【hkok】春うらら
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それは、白い息が目立つ季節のできごと。
一人の女は何事もなく家路を辿っていた。その手には上司に持たされた甘い香りの漂う箱を下げて。
ふと前を見ればきらびやかに装飾された道々、すれ違う人は皆隣りの愛しい人と幸せそうに顔を綻ばせている。
「(どうせ私は一人ですよ)」
自然と思考は卑屈になり、恨めしく首のマフラーに顔を埋めた。
せっかく仕事をしてこの日をやり過ごそうと考えていたというのに。こういう時に限って定時で帰れてしまう会社に、逆恨みにも似た憤りを感じる。早めに帰ったところで出迎えてくれる人なんて私には居やしないのだから――
「…(ほうらね)」
真っ暗な室内に、分かっていながらも深いため息をついた。
「おかえり」そのただひとつの言葉が妙に恋しくなる。ああ、年末は実家に帰ろうかなとぼんやり考えながら靴を脱ぎ、壁伝いに電気を点けた…その時。
「っひ…!――」
2DKの決して広くはない部屋の中央に、居るはずのない私以外の人間がこちらに背を向けて立っていた。
小さく呻き声を上げれば、漆黒の長い髪が揺れ深い紫色の双眸がこちらに向けられた。
なんで居るのか、どうやって入ったのか、どうして突っ立っていたのか――
そんな感情を全部引っ括めて叫んでしまいたかったのに。
強い殺気を込められた瞳、その上この時代には滅多にお目にかかれないであろう“刀”を向けられては呼吸すら喉がつかえた。照明に反射し不気味に輝く刃はそれが決して見せかけのものでないことを物語っていた。
「――お前は何者だ」
静かな部屋に響いたのは低く凛とした声。威圧も込められた口調は変なことを言えばそれこそその切っ先で斬られそうで。
もう限界だ、心より先に身体が悲鳴を訴えその場に崩れた。
「わ、私は、ただ自分の家、に帰って、来ただけで…!」
からからに渇いた口から絞り出すように声を出す。
俯いた視界の先には気のいい上司から「メリークリスマス!」と貰ったケーキの箱が無造作に倒れていた。中身を想像すると……申し訳なさすぎて頭が上がらない。
「…おい」
さっきより少し近付いてくるのが分かる。しかし今の私は床に張り付けられたかのように動くことはかなわない。
「ここはお前の家だと言ったな…それは本当か?」
「そ、です」
「――…そうか」
その言葉を皮切りに男は刀を鞘に収め、なにやら考え始めた。
よく見れば男は着物、しかも水色の近頃ブームの羽織りを着ているではないか。
そしてなにより…こんな時に不謹慎かもしれないが、驚くほど「格好いい」。顔のパーツ全部が綺麗に整えられ、漆黒の長い髪はちょっとした仕草でさわさわと揺れる…今の顎に手を添え考える姿すら画になり、そんじょそこらの俳優やアイドルよりよっぽど…。
文字通り穴が開くほど見つめていれば、それに気付いた男に不機嫌そうに「なにじろじろ見てやがる」と一喝された。
「とりあえず、邪魔したな。悪かった」
「えっ!? ちょっと…」
頭を下げ詫びの言葉を述べると、すたすたと私の脇を通り抜けてドアの前に立った。私はその格好で出るつもりかと思い(そういう趣味の人もいるが)、思わず振り返る。
「っ、なんだこれは…!」
そのまま出て行くと思われた人は、なぜか必死にドアと格闘していた。
確かに鍵はかけたが、その人は押したり引こうとしたり焦った様子で全く開けることができなかった。
呆気にとられながらもその姿を眺めていたらじわじわ笑いが込み上げ、さらには噴き出してしまった。
瞬間、それを聞き逃さなかった男が眉間に深い皺を刻みこちらを睨み付ける。
「てめぇ…さては閉じ込めやがったな」
「! なっ、違います!」
笑ってしまったのは悪かったけど、閉じ込めるなんて人聞きの悪い。再び刀の柄に置かれた手に咄嗟に否定する。
未だに訝しげな視線を向けるので、ふらふらする身体を支えながら歩み寄り、ドアの鍵を回し、ノブをひねる。そんな“単純な作業”を終えドアを開く。すると後ろから微かに舌打ちが聞こえた気がした。
「どうぞ」
ドアを限界まで開けながら壁に張り付いて道を開ける。男はやりきれないような、そんな表情を浮かべながら外へ出た。
「ふぅ…」
――やっと嵐が去った。
一息ついた私はドアを閉めようとした、はずだった。
「おい! お前!」
「は、はいぃ!?」
閉じかけのドアの縁をがしっと鷲掴まれ、閉めることは許さんと阻止されたのだ。
やっぱり変な人だったんだ…!
