【hkok】春うらら
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「土方くん、ちょっといいかい」
稽古も終わり、着替えようと荷物を抱えた時だった。師範が手招きをしてこちらを呼ぶ。何故かやたらと笑っているのが気になるもの、呼ばれたからには行かなければと一旦荷物を降ろした。
「遅くなってしまって悪かったね。…これを」
そう前置きをして手渡されたのは白い包み。首を傾げると何故か申し訳なさげに笑われてしまった。一体何なんだ、窺うと「少し開けてみてくれるかい」と言われたので、開封口らしきところをめくっていく。
「? こりゃあ…」
「少なくって悪いね」
出てきたのは模様や絵が所狭しと描かれた紙切れだった。ぱっと見理解はできなかったが、何となく見覚えがある。確か名字も同じものを持っていた。
こっちではこれが“金”として遣り取りされているらしい。つまりこれは――。
「土方くんのおかげで随分楽をさせてもらっているよ」
老人ひとりにあの腕白坊主たちの相手はさすがに響いてね、と苦笑いをしながら自身の腰を叩く師範。
俺からすれば此処に置いてもらうだけでも有り難いことだ。その上給金まで貰えるとは思っていなかった。
「こんなにいいんですか」
「私としては足りないぐらいだよ」
軽く肩を叩いては「これからもよろしく頼むね」と言い残し、この場を去った。俺はもちろん返事をして、その背中が見えなくなるまで頭を下げた。
考え起こせば給金を貰うことも想像していなかったが、その使い道も考えていなかった。帰路を歩んでいた足の速度が自ずと緩む。
まあ、貰って直ぐに使う必要も理由もないんだが……。そうこう思案している内に人がそれなりに行き交う道に出ていた。その脇には食事処や物を売る店が並ぶ。
様々な店が主張している中、控えめに出されている立て看板が目に入る。
“大切な人への贈り物に”。
大切な、ね。
――ふと頭をよぎったのは、今自身が向かう家で待っているであろう人の笑顔。いち早く浮かんだ人物に自分がなにより驚いた。
いつの間にか止まっていた足をそのままに、店を仰ぎ見る。目眩を起こしそうな程に煌びやかな装飾が施され、その雰囲気もまた同様に気後れしてしまいそうだった。
馬鹿馬鹿しい、何を迷ってやがるんだ。そう鼻であしらい、一歩を踏み出そうとしたところで再びあの笑顔が頭ん中に飛び込んでくる。何となくこのまま知らぬ振りをして通り過ぎても、これはかき消えるものではないことを悟った。
はあ、とため息をひとつ吐けば、残された道もまたひとつしかない。改めて店の全景を見て柄にもなく気圧されながら、妙な気合いを入れて扉をくぐった。
中には客が数えるほどで、店の者もまた三人程度。少ない上に男が数人いたのは幸いだが、足を踏み入れた瞬間全員の視線を浴びせられた気がした。この時点で直ぐにでも立ち去りたくなったものの、一度腹を決めたからには引き下がりはしない。ただその意地だけが今の俺をこの場に立たせていた。
「いらっしゃいませ。どの様なものをお探しでしょう?」
商品であろうものが並べられた長い透明の箱の前に立つと、向こう側には店の者らしき女が立つ。「いや、」と言葉を濁しつつ、箱の中を眺める。中には細々としながらも、鮮明な光を放つ輪が幾つも並ぶ。
こんな小せえもの、一体何に使うんだ。しかし“贈り物”とうたっているからには相応の価値があるということだろう。もはや睨みつける勢いで眺める。
「奥様への贈り物ですか?」
は、と思わず強ばっていた顔の力が抜けた。確か前にも似たようなことがあったなと思い返しつつ、この成りじゃそう見えても仕方ねえかと苦笑する。
尚も箱に視線を落とし続けていると、ある輪が目を惹きつけた。
薄く桃色がかった輪に控えめに光る小さな石があしらわれたもの。それが纏う雰囲気が名字に似ていた。
「そちらはピンキーリングですね」
「ぴんきー…?」
復唱したはいいが意味はやはり分からない。女は貼り付けたような笑顔のまま、「小指につける指輪ですよ」と説明を加えた。そういえばこれとは別のものだが、名字もつけていたな。
決まれば後は早かった。店の者に買う意思を告げると、笑顔をよりいっぱいに溢れさせて「ありがとうございます」と小さな箱に納め始めた。
「こちらのリングのような、素敵な奥様なんですね」
女からしてみれば間を繋ぐための何の気ない言葉。俺は知らずに浮かれていたのか、そんな言葉にすら頬が緩んでしまったらしい。
「…まあ、な」
*
「あっ、おかえりなさい」
自分の雑誌をめくる音だけが反響していた部屋に、ドアの開く音が飛び込んでくる。
手元の雑誌を閉じ腰を浮かせようとしたところで、降り注ぐ蛍光灯の光を遮る影が差した。その原因を突き止めるのに時間は要さなかった。
「土方さん?」
すぐ隣に立つ土方さんを見上げると表情こそ伺いしれないが、何となくその雰囲気に圧されてしまう。とりあえず怒っているとかではないみたい…?
