♪ 真珠色の恋
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忙しい一日はようやく終わりを迎え、ラウンジが閉店してからというもの、ユウは寮生たちと共にせっせと片づけに勤しんでいた。
「皆さん、本日はお疲れ様でした」
ちょうど開店前と変わりないぐらいに清掃を終えた頃だった。軽快な足取りでホールにやってきたアズールは、労いの言葉を全体に投げ掛ける。寮長のお出ましともあれば、寮生は疲労困憊の身体に鞭を打って姿勢を正した。そして「お疲れ様です」と声を揃える。一様にくたびれた顔をしている彼らとは反対に、VIPルームで売上の計上をしていたアズールの顔は晴れ晴れとしたものだ。余程の成果があったであろうことはこの場に居る誰もが容易に汲み取れた。さっきまでカウンターを拭いていたダスターを握り締めながら、ユウは『頑張った甲斐があったなぁ』と密かに喜びを噛み締めた。頬をだらしなく緩ませつつ、こほん、と咳払いをするアズールを見つめる。
「日頃働いてくださっている皆さんへの感謝も込めて、たまには慰労会でも開きましょうか」
途端に耳がキーンとするような沈黙が訪れる。まるでこの場から誰もいなくなってしまったかのようで、ユウは辺りをキョロキョロと見回した。なぁんだちゃんと皆いるじゃないか、ホッと息を吐いていれば、突然息を吹き返したかのようにホール内がザワザワしだした。
その声は「どういう風の吹き回しだ?」「明日から休み無しで働かされるんじゃ……」という困惑の色が目立つものだ。しかし、「無理にとは言いませんが」とアズールが付け加える頃にはどこからともなく歓声と拍手が沸き起こった。守銭奴寮長の滅多に無い大盤振る舞いである。オクタヴィネルの寮生は皆さめざめと涙を流し、ラギーも「アズールくん最高!」と拳を突き上げた。
一気に昂まった周りの雰囲気にやや取り残されながらも、ユウはユウで「せっかくだしお腹いっぱい食べさせてもらおうかな」と画策するぐらいにははしゃいでいた。
喜びもそこそこに寮生たちは各々、談話室に移動したり料理の準備に取り掛かる。ラウンジの開店準備よりも動きが機敏に見えるのはきっと気のせいではないだろう。慰労会に参加するからにはと、ユウも手伝いに混ざろうとした時だ。アズールの背中が視界の端に映ってしまい、必然のようにそちらに意識が引っ張られた。
「──ジェイド、あとは任せましたよ」
「ええ。アズールも早く支度を整えた方がいいのでは?」
「そうですね……あまり時間がありませんから」
離れた距離と、すっかり浮き足立っている周囲の音に紛れてしまい、会話の全容までは聞き取ることが出来なかった。恭しく頭を下げるジェイドを残し、主催であるはずのアズールは何故かVIPルームのほうへと行ってしまう。何か忘れ物でもしたのだろうか? ユウは不思議に思いながらも、厨房から聞こえたヘルプの声にパタパタと小走りで向かった。
「全員、ドリンクは行き渡ったか~?」
先輩の呼びかける声に「おう!」と威勢の良い返事が返ってくる。テーブルの配置に食事の準備も整い、飲み物を手にしていざ乾杯……というタイミングになってもアズールは談話室に来ていないようだった。陽気な先輩の「かんぱーい!」という音頭を聞きながら、ユウは視線を巡らせるがやはりその姿は無い。忘れ物を取りに行ったにしてはあまりにも遅すぎた。
「ん〜? アズールもう行くの?」
その名前に神経を尖らせていたせいか、大きくもないはずのフロイドの声ははっきりとユウの耳に届いた。慌てて声のした方に振り返ると、そこにはちゃんとアズールがいた。しかし、彼の格好を目にした途端にユウは息を詰まらせる。見慣れた寮服や制服でもない――黒のタートルネックに、グレーのジャケットとパンツのセットアップ。足元は丁寧に磨かれたのがわかる革靴。上品な装いは一目でよそ行きの格好だと分かる。具体的に何処に行くのかまでは特定できないが、少なくともスーパーに買い物へ、なんてものではないだろう。
「ええ、遅刻するわけにはいきませんからね。彼らがあまりハメを外しすぎないよう、指導を頼みますよ」
「承知しました。アズールも、健闘を祈ります」
三人の会話をぼんやり聞いていると、不意にアズールの視線がユウを捉える。ドキリと胸を高鳴らせていれば、つかつかと迷いのない足取りで彼は目の前までやってきた。いつもとは違う服に身を包んだアズールの姿がより緊張感を煽るようだ。
「ユウさんも、今日はありがとうございました」
「い、いえ。大したことは出来ませんで」
「そう謙遜されずとも大いに助かりましたよ。せっかくの会ですから、どうぞゆっくり楽しんでいってください」
楽しみましょう、ではないことにやはりアズールはこの会には参加しないことを否応なしに確信してしまった。浮かれていた気持ちがあからさまに沈んでいく。この場に引き止めたい、あるいは一緒に──なんて言えるわけもなく、
「ありがとうございます。アズール先輩も、その……お気をつけて」