額に冷や汗を浮かべながら私も抵抗する。
「さ、さっきからなんなんですかあなたは…! 警察呼びますよ!」
「(“けいさつ”…?)
てめぇこそなんだ、訳分からねぇとこに俺を連れてきやがって!」
「はぁ? 私が誘拐したとでも言うんですか! というかいい加減離して下さいっ」
玄関で暫く小競り合いを繰り広げる不審者(もういいよこの際)と私。
私は決死の頑張りを見せていたものの、男の力に敵うはずもなくドアは再び開け放たれた。
肩で息をしながら目の前の不審者を見据える。そいつは息を上げる様子は一つもなく、同じように私を見据えていた。
やはりその瞳には怒りがたたえられていたが、さっきとは違い少しだけ戸惑いも見えた。
「ここは、一体どこだ」
「ど、どこって見ての通り、」
「ああ、“見ての通り”全く知らねぇ土地だ。
あんな馬鹿でかい建物も、黒い道も、そこを走る変な物も、なにもかも見たことがねぇ…!」
まくし立てるかのように言葉をぶちまけると、「くそ…っ!」と色んな感情が籠っているであろう拳を壁にぶつけた。そこに明るいものが含まれていないことだけは理解できたから、私はただその場に硬直するしかなかった。
ビルやマンション、道路、車を見たことがない? このご時世、当たり前に目にしているものをこの人は見たことがないという。
冗談や芝居かと疑おうとするが、男の目を見ればそんなことを考えるこっちが申し訳ないぐらいに本気の色しか映してなかった。
ならばよっぽど辺境の地に住んでいたのだろうか、しかし服装は着物で顔立ちも(めちゃくちゃイケメンなのを除けば)日本人そのもの。日本にそんな土地はなかなかないはずだ。
なら、なぜ――。
「なんなんだよ…」
伏せた顔や呟かれた言葉に、気持ちが苦しくなりその一言は自分でも驚くほど自然に口から出た。
「あの、よろしければ…お茶でも飲みませんか?」
不意をつかれた男は疑いのまなざしを向けた後、息を一つ吐いて「あぁ」と一言、返事をした。
その声にほんの少しだけ安心が見えたような気がしたから、私は勝手に言い様のない嬉しさを感じてしまった。
『初めまして、不審者さん』
「ただし、少しでも怪しい行動をしたらすぐ警察呼びますからね!」
「ああ…?(だから“けいさつ”って…)」
一人の女は何事もなく家路を辿っていた。その手には上司に持たされた甘い香りの漂う箱を下げて。
ふと前を見ればきらびやかに装飾された道々、すれ違う人は皆隣りの愛しい人と幸せそうに顔を綻ばせている。
「(どうせ私は一人ですよ)」
自然と思考は卑屈になり、恨めしく首のマフラーに顔を埋めた。
せっかく仕事をしてこの日をやり過ごそうと考えていたというのに。こういう時に限って定時で帰れてしまう会社に、逆恨みにも似た憤りを感じる。早めに帰ったところで出迎えてくれる人なんて私には居やしないのだから――
「…(ほうらね)」
真っ暗な室内に、分かっていながらも深いため息をついた。
「おかえり」そのただひとつの言葉が妙に恋しくなる。ああ、年末は実家に帰ろうかなとぼんやり考えながら靴を脱ぎ、壁伝いに電気を点けた…その時。
「っひ…!――」
2DKの決して広くはない部屋の中央に、居るはずのない私以外の人間がこちらに背を向けて立っていた。
小さく呻き声を上げれば、漆黒の長い髪が揺れ深い紫色の双眸がこちらに向けられた。
なんで居るのか、どうやって入ったのか、どうして突っ立っていたのか――
そんな感情を全部引っ括めて叫んでしまいたかったのに。
強い殺気を込められた瞳、その上この時代には滅多にお目にかかれないであろう“刀”を向けられては呼吸すら喉がつかえた。照明に反射し不気味に輝く刃はそれが決して見せかけのものでないことを物語っていた。
「――お前は何者だ」
静かな部屋に響いたのは低く凛とした声。威圧も込められた口調は変なことを言えばそれこそその切っ先で斬られそうで。
もう限界だ、心より先に身体が悲鳴を訴えその場に崩れた。
「わ、私は、ただ自分の家、に帰って、来ただけで…!」
からからに渇いた口から絞り出すように声を出す。
俯いた視界の先には気のいい上司から「メリークリスマス!」と貰ったケーキの箱が無造作に倒れていた。中身を想像すると……申し訳なさすぎて頭が上がらない。
「…おい」
さっきより少し近付いてくるのが分かる。しかし今の私は床に張り付けられたかのように動くことはかなわない。
「ここはお前の家だと言ったな…それは本当か?」
「そ、です」
「――…そうか」
