♪ 好奇に躍る一週間(完結済)
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今日の三限目は、二年生と合同の飛行術の授業。
二年生が一年生に指南するとあって、私は色んな意味でビクビクしていた。授業が始まる前から"オクタヴィネルは嫌だオクタヴィネルは嫌だ……"と心の中でひたすら念じる。
だがそんな心配は無用だったようで、アズール先輩とジェイド先輩はバルガス先生直々のご指導を受けていた。そしてフロイド先輩は「今は空泳ぐ気分じゃねえし」と華麗にサボタージュを決めている。
よし、これなら一先ず安心だろう。私は小さくガッツポーズをとった。
私とグリムはというと、ラッキーなことにジャミル先輩から指南を受けることになった。「よろしくお願いします!」と元気よく挨拶をすれば、あーうるさい、と鬱陶し気な顔が言う。
まずは実践から、と箒に跨るグリムの後ろに自転車のニケツの要領で跨る。グリムが「ふぬぬ」と魔力を念じると箒が高度を上げていく。足が地面から離れていくにつれ、私は密かに高揚感に胸を躍らせた。まるでアニメでよく見ていた魔女にでもなった気分だ。
しかし、一メートル、二メートル、と上がったところで「ふなぁ〜」と気の抜けた声が前方から発せられる。箒は徐々に高度を無くし、再び地面とこんにちはした。
「すごいじゃないか。この前より高かったぞ」
「ほんとか!? やったぁー! なんだゾ」
お褒めの言葉を頂き、両手を上げて喜ぶグリム。私が「良かったね」と言うと、「ユウが軽くなったらもっと飛べるゾ」とグリムは悪戯に笑った。ほう、そんなにお望みとあらばあなたのツナ缶を全部食べ尽くして差し上げましょうか。
「ただ、飛び始めに魔力を込めすぎて持続性に欠けている。少しずつ魔力を注入するよう意識した方がいいぞ」
「ふむふむ」
グリムは珍しく真剣にジャミル先輩の言葉に耳を傾ける。
普通を装っているジャミル先輩が、実は相当な実力の持ち主ということを私たちは身をもって知っている。さらに勉強が苦手なカリム先輩の従者とあって、教え方は非常に分かりやすい。そんなジャミル先輩に直々に教えてもらえる今は、これとない絶好の機会なのだ。
「うおおっ! 落ちるー!」
上から降ってきたその声は、かなり焦っているようだった。三人は声の主を想像し、嫌な予感を感じながら空を見上げる。
そこには想像通りの人物ーーカリム先輩が箒にしがみついたままグルグルと回転していた。その後ろには一年生らしき人物も一緒に乗っている。ジェットコースターさながらのそれは見ているだけで酔いそうだった。
「あのバッ……! ……はぁ」
ジャミル先輩は一瞬額に青筋を立てた後、諦めたように嘆息した。毎度ながらお疲れ様です。
罰の悪そうな表情でチラッとこちらを見られ、とっくに察している私たちは、わざとらしく"置いていくの?"と捨て猫のような目で見つめ返した。彼は言葉を詰まらせた後に、うんざりと顔を顰める。
「いいか、ユウもグリムも大人しく待ってるんだぞ」
「はーい」
捨て猫から一転、聞き分けの良い子どものように声を揃えて返事をすると、ジャミル先輩はフッと笑って箒に跨った。遠ざかっていく姿を手を振って見送る。何やかんや面倒見のいい先輩だ。
*
ジャミル先輩の有り難いお言葉にあやかり、二人で自主練に励んでいると「ユウ! グリム!」とえらく逼迫した声が聞こえてくる。
一体今度は何なんだ。声のしたほうを見ると……箒に乗ったデュースが低空飛行でこちらに突進してきていた。
「え……え!? 何で!?」
「ふなぁ! こっち来るな!」
「コントロールが効かないんだ! 避けてくれ!」
そう言われましても。何でよりによってジャミル先輩がいなくなったタイミングで来るのか。先ほどの約束を早速反故にしそうだ。
真っ直ぐ向かってくるデュースに、私とグリムは慌てふためく。そうしている間にも暴走箒ことデュースは止まらない。私たちは顔を見合わせ、左右に分かれて避けることにした。
私は右に、グリムは左に。デュースは真っ直ぐにーーと思いきや、こちらに急カーブを決めてきたではないか。
