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折り紙



善法寺伊作と天女


+++

窓の外側から、僅かに小鳥の鳴き声が聞こえて、目を開けた。


「最悪。夢オチとわね・・・。」


窓から射し込む光りが私を現実へと引き戻す。

目覚まし時計が鳴らないのは、今日が休日だからだ。


「もう、昼かぁー。」


欠伸をしながら両腕を高く大きくのばす。

こんな時間まで寝たのは久しぶりかもしれない。
毎日、朝一番に鳴く鶏よりも早い時間に起きていたなんて嘘のようだ。


「そっか。嘘だったんだよね。」


そう呟いて苦笑した。


もう、あの食堂に立つことはないのだ。


あぁ、勿体無い。おばちゃんの料理がもう食べられないなんて。


頭に浮かんだ美味しい料理を思い出すと、途端にお腹が空腹を訴えた。

台所に行こうと思いベッドから立ち上がる

自然と視線が部屋の中央に置かれたテーブルに移ると思わず息を呑む。


テーブルの上にあるモノが散らばっていたのだ。




「伊作くんのバカヤロー。」


小さな声で呟くとポタリと涙が頬を滑り落ちた。



+++


彼女はある日、空から突然に落ちて来たのだ。


受け止めたのは、六年生の僕達だった。


彼女はこの世界の人では、ないらしい。

異世界人。

俄に信じられない話しだけれど、気がつけば彼女は天女と呼ばれる存在になっていた。


でも、僕は知っている。


天女と呼ばれる彼女が、普通の人である事を。




「い、伊作くん……。胃薬あるかな。」


弱々しく医務室の障子戸を開けた彼女は青ざめた顔で僕に尋ねた。


「また、食べ過ぎちゃったんですか。とにかく、そこで横になってて下さい。今、薬用意しますから。」


立ち上がり、薬箪笥に向かっていると『ありがとう。』と返事が帰ってくる。

その声にドクンと心臓が一跳ねする。
それでも何もなかったかのように目当ての薬を取り出し、彼女の前に差し出した。


「まったく、今日は何を食べ過ぎたのですか。」


「今日は、秋の味覚の大盤振る舞いだったねぇ。皆は私がそんなに大食いに見えるのかしら。」


彼女の顔が、苦笑で歪む。


違いますよ。皆は貴女の事が大好きだから、貴女の喜ぶ顔が見たいだけです。


でも、それを言ってしまうと、彼女は僕達から距離を取るだろう。

彼女は自分とゆう存在が、僕達に影響を与える事を恐れていると気づいたから。


数ヶ月、彼女を観察した結論。


彼女は別に僕達を必要としていない。その気になればおばちゃんのツテで外側へと彼女は出て行けるのだ。


こんな言い方をすれば、酷く冷たい言葉だけれど、それは僕達にとっては有難い事かもしれない。


彼女にうつつを抜かせるほど、僕達の世界は甘くない。




「大食いですか。僕としては頻繁に医務室に通う貴女を見てるので・・・。」


彼女の苦笑に合わせる訳ではないが、思わず僕も苦笑した。


「だよね。こっちに来てから何かとお世話になってるからね。」


「えぇ。何時だったか、あまりにも医務室に通い過ぎて『現代人の免疫力の低さをなめんなよ!!』って貴女はキレてましたよね。」


「見苦しとこ見せちゃったよね。あの時は。」

恥ずかしそうにそっぽを向く彼女はとても五歳も年上の人に見えない。


「あっちに居た時はこれでも結構、体が丈夫だったはずなのになぁ。まさかこんなになるなんてね。」


「そうですか。」


そう答えながらも、彼女の言葉は僕を掻き乱す。


“あっち”彼女が元居た世界。

僕達と彼女の違い。


それが無ければ、天女と呼ばれる彼女と僕は何も変わらない同じ人間。


ドロリとした感情が僕の中で蠢く。

いつも自然と浮かべる笑顔が今日はどうも上手く出来ない。

顔の筋肉を集中させて、笑顔をつくる。


彼女を好きだと気づいてしまったのは

つい最近の事だ。




+++


「伊作君だけなのよね。あっちの事をちゃんと聞いてくれるの。」


そう彼女が呟いたのは微熱があった時だ。


医務室の布団に寝転んだまま、ぼぉっと上を見上げている。


「そうですか。あっちの話しは面白いのに。」


「天女だなどと言われしまったら、話しずらいもの。私は君達と変わらない同じ人なのに。」

布団から彼女が起き上がると僕の手を掴む。


その手は熱をおびて温かい。

心地よいほどに



「本当ですね。」


振り払う事など、出来はしなかった。


目の前にで、ニッコリと笑う彼女が


好きだ。


そう、あの瞬間、僕は彼女を愛してしまった。

決して報われる事のない


感情。