その言葉を皮切りに男は刀を鞘に収め、なにやら考え始めた。
よく見れば男は着物、しかも水色の近頃ブームの羽織りを着ているではないか。
そしてなにより…こんな時に不謹慎かもしれないが、驚くほど「格好いい」。顔のパーツ全部が綺麗に整えられ、漆黒の長い髪はちょっとした仕草でさわさわと揺れる…今の顎に手を添え考える姿すら画になり、そんじょそこらの俳優やアイドルよりよっぽど…。
文字通り穴が開くほど見つめていれば、それに気付いた男に不機嫌そうに「なにじろじろ見てやがる」と一喝された。
「とりあえず、邪魔したな。悪かった」
「えっ!? ちょっと…」
頭を下げ詫びの言葉を述べると、すたすたと私の脇を通り抜けてドアの前に立った。私はその格好で出るつもりかと思い(そういう趣味の人もいるが)、思わず振り返る。
「っ、なんだこれは…!」
そのまま出て行くと思われた人は、なぜか必死にドアと格闘していた。
確かに鍵はかけたが、その人は押したり引こうとしたり焦った様子で全く開けることができなかった。
呆気にとられながらもその姿を眺めていたらじわじわ笑いが込み上げ、さらには噴き出してしまった。
瞬間、それを聞き逃さなかった男が眉間に深い皺を刻みこちらを睨み付ける。
「てめぇ…さては閉じ込めやがったな」
「! なっ、違います!」
笑ってしまったのは悪かったけど、閉じ込めるなんて人聞きの悪い。再び刀の柄に置かれた手に咄嗟に否定する。
未だに訝しげな視線を向けるので、ふらふらする身体を支えながら歩み寄り、ドアの鍵を回し、ノブをひねる。そんな“単純な作業”を終えドアを開く。すると後ろから微かに舌打ちが聞こえた気がした。
「どうぞ」
ドアを限界まで開けながら壁に張り付いて道を開ける。男はやりきれないような、そんな表情を浮かべながら外へ出た。
「ふぅ…」
――やっと嵐が去った。
一息ついた私はドアを閉めようとした、はずだった。
「おい! お前!」
「は、はいぃ!?」
閉じかけのドアの縁をがしっと鷲掴まれ、閉めることは許さんと阻止されたのだ。
やっぱり変な人だったんだ…!
額に冷や汗を浮かべながら私も抵抗する。
「さ、さっきからなんなんですかあなたは…! 警察呼びますよ!」
「(“けいさつ”…?)
てめぇこそなんだ、訳分からねぇとこに俺を連れてきやがって!」
「はぁ? 私が誘拐したとでも言うんですか! というかいい加減離して下さいっ」
玄関で暫く小競り合いを繰り広げる不審者(もういいよこの際)と私。
私は決死の頑張りを見せていたものの、男の力に敵うはずもなくドアは再び開け放たれた。
肩で息をしながら目の前の不審者を見据える。そいつは息を上げる様子は一つもなく、同じように私を見据えていた。
やはりその瞳には怒りがたたえられていたが、さっきとは違い少しだけ戸惑いも見えた。
「ここは、一体どこだ」
「ど、どこって見ての通り、」
「ああ、“見ての通り”全く知らねぇ土地だ。
あんな馬鹿でかい建物も、黒い道も、そこを走る変な物も、なにもかも見たことがねぇ…!」
まくし立てるかのように言葉をぶちまけると、「くそ…っ!」と色んな感情が籠っているであろう拳を壁にぶつけた。そこに明るいものが含まれていないことだけは理解できたから、私はただその場に硬直するしかなかった。
ビルやマンション、道路、車を見たことがない? このご時世、当たり前に目にしているものをこの人は見たことがないという。
冗談や芝居かと疑おうとするが、男の目を見ればそんなことを考えるこっちが申し訳ないぐらいに本気の色しか映してなかった。
ならばよっぽど辺境の地に住んでいたのだろうか、しかし服装は着物で顔立ちも(めちゃくちゃイケメンなのを除けば)日本人そのもの。日本にそんな土地はなかなかないはずだ。
なら、なぜ――。
「なんなんだよ…」
伏せた顔や呟かれた言葉に、気持ちが苦しくなりその一言は自分でも驚くほど自然に口から出た。
「あの、よろしければ…お茶でも飲みませんか?」
不意をつかれた男は疑いのまなざしを向けた後、息を一つ吐いて「あぁ」と一言、返事をした。
その声にほんの少しだけ安心が見えたような気がしたから、私は勝手に言い様のない嬉しさを感じてしまった。
『初めまして、不審者さん』
「ただし、少しでも怪しい行動をしたらすぐ警察呼びますからね!」
「ああ…?(だから“けいさつ”って…)」
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