♪ 好奇に躍る一週間(完結済)
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近づかないように気をつける以上、やはり嫌でも対象を視界に捉えないといけない。授業に関しては合同授業でもない限り顔を合わせることはまずない。
特に用心しなくてはならないのは移動中の廊下と、この食堂だ。
お昼休みで混雑を極めている中でもその人を探すのは容易い。今ばかりは彼の威圧的な容姿に感謝をした。私は席に着いて最大級の警戒心を纏いながらリゾットを口に運ぶ。
「なぁ、それまずいの?」
「めちゃくちゃ美味しい」
「ならもっと美味そうに食えよ……親の仇みたいな顔してんぞ」
向かいに座るエースは若干引きながら私のその様を見ていた。止むに止まれぬ事情故だ、仕方がない。奥歯で一粒一粒を噛み締めつつ、尚も要注意人物を見据える。
要注意人物ことジェイド・リーチは今、ビュッフェの列に兄弟であるフロイド先輩と仲良く並んでいる。彼が手にしているトレイには山盛りのパスタと、これまた山盛りのオムライスと、またまた山盛りのサラダと、山盛りの……待て、どんだけ食べるんだあの人? もしかしてこれからパーティでも始まるんですか?
フードファイターもびっくりの量に気を取られ、スプーンを咥えたまま固まる。すると視線の先のその人と目が合ってしまい、ヒュッと一瞬息が止まった。対するジェイド先輩は、涼やかに口角を上げるとすぐに目を逸らした。
ホッとする反面、警戒心をこれでもかと全開にしている自分と正反対な、彼の余裕綽々といった様子は何だか釈然としない。まさか自分に刃向かってくるわけないだろうと踏んでの余裕だろうが、まったく舐めてくれる。
ええ、ええ、その通りですよ。私にそんな度胸も実力も無いんですからね!
彼を睨みながら半ばやけ食いのようにリゾットを口に放って行く。圧倒的不利な状況に置かれながらも、気持ちだけは元気百倍。出来もしない対抗心を烈火の如く燃やしていた。完全に負け犬の遠吠えである。
ふっふっふ。あなたも食ってやろうか、このリゾットのように……!
「トリックスターも狩りに目覚めたのかい?」
「んぐ、ッゴホ!?」
いきなり耳元で囁くように話しかけられ、私はびっくりしすぎて咽せた。何なら咽せた拍子に米粒を鼻から発射してしまった。向かい合わせに座っていたエースは「きたなっ!?」と容赦なく声を上げる。ちゃんと手で押さえたから許してほしい。あと苦情なら後ろの狩人先輩までお願いします。
ツンと痛む鼻を押さえながら「ルーク先輩?」と呼べば、彼はブロンドの髪を揺らしてにっこりと笑い「隣いいかい?」と私の返事を聞く前に腰掛けた。
「獲物はムシュー計画犯といったところか。マーベラス! さすが、お目が高いね」
未だ呆気にとられる私とエースなんてお構いなしに「彼は実にミステリアスで惹かれるよね」と感慨深げに頷いている。あなたも負けないぐらいミステリアスで神出鬼没ですよ、と心の中でごちりながらポケットティッシュで鼻と口を拭った。
ジェイド先輩が獲物だって? とんでもない。狩りの名手ならまだしも私なんかがジェイド先輩相手に企てようものなら、早々に返り討ちに遭い〆られるのは目に見えている。そんな無謀なことをするほど馬鹿じゃない。
「まさか、狩ろうなんて思ってませんよ」
「おや、そうなのかい? あんまり鋭い視線を送っていたものだから勘違いをしてしまったよ」
「何も好きで見ているわけじゃないんです。これには理由があって……」
「興味深いね。ぜひ話を聞かせてくれるかい?」
かくかくしかじか、と大まかに事情を説明する。丁寧に相槌を打ちながら聞いていたルーク先輩は一通り把握すると「面白いね」と悪びれなく笑う。おまけに一緒に聞いていたエースまで笑っていた。どっちもそっちも他人事だと思って。私にしてみればまったく笑い事じゃない。ムッとする顔を隠しもせず、再び手元のリゾットを頬張る。
「では一つ、愛の狩人からアドバイスを捧げよう」
