【hkok】春うらら
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とぷとぷ、久しぶりに使う急須に若干の緊張が走る。
いつもはコーヒー派なのでお茶はほとんど淹れることはなく、急須を使うのも親が顔を出しに来た時ぐらいだった。
そんな私がなぜ使っているのかというと、全ては後ろに鎮座する方のリクエストだからだ。
「粗茶ですが…どうぞ」
「……」
自信がないだけに少し遠慮がちに出せば、その人は直ぐには手をつけず、じっとお茶と私を見比べる。
その行動の意味なんて口にしなくとも分かる。
「変なものは入れてませんので」
「…どうだかな」
言葉に付け加え鼻で笑う姿にとてつもない怒りを感じた。
まだ会ったばかりだし信用しろとまでは言わないけれど、その物言いはないんじゃないか。文句の一つでも言ってやりたいところだが、ここで話がこじれては何も意味がない。
こほん、と咳払いをしてから目の前の人を見た。
「ところで、あなたの名前を教えて下さい」
通報するにも何をするにしても手掛かりは多いに越したことはない。心の中でほくそ笑んでいれば、その人は苦々しい表情で考えてからやっと重い口を開けた。
「…俺は、新選組副長の土方歳三だ」
――今、なんて?
一瞬私の思考がフリーズした。
いやいやその格好だからって騙されないぞ。こっちは真剣に聞いているというのに。
「…大変失礼ですがそれ、本気で言ってます…?」
「あぁ? 馬鹿にしてるのかてめぇは」
「っだ、だって…!」
そこまで歴史に詳しくない私でも知っている。幕末に活躍した人で、超有名人で、なにより――とっくの昔に死んでるじゃないか。
今度は私が疑いの目を向けるが、その「土方歳三」は機嫌が悪そうにそっぽを向いている。
でもこの人のコスプレかなんかだと思ってた羽織も妙に着慣れてる感があるし、刀も本物。しかもさっきは今の時代当たり前に存在しているものを全く知らないと言った。
彼の言っていることを納得してしまえば全部のつじつまが合ってしまうのだ。
「ちなみに、今何年だと思います?」
「今は慶応元年だろう」
「! それ…」
「ああ、本気だよ。なんか文句あんのか」
本人の言葉通り、彼は本気だ。
ならばこれは俗に言われる“タイムスリップ”ということになる。こんなの映画や漫画の中でしか有り得ないことだと思っていたが、まさかこうして目の当たりにする日がくるなんて。
ちょっと感動を覚えそうになったが、そんな悠長なことをしている場合ではないとかき消した。
まずは本人にも伝えなければと、今は慶応元年ではないこと、恐らく未来に来てしまったのだということ。順を追って話していけば最初は疑わしげだった表情が、みるみる険しくなる。すっかり血の気が引いた顔色にこっちが気の毒になってしまった。
一通り説明し終えれば、沈黙がその場に落ちる。気分が落ち着かず自分の手元の湯飲みを小さく揺らしながら、なんとかして重い沈黙を破ろうと様子を窺いながら口を開いた。
「なにか…心当たりはありませんか?」
「……わからねぇ。俺はただ鬼とかいう奴と戦ってて、…まさか」
“鬼”? 聞き慣れないワードに首を傾げる。鬼のような人、とか誰かのあだ名だろうか。
土方さんは眉間に深い皺を寄せて、再び沈黙。
「悪い。やっぱり分からねぇ」
「そうですか…」
目を伏せる姿に本人ももうお手上げ状態であることを悟った。事実、これ以上議論を続けたところで答えは見つからないだろう。
「……これからどうするんですか?」
「そりゃあ、帰る方法を探すに決まってんだろ」
――ですよね。
はは、と乾いた笑いを漏らせば、土方さんがはっとした表情でこちらを見た。
そのまま真直ぐ私の目を射抜く視線は、私の考えていること全てを見透かすよう。実際「そうか」と呟かれたことからも、既に汲み取られてしまったのだろう。
「此処は俺の知ってる時代じゃねぇんだったな」
「そう、ですね」
ただの迷子とかそういうレベルの話ではない。彼にとっては右も左も分からない世界になってしまったのだ。苦虫を噛み潰したような顔で固まる土方さん。これはこっちから切り出さなければいけないかな、と声を出しかけた時だった。
「…待て。俺から言う」
テーブルの脇に出て、正座に座り直す。普通の人とは違う凛とした所作に心臓が跳ねた。
「元の時代に戻るまでの間、此処に置いてくれ。…頼む」
言い終えると同時に深々と頭を下げる。あまりの迫力に逆にこちらが申し訳なくなった。武士の人がやるとこんなにも重いものなのか…あたふたしながら急いで了承の意を示した。
「分かりました、とにかく頭を上げて下さい…!」
「ああ。…すまねぇな」
ゆっくり上げられた顔には小さな笑みが刻まれていて。不覚にもドキドキしてしまったのは彼の容姿のせいだと思っておくことにした。
いつもはコーヒー派なのでお茶はほとんど淹れることはなく、急須を使うのも親が顔を出しに来た時ぐらいだった。
そんな私がなぜ使っているのかというと、全ては後ろに鎮座する方のリクエストだからだ。
「粗茶ですが…どうぞ」
「……」
自信がないだけに少し遠慮がちに出せば、その人は直ぐには手をつけず、じっとお茶と私を見比べる。
その行動の意味なんて口にしなくとも分かる。
「変なものは入れてませんので」
「…どうだかな」
言葉に付け加え鼻で笑う姿にとてつもない怒りを感じた。
まだ会ったばかりだし信用しろとまでは言わないけれど、その物言いはないんじゃないか。文句の一つでも言ってやりたいところだが、ここで話がこじれては何も意味がない。
こほん、と咳払いをしてから目の前の人を見た。
「ところで、あなたの名前を教えて下さい」
通報するにも何をするにしても手掛かりは多いに越したことはない。心の中でほくそ笑んでいれば、その人は苦々しい表情で考えてからやっと重い口を開けた。
「…俺は、新選組副長の土方歳三だ」
――今、なんて?