私も立つべきなのだろうかとまで考えを巡らせたところで、土方さんはようやく腰を降ろした。
「…俺ぁ、こっちに来てから名字の世話になってばかりだな」
「そんなこと、ないですよ」
どうしたんだろう。いつもの土方さんにしては落ち着かないというか、何かを口に抑え込んではまごついている感じ。
相当言いにくいことを吐き出そうとしているのだろうか……まさか。
「土方さん、前にもお話した通り私は迷惑だなんて少しも思ってないですからね!」
「は…?」
「ですからそんな急いで出て行くとか考えたりなんて――」
「っ待て待て! 何の話をしてやがる」
片手を前に出し、待ったをかける土方さん。一方の私は間の抜けた声を出して呆然としていた。もしかしなくとも私の勘違いだったのかな。片膝を立ててうなだれる土方さんを見て、恥ずかしさのあまり顔が炎上しそうなほど熱くなった。穴があったら埋まった上に一っ風呂浴びてから出てきたいぐらいだ。
現実、そんな都合のいい穴なんてあるはずもなく。ただただ両手を頬に当てて消火にあたった。
「あー…つまりだな、…これを」
再び目の前に出された土方さんの大きな手。たださっきとは違う点がひとつ。
その手には小さな箱がつままれていた。
一瞬、どういうことか理解が追いつかなかったが、引っ込められることのない手と、何故か照れくさそうにしている土方さんを見て私に向けられているものなんだと知った。
慌てて両手を差し出せば、柔く乗せられた箱。それは白い箱にピンク色のリボンがシンプルに巻き付けられていた。見るからに“プレゼント”を主張するそのデザインに、私は戸惑いを隠せない。チラリと贈り主の顔を盗み見るが早く開けろと無言の圧力を受けただけだった。
勿体ない気もしつつ、丁寧にリボンを解いていよいよ箱を開ければ――。
「こ、れって…」
顔を現したのは、ひとつのピンキーリング。
私は驚きのあまり声が出なかった。
「今日、師範から給金を頂戴したんだよ」
「そうだったんですか…でも、なんで」
動揺のあまり言葉に詰まるも、先の台詞を察した土方さんは眉尻を下げて穏やかに笑んだ。それに反し、私の心拍音は周りの音を遮るぐらい激しさを増す。
「世話になっている礼、と…… 名字によく似合うと思ってな」
この微笑みを前に真顔を保てる女の子はいるだろうか、いや皆無に等しいだろう。例に漏れなく、私も泣きそうなぐらいに緩む頬を隠しながらリングを手に取ろうとした。
「名字、ちょっとそれ貸してくれ」
れ、と同時にふわりと箱はその人の手に渡った。おかげで手持ち無沙汰になった私の手だったが、代わりに温かな体温に捕まえられる。土方さんは左手に私の手を掴み、右手はあのリングを持っていた。
さっきの余裕はどこへやら、心なしか緊張した面持ちで右手に持ったそれを私の手へ寄せる。
小指の先からゆっくりくぐらせていくと、途中で詰まることなく指の付け根でぴたりと止まった。
どうやら二人して緊張して覗き込んでいたらしく、顔を上げると思っていたより至近距離で視線がぶつかる。
「っありがとうございます、大切にします」
「ああ。…にしても、買った甲斐があったな」
――気恥ずかしさで今にも倒れてしまいそうだったのに。
小指にあてがわれた唇の熱で、私の頭は完全に浮かされてしまった。
「よく似合ってる」
『指先にかけられた魔法』
じわり、じわりと染まっていくのは――。
稽古も終わり、着替えようと荷物を抱えた時だった。師範が手招きをしてこちらを呼ぶ。何故かやたらと笑っているのが気になるもの、呼ばれたからには行かなければと一旦荷物を降ろした。
「遅くなってしまって悪かったね。…これを」
そう前置きをして手渡されたのは白い包み。首を傾げると何故か申し訳なさげに笑われてしまった。一体何なんだ、窺うと「少し開けてみてくれるかい」と言われたので、開封口らしきところをめくっていく。
「? こりゃあ…」
「少なくって悪いね」
出てきたのは模様や絵が所狭しと描かれた紙切れだった。ぱっと見理解はできなかったが、何となく見覚えがある。確か名字も同じものを持っていた。
