♪ 真珠色の恋
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カラン。ドアチャイムの貝殻が擦れ合う音が喧騒の中で響く。その残響が消えると同時に、ただでさえ騒めく店内が一層色めき立った。
客の視線の先はどれも同じ場所に集中しているようで、『何事だろう』とユウは疑問符を浮かべながら、ラウンジの出入口へと目を向ける。すると其処には、一人の女性が立っていた。
スタイルの良い身体に纏う、珊瑚色の鮮やかなフィッシュテールドレス。ひとつひとつのパーツが華やかで均整の取れた顔 。金色に輝く髪が揺れる様は、海に揺蕩う尾びれを思わせた。どこか浮世離れした女性の美しさは、モデルというよりはお伽話に出てくるプリンセスのよう。客は皆一様に感嘆の声を上げたり、魂を抜かれてしまったかのように見惚れていた。
ユウもまた、同じ性を持つ者として羨望の混じった目で見ていると、ふと隣りに人の気配を感じる。見上げた先にはアズールが呆然と立っていた。
「まさか……」
アイスブルーの瞳を凝らし、動揺の滲む声で呟く。ただ事では無い様子にユウは「お知り合いですか」と尋ねようとするが、彼は引き寄せられるように女性が佇む出入口へと行ってしまう。
アズールが声を掛けると、その女性はふわりと上品に微笑むのが遠目にも分かった。会話もそこそこに、支配人直々のエスコートを受けた女性は真っ直ぐこちらへ向かってくる。ユウは危機を察知した小エビの如く、慌ててカウンターの中へと移動した。支配人は案の定、海中を一望できるボックス席へと女性を案内したようだ。
なんで逃げるような真似をしているんだろう。ふう、と息を吐きながらユウは冷静になった頭で考えた。ドリンクを作っていた店員兼寮生が不思議そうに自分のほうを見ているのに気付き、あはは、と誤魔化すように笑う。
ここに来て何もしないのは不自然だし、忙しくしている他の寮生にもいい迷惑に違いない。気まずさに耐えかねたユウは何か手伝えることは無いか寮生に聞き、何とかスペシャルドリンクを作る仕事を得た。
これ幸いと励むユウだったが、今は少し都合が悪かったようだ。本日限定のスペシャルドリンクは、輝石の国の農家から格安で仕入れたイチゴやブルーベリーをふんだんに使った、その名の通り特別な一品。注文の数は他のメニューと比べても多く、自然と作業は単調になる。結果、余計な思考を働かせる時間と、余所見をする余裕が作られてしまった。
ちらり、と盗み見るように顔を上げればボックス席で女性と並んで座るアズールの顔が見えた。会話に満開の花を咲かせているのが見て取れる、心の底から楽しそうな彼の笑顔。反比例するように自分の口角が下がっていくのが分かり、ユウは顔を俯けた。あの笑顔を向けられた相手の顔など、いくらでも想像できてしまう。二人の談笑する様子はありありと脳に映し出され、耐えるように唇を噛んだ。
――ただのお客さんの一人なのに、何故こんなにもやもやとした気持ちを抱いているのだろう。考えないようにしていただけで、その答えはとうに出ていたのかもしれない。ユウにしてみれば名前も知らない女性だが、アズールを見るあの表情だけには覚えがあったのだ。
あれはきっと……恋をしている女 の表情。
身体の内側で呟くと、胸が締め付けられたかのように苦しくなる。無意識に胸元に当てていた手を握り込めば、彼に直して貰った襟にぐしゃりと醜い皺が刻まれた。
「この忙しい時に女を引っ掛けるなんて、アズールくんも隅におけないっスね」
悪態を吐くような声に、弾かれたように顔を上げる。カウンターを挟んだ向かい側には、いつの間にかラギーが立っていた。不意を突かれ呆けているユウに、ラギーは「ハイ、スペシャルドリンク三つね」とオーダーが記入された紙をカウンターの上に滑らせる。
「あの女の人、随分と身綺麗にしてるけどどこぞの金持ちなんスかねぇ」
「……どうでしょう。少なくともアズール先輩とはお知り合いみたいですけど」
「へぇ。アズールくんがそう言ってたの?」
「いえ、私の勝手な予想です」