一瞬私の思考がフリーズした。
いやいやその格好だからって騙されないぞ。こっちは真剣に聞いているというのに。
「…大変失礼ですがそれ、本気で言ってます…?」
「あぁ? 馬鹿にしてるのかてめぇは」
「っだ、だって…!」
そこまで歴史に詳しくない私でも知っている。幕末に活躍した人で、超有名人で、なにより――とっくの昔に死んでるじゃないか。
今度は私が疑いの目を向けるが、その「土方歳三」は機嫌が悪そうにそっぽを向いている。
でもこの人のコスプレかなんかだと思ってた羽織も妙に着慣れてる感があるし、刀も本物。しかもさっきは今の時代当たり前に存在しているものを全く知らないと言った。
彼の言っていることを納得してしまえば全部のつじつまが合ってしまうのだ。
「ちなみに、今何年だと思います?」
「今は慶応元年だろう」
「! それ…」
「ああ、本気だよ。なんか文句あんのか」
本人の言葉通り、彼は本気だ。
ならばこれは俗に言われる“タイムスリップ”ということになる。こんなの映画や漫画の中でしか有り得ないことだと思っていたが、まさかこうして目の当たりにする日がくるなんて。
ちょっと感動を覚えそうになったが、そんな悠長なことをしている場合ではないとかき消した。
まずは本人にも伝えなければと、今は慶応元年ではないこと、恐らく未来に来てしまったのだということ。順を追って話していけば最初は疑わしげだった表情が、みるみる険しくなる。すっかり血の気が引いた顔色にこっちが気の毒になってしまった。
一通り説明し終えれば、沈黙がその場に落ちる。気分が落ち着かず自分の手元の湯飲みを小さく揺らしながら、なんとかして重い沈黙を破ろうと様子を窺いながら口を開いた。
「なにか…心当たりはありませんか?」
「……わからねぇ。俺はただ鬼とかいう奴と戦ってて、…まさか」
“鬼”? 聞き慣れないワードに首を傾げる。鬼のような人、とか誰かのあだ名だろうか。
土方さんは眉間に深い皺を寄せて、再び沈黙。
「悪い。やっぱり分からねぇ」
「そうですか…」
目を伏せる姿に本人ももうお手上げ状態であることを悟った。事実、これ以上議論を続けたところで答えは見つからないだろう。
「……これからどうするんですか?」
「そりゃあ、帰る方法を探すに決まってんだろ」
――ですよね。
はは、と乾いた笑いを漏らせば、土方さんがはっとした表情でこちらを見た。
そのまま真直ぐ私の目を射抜く視線は、私の考えていること全てを見透かすよう。実際「そうか」と呟かれたことからも、既に汲み取られてしまったのだろう。
「此処は俺の知ってる時代じゃねぇんだったな」
「そう、ですね」
ただの迷子とかそういうレベルの話ではない。彼にとっては右も左も分からない世界になってしまったのだ。苦虫を噛み潰したような顔で固まる土方さん。これはこっちから切り出さなければいけないかな、と声を出しかけた時だった。
「…待て。俺から言う」
テーブルの脇に出て、正座に座り直す。普通の人とは違う凛とした所作に心臓が跳ねた。
「元の時代に戻るまでの間、此処に置いてくれ。…頼む」
言い終えると同時に深々と頭を下げる。あまりの迫力に逆にこちらが申し訳なくなった。武士の人がやるとこんなにも重いものなのか…あたふたしながら急いで了承の意を示した。
「分かりました、とにかく頭を上げて下さい…!」
「ああ。…すまねぇな」
ゆっくり上げられた顔には小さな笑みが刻まれていて。不覚にもドキドキしてしまったのは彼の容姿のせいだと思っておくことにした。