【hkok】春うらら
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これからの天気は雨、ところにより――。
気ぶんが滅入るようなどんよりとした曇り空。テレビから流れる予報をわざわざ聞かずとも、空を見れば今後の天気なんて一目瞭然。土方さんがベランダに干していた洗濯物を取り込み、私はせっせと畳む。
しばらくすると戸を閉める音が聞こえた。少し顔を上げると取り込み終えた土方さんが真正面に座って、同じように洗濯物を畳み始める。手慣れた様子で畳む彼を見ては、微笑ましいような、おかしいような、なんだか不思議な感じがした。
黙々と手を進めているとガラスに雨粒が当たる音が耳に入り、外に目をやりながら「危なかったですね」と呟く。もう少し遅れていたら雨ざらしになっていたかも。
「…なぁ、名字」
「はい?」
呼ばれたら振り向くのは当然の行為である。それに倣って私も顔を彼に向かって戻すと、呼んだ本人はある物を手にして怪訝そうな表情を浮かべていた。そうとなれば私の視線も自然とそこにいってしまうわけで――
「これは何なんだ?」
びろーん、という効果音が適切だろうか。土方さんの両手でしっかりと広げられたそれ。
現代を生きる人ならばほぼ十割は知っているであろう、ブラジャーだ。
今の状況で土方さんの手元にあるということは持ち主は間違いなく、私。
私はすかさずかまいたちをも凌ぐ速さでそれを回収した。失敗した、いつもは先に取り込んでおいていたのに。
「す、すいません。気にしないで下さい」
「……いや、悪かった」
恐らく私の態度から察したのだろう。土方さんは少し頬を赤くして洗濯物を畳む作業に戻った。
しかし、心なしか妙に気まずい雰囲気が流れている。空間には激しくなる雨音だけがこだましていた。私は何とかこの空気を打破しようと、口を開きかけた時だった。
突然部屋が明るく光り、数秒遅れて遠くから空を裂く音が聞こえた。
「こりゃあ激しくなりそうだな」
「そうですね…」
洗濯物を畳み終えたらしい土方さんは、戸の前に立って外を眺める。最初は遠くで聞こえていたその音が、徐々に近づいてきた。
雷そのものも十分怖いがそれより何より、私にとっては落雷によって起こる二次災害のほうがよっぽど恐怖だった。
私も洗濯物を畳み終えてタンスに収納すると、未だに外を眺めている土方さんに呼びかけた。
「今日は早めにお風呂に入って寝ちゃいましょうか」
「それは構わねえが…何かあるのか?」
「ええと、雷が落ちて停電――つまり電気の供給が止まったら、何もできなくなってしまうんですよ」
拙い説明だが納得していただけただろうか。私の不安を余所に、土方さんは意味を十分過ぎるほど飲み下したようで「便利なんだか不便なんだか分からねえな」とごもっともな意見をこぼされてしまった。土方さんからしてみれば電気のない生活が当たり前、なのだから電気が必要不可欠な今はへんてこりんにすら見えるかもしれない。
かく言う私も電気には大変お世話になっているわけで、苦笑いで受け流しつつ風呂場へ足を向けた。いつもよりは早いが、もう夕方だし差し障りはないだろう。スイッチを押したらあとは湯が沸くのを待つばかり。
「この間に…っと、」
ちゃちゃっと夕飯を作ってしまおう。パタパタ忙しなく風呂場を出て次はキッチンへ。そこには既に土方さんがおり、野菜を切っている最中だった。私に気づいた土方さんが「久々に煮物が食いたくなってな」と真剣に野菜と向き合いながらおっしゃった。
こうしていると、まるで土方さんが当然のように存在していると錯覚してしまう。ただその感覚があまりに心地よいものだから。普段は埋もれてしまいがちな自然体の自分が、気づかないうちにひょっこりと現れる。
心を許しつつある自身を危機感がないと叱責しながら、それ以上に「信じたい」という気持ちが上回っていた。
どちらが“正しい”かは測りかねるけれど、私が強く願うのは――。