そう切り出すと、綺麗に弧を描いている口元に人差し指を当てるルーク先輩。アドバイス、との単語に持っていたスプーンを皿に置いて拝聴する姿勢を作った。
「狩りの基本はターゲットの観察。それは分かるね?」
「はい、分かります」
「ウィ。けれど観察するということは、獲物にもその機会を与えているようなものさ。それを忘れてはいけないよ」
「ふむふむ。なる……ほど?」
「全然わかってねえじゃん」
図星だった私は、余計なことを言うでないとエースを見る。
要は"深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている"みたいなことだろう。確かにそう考えると頷けた。彼の場合は深海かもしれないが。
この魔法薬の効能は、場合によっては向こうのいいようにされてしまう。それは昨日で十二分に思い知った。とはいえ私にはルーク先輩のように気配を消すなんて芸当はできないし、一朝一夕で身に付けられる技術でもない。有り難いアドバイスだったが、私の力不足により頭打ちな現状を打破することは叶わないだろう。
うんうん唸る私のその隣で、ルーク先輩は昼食のフィレステーキにナイフとフォークを立てている。ちらと横目に見ると、彼はゆったりと優雅でありながら、一切の隙を感じさせない雰囲気を纏っていた。普段の様子から変わった人という印象がどうしても先立ってしまうが、やはりポムフィオーレ寮の副寮長だ。隅から隅まで洗練された所作に魅入ってしまう。
気配に鋭いルーク先輩がそれに気づかない訳がなく、「そんなに見られると照れてしまうよ」と笑われる。
「あ……その、綺麗に召し上がるなぁと思って。すみません、不躾でした」
「ふふ、お褒めに預かり光栄だね」
罰が悪く肩を疎める私に「惚れちゃったの?」とエースが揶揄う。君は小学生男子か。
「すまないね。私はこの世のありとあらゆる美しさを探求することの虜なのさ」
嘆きながら大袈裟に被りを振るルーク先輩。何で私が振られたことになっているんだ。
二人をジト目で見ながらスプーンを手にしようとすると、何故か手がーーいや上半身が、テーブルから遠ざかる。
目の前から迫りくる圧迫感に、まさか、と前を見た。そこにはエースの背後を何食わぬ顔で通り過ぎていく……ジェイド先輩がいた。その距離は明らかに半径五メートルに入り込んでいる。
さっき目が合った時にこちらの存在など知っているはずなのに、何で。
一瞬見えた鋭い歯をチラつかせて笑う姿に「これぞまさにムシュー計画犯だな」と妙に冷静な頭で考えた。
「おっと。……危なかったね」
後ろに倒れる寸でのところで、隣のルーク先輩が背中を支えてくれた。何とか転倒は免れたが、活動を忘れていた心臓がバクバクと悲鳴を上げる。し、死ぬかと思った。胸に手を当てて呼吸を整えていると、さすがに不憫に思ったのだろうエースが「大丈夫かよ?」と心配してくれた。おお、マブよ。感謝永遠に。
……もしルーク先輩の支えがなかったら、床に頭でも打っていたかもしれない。やっぱりジェイド先輩は要注意人物なのだ、不用意に近づくべきではない。
遠くに座って食事をしている彼を睨むと、"何かありました?"とでも言いた気に首を傾げられる。もはや白々しさが限界突破している。私は心中では「うぎぃいいいい!」と某寮長の如く顔を真っ赤にして暴れ回っていた。今すぐオフへ使いたい。彼に勝てるとは思っていないが、一方的にオモチャにされるのはあまりに悔しい。
私は改めて「ありがとうございました」とルーク先輩にお礼を言うと、何でかその人は笑っていた。どこに笑いどころがあったのだろう。
「うう……これはさすがに笑い事じゃないですよ」
「すまないね。どうやら私のせいで、一人の狩人の心に火をつけてしまったみたいだよ」
この学園に狩人なんて今話している彼ぐらいしか思いつかなかった私は、頭に疑問符を浮かべた。
ルーク先輩は「人は誰しも狩人になり得るものさ」と華麗にウインクする。それは……分かるような、分からないような?