こっちではこれが“金”として遣り取りされているらしい。つまりこれは――。
「土方くんのおかげで随分楽をさせてもらっているよ」
老人ひとりにあの腕白坊主たちの相手はさすがに響いてね、と苦笑いをしながら自身の腰を叩く師範。
俺からすれば此処に置いてもらうだけでも有り難いことだ。その上給金まで貰えるとは思っていなかった。
「こんなにいいんですか」
「私としては足りないぐらいだよ」
軽く肩を叩いては「これからもよろしく頼むね」と言い残し、この場を去った。俺はもちろん返事をして、その背中が見えなくなるまで頭を下げた。
考え起こせば給金を貰うことも想像していなかったが、その使い道も考えていなかった。帰路を歩んでいた足の速度が自ずと緩む。
まあ、貰って直ぐに使う必要も理由もないんだが……。そうこう思案している内に人がそれなりに行き交う道に出ていた。その脇には食事処や物を売る店が並ぶ。
様々な店が主張している中、控えめに出されている立て看板が目に入る。
“大切な人への贈り物に”。
大切な、ね。
――ふと頭をよぎったのは、今自身が向かう家で待っているであろう人の笑顔。いち早く浮かんだ人物に自分がなにより驚いた。
いつの間にか止まっていた足をそのままに、店を仰ぎ見る。目眩を起こしそうな程に煌びやかな装飾が施され、その雰囲気もまた同様に気後れしてしまいそうだった。
馬鹿馬鹿しい、何を迷ってやがるんだ。そう鼻であしらい、一歩を踏み出そうとしたところで再びあの笑顔が頭ん中に飛び込んでくる。何となくこのまま知らぬ振りをして通り過ぎても、これはかき消えるものではないことを悟った。
はあ、とため息をひとつ吐けば、残された道もまたひとつしかない。改めて店の全景を見て柄にもなく気圧されながら、妙な気合いを入れて扉をくぐった。
中には客が数えるほどで、店の者もまた三人程度。少ない上に男が数人いたのは幸いだが、足を踏み入れた瞬間全員の視線を浴びせられた気がした。この時点で直ぐにでも立ち去りたくなったものの、一度腹を決めたからには引き下がりはしない。ただその意地だけが今の俺をこの場に立たせていた。
「いらっしゃいませ。どの様なものをお探しでしょう?」
商品であろうものが並べられた長い透明の箱の前に立つと、向こう側には店の者らしき女が立つ。「いや、」と言葉を濁しつつ、箱の中を眺める。中には細々としながらも、鮮明な光を放つ輪が幾つも並ぶ。
こんな小せえもの、一体何に使うんだ。しかし“贈り物”とうたっているからには相応の価値があるということだろう。もはや睨みつける勢いで眺める。
「奥様への贈り物ですか?」
は、と思わず強ばっていた顔の力が抜けた。確か前にも似たようなことがあったなと思い返しつつ、この成りじゃそう見えても仕方ねえかと苦笑する。
尚も箱に視線を落とし続けていると、ある輪が目を惹きつけた。
薄く桃色がかった輪に控えめに光る小さな石があしらわれたもの。それが纏う雰囲気が名字に似ていた。
「そちらはピンキーリングですね」
「ぴんきー…?」
復唱したはいいが意味はやはり分からない。女は貼り付けたような笑顔のまま、「小指につける指輪ですよ」と説明を加えた。そういえばこれとは別のものだが、名字もつけていたな。
決まれば後は早かった。店の者に買う意思を告げると、笑顔をよりいっぱいに溢れさせて「ありがとうございます」と小さな箱に納め始めた。
「こちらのリングのような、素敵な奥様なんですね」
女からしてみれば間を繋ぐための何の気ない言葉。俺は知らずに浮かれていたのか、そんな言葉にすら頬が緩んでしまったらしい。
「…まあ、な」
*
「あっ、おかえりなさい」
自分の雑誌をめくる音だけが反響していた部屋に、ドアの開く音が飛び込んでくる。
手元の雑誌を閉じ腰を浮かせようとしたところで、降り注ぐ蛍光灯の光を遮る影が差した。その原因を突き止めるのに時間は要さなかった。
「土方さん?」
すぐ隣に立つ土方さんを見上げると表情こそ伺いしれないが、何となくその雰囲気に圧されてしまう。とりあえず怒っているとかではないみたい…?
