【hkok】春うらら
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なんとなく、小指がこそばゆい。ピンキーリングといえども、男性に指輪を贈られるのは妙に勘ぐってしまう。しかし贈り主はあの土方さんであり、そういう意味が込められた可能性はほぼ0だろう。だからといって嬉しくないというわけではないが、何か……引っかかる。
「…なんだかなぁ」
「何それ、ものまねしたつもり?」
「いいえ」
からからと笑いながら隣から突っ込みを入れる友人。
お酒を飲んでいるからか、いまいち思考が働かない。友人はご機嫌な様子で焼酎をもう一杯なんて店員に頼んでいる。これは潰れるまで飲む気だなと私はため息をついた。
「彼氏とはどうなの?」
「とりあえず順風満帆かな」
両手を合わせて笑顔を浮かべる姿に、むしょうに羨ましくなった。私だっていつかは……なんて言っている内はダメなんだろうなあ。
「いいなぁって思う人もいないの?」
「うーん……」
「お、その顔はいるな」
答えを濁していると横から肘で小突かれた。
結局苦笑いで誤魔化すに至れば、友人は大げさなため息をついて脱力した。
「まったく。うかうかしてたら、かっさらわれちゃうんだからね!」
あんたよりいい女なんて山ほど居るんだから!と続けざまに言われた。友人としてその発言はどうなんだと思いつつ、それが事実であることも否定できない。
気持ちはそれなりの形を成していると思う。しかし、それ以前の問題が気持ちの外側を固めてしまっている。
伝えたならば重荷になるに違いない。彼は私が土方さんに対しこんな感情を持つことを望んではいないから。ただでさえ戸惑いばかり降りかかる彼に今以上の負担をかけたくないのだ。
「おーい、そろそろ帰るよ?」
「えっ?…うん。ていうかもう飲まなくていいの?」
「…早く帰ってこいだって」
さっき覚悟を決めた私としてはとんだ肩すかしだ。当の友人は眉尻を下げてシュンとしおらしくなってしまった。どうやら彼氏サマより帰還命令が下ったらしい。
私がまた今度来ようよと声を掛けると、友人はうなだれていた頭を上げて気合十分に拳を突き上げる。
こりゃ次は朝までコース確定だな、と遠い目をしながら悟った。
「いつも悪いな」
「いえ、こちらのわがままですみません」
苦笑気味に礼を言えば、相手のほうが申し訳なさそうに頭を下げた。
初めて夕食を馳走になったのはつい半月前のこと。以来、三日に一回ほどの頻度で食卓を共にしていた。迷惑だろうとはもちろん感じており、毎回遠慮の言葉を述べるがいかんせん子供の力は強力なものだ。小さな頭がうなだれてしまう様を見て遠慮することが悪いことに思えてしまうぐらいには。また母親のほうも大歓迎といった勢いで料理を振る舞うものだから、一層遠慮し難い雰囲気を作り出していた。決してそれが嫌なわけではなく、だがしかし胸に何か引っかかりを感じるのも事実だ。
「土方さん?」
はっとして視線を彼女に戻せば心配そうな面持ちでこちらを見つめていた。目の前の人を放ったらかして思考に身を沈めてしまっていたらしい。一言謝りを入れ、背を向けた時だった。
「っあの!」
左腕を柔く掴まれ、前に行くはずの身体はその場に留まった。後ろを振り返ると彼女の必死さが滲む表情に驚く。何か落ち度があったのだろうかと頭の片隅で考えながら彼女を見やる。視線をやや下に落として少し思案してから、決意が篭った目が向けられる。
「土方さんさえよければ、私とーー」
「土方さん?」
*
少し飲み過ぎただろうか。心なしかふわふわした足元に不安を覚えながら帰路に着く。いずれにせよ明日は土曜日で仕事はお休みだ。特にこれといった予定もないから好きなだけ寝てようかしら。鼻歌なんか歌ったりしながら歩き慣れた道を歩く。
