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折り紙

七松小平太と恋人



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あの日、あたし達はいつものように二人乗した自転車で学校に向かっていた。

徒歩で通う友人達を追い越して、朝の挨拶を交わし見慣れた子供達に手を振った。

朝の通学風景は平凡な毎日の繰り返しで

何か特別な変化なんて起こるわけもない。

そう、漠然とあたしは思い込んでいた。

あの瞬間までは









明るくかった空が突然薄暗くなった。


「やだぁ、あたし今日傘持って来てない。雨降るなんて天気予報言ってなかったのに。」

もちろん、自転車を漕ぐ彼も傘なんて持っていない。

そうな事を思っている間に、周囲はどんどん暗闇を増し、更には轟音が空から降ってくる。

これは本格的に雨が降りそうだ。

あたしは雨に濡れるのを覚悟した。

辺りは、朝の明るさではなく、黄昏時のような夕方の薄暗さになっていた。

突然、彼が自転車を止めた。


「ちょっと……」

突然の急停止にあたしの顔が彼の背中にぶつかって抗議の声を上げ彼を睨む。

彼は愕然と空を見上げていた。

それにつられてあたしも空を見上げて悲鳴を上げた。

つい先ほどまで、青く澄んだ空があったはずなのに、もうそこにはそんな姿形さえなかった。

空が燃える。そんな表現が揶揄ではなく現実に起こるなんて。


「隕石なんて、映画じゃあるまいし。」

震える唇でそんな言葉を呟く。

質の悪い、B級映画を見てるようだ。

周囲は悲鳴に怒号、パニックを引き起こした人びとであふれ、あちら、こちらで衝突が起こり、日常が崩れ去った。

「逃げなきゃ、逃げなきゃ。ここから逃げなきゃ。」

彼の手を必死に掴かむ。


「なぁ。――――。」

空からの轟音、周囲の雑音。そしてあたしの意味のない呟きにかき消されながらも彼は静かにあたしの名前を呼んだ。


「愛してる。」

片手を繋いだまま、彼はあたしを抱きしめた。


もはや、轟音は音が大き過ぎて耳には何も聞こえない。

あたしが呟いた声は彼には聞こえてないだろうけど

「あたしも大好き。」


そして、あたし達の世界は唐突に終わりを告げた。





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ポーン、ポーンと白い固まりが空に上がっては落ちるを繰り返していた。


「なぁ、長次。バレーをしよう。」

友人にそう声を掛けると首を横に振られた。

用事があると無口な友人は一言呟いて図書室の方へと歩いていってしまった。


「長次は委員会か。つまんない。」

小平太は立ち去った友人に肩を落としたが、すぐさま気持ちを切り替えた。

再び白いボールが空中を舞う。


バレーボール。そんなモノがこの室町時代にあるはずがなかった。

それなのに小平太の手の中にはしっかりと白いボールが存在する。

この世界は小平太が昔学校で習った室町時代とは別の歴史をつむいでいるらしい。

本来ならばありもしないカタカナ用語、食文化、そしてバレーボールや自動販売機に自転車までも存在する。

だから、ここは小平太が前世で生きていた世界の過去ではないと思っていた。

あちらで死んで、こちらに生まれた。

けれど、小平太の周囲にはあちら側の世界の人間が沢山いた。

先ほどの友人しかり、同級生に後輩、教師に学園長だけでなく、親や親戚までも、新にこちらの世界で生きているのだ。

たとえ、時代が違っても世界が別のモノに変わっても、小平太は小平太のままでいる。

あちら側の記憶が残っているのは何も自分一人ではないからだ。


「うん、しょうがない。壁打ちでもしよう。」


こんな時あちら側だったら、 そんな言葉を言っても、結局一人でバレーをしたことがない。
文句は言いいながらも彼女が必ず小平太にくっついて一緒にバレーをやってくれたからだ。