『ある日の一時』
「鯵の開きも焼きますか」
「お、美味そうだな。頼む」
「がってん承知です」
気ぶんが滅入るようなどんよりとした曇り空。テレビから流れる予報をわざわざ聞かずとも、空を見れば今後の天気なんて一目瞭然。土方さんがベランダに干していた洗濯物を取り込み、私はせっせと畳む。
しばらくすると戸を閉める音が聞こえた。少し顔を上げると取り込み終えた土方さんが真正面に座って、同じように洗濯物を畳み始める。手慣れた様子で畳む彼を見ては、微笑ましいような、おかしいような、なんだか不思議な感じがした。
黙々と手を進めているとガラスに雨粒が当たる音が耳に入り、外に目をやりながら「危なかったですね」と呟く。もう少し遅れていたら雨ざらしになっていたかも。
「…なぁ、名字」
「はい?」
呼ばれたら振り向くのは当然の行為である。それに倣って私も顔を彼に向かって戻すと、呼んだ本人はある物を手にして怪訝そうな表情を浮かべていた。そうとなれば私の視線も自然とそこにいってしまうわけで――
「これは何なんだ?」
びろーん、という効果音が適切だろうか。土方さんの両手でしっかりと広げられたそれ。
現代を生きる人ならばほぼ十割は知っているであろう、ブラジャーだ。
今の状況で土方さんの手元にあるということは持ち主は間違いなく、私。
私はすかさずかまいたちをも凌ぐ速さでそれを回収した。失敗した、いつもは先に取り込んでおいていたのに。
「す、すいません。気にしないで下さい」
「……いや、悪かった」
恐らく私の態度から察したのだろう。土方さんは少し頬を赤くして洗濯物を畳む作業に戻った。
しかし、心なしか妙に気まずい雰囲気が流れている。空間には激しくなる雨音だけがこだましていた。私は何とかこの空気を打破しようと、口を開きかけた時だった。
突然部屋が明るく光り、数秒遅れて遠くから空を裂く音が聞こえた。
「こりゃあ激しくなりそうだな」
「そうですね…」
洗濯物を畳み終えたらしい土方さんは、戸の前に立って外を眺める。最初は遠くで聞こえていたその音が、徐々に近づいてきた。
雷そのものも十分怖いがそれより何より、私にとっては落雷によって起こる二次災害のほうがよっぽど恐怖だった。
私も洗濯物を畳み終えてタンスに収納すると、未だに外を眺めている土方さんに呼びかけた。
「今日は早めにお風呂に入って寝ちゃいましょうか」
「それは構わねえが…何かあるのか?」
「ええと、雷が落ちて停電――つまり電気の供給が止まったら、何もできなくなってしまうんですよ」
拙い説明だが納得していただけただろうか。私の不安を余所に、土方さんは意味を十分過ぎるほど飲み下したようで「便利なんだか不便なんだか分からねえな」とごもっともな意見をこぼされてしまった。土方さんからしてみれば電気のない生活が当たり前、なのだから電気が必要不可欠な今はへんてこりんにすら見えるかもしれない。
かく言う私も電気には大変お世話になっているわけで、苦笑いで受け流しつつ風呂場へ足を向けた。いつもよりは早いが、もう夕方だし差し障りはないだろう。スイッチを押したらあとは湯が沸くのを待つばかり。
「この間に…っと、」
ちゃちゃっと夕飯を作ってしまおう。パタパタ忙しなく風呂場を出て次はキッチンへ。そこには既に土方さんがおり、野菜を切っている最中だった。私に気づいた土方さんが「久々に煮物が食いたくなってな」と真剣に野菜と向き合いながらおっしゃった。
こうしていると、まるで土方さんが当然のように存在していると錯覚してしまう。ただその感覚があまりに心地よいものだから。普段は埋もれてしまいがちな自然体の自分が、気づかないうちにひょっこりと現れる。
心を許しつつある自身を危機感がないと叱責しながら、それ以上に「信じたい」という気持ちが上回っていた。
どちらが“正しい”かは測りかねるけれど、私が強く願うのは――。
『ある日の一時』
「鯵の開きも焼きますか」
「お、美味そうだな。頼む」
「がってん承知です」