ーー家まであと十分、といったところだろうか。何気なく視線を横に投げると、一人の見知った後ろ姿が見えた。見間違いかとも思ったが、特徴的な髪型にあのスタイルの良さはそうそう居るものではない。うんうんと一人で納得をしてから、また疑問符が浮かんだ。
なんでこんなところにいるのだろう。道場からはそんなに離れてはいないが、特に店があるわけでもなくただの住宅街だ。増えるばかりの疑問符に土方さんほどではないが眉間に皺がよる。
以前より帰りが遅くなった理由が今にあるのだろうか。そう考えたところで少し思考が固まった。果たして私が踏み込んでいいものか。踏み込んだところで土方さんに嫌な思いをさせてしまわないだろうか。気づけばマイナスな考えばかりが頭を満たしていた。
ーー声を掛けるぐらいで何を深く考えているんだ。固まった表情を解してから、ひとつ息を吸ってその人の名前を呼びかけた。
「名字?」
途端、振り返った土方さんの後ろにもう一人の人影が出てきた。歩み寄っていた足を止め、立ち尽くす。女性も最初は呆気にとられていたが、間を置いてからはっとした様子で土方さんの左腕から手を離した。土方さんは心底驚いたような表情で私を見た。
二人の一連の様子が見てはいけないものを見てしまったような、複雑な感情でいっぱいにさせた。
「すみません、お話中に」
「いや、平気だ。…それに謝るのは俺のほうだ」
なぜか土方さんは苦笑いを浮かべる。首を傾げていると「帰りが遅くなった理由がな」と手を女性のほうに向けた。
「生徒の親御さんに夕飯を馳走になってたんだよ」
ああ、なるほど。納得したはいいが、ひとつ気になるのは何故言って下さらなかったのか。
そんな考えは表情にも出ていたようで、土方さんは「なかなか言いづらくてな。すまねえ」と困った風に笑った。
私がどう反応したらいいものか困っている間に、土方さんは女性に一言二言告げて隣に並んでいた。思う所はいくつかあるが、ひとまず女性に会釈をしてーー二歩先行く土方さんに追いついた。
「あの女性(ひと)って、」
「なんだ。知り合いか?」
「いえ、ただーー…何でもないです」
珍しくきょとんとした顔を見せる土方さんを横目に、私の頭にはあの女性の表情が強く張り付いていた。
「…なんだかなぁ」
「何それ、ものまねしたつもり?」
「いいえ」
からからと笑いながら隣から突っ込みを入れる友人。
お酒を飲んでいるからか、いまいち思考が働かない。友人はご機嫌な様子で焼酎をもう一杯なんて店員に頼んでいる。これは潰れるまで飲む気だなと私はため息をついた。
「彼氏とはどうなの?」
「とりあえず順風満帆かな」
両手を合わせて笑顔を浮かべる姿に、むしょうに羨ましくなった。私だっていつかは……なんて言っている内はダメなんだろうなあ。
「いいなぁって思う人もいないの?」
「うーん……」
「お、その顔はいるな」
答えを濁していると横から肘で小突かれた。
結局苦笑いで誤魔化すに至れば、友人は大げさなため息をついて脱力した。
「まったく。うかうかしてたら、かっさらわれちゃうんだからね!」
あんたよりいい女なんて山ほど居るんだから!と続けざまに言われた。友人としてその発言はどうなんだと思いつつ、それが事実であることも否定できない。
気持ちはそれなりの形を成していると思う。しかし、それ以前の問題が気持ちの外側を固めてしまっている。
伝えたならば重荷になるに違いない。彼は私が土方さんに対しこんな感情を持つことを望んではいないから。ただでさえ戸惑いばかり降りかかる彼に今以上の負担をかけたくないのだ。
「おーい、そろそろ帰るよ?」
「えっ?…うん。ていうかもう飲まなくていいの?」
「…早く帰ってこいだって」
さっき覚悟を決めた私としてはとんだ肩すかしだ。当の友人は眉尻を下げてシュンとしおらしくなってしまった。どうやら彼氏サマより帰還命令が下ったらしい。
私がまた今度来ようよと声を掛けると、友人はうなだれていた頭を上げて気合十分に拳を突き上げる。