今できる精一杯の笑顔を作り、ユウは彼を送り出すことにした。アズールはいつもより柔らかな雰囲気を纏ったまま「行ってきます」と微笑むと、扉の向こうへと出て行ってしまった。周りの賑やかな音を遠くに聞きながら、ユウは誰もいない扉を名残惜し気に眺めた。
「皆さん、本日はお疲れ様でした」
ちょうど開店前と変わりないぐらいに清掃を終えた頃だった。軽快な足取りでホールにやってきたアズールは、労いの言葉を全体に投げ掛ける。寮長のお出ましともあれば、寮生は疲労困憊の身体に鞭を打って姿勢を正した。そして「お疲れ様です」と声を揃える。一様にくたびれた顔をしている彼らとは反対に、VIPルームで売上の計上をしていたアズールの顔は晴れ晴れとしたものだ。余程の成果があったであろうことはこの場に居る誰もが容易に汲み取れた。さっきまでカウンターを拭いていたダスターを握り締めながら、ユウは『頑張った甲斐があったなぁ』と密かに喜びを噛み締めた。頬をだらしなく緩ませつつ、こほん、と咳払いをするアズールを見つめる。
「日頃働いてくださっている皆さんへの感謝も込めて、たまには慰労会でも開きましょうか」
途端に耳がキーンとするような沈黙が訪れる。まるでこの場から誰もいなくなってしまったかのようで、ユウは辺りをキョロキョロと見回した。なぁんだちゃんと皆いるじゃないか、ホッと息を吐いていれば、突然息を吹き返したかのようにホール内がザワザワしだした。
その声は「どういう風の吹き回しだ?」「明日から休み無しで働かされるんじゃ……」という困惑の色が目立つものだ。しかし、「無理にとは言いませんが」とアズールが付け加える頃にはどこからともなく歓声と拍手が沸き起こった。守銭奴寮長の滅多に無い大盤振る舞いである。オクタヴィネルの寮生は皆さめざめと涙を流し、ラギーも「アズールくん最高!」と拳を突き上げた。
一気に昂まった周りの雰囲気にやや取り残されながらも、ユウはユウで「せっかくだしお腹いっぱい食べさせてもらおうかな」と画策するぐらいにははしゃいでいた。
喜びもそこそこに寮生たちは各々、談話室に移動したり料理の準備に取り掛かる。ラウンジの開店準備よりも動きが機敏に見えるのはきっと気のせいではないだろう。慰労会に参加するからにはと、ユウも手伝いに混ざろうとした時だ。アズールの背中が視界の端に映ってしまい、必然のようにそちらに意識が引っ張られた。
「──ジェイド、あとは任せましたよ」
「ええ。アズールも早く支度を整えた方がいいのでは?」
「そうですね……あまり時間がありませんから」
離れた距離と、すっかり浮き足立っている周囲の音に紛れてしまい、会話の全容までは聞き取ることが出来なかった。恭しく頭を下げるジェイドを残し、主催であるはずのアズールは何故かVIPルームのほうへと行ってしまう。何か忘れ物でもしたのだろうか? ユウは不思議に思いながらも、厨房から聞こえたヘルプの声にパタパタと小走りで向かった。
「全員、ドリンクは行き渡ったか~?」
先輩の呼びかける声に「おう!」と威勢の良い返事が返ってくる。テーブルの配置に食事の準備も整い、飲み物を手にしていざ乾杯……というタイミングになってもアズールは談話室に来ていないようだった。陽気な先輩の「かんぱーい!」という音頭を聞きながら、ユウは視線を巡らせるがやはりその姿は無い。忘れ物を取りに行ったにしてはあまりにも遅すぎた。
「ん〜? アズールもう行くの?」
その名前に神経を尖らせていたせいか、大きくもないはずのフロイドの声ははっきりとユウの耳に届いた。慌てて声のした方に振り返ると、そこにはちゃんとアズールがいた。しかし、彼の格好を目にした途端にユウは息を詰まらせる。見慣れた寮服や制服でもない――黒のタートルネックに、グレーのジャケットとパンツのセットアップ。足元は丁寧に磨かれたのがわかる革靴。上品な装いは一目でよそ行きの格好だと分かる。具体的に何処に行くのかまでは特定できないが、少なくともスーパーに買い物へ、なんてものではないだろう。
「ええ、遅刻するわけにはいきませんからね。彼らがあまりハメを外しすぎないよう、指導を頼みますよ」
「承知しました。アズールも、健闘を祈ります」
三人の会話をぼんやり聞いていると、不意にアズールの視線がユウを捉える。ドキリと胸を高鳴らせていれば、つかつかと迷いのない足取りで彼は目の前までやってきた。いつもとは違う服に身を包んだアズールの姿がより緊張感を煽るようだ。
「ユウさんも、今日はありがとうございました」
「い、いえ。大したことは出来ませんで」
「そう謙遜されずとも大いに助かりましたよ。せっかくの会ですから、どうぞゆっくり楽しんでいってください」
楽しみましょう、ではないことにやはりアズールはこの会には参加しないことを否応なしに確信してしまった。浮かれていた気持ちがあからさまに沈んでいく。この場に引き止めたい、あるいは一緒に──なんて言えるわけもなく、
「ありがとうございます。アズール先輩も、その……お気をつけて」
今できる精一杯の笑顔を作り、ユウは彼を送り出すことにした。アズールはいつもより柔らかな雰囲気を纏ったまま「行ってきます」と微笑むと、扉の向こうへと出て行ってしまった。周りの賑やかな音を遠くに聞きながら、ユウは誰もいない扉を名残惜し気に眺めた。