私も立つべきなのだろうかとまで考えを巡らせたところで、土方さんはようやく腰を降ろした。
「…俺ぁ、こっちに来てから名字の世話になってばかりだな」
「そんなこと、ないですよ」
どうしたんだろう。いつもの土方さんにしては落ち着かないというか、何かを口に抑え込んではまごついている感じ。
相当言いにくいことを吐き出そうとしているのだろうか……まさか。
「土方さん、前にもお話した通り私は迷惑だなんて少しも思ってないですからね!」
「は…?」
「ですからそんな急いで出て行くとか考えたりなんて――」
「っ待て待て! 何の話をしてやがる」
片手を前に出し、待ったをかける土方さん。一方の私は間の抜けた声を出して呆然としていた。もしかしなくとも私の勘違いだったのかな。片膝を立ててうなだれる土方さんを見て、恥ずかしさのあまり顔が炎上しそうなほど熱くなった。穴があったら埋まった上に一っ風呂浴びてから出てきたいぐらいだ。
現実、そんな都合のいい穴なんてあるはずもなく。ただただ両手を頬に当てて消火にあたった。
「あー…つまりだな、…これを」
再び目の前に出された土方さんの大きな手。たださっきとは違う点がひとつ。
その手には小さな箱がつままれていた。
一瞬、どういうことか理解が追いつかなかったが、引っ込められることのない手と、何故か照れくさそうにしている土方さんを見て私に向けられているものなんだと知った。
慌てて両手を差し出せば、柔く乗せられた箱。それは白い箱にピンク色のリボンがシンプルに巻き付けられていた。見るからに“プレゼント”を主張するそのデザインに、私は戸惑いを隠せない。チラリと贈り主の顔を盗み見るが早く開けろと無言の圧力を受けただけだった。
勿体ない気もしつつ、丁寧にリボンを解いていよいよ箱を開ければ――。
「こ、れって…」
顔を現したのは、ひとつのピンキーリング。
私は驚きのあまり声が出なかった。
「今日、師範から給金を頂戴したんだよ」
「そうだったんですか…でも、なんで」
動揺のあまり言葉に詰まるも、先の台詞を察した土方さんは眉尻を下げて穏やかに笑んだ。それに反し、私の心拍音は周りの音を遮るぐらい激しさを増す。
「世話になっている礼、と…… 名字によく似合うと思ってな」
この微笑みを前に真顔を保てる女の子はいるだろうか、いや皆無に等しいだろう。例に漏れなく、私も泣きそうなぐらいに緩む頬を隠しながらリングを手に取ろうとした。
「名字、ちょっとそれ貸してくれ」
れ、と同時にふわりと箱はその人の手に渡った。おかげで手持ち無沙汰になった私の手だったが、代わりに温かな体温に捕まえられる。土方さんは左手に私の手を掴み、右手はあのリングを持っていた。
さっきの余裕はどこへやら、心なしか緊張した面持ちで右手に持ったそれを私の手へ寄せる。
小指の先からゆっくりくぐらせていくと、途中で詰まることなく指の付け根でぴたりと止まった。
どうやら二人して緊張して覗き込んでいたらしく、顔を上げると思っていたより至近距離で視線がぶつかる。
「っありがとうございます、大切にします」
「ああ。…にしても、買った甲斐があったな」
――気恥ずかしさで今にも倒れてしまいそうだったのに。
小指にあてがわれた唇の熱で、私の頭は完全に浮かされてしまった。
「よく似合ってる」
『指先にかけられた魔法』
じわり、じわりと染まっていくのは――。