こりゃ次は朝までコース確定だな、と遠い目をしながら悟った。
「いつも悪いな」
「いえ、こちらのわがままですみません」
苦笑気味に礼を言えば、相手のほうが申し訳なさそうに頭を下げた。
初めて夕食を馳走になったのはつい半月前のこと。以来、三日に一回ほどの頻度で食卓を共にしていた。迷惑だろうとはもちろん感じており、毎回遠慮の言葉を述べるがいかんせん子供の力は強力なものだ。小さな頭がうなだれてしまう様を見て遠慮することが悪いことに思えてしまうぐらいには。また母親のほうも大歓迎といった勢いで料理を振る舞うものだから、一層遠慮し難い雰囲気を作り出していた。決してそれが嫌なわけではなく、だがしかし胸に何か引っかかりを感じるのも事実だ。
「土方さん?」
はっとして視線を彼女に戻せば心配そうな面持ちでこちらを見つめていた。目の前の人を放ったらかして思考に身を沈めてしまっていたらしい。一言謝りを入れ、背を向けた時だった。
「っあの!」
左腕を柔く掴まれ、前に行くはずの身体はその場に留まった。後ろを振り返ると彼女の必死さが滲む表情に驚く。何か落ち度があったのだろうかと頭の片隅で考えながら彼女を見やる。視線をやや下に落として少し思案してから、決意が篭った目が向けられる。
「土方さんさえよければ、私とーー」
「土方さん?」
*
少し飲み過ぎただろうか。心なしかふわふわした足元に不安を覚えながら帰路に着く。いずれにせよ明日は土曜日で仕事はお休みだ。特にこれといった予定もないから好きなだけ寝てようかしら。鼻歌なんか歌ったりしながら歩き慣れた道を歩く。
ーー家まであと十分、といったところだろうか。何気なく視線を横に投げると、一人の見知った後ろ姿が見えた。見間違いかとも思ったが、特徴的な髪型にあのスタイルの良さはそうそう居るものではない。うんうんと一人で納得をしてから、また疑問符が浮かんだ。
なんでこんなところにいるのだろう。道場からはそんなに離れてはいないが、特に店があるわけでもなくただの住宅街だ。増えるばかりの疑問符に土方さんほどではないが眉間に皺がよる。
以前より帰りが遅くなった理由が今にあるのだろうか。そう考えたところで少し思考が固まった。果たして私が踏み込んでいいものか。踏み込んだところで土方さんに嫌な思いをさせてしまわないだろうか。気づけばマイナスな考えばかりが頭を満たしていた。
ーー声を掛けるぐらいで何を深く考えているんだ。固まった表情を解してから、ひとつ息を吸ってその人の名前を呼びかけた。
「名字?」
途端、振り返った土方さんの後ろにもう一人の人影が出てきた。歩み寄っていた足を止め、立ち尽くす。女性も最初は呆気にとられていたが、間を置いてからはっとした様子で土方さんの左腕から手を離した。土方さんは心底驚いたような表情で私を見た。
二人の一連の様子が見てはいけないものを見てしまったような、複雑な感情でいっぱいにさせた。
「すみません、お話中に」
「いや、平気だ。…それに謝るのは俺のほうだ」
なぜか土方さんは苦笑いを浮かべる。首を傾げていると「帰りが遅くなった理由がな」と手を女性のほうに向けた。
「生徒の親御さんに夕飯を馳走になってたんだよ」
ああ、なるほど。納得したはいいが、ひとつ気になるのは何故言って下さらなかったのか。
そんな考えは表情にも出ていたようで、土方さんは「なかなか言いづらくてな。すまねえ」と困った風に笑った。
私がどう反応したらいいものか困っている間に、土方さんは女性に一言二言告げて隣に並んでいた。思う所はいくつかあるが、ひとまず女性に会釈をしてーー二歩先行く土方さんに追いついた。
「あの女性(ひと)って、」
「なんだ。知り合いか?」
「いえ、ただーー…何でもないです」
珍しくきょとんとした顔を見せる土方さんを横目に、私の頭にはあの女性の表情が強く張り付いていた。