「ちょっとデュース!?」
「悪い、つい昔の血が騒いで……!」
くっ、と歯噛みする様は決してわざとやっているわけではないことは分かった。それにしたってこんなところで神憑りなマジカルホイールテクニックを駆使しないでほしい。後ろを追尾してくるデュースに私は必死の形相で逃げ惑う。自分って意外と速く走れたんだなと新たな発見をした瞬間だった。
「ほら。アズールよりはマシでしょう」
「ハッ、せいぜい三センチしか変わらないじゃないです……あ」
「わぁ!?」
脇目もふらず猛スピードで走っていると、ばいん、と何もないはずの場所で体が思い切り弾き返された。予期せぬ衝撃に身構える暇もなく、芝生の上に大の字に寝転ぶ。
デュースは寸でのところで私の横を避けていったらしい。遠くから転げた悲鳴が聞こえた。怪我、していないといいけれど。
弾む息を整えながら高く広い空を仰ぐ。雲一つ無い空、そこには箒に跨った生徒が鳥のように悠々と泳いでいた。どうやらカリム先輩も無事に着陸できたみたいだ。
空を飛ぶって気持ち良さそうでいいな。私にも魔法が使えたら自分の力だけで飛べたかもしれない。それにこんな……こんな?
私の頭の中にポン、と一つの式が浮かび上がった。
今日は二年生との合同授業+全力疾走していた自分+弾き返された体=……もう、お分かりだね? と脳内のリドル寮長が教鞭を執る。そこから導き出される答えは至って簡単だった。
嗚呼、走っていたら猛烈にお腹が空いてきたなぁ。私、この授業が終わったら食堂でデラックス焼きそばパン食べるんだぁ。
「いつまで寝そべっているつもりです?」
ぬっと視界にフェードインしてきたのは、呆れ顔のアズール先輩。授業前に嫌だ嫌だと念じていた人物の一人であるが故に、思わず「ぎゃあ!?」と飛び起きた。情けない声に彼はやれやれと両手を広げてみせる。
アズール先輩が近くにいるということは、答えはやはり正解だったみたいだ。よたよたと立ち上がると、私の延長線上にはジェイド先輩が箒に跨ったままの体勢で横倒しになっていた。その大きな体はぴくりとも動かない。
「し、しししし……!?」
「死んでませんよ。赤子じゃあるまいしあの程度で死ぬわけないでしょう。落ち着きなさい」
震える指で差しながらアズール先輩のほうを見ると、馬鹿馬鹿しいと眼鏡越しの目が言っていた。
傍で見ていたアズール先輩曰く。飛ぶことに神経を集中させていたジェイド先輩は、私が走ってきた反動を一身に受けてなす術もなく倒れてしまったらしい。高度が無かったのは不幸中の幸いといったところだろう(本人には口が裂けても言えない)。
向かってくる相手の攻撃を飄々と躱すような方が、あられもなく地面に伏す姿には相当な違和感がある。遠巻きに見ている他の生徒も小さくざわめいていた。こんな状況、彼の自尊心が許すわけがない。
今のジェイド先輩の心境を想像し、その元凶となった私はまるで生きた心地がしなくなってきた。全身の血が蒸発してしまった気すらする。
十六年か、思ったより短い人生だったな。
「アズール先輩……黄金の契約書とペンをお願いします……」
「は? 何の契約をするつもりです?」
「遺書を認めます……」
「僕の黄金の契約書をそんなものに使うな!」
力なく差し出した私の手を「その辺の葉っぱにでも書いておきなさい」とアズール先輩はあっさりはたき落とした。ああ、慈悲はいずこへ。
不毛なやり取りが聞こえたのか、倒れていたその人がむくりと起き上がる。小さく悲鳴を上げた私は、咄嗟に手近なアズール先輩の背中に身を隠した。が、すぐさま首根っこを掴まれ生贄よろしく目の前に突き出される。慈悲の精神の寮長はあまりにも無慈悲だ。今度マジカメで拡散しよう、そうしよう。
立ち上がったジェイド先輩は俯いたままで、遠くからでは表情が分からない。それがより恐怖を倍増させた。そりゃ怒っていますよね、そうですよね。全身がいっそ面白いぐらいに震える。
ええい、こうなりゃヤケクソだ!と、私は震える手で拳を握りしめた。どうせ待つのが死なら、真正面からぶつかってやろうじゃないかーー!
