傾げ、言葉を待つ。
「名字さん、あなたはどちらの学校からいらしたのですか?」
「! っ、」
なんて、今更な質問だろうか。いやむしろ、今更すぎて何て答えればいいのか分からない。
致し方なく、大して溜まっていない唾を飲み下して気を紛らわす。そんなことをしたところでこの場は紛らわせないだろうけど。証拠に、目の前には鋭い視線を投げる先生がいる。
「い…色んな学校を転々としてて、あんまり覚えてないんですよね」
「おかしいですね。記録には転校先の名前は一つも載っていなかったのですが」
「いっぱいありすぎて、か、書ききれなかったんじゃないんですかね…」
苦しい言い訳だとは我ながら思いざるを得ない。しかしここで誤魔化さなければ厄介だ。この経緯を上手く説明できる自信なんてないし、できたところで残念な子を見る目で見られてお終いな気がする。八方塞がりの状況に、膝の上の拳に力がこもる。
必然的に喉を圧迫されるような沈黙が落ちる。何か言わなければと焦る私を見兼ねてか、目の前の方が口を開いた。
「もしかして、あなたは――」
「山南先生!」
図られたかのようなタイミングで突然、保健室の扉が慌ただしい音を立てて放たれる。扉の向こうには肩で息をしている男子がいて、穏やかではないことが窺える。実際、飛び出た言葉もそんな内容ではなかった。
「クラスの奴が、熱中症らしくて…! 今すぐ来ていただけませんか!?」
噛み付く勢いで懇願する彼に、山南先生は軽くため息を吐いて席を立つ。
不謹慎窮まりないが、その様子にホッと胸を撫で下ろしてしまった。遮られた先の言葉も気にはなるが、ボロが出る前に状況を脱することができたのが何より嬉しかった。
「ではまた、… 名字さんとは是非ゆっくりお話がしたいものです」
去り際何かを含んだ笑みで言われて、私はイエス・ノーでは答えず苦笑でやり過ごした。
もちろんその中には「是非とも、ご遠慮したいです」という気持ちを込めて。
『よーい、』
「(名字)ーっ!」
「あ、体育委員の…」
「悪かった! 俺が、無理に、頼んだせいで、っ」
「大丈夫だから、とりあえず泣かないで…!」
今日という日にふさわしい晴天のもと、誓いを掲げるその声は高らかに響いた。
さすが元男子校なだけあって、整列している中でも士気が目に見えるようだ。
私は一番後ろで、丁度隣りの列に並ぶ千鶴と顔を見合わせては、苦く笑ってしまった。
一番最初の競技は200メートル走。うちのクラスの出走者は確か、
「名字さん!」
「…はい?」
何やら慌てた様子で自分の名前を呼ぶ声に、首を傾げる。顔を確認するとその人は体育委員の男子だった。なかなか先の言葉を発しない彼をじっと見ていれば、突然頭を勢いよく下げたではないか。
「頼む! …この競技に出てくれない?」
一体何を言っておられるのでしょうか。
間抜けな表情で固まる私の肩を、物凄い剣幕でその体育委員は掴んだ。
「あいつらに太刀打ちできるのは名字だけなんだ…!」
「あいつら?」
濁された名前に益々嫌な予感が漂う。目の前の人は無意識だったろうが、目線は確かに出場者が控えるその場所に向けられていた。さらに絞れば、それはある二人の男――沖田さんと斎藤さんを映していた。
視線に気付いたらしい沖田さんは何故か楽しそうに手を振ってきた。真っ黒な何かが見えるのは気のせいにしておく。
「む、むむ無理に決まってるでしょ」
「そこを何とか! 他の奴はビビっちゃって頼れないんだ」
「私だって嫌だよ!」
「名字はあいつらと仲いいんだろ? だから…なっ?」
うっすら涙を浮かべる彼に、私は言葉を詰まらせる。普段つるんでいるのは事実だが、だからといって女子に頼るのは士道を掲げるこの学園にあっていいのか。
そんな気持ちとは裏腹に、男子に最終手段とばかりに膝をつこうとされたところで、決着はついてしまった。
「まさか、君とこうして競えるなんて思わなかったな」
「…私は想像したくもなかったですけど」
出走レーンは奇跡的に(絶望的に)、沖田さん、斎藤さん、他二人という死闘必至のものだった。
女子だからと50メートル先からスタートというハンデをいただいたが、果たして意味を成すのか甚だ疑問である。
そう私一人が腑に落ちていなくとも、「位置について」と聞こえればそれに従うしかない。
「よーい……」
刹那、空気を裂いた音と同時に思いきり地面を蹴った。
ハンデがあるおかげで数秒は先頭の気分が味わえたものの、嘲笑うかのように沖田さんがすっと追い越して行く。
こんな展開は分かっていた、が。あの優越感たっぷりな笑顔を見ると、ちっぽけな私の闘争心が掻き立てられてしまうのだ。
負けるものかと歯を食いしばって、足を前に踏み出そうとした時だった。
「いっ、!?」
前どころか足は後ろに引っ張られ、反動で上半身が思い切り前につんのめる。
――どうやら、追い越そうとした人に解けた靴紐を踏まれてしまったらしい。
スローに流れる視界の端に目を見開いた斎藤さんが映った。
「――っ!」
むしろ、つまらない意地を張って沖田さんと競っている彼の邪魔をしてしまったのは、私のほうだ。だからそんな申し訳なさそうな顔をする必要はないのに。