やっぱり彼は変わった人だ。
*
「ジェイドさぁ、ジロジロ見られてウザくねぇの?」
「熱い視線を向けられるのも、意外と悪くないものですよ」
「えー? わっかんないなぁ」
オレだったら絞めるけど、と続ける兄弟はひどく彼らしい。フロイドの言う"ウザい視線"を感じる方向に目を向けると、その主は凍り付いたかのように固まる。分かりやすいその反応に自然と笑みが溢れた。
気分屋の彼はもう興味を無くしたのか、ビュッフェに並ぶ料理を吟味していた。「今日はハンバーガーの気分〜」とトングで掴んだそれを鼻歌まじりに皿に乗せる。
「おや、一個だけですか?」
「当たり前じゃん。言っとくけどジェイドがおかしいんだかんね」
僕の手元を見るとフロイドはゲンナリとした表情を浮かべる。失礼しちゃいますね、ちょっと燃費が悪いだけだというのに。
ビュッフェの列から抜け、席を探していると僕らと目が合う度に空席が出来る。いつかのフロイドの言葉通り、それは小魚の群れのようだ。
ーーそういえばあの視線を感じなくなった、と再び見てみると彼女の隣にはいつの間にか新たなお仲間が加わっていた。ついさっきまで突きつけられていた熱い視線は、隣のルークさんに惜しみなく注がれている。
おやおや、移り気な方ですね。
「飲み物を忘れたので、先に席に着いてて下さい」
そう言ってフロイドにトレイを手渡す。「おもっ!」と愚痴る声を尻目に、スタスタと目的の場所へ歩いて行く。
徐々に距離を縮めていこうが、ユウさんは全くこちらには気づかない。自分がここにいる事を忘れてしまったのだろうか。ーーそれはそれで好都合だ。
領域に踏み込む一歩手前で足を止める。彼女の後頭部を確認して、見えない線の向こう側に踏み込んだ。
わかり切っている衝撃には対応できる。難なく堪えた自身とは対照的に、不意に食らった彼女の身体は後ろに倒れる。ルークさんのおかげで転げ落ちることはなかったが、驚きを湛えた瞳とやっとかち合った。視線を逸らした貴方が悪いんですよ、と横目に通り過ぎる。
「お待たせしました」とフロイドの元に戻ると、彼は楽しそうに笑っていた。
「ジェイドの嘘つき。やっぱりウザかったんじゃん」
「ウザい? ……そうですね。ウザかったのかもしれません」
「ふーん」
別にいーけど、と大口を開けてハンバーガーに噛り付く。フロイドの肩の向こうでは、ユウさんがこちらを威嚇するように睨んでいた。その表情には当初より幾分か感情が上乗せされているように感じる。
そう、ちゃんと警戒していないといけませんよ。
特に用心しなくてはならないのは移動中の廊下と、この食堂だ。
お昼休みで混雑を極めている中でもその人を探すのは容易い。今ばかりは彼の威圧的な容姿に感謝をした。私は席に着いて最大級の警戒心を纏いながらリゾットを口に運ぶ。
「なぁ、それまずいの?」
「めちゃくちゃ美味しい」
「ならもっと美味そうに食えよ……親の仇みたいな顔してんぞ」
向かいに座るエースは若干引きながら私のその様を見ていた。止むに止まれぬ事情故だ、仕方がない。奥歯で一粒一粒を噛み締めつつ、尚も要注意人物を見据える。
要注意人物ことジェイド・リーチは今、ビュッフェの列に兄弟であるフロイド先輩と仲良く並んでいる。彼が手にしているトレイには山盛りのパスタと、これまた山盛りのオムライスと、またまた山盛りのサラダと、山盛りの……待て、どんだけ食べるんだあの人? もしかしてこれからパーティでも始まるんですか?
フードファイターもびっくりの量に気を取られ、スプーンを咥えたまま固まる。すると視線の先のその人と目が合ってしまい、ヒュッと一瞬息が止まった。対するジェイド先輩は、涼やかに口角を上げるとすぐに目を逸らした。
ホッとする反面、警戒心をこれでもかと全開にしている自分と正反対な、彼の余裕綽々といった様子は何だか釈然としない。まさか自分に刃向かってくるわけないだろうと踏んでの余裕だろうが、まったく舐めてくれる。
ええ、ええ、その通りですよ。私にそんな度胸も実力も無いんですからね!
彼を睨みながら半ばやけ食いのようにリゾットを口に放って行く。圧倒的不利な状況に置かれながらも、気持ちだけは元気百倍。出来もしない対抗心を烈火の如く燃やしていた。完全に負け犬の遠吠えである。
ふっふっふ。あなたも食ってやろうか、このリゾットのように……!