「この度は誠にすみませんでした」
どうだ、これが私の正攻法だ。私は流れるように土下座をかましてやった。この世界で日本式の誠意が伝わるかは分からないが、これしか知らないのだから仕方ない。
「可哀想に」と微塵も感情の篭ってない言葉を背中に受けながら、ひたすら芝生の上に額を押し付ける。思ってもない同情は要らぬ。出来ることならこのまま埋まってしまいたいものだ。
「ユウさん、どうか顔を上げて下さい」
「無理です。合わせる顔もございません」
「怒っていませんから。ほら、僕の顔を見て」
投げかけられた声は、ともすれば不気味なぐらい優しい声色だった。これは……希望を抱いてもいいのだろうか。
恐る恐る前を見ると、彼は声色に違わない綺麗な笑みを浮かべていた。わあ、素敵な笑顔。全てを赦す聖母かな?
……なーんて思ったのも束の間。
聖母には到底似つかわしくない、ビキビキと逞しい青筋がこめかみに浮かんでいく様が遠目にも確認できた。
みるみる青ざめていく私の顔。一歩、また一歩と近づいてくるジェイド先輩。震える足は命の危険を察知し、勝手に走り出していた。
「ごめんなさいいいい!!」
「人の顔を見て逃げるなんて酷いですね、フフ……本当に面白い方だ」
死に物狂いで逃げる後ろを、ジェイド先輩は笑いながら早歩きで追いかける。その様はホラー映画のようだった、とデュースは後に語ってくれた(あとめちゃくちゃ謝られた)。
その日の夜、私は夢の中でも追いかけ回され魘されたのだった。
二年生が一年生に指南するとあって、私は色んな意味でビクビクしていた。授業が始まる前から"オクタヴィネルは嫌だオクタヴィネルは嫌だ……"と心の中でひたすら念じる。
だがそんな心配は無用だったようで、アズール先輩とジェイド先輩はバルガス先生直々のご指導を受けていた。そしてフロイド先輩は「今は空泳ぐ気分じゃねえし」と華麗にサボタージュを決めている。
よし、これなら一先ず安心だろう。私は小さくガッツポーズをとった。
私とグリムはというと、ラッキーなことにジャミル先輩から指南を受けることになった。「よろしくお願いします!」と元気よく挨拶をすれば、あーうるさい、と鬱陶し気な顔が言う。
まずは実践から、と箒に跨るグリムの後ろに自転車のニケツの要領で跨る。グリムが「ふぬぬ」と魔力を念じると箒が高度を上げていく。足が地面から離れていくにつれ、私は密かに高揚感に胸を躍らせた。まるでアニメでよく見ていた魔女にでもなった気分だ。
しかし、一メートル、二メートル、と上がったところで「ふなぁ〜」と気の抜けた声が前方から発せられる。箒は徐々に高度を無くし、再び地面とこんにちはした。
「すごいじゃないか。この前より高かったぞ」
「ほんとか!? やったぁー! なんだゾ」
お褒めの言葉を頂き、両手を上げて喜ぶグリム。私が「良かったね」と言うと、「ユウが軽くなったらもっと飛べるゾ」とグリムは悪戯に笑った。ほう、そんなにお望みとあらばあなたのツナ缶を全部食べ尽くして差し上げましょうか。
「ただ、飛び始めに魔力を込めすぎて持続性に欠けている。少しずつ魔力を注入するよう意識した方がいいぞ」
「ふむふむ」
グリムは珍しく真剣にジャミル先輩の言葉に耳を傾ける。