ドリンクを作る合間の世間話。ユウにとっての感覚はそんなものだったが、ラギーは「ふーん」と妙にニヤニヤしながらユウを見る。心の奥底を見透かすような視線は居心地が悪いものだ。他のテーブルにオーダーを取りに行ってはくれないものかと言いかけると、ラギーの隣に大きな人影が並び立つのが見えた。
「ご名答ですよ、ユウさん」
「うおっ! びっくりした~……ジェイドくん、いちいち気配を消さないでもらえます?」
「これはこれは。驚かせてしまってすみません」
非難の目を向けるラギーに、ジェイドは謝罪の言葉を口にしながら微笑む。一ミリたりとも悪びれない様子は一周回って清々しいものだ。二人は目を据わらせながら声ばかりの笑いを吐き出した。
「そういえば〝ご名答〟って言ってましたけど、どういう意味なんですか?」
首を傾げるユウに、ジェイドは妖しく目を細める。
「ユウさんのおっしゃる通り、アズールがもてなしている女性は僕たちの知り合いなんです」
「僕たちの、っスか?」
「ええ。彼女は僕たちがミドルスクールに通っていた時の同級生で、お名前は確か……ラゼリア・ブーゲンビリアさん」
――ラゼリアさん、か。名前まで美人だなんて神様は不公平だなぁ。
卑屈な気持ちを一人で弄んでいると、ラギーは頭上の耳をピンと立たせ丸い目を零れんばかりに見開いた。
「ブーゲンビリアって……もしかして、あのめちゃくちゃ有名な実業家の!?」
「ええ。まさしく、あの ブーゲンビリア家のご令嬢です」
ご令嬢、独り言のような呟きがユウの唇の隙間から漏れ出た。すっかりマドルに目の眩んだラギーにはバレなかったが、狡猾な人魚の耳はしっかり捕えていたらしい。表情を曇らせるユウと目が合うと、クスリと可笑しげに口の端を持ち上げる。意地悪い雰囲気を察したユウは、敢えて無視してドリンクに仕上げのイチゴを乗せた。
「ラギー先輩、ドリンクでき……っていないし」
既にカウンターの前にはジェイドしか立っていなかった。まさかと例のボックス席の方を見れば、ラギーが恭しく料理をサーブしている最中だった。恐らく、アズールの座るテーブルのオーダーを誰かから横取りしたのだろう。抜け目のない立ち振る舞いに、ユウの口からは感嘆にも似たため息が出た。
「ユウさんも、少しはラギーさんを見習ったほうがいいかもしれませんよ」
「……何のお話か分かりかねますね」
後輩のぶっきらぼうな返事に、ジェイドは気を悪くするどころか大変愉快だとでも言うように鼻で笑う。先ほどのラギーの表情と、今のジェイドの言葉に、ユウの中に一つの疑念が生まれた。
――今の今まで隠しているつもりだったのに、先輩方には私の恋心はお見通しだったりするのだろうか? もしかしてアズール先輩本人にもバレていたりして? いやいやいやさすがにそれは無い……と思いたい。
急に立ち込めてきた不安に、ユウは眉間に皺を寄せて唸る。それすら可笑しくてたまらないのだろう。ジェイドはクスクスと笑みを溢しながら、完成したスペシャルドリンクを銀のトレーに乗せていく。
「あ。私が運ぶので良いですよ」
「いえいえ、面白いものを見せて頂いたんですからこれぐらいはさせてください」
「面白い?」
どこにそんな要素があったろうか。訝しむユウの視線を尻目に、彼は三つのドリンクを乗せたトレーを片手で軽々と持ち上げる。そしてそのままホールに向かおうとしたジェイドを、一人の寮生が引き留めた。寮生は慌てた様子で「支配人がジェイドさんとフロイドさんをお呼びです」と告げる。
「承知しました。すぐに向かいます。……ユウさん、すみませんが」
「わかってます。こっちは任せて下さい。それより、早く行った方が良いですよ」
申し訳なさそうに眉尻を下げたジェイドは、では、と一言残しボックス席へと移動した。どうやらラギーに上手いこと乗せられたのだろうフロイドも無事に揃えられたみたいだ。
役者は揃ったというところだろうか。同級生が四人も集まれば、ミドルスクール時代の懐かしい話で盛り上がっているのかもしれない。会話は聞こえなくても、その賑やかな空気は見ているだけでも伝わってきた。
ぽつん、とカウンターの中に佇むユウは、まるでテレビでも見ているような気持ちでその光景を眺めた。数字にしてみれば僅か数メートルの距離。だが今のユウには何十メートルにも、何キロ先にも思えてしまう。自分は絶対に踏み込めない、遥か遠い空間。