「トリックスターも狩りに目覚めたのかい?」
「んぐ、ッゴホ!?」
いきなり耳元で囁くように話しかけられ、私はびっくりしすぎて咽せた。何なら咽せた拍子に米粒を鼻から発射してしまった。向かい合わせに座っていたエースは「きたなっ!?」と容赦なく声を上げる。ちゃんと手で押さえたから許してほしい。あと苦情なら後ろの狩人先輩までお願いします。
ツンと痛む鼻を押さえながら「ルーク先輩?」と呼べば、彼はブロンドの髪を揺らしてにっこりと笑い「隣いいかい?」と私の返事を聞く前に腰掛けた。
「獲物はムシュー計画犯といったところか。マーベラス! さすが、お目が高いね」
未だ呆気にとられる私とエースなんてお構いなしに「彼は実にミステリアスで惹かれるよね」と感慨深げに頷いている。あなたも負けないぐらいミステリアスで神出鬼没ですよ、と心の中でごちりながらポケットティッシュで鼻と口を拭った。
ジェイド先輩が獲物だって? とんでもない。狩りの名手ならまだしも私なんかがジェイド先輩相手に企てようものなら、早々に返り討ちに遭い〆られるのは目に見えている。そんな無謀なことをするほど馬鹿じゃない。
「まさか、狩ろうなんて思ってませんよ」
「おや、そうなのかい? あんまり鋭い視線を送っていたものだから勘違いをしてしまったよ」
「何も好きで見ているわけじゃないんです。これには理由があって……」
「興味深いね。ぜひ話を聞かせてくれるかい?」
かくかくしかじか、と大まかに事情を説明する。丁寧に相槌を打ちながら聞いていたルーク先輩は一通り把握すると「面白いね」と悪びれなく笑う。おまけに一緒に聞いていたエースまで笑っていた。どっちもそっちも他人事だと思って。私にしてみればまったく笑い事じゃない。ムッとする顔を隠しもせず、再び手元のリゾットを頬張る。
「では一つ、愛の狩人からアドバイスを捧げよう」
そう切り出すと、綺麗に弧を描いている口元に人差し指を当てるルーク先輩。アドバイス、との単語に持っていたスプーンを皿に置いて拝聴する姿勢を作った。
「狩りの基本はターゲットの観察。それは分かるね?」
「はい、分かります」
「ウィ。けれど観察するということは、獲物にもその機会を与えているようなものさ。それを忘れてはいけないよ」
「ふむふむ。なる……ほど?」
「全然わかってねえじゃん」
図星だった私は、余計なことを言うでないとエースを見る。
要は"深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている"みたいなことだろう。確かにそう考えると頷けた。彼の場合は深海かもしれないが。
この魔法薬の効能は、場合によっては向こうのいいようにされてしまう。それは昨日で十二分に思い知った。とはいえ私にはルーク先輩のように気配を消すなんて芸当はできないし、一朝一夕で身に付けられる技術でもない。有り難いアドバイスだったが、私の力不足により頭打ちな現状を打破することは叶わないだろう。
うんうん唸る私のその隣で、ルーク先輩は昼食のフィレステーキにナイフとフォークを立てている。ちらと横目に見ると、彼はゆったりと優雅でありながら、一切の隙を感じさせない雰囲気を纏っていた。普段の様子から変わった人という印象がどうしても先立ってしまうが、やはりポムフィオーレ寮の副寮長だ。隅から隅まで洗練された所作に魅入ってしまう。
気配に鋭いルーク先輩がそれに気づかない訳がなく、「そんなに見られると照れてしまうよ」と笑われる。
「あ……その、綺麗に召し上がるなぁと思って。すみません、不躾でした」
「ふふ、お褒めに預かり光栄だね」
罰が悪く肩を疎める私に「惚れちゃったの?」とエースが揶揄う。君は小学生男子か。
「すまないね。私はこの世のありとあらゆる美しさを探求することの虜なのさ」
嘆きながら大袈裟に被りを振るルーク先輩。何で私が振られたことになっているんだ。
二人をジト目で見ながらスプーンを手にしようとすると、何故か手がーーいや上半身が、テーブルから遠ざかる。
目の前から迫りくる圧迫感に、まさか、と前を見た。そこにはエースの背後を何食わぬ顔で通り過ぎていく……ジェイド先輩がいた。その距離は明らかに半径五メートルに入り込んでいる。