普通を装っているジャミル先輩が、実は相当な実力の持ち主ということを私たちは身をもって知っている。さらに勉強が苦手なカリム先輩の従者とあって、教え方は非常に分かりやすい。そんなジャミル先輩に直々に教えてもらえる今は、これとない絶好の機会なのだ。
「うおおっ! 落ちるー!」
上から降ってきたその声は、かなり焦っているようだった。三人は声の主を想像し、嫌な予感を感じながら空を見上げる。
そこには想像通りの人物ーーカリム先輩が箒にしがみついたままグルグルと回転していた。その後ろには一年生らしき人物も一緒に乗っている。ジェットコースターさながらのそれは見ているだけで酔いそうだった。
「あのバッ……! ……はぁ」
ジャミル先輩は一瞬額に青筋を立てた後、諦めたように嘆息した。毎度ながらお疲れ様です。
罰の悪そうな表情でチラッとこちらを見られ、とっくに察している私たちは、わざとらしく"置いていくの?"と捨て猫のような目で見つめ返した。彼は言葉を詰まらせた後に、うんざりと顔を顰める。
「いいか、ユウもグリムも大人しく待ってるんだぞ」
「はーい」
捨て猫から一転、聞き分けの良い子どものように声を揃えて返事をすると、ジャミル先輩はフッと笑って箒に跨った。遠ざかっていく姿を手を振って見送る。何やかんや面倒見のいい先輩だ。
*
ジャミル先輩の有り難いお言葉にあやかり、二人で自主練に励んでいると「ユウ! グリム!」とえらく逼迫した声が聞こえてくる。
一体今度は何なんだ。声のしたほうを見ると……箒に乗ったデュースが低空飛行でこちらに突進してきていた。
「え……え!? 何で!?」
「ふなぁ! こっち来るな!」
「コントロールが効かないんだ! 避けてくれ!」
そう言われましても。何でよりによってジャミル先輩がいなくなったタイミングで来るのか。先ほどの約束を早速反故にしそうだ。
真っ直ぐ向かってくるデュースに、私とグリムは慌てふためく。そうしている間にも暴走箒ことデュースは止まらない。私たちは顔を見合わせ、左右に分かれて避けることにした。
私は右に、グリムは左に。デュースは真っ直ぐにーーと思いきや、こちらに急カーブを決めてきたではないか。
「ちょっとデュース!?」
「悪い、つい昔の血が騒いで……!」
くっ、と歯噛みする様は決してわざとやっているわけではないことは分かった。それにしたってこんなところで神憑りなマジカルホイールテクニックを駆使しないでほしい。後ろを追尾してくるデュースに私は必死の形相で逃げ惑う。自分って意外と速く走れたんだなと新たな発見をした瞬間だった。
「ほら。アズールよりはマシでしょう」
「ハッ、せいぜい三センチしか変わらないじゃないです……あ」
「わぁ!?」
脇目もふらず猛スピードで走っていると、ばいん、と何もないはずの場所で体が思い切り弾き返された。予期せぬ衝撃に身構える暇もなく、芝生の上に大の字に寝転ぶ。
デュースは寸でのところで私の横を避けていったらしい。遠くから転げた悲鳴が聞こえた。怪我、していないといいけれど。
弾む息を整えながら高く広い空を仰ぐ。雲一つ無い空、そこには箒に跨った生徒が鳥のように悠々と泳いでいた。どうやらカリム先輩も無事に着陸できたみたいだ。
空を飛ぶって気持ち良さそうでいいな。私にも魔法が使えたら自分の力だけで飛べたかもしれない。それにこんな……こんな?