「……仕事、しなきゃね」
自身を奮い立たせる為に呟いたはずの声は、思っていた以上に頼りなかった。
確かに、切り替えの早さはラギーを見習わなくてはいけないかもしれない。ユウは苦笑をこぼしながらドリンクの乗ったトレーを手に持つと、賑やかなホールへとその身を紛れさせた。
客の視線の先はどれも同じ場所に集中しているようで、『何事だろう』とユウは疑問符を浮かべながら、ラウンジの出入口へと目を向ける。すると其処には、一人の女性が立っていた。
スタイルの良い身体に纏う、珊瑚色の鮮やかなフィッシュテールドレス。ひとつひとつのパーツが華やかで均整の取れた
ユウもまた、同じ性を持つ者として羨望の混じった目で見ていると、ふと隣りに人の気配を感じる。見上げた先にはアズールが呆然と立っていた。
「まさか……」
アイスブルーの瞳を凝らし、動揺の滲む声で呟く。ただ事では無い様子にユウは「お知り合いですか」と尋ねようとするが、彼は引き寄せられるように女性が佇む出入口へと行ってしまう。
アズールが声を掛けると、その女性はふわりと上品に微笑むのが遠目にも分かった。会話もそこそこに、支配人直々のエスコートを受けた女性は真っ直ぐこちらへ向かってくる。ユウは危機を察知した小エビの如く、慌ててカウンターの中へと移動した。支配人は案の定、海中を一望できるボックス席へと女性を案内したようだ。
なんで逃げるような真似をしているんだろう。ふう、と息を吐きながらユウは冷静になった頭で考えた。ドリンクを作っていた店員兼寮生が不思議そうに自分のほうを見ているのに気付き、あはは、と誤魔化すように笑う。
ここに来て何もしないのは不自然だし、忙しくしている他の寮生にもいい迷惑に違いない。気まずさに耐えかねたユウは何か手伝えることは無いか寮生に聞き、何とかスペシャルドリンクを作る仕事を得た。
これ幸いと励むユウだったが、今は少し都合が悪かったようだ。本日限定のスペシャルドリンクは、輝石の国の農家から格安で仕入れたイチゴやブルーベリーをふんだんに使った、その名の通り特別な一品。注文の数は他のメニューと比べても多く、自然と作業は単調になる。結果、余計な思考を働かせる時間と、余所見をする余裕が作られてしまった。
ちらり、と盗み見るように顔を上げればボックス席で女性と並んで座るアズールの顔が見えた。会話に満開の花を咲かせているのが見て取れる、心の底から楽しそうな彼の笑顔。反比例するように自分の口角が下がっていくのが分かり、ユウは顔を俯けた。あの笑顔を向けられた相手の顔など、いくらでも想像できてしまう。二人の談笑する様子はありありと脳に映し出され、耐えるように唇を噛んだ。
――ただのお客さんの一人なのに、何故こんなにもやもやとした気持ちを抱いているのだろう。考えないようにしていただけで、その答えはとうに出ていたのかもしれない。ユウにしてみれば名前も知らない女性だが、アズールを見るあの表情だけには覚えがあったのだ。
あれはきっと……恋をしている
身体の内側で呟くと、胸が締め付けられたかのように苦しくなる。無意識に胸元に当てていた手を握り込めば、彼に直して貰った襟にぐしゃりと醜い皺が刻まれた。
「この忙しい時に女を引っ掛けるなんて、アズールくんも隅におけないっスね」
悪態を吐くような声に、弾かれたように顔を上げる。カウンターを挟んだ向かい側には、いつの間にかラギーが立っていた。不意を突かれ呆けているユウに、ラギーは「ハイ、スペシャルドリンク三つね」とオーダーが記入された紙をカウンターの上に滑らせる。
「あの女の人、随分と身綺麗にしてるけどどこぞの金持ちなんスかねぇ」
「……どうでしょう。少なくともアズール先輩とはお知り合いみたいですけど」
「へぇ。アズールくんがそう言ってたの?」
「いえ、私の勝手な予想です」
ドリンクを作る合間の世間話。ユウにとっての感覚はそんなものだったが、ラギーは「ふーん」と妙にニヤニヤしながらユウを見る。心の奥底を見透かすような視線は居心地が悪いものだ。他のテーブルにオーダーを取りに行ってはくれないものかと言いかけると、ラギーの隣に大きな人影が並び立つのが見えた。
「ご名答ですよ、ユウさん」