さっき目が合った時にこちらの存在など知っているはずなのに、何で。
一瞬見えた鋭い歯をチラつかせて笑う姿に「これぞまさにムシュー計画犯だな」と妙に冷静な頭で考えた。
「おっと。……危なかったね」
後ろに倒れる寸でのところで、隣のルーク先輩が背中を支えてくれた。何とか転倒は免れたが、活動を忘れていた心臓がバクバクと悲鳴を上げる。し、死ぬかと思った。胸に手を当てて呼吸を整えていると、さすがに不憫に思ったのだろうエースが「大丈夫かよ?」と心配してくれた。おお、マブよ。感謝永遠に。
……もしルーク先輩の支えがなかったら、床に頭でも打っていたかもしれない。やっぱりジェイド先輩は要注意人物なのだ、不用意に近づくべきではない。
遠くに座って食事をしている彼を睨むと、"何かありました?"とでも言いた気に首を傾げられる。もはや白々しさが限界突破している。私は心中では「うぎぃいいいい!」と某寮長の如く顔を真っ赤にして暴れ回っていた。今すぐオフへ使いたい。彼に勝てるとは思っていないが、一方的にオモチャにされるのはあまりに悔しい。
私は改めて「ありがとうございました」とルーク先輩にお礼を言うと、何でかその人は笑っていた。どこに笑いどころがあったのだろう。
「うう……これはさすがに笑い事じゃないですよ」
「すまないね。どうやら私のせいで、一人の狩人の心に火をつけてしまったみたいだよ」
この学園に狩人なんて今話している彼ぐらいしか思いつかなかった私は、頭に疑問符を浮かべた。
ルーク先輩は「人は誰しも狩人になり得るものさ」と華麗にウインクする。それは……分かるような、分からないような?
やっぱり彼は変わった人だ。
*
「ジェイドさぁ、ジロジロ見られてウザくねぇの?」
「熱い視線を向けられるのも、意外と悪くないものですよ」
「えー? わっかんないなぁ」
オレだったら絞めるけど、と続ける兄弟はひどく彼らしい。フロイドの言う"ウザい視線"を感じる方向に目を向けると、その主は凍り付いたかのように固まる。分かりやすいその反応に自然と笑みが溢れた。
気分屋の彼はもう興味を無くしたのか、ビュッフェに並ぶ料理を吟味していた。「今日はハンバーガーの気分〜」とトングで掴んだそれを鼻歌まじりに皿に乗せる。
「おや、一個だけですか?」
「当たり前じゃん。言っとくけどジェイドがおかしいんだかんね」
僕の手元を見るとフロイドはゲンナリとした表情を浮かべる。失礼しちゃいますね、ちょっと燃費が悪いだけだというのに。
ビュッフェの列から抜け、席を探していると僕らと目が合う度に空席が出来る。いつかのフロイドの言葉通り、それは小魚の群れのようだ。
ーーそういえばあの視線を感じなくなった、と再び見てみると彼女の隣にはいつの間にか新たなお仲間が加わっていた。ついさっきまで突きつけられていた熱い視線は、隣のルークさんに惜しみなく注がれている。
おやおや、移り気な方ですね。
「飲み物を忘れたので、先に席に着いてて下さい」
そう言ってフロイドにトレイを手渡す。「おもっ!」と愚痴る声を尻目に、スタスタと目的の場所へ歩いて行く。
徐々に距離を縮めていこうが、ユウさんは全くこちらには気づかない。自分がここにいる事を忘れてしまったのだろうか。ーーそれはそれで好都合だ。
領域に踏み込む一歩手前で足を止める。彼女の後頭部を確認して、見えない線の向こう側に踏み込んだ。
わかり切っている衝撃には対応できる。難なく堪えた自身とは対照的に、不意に食らった彼女の身体は後ろに倒れる。ルークさんのおかげで転げ落ちることはなかったが、驚きを湛えた瞳とやっとかち合った。視線を逸らした貴方が悪いんですよ、と横目に通り過ぎる。
「お待たせしました」とフロイドの元に戻ると、彼は楽しそうに笑っていた。
「ジェイドの嘘つき。やっぱりウザかったんじゃん」
「ウザい? ……そうですね。ウザかったのかもしれません」
「ふーん」
別にいーけど、と大口を開けてハンバーガーに噛り付く。フロイドの肩の向こうでは、ユウさんがこちらを威嚇するように睨んでいた。その表情には当初より幾分か感情が上乗せされているように感じる。
そう、ちゃんと警戒していないといけませんよ。