心に浮かんだ深い喪失感に小平太はバレーボールを空高く放り投げた。


「どうして、お前は此処に居ない。」


大切な彼女が欠けた世界で小平太は苦しげに呟いた。






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「補習ですか。」

キョトンとした表情で教師に返事を返すと、若い女教師は一枚の折り紙を取り出した。


「そうよ。これを密書に見立てて、敵まぁ今回は忍たまだけれど。彼らにこれを奪われないように守るのが今回の補習です。」


「忍たまからですか……。」

思わず苦笑が溢れる。

あたしは転校生だ。

元は別の忍術学校でくノ一の勉強をしていたが、親の都合などでここに転校してきた。

まさか、ただのサラリーマンだった父親がこちらの世界でプロの忍者になっている。なんて娘のあたしでも信じられない劇的変化が起こったからである。

あたしはこちらの世界でも前と同じ両親の間に生まれた。

さすがに生活環境は前世のようにいかなくて、周囲にあちら側の友人は見つけられなかったが、やっとこの学園で昔良く知る人物を見つけた。

それが大川平次渦正学園長である。

学園長に会った事であたしは少しだけ希望を持ってしまった。

彼がいるのではないかと。


しかし、それはすぐさま打ちのめされる。


同い年の忍たまの中に彼は居なかったのだ。

首に巻いた蛇を愛する子に、すぐに迷子になり縄で繋がれる二人とその縄を握る責任感の強い子。
紫色の髪が似合うのに影の薄い子や真面目過ぎてしばし暴走気味な子。


昔の友人達並みに個性は強いけれど、あたしの知っている六人組ではない。

だから、忍たまと聞いて苦く笑った。


「密書はどんな形でもよいのですか。」

渡された密書は折り紙だ。何か折ってみるのも良いだろう。


「えぇ、もちろんよ。好きにしなさい。では実習は明日の正午、裏山にて行います。遅れないようにね。」


立ち去った教師を見送り、あたしは一枚の折り紙を見つめた。


「そう言えば、小平太は折り紙を折るの下手だったなぁ。細かい事は気にしないって言ってさぁ。」


前世の記憶の欠片に密書をどんな形に折るか思いつく。

ぐっと瞳に滲む水滴を溢れる前に強引に袖で拭う。


「くノ一になって絶対に見つけるからね。小平太、待ってて。」

たとえ、彼があたしを忘れて暮らしてても、一目だけでも会いたかった。

だから、あたしはプロのくノ一になってみせる。





+++



「あの先輩、三之助を見ませんでしたか。」

富松作兵衛は慌てた様子で小平太に尋ねた。


「見てないぞ。あいつはまた居なくなったのか。」

「そうなんです。あいつ補習があるから正午までに裏山にいかなくちゃいけねぇのに。」

正午の鐘はもうすぐに鳴ってしまう。


「そうか、それは困ったな。」

小平太の言葉に作兵衛が頷く。


「あいつ今回の補習に出ないとヤバイのに。あー、俺が目を離したばっかりに。」

「よし、富松。お前は三之助を探してくれ。私がその間、補習に出ててやるから。」

小平太が面白い事を見つけたように笑みを作る。


「へっ、ちょっと先輩、午後からの授業はどうするんですかっ、それより七松先輩が三之助の代わりに補習うけるなんて、そんな……。」

「午後からは自習だ。富松、細かい事は気にするな。」


「えー。七松先輩、気にしてくださいよ。」

思わず作兵衛がつっこむが小平太は聞いていない。

「もう正午まで時間がないな。じゃぁな富松。」


いけいけどんどーん!と叫んで、凄いスピードで小平太が走り去る。


「大変な事になった。」

作兵衛は真っ青になって呟いた。




+++



カーンカーンと正午を告げる鐘の音は裏山にも充分届く。


それを合図にあたしは裏山の中を駆けて姿を隠す。

何処から忍たまに狙われるか分からない。

呼吸一つ、気を使う。


潜んだ草陰から様子を窺うが、始まりから様子に変化はない。

「敵の忍たまって誰だろう。伊賀崎君だったら嫌だなぁ。」

伊賀崎君には申し訳ないが、蛇は昔から苦手だ。

じゅんこさんに間近まで来られると流石に悲鳴を上げてしまう。


「どうか伊賀崎君じゃありませんように。」


「伊賀崎がどうしたんだ。」

ポッりと溢れた言葉に反応が返ってくるとは思わず、危うく悲鳴が口から溢れるところだった。

明らかに背後の声は三年生のモノではなく年上のモノだ。

三年生じゃない。補習の相手は上級生なのか。


「逃げなきゃ。」

冷や汗が背中を伝う。


それを誤魔化すように、あたしは背後の気配に悪態をついた。


「あんたなんかにあたしの密書は見つかるもんですか。」


密書の折り紙は手裏剣型に折って本物の手裏剣の間に隠した。

木を隠すのは森、人を隠すのは人の中。

手裏剣ならば手裏剣の中。

木陰の大事、とゆう忍術。

手裏剣の束の中に隠した加工してある折り紙の密書は簡単に見つからないはずだ。


そして、あたしが転がるように逃げた先は急な下り坂だった。








+++


「逃げなきゃ。」

耳に届いた彼女の声に訳もなく泣きたくなった。

あちら側、生まれ変わる前に最後に聞いた彼女の台詞。


あの時、怯えた彼女を抱きしめた。


巨大な隕石は空が燃えあがるほどで、街一つ無くなるだけで済むはずもなく、逃げ場も時間も無かった。

死ぬ事は避けられないと瞬時に理解できたから。


だからせめて最後は彼女と一緒に。

抱きしめた彼女が顔を上げて笑った。


『あたしも大好き。』

彼女の口にがそう動き、私達の命はそこで終わったはずだった。
この世界がなければ。


私は再び彼女に出会った。


バランスを崩した彼女を掴む。
そのまま地面に押し倒すと、現状を理解出来ず彼女は暴れた。


「離せ、押し倒すなんて、この変態や……ろ……。こへいた?。」

押し倒した彼女を上から覗き込む。

彼女の瞳が見開き、大粒の雫が溢れた。

彼女は小平太の肩にすがりつくように抱きつく。

小平太が名前を呼ぶと彼女の泣き出した顔が笑顔に変わった。


「小平太、あたし前より小さくなちゃったみたい。」

確かに、抱きしめた彼女の体は前世よりも随分小さい。

だが、それがなんだと言うのだ。

そんな些細な事。

気にするものか。


「細かい事は気にするな。お前はお前だ。」



あたしは小平太のその言葉に大きく頷いた。



「ありがとう、小平太。」















  
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