「うおっ! びっくりした~……ジェイドくん、いちいち気配を消さないでもらえます?」
「これはこれは。驚かせてしまってすみません」
非難の目を向けるラギーに、ジェイドは謝罪の言葉を口にしながら微笑む。一ミリたりとも悪びれない様子は一周回って清々しいものだ。二人は目を据わらせながら声ばかりの笑いを吐き出した。
「そういえば〝ご名答〟って言ってましたけど、どういう意味なんですか?」
首を傾げるユウに、ジェイドは妖しく目を細める。
「ユウさんのおっしゃる通り、アズールがもてなしている女性は僕たちの知り合いなんです」
「僕たちの、っスか?」
「ええ。彼女は僕たちがミドルスクールに通っていた時の同級生で、お名前は確か……ラゼリア・ブーゲンビリアさん」
――ラゼリアさん、か。名前まで美人だなんて神様は不公平だなぁ。
卑屈な気持ちを一人で弄んでいると、ラギーは頭上の耳をピンと立たせ丸い目を零れんばかりに見開いた。
「ブーゲンビリアって……もしかして、あのめちゃくちゃ有名な実業家の!?」
「ええ。まさしく、
ご令嬢、独り言のような呟きがユウの唇の隙間から漏れ出た。すっかりマドルに目の眩んだラギーにはバレなかったが、狡猾な人魚の耳はしっかり捕えていたらしい。表情を曇らせるユウと目が合うと、クスリと可笑しげに口の端を持ち上げる。意地悪い雰囲気を察したユウは、敢えて無視してドリンクに仕上げのイチゴを乗せた。
「ラギー先輩、ドリンクでき……っていないし」
既にカウンターの前にはジェイドしか立っていなかった。まさかと例のボックス席の方を見れば、ラギーが恭しく料理をサーブしている最中だった。恐らく、アズールの座るテーブルのオーダーを誰かから横取りしたのだろう。抜け目のない立ち振る舞いに、ユウの口からは感嘆にも似たため息が出た。
「ユウさんも、少しはラギーさんを見習ったほうがいいかもしれませんよ」
「……何のお話か分かりかねますね」
後輩のぶっきらぼうな返事に、ジェイドは気を悪くするどころか大変愉快だとでも言うように鼻で笑う。先ほどのラギーの表情と、今のジェイドの言葉に、ユウの中に一つの疑念が生まれた。
――今の今まで隠しているつもりだったのに、先輩方には私の恋心はお見通しだったりするのだろうか? もしかしてアズール先輩本人にもバレていたりして? いやいやいやさすがにそれは無い……と思いたい。
急に立ち込めてきた不安に、ユウは眉間に皺を寄せて唸る。それすら可笑しくてたまらないのだろう。ジェイドはクスクスと笑みを溢しながら、完成したスペシャルドリンクを銀のトレーに乗せていく。
「あ。私が運ぶので良いですよ」
「いえいえ、面白いものを見せて頂いたんですからこれぐらいはさせてください」
「面白い?」
どこにそんな要素があったろうか。訝しむユウの視線を尻目に、彼は三つのドリンクを乗せたトレーを片手で軽々と持ち上げる。そしてそのままホールに向かおうとしたジェイドを、一人の寮生が引き留めた。寮生は慌てた様子で「支配人がジェイドさんとフロイドさんをお呼びです」と告げる。
「承知しました。すぐに向かいます。……ユウさん、すみませんが」
「わかってます。こっちは任せて下さい。それより、早く行った方が良いですよ」
申し訳なさそうに眉尻を下げたジェイドは、では、と一言残しボックス席へと移動した。どうやらラギーに上手いこと乗せられたのだろうフロイドも無事に揃えられたみたいだ。
役者は揃ったというところだろうか。同級生が四人も集まれば、ミドルスクール時代の懐かしい話で盛り上がっているのかもしれない。会話は聞こえなくても、その賑やかな空気は見ているだけでも伝わってきた。
ぽつん、とカウンターの中に佇むユウは、まるでテレビでも見ているような気持ちでその光景を眺めた。数字にしてみれば僅か数メートルの距離。だが今のユウには何十メートルにも、何キロ先にも思えてしまう。自分は絶対に踏み込めない、遥か遠い空間。
「……仕事、しなきゃね」
自身を奮い立たせる為に呟いたはずの声は、思っていた以上に頼りなかった。
確かに、切り替えの早さはラギーを見習わなくてはいけないかもしれない。ユウは苦笑をこぼしながらドリンクの乗ったトレーを手に持つと、賑やかなホールへとその身を紛れさせた。