思いの外強く地面の上を滑った身体が痛み、不安げに覗き込む斎藤さんに向かって直接口に出すことはかなわなかった。
「名字…!」
何とか上体を起こして、安心させるために笑顔を見せた。
ただ足を見やればこれでもかというぐらいの血が出ていて、無意識に顔が強張る。
「いっ、た…」
どうにもこうにも、一時中断させてしまっているこの場を動かすためにも、私は早く保健室に向かわなければ。
よたよたと頼りない動作で何とか立ち上がれば、宙に浮かせていた片腕の自由がきかなくなった。
「…歩けるか?」
「は、はい」
「俺に体重を預けてくれて構わない、ゆっくり歩け」
普段は好んで女子に触れたがらない彼だが、やはりこういう場合は別なのだろうか。
片手は肩に回した私の手首を固定し、反対の手は支えるようにして腰に添えられていて。必然的に互いの距離は0になるわけで。
喋る斎藤さんの息が前髪に当たって、何だか気恥ずかしい。
思わず俯けた私の顔を下から覗いた斎藤さんは、大真面目に「熱中症か?」なんて言うものだから、笑って誤魔化すしかなかった。
ひとまず水道で傷口を洗い流してから、保健室にお邪魔する。
「山南先生、怪我の手当てをお願いします」
斎藤さんが呼んだ名にはっとした。
呼ばれた方は私たちに気付くと、イスを回し身体ごとこちらを向いた。笑顔なのはいいものの、私を見る目が隣りの彼に向けるそれと違ったように感じたのは、単に私が自意識過剰なだけだろうか。眼鏡のブリッジを上げるその人の表情は窺い知れなかった。
「これはまた、随分と豪快に転ばれたようで」
「すみません…」
「いいえ。治療しがいがあるというものですよ」
斎藤さんの肩から腕が外され、椅子に座らされる。彼を見やれば気持ち目を伏せて「すまなかった」と、呟きよりははっきりと謝られた。私は数回首を横に振って、口に出す代わりに笑顔で応える。彼も眉を下げて笑って、頭を撫で付けられたと思ったら既に出入り口から足を踏み出す後ろ姿が見えた。
数秒見送って視線を戻すと、真っ先に山南先生の目と視線がかち合い、肩が跳ねる。
「名字さんは、今年からこの学園へ編入されたのでしょう?」
「はい、そうです」
「どうです? 少しは学園の生活に慣れましたか」
「ええ、みんないい人達ばかりで…とても楽しいです」
「それはそれは…教師としても喜ばしい限りです」
会話を弾ませながらも、その手はテキパキと処置を施していく。保健医なのだから当然といえば当然なのだが、迷いのない手つきに感嘆の息が漏れた。耳に入ってしまったのだろうか、私の足を処置している山南先生が上目で見上げてきたので、途端に恥ずかしくなってしまった。ああもう、誰から誰までかっこよすぎるのがいけないんだ。
「――ところで、一つお聞きしたいのですが」
「? はい」
丁寧に包帯を巻き付けられた足を地に下ろすと、山南先生は眼鏡のブリッジに手を当て、一旦考える素振りを見せる。私は何も分からず首を傾げ、言葉を待つ。
「名字さん、あなたはどちらの学校からいらしたのですか?」
「! っ、」
なんて、今更な質問だろうか。いやむしろ、今更すぎて何て答えればいいのか分からない。
致し方なく、大して溜まっていない唾を飲み下して気を紛らわす。そんなことをしたところでこの場は紛らわせないだろうけど。証拠に、目の前には鋭い視線を投げる先生がいる。
「い…色んな学校を転々としてて、あんまり覚えてないんですよね」
「おかしいですね。記録には転校先の名前は一つも載っていなかったのですが」
「いっぱいありすぎて、か、書ききれなかったんじゃないんですかね…」
苦しい言い訳だとは我ながら思いざるを得ない。しかしここで誤魔化さなければ厄介だ。この経緯を上手く説明できる自信なんてないし、できたところで残念な子を見る目で見られてお終いな気がする。八方塞がりの状況に、膝の上の拳に力がこもる。
必然的に喉を圧迫されるような沈黙が落ちる。何か言わなければと焦る私を見兼ねてか、目の前の方が口を開いた。
「もしかして、あなたは――」
「山南先生!」
図られたかのようなタイミングで突然、保健室の扉が慌ただしい音を立てて放たれる。扉の向こうには肩で息をしている男子がいて、穏やかではないことが窺える。実際、飛び出た言葉もそんな内容ではなかった。
「クラスの奴が、熱中症らしくて…! 今すぐ来ていただけませんか!?」
噛み付く勢いで懇願する彼に、山南先生は軽くため息を吐いて席を立つ。
不謹慎窮まりないが、その様子にホッと胸を撫で下ろしてしまった。遮られた先の言葉も気にはなるが、ボロが出る前に状況を脱することができたのが何より嬉しかった。
「ではまた、… 名字さんとは是非ゆっくりお話がしたいものです」
去り際何かを含んだ笑みで言われて、私はイエス・ノーでは答えず苦笑でやり過ごした。
もちろんその中には「是非とも、ご遠慮したいです」という気持ちを込めて。
『よーい、』
「(名字)ーっ!」
「あ、体育委員の…」
「悪かった! 俺が、無理に、頼んだせいで、っ」
「大丈夫だから、とりあえず泣かないで…!」