私の頭の中にポン、と一つの式が浮かび上がった。
今日は二年生との合同授業+全力疾走していた自分+弾き返された体=……もう、お分かりだね? と脳内のリドル寮長が教鞭を執る。そこから導き出される答えは至って簡単だった。
嗚呼、走っていたら猛烈にお腹が空いてきたなぁ。私、この授業が終わったら食堂でデラックス焼きそばパン食べるんだぁ。
「いつまで寝そべっているつもりです?」
ぬっと視界にフェードインしてきたのは、呆れ顔のアズール先輩。授業前に嫌だ嫌だと念じていた人物の一人であるが故に、思わず「ぎゃあ!?」と飛び起きた。情けない声に彼はやれやれと両手を広げてみせる。
アズール先輩が近くにいるということは、答えはやはり正解だったみたいだ。よたよたと立ち上がると、私の延長線上にはジェイド先輩が箒に跨ったままの体勢で横倒しになっていた。その大きな体はぴくりとも動かない。
「し、しししし……!?」
「死んでませんよ。赤子じゃあるまいしあの程度で死ぬわけないでしょう。落ち着きなさい」
震える指で差しながらアズール先輩のほうを見ると、馬鹿馬鹿しいと眼鏡越しの目が言っていた。
傍で見ていたアズール先輩曰く。飛ぶことに神経を集中させていたジェイド先輩は、私が走ってきた反動を一身に受けてなす術もなく倒れてしまったらしい。高度が無かったのは不幸中の幸いといったところだろう(本人には口が裂けても言えない)。
向かってくる相手の攻撃を飄々と躱すような方が、あられもなく地面に伏す姿には相当な違和感がある。遠巻きに見ている他の生徒も小さくざわめいていた。こんな状況、彼の自尊心が許すわけがない。
今のジェイド先輩の心境を想像し、その元凶となった私はまるで生きた心地がしなくなってきた。全身の血が蒸発してしまった気すらする。
十六年か、思ったより短い人生だったな。
「アズール先輩……黄金の契約書とペンをお願いします……」
「は? 何の契約をするつもりです?」
「遺書を認めます……」
「僕の黄金の契約書をそんなものに使うな!」
力なく差し出した私の手を「その辺の葉っぱにでも書いておきなさい」とアズール先輩はあっさりはたき落とした。ああ、慈悲はいずこへ。
不毛なやり取りが聞こえたのか、倒れていたその人がむくりと起き上がる。小さく悲鳴を上げた私は、咄嗟に手近なアズール先輩の背中に身を隠した。が、すぐさま首根っこを掴まれ生贄よろしく目の前に突き出される。慈悲の精神の寮長はあまりにも無慈悲だ。今度マジカメで拡散しよう、そうしよう。
立ち上がったジェイド先輩は俯いたままで、遠くからでは表情が分からない。それがより恐怖を倍増させた。そりゃ怒っていますよね、そうですよね。全身がいっそ面白いぐらいに震える。
ええい、こうなりゃヤケクソだ!と、私は震える手で拳を握りしめた。どうせ待つのが死なら、真正面からぶつかってやろうじゃないかーー!
「この度は誠にすみませんでした」
どうだ、これが私の正攻法だ。私は流れるように土下座をかましてやった。この世界で日本式の誠意が伝わるかは分からないが、これしか知らないのだから仕方ない。
「可哀想に」と微塵も感情の篭ってない言葉を背中に受けながら、ひたすら芝生の上に額を押し付ける。思ってもない同情は要らぬ。出来ることならこのまま埋まってしまいたいものだ。
「ユウさん、どうか顔を上げて下さい」
「無理です。合わせる顔もございません」
「怒っていませんから。ほら、僕の顔を見て」
投げかけられた声は、ともすれば不気味なぐらい優しい声色だった。これは……希望を抱いてもいいのだろうか。
恐る恐る前を見ると、彼は声色に違わない綺麗な笑みを浮かべていた。わあ、素敵な笑顔。全てを赦す聖母かな?
……なーんて思ったのも束の間。
聖母には到底似つかわしくない、ビキビキと逞しい青筋がこめかみに浮かんでいく様が遠目にも確認できた。
みるみる青ざめていく私の顔。一歩、また一歩と近づいてくるジェイド先輩。震える足は命の危険を察知し、勝手に走り出していた。
「ごめんなさいいいい!!」
「人の顔を見て逃げるなんて酷いですね、フフ……本当に面白い方だ」
死に物狂いで逃げる後ろを、ジェイド先輩は笑いながら早歩きで追いかける。その様はホラー映画のようだった、とデュースは後に語ってくれた(あとめちゃくちゃ謝られた)。
その日の夜、私は夢の中でも追いかけ回され魘されたのだった。