少し顔色が戻った彼女は直ぐに起き上がり、食堂へと仕事をやりに行きたがる。


「駄目です。もうしばらくは医務室で休んで行って下さい。」


「大丈夫。薬飲んで楽になったし。おばちゃん一人だと大変だよ。」


「それでも、駄目です。保健委員長として許可できません。」


「えー。もう平気だって。」


「駄目ったら、駄目です。」


僕の真剣な眼差しが届いたのか、彼女は大人しく傍にあった座布団へと座る。
それならと気持ちを切り替えた彼女は明るく笑った。


「あっ、そうだ。伊作くんは折り紙を折れる?。」


「折り紙ですか。」


「そう。折り紙。さっきくノたまちゃん達にもらったのよ。なんでも授業で余ったらしくて。」


ゴソゴソと着物の袂から折り紙を数枚取り出す。


「鶴くらいなら折れますよ。」


「やっぱりね。でもね、私はもっと凄いの折れるんだよ。」


彼女はニヤリと悪戯をする前の子供の様に口元を上げる。


「凄いのですか。」


「そう。紙ひこうきなんだけどね。空中を飛ぶのよ。」


「飛ぶって、鳥みたいにですか。」


若干驚きつつ尋ねると彼女は少し悩んで答えた。


「鳥みたいにか…。そうね。ほら、鳥が羽を広げて羽ばたかない状態でスーっと飛ぶのに似てるかも。」


彼女は取り出した折り紙を器用に折ってゆく、とても楽しそうに。


「甥っ子がね、教えてくれたんだ。良く飛ぶ紙ひこうき。」


折りながら彼女はあっちの世界の話しをする。

彼女にとって大切な世界。

僕の勝つ事の出来ない彼女の大切なモノ。


「はい。出来た。絶対、びっくりするよ。伊作くん。」


彼女は不思議な形の折り紙を天井に向かって投げる。


最初、手裏剣の様に空気を切り裂いて高く飛んだ紙ひこうきが、今度はゆっくりと円を書く様に部屋の中で回転しながら落ちてくる。

驚く僕の前をゆっくりと横ぎって、彼女の前にポトリと落ちた。


「ほら、やっぱり驚いたでしょう。」


「ええ、びっくりしました。見事ですね。」


「そうでしょう。教えてあげるから作り方覚えてみたら。穴に落ちたときに役に立つかもよ。助けを呼ぶとかさ。」

彼女はまた、新しい折り紙を自分と僕の前に並べる。


「最初はね・・・。」


彼女と僕は同じ動作で折り紙を折ってゆく。


それだけで、幸せだなんてもうこれは末期症状だ。



+++


見上げた空は何処までも青かった。


あの日の様に。


何時もの不運で落ちた穴の底で、僕はうずくまり時々空を見上げた。


彼女はこの世界から居なくなった。
もう何処にも居ない。

ポッカリ穴が空いたのは、何も地面だけではなかったようだ。



彼女はある日、気づいてしまった。

自分が学園にとってどんな存在か。


少しづつ狂ってゆく学園の現状を。


だから消えた。この世界から。


彼女が気づいたきっかけは

僕の一言。


あの言葉が僕と彼女を引き離した。


僕だけが、彼女を天女なんかではなく普通の人間だと知っていた。


だから


好きだと言ったのだ。


彼女が大切だから守りたかった。


でも、それは彼女にとって狂った言葉。


その感情は間違いだと彼女は言った。


作りモノ、補正だと


僕も皆と同じように狂っていたのだろうか。


本当に?


この感情が嘘や作りモノだと


そんなの思えない。


否、思うものか。

ギリッと奥歯を噛みしめて、感情の波をやり過ごす。

袂から紙ひこうきを取り出して一言と呟いた。


「貴女に会いたい。」



+++



テーブルの上には、鮮やかな色の折り紙や折鶴、紙ひこうきなどが散らばっていた。


そう言えば、甥っ子が残した折り紙を整理してたんだっけ。


散らばっているのは途中で開けていた窓の風に煽られたから。

そうあの日、私は突然の突風で飛んだ折り紙を追っかけ………


あの場所へと落っこちたのだ。


あれが夢だったなんて思いたくない。



この感情が夢だったなんて、ありえない。


紙ひこうきを手に取ると窓から外に投げた。


紙ひこうきは、風に乗って高く舞い上がり飛ぶ。


もう一度。


願ったのは…………




紙ひこうきが目の前に落ち


ドサリと重みのあるものが落ちてきた。


僕は、有無言わず潰れる。


でも、決して


落ちてきたモノを


離さなかった。ギュッと抱きしめる。


もう、絶対に離しはしない。



抱きしめた腕に力を込めた。その腕に合わせる様にそっと手が重なる。




「伊作くん。ありがとう。」











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