折り紙
潮江文次郎とくノたま上級生
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「逃がすなっ!!。追えー。」
敵の怒鳴り声が耳に届き、思わずクスっと笑ってしまった。
「あたしが、あんたらなんかに捕まるもんか。」
既に任務は済んでいる、後はここから逃げるだけ。
敵は事前に仕掛けた罠にはまり、検討違いの方へと追手を出している。
「でも、敵を侮るなかれだっけねぇ。」
忍者の三病を思い出す。どこぞのギンギン忍者が口を酸っぱくしてあたしにそう怒鳴るものだから、しっかりあたしに染み付いていた。
先程とは違う、柔らかな笑顔で呟く。
「まぁ、それに今回は珍しい御守りもあったし。」
袂を手で軽く押さえると、カサリっと紙の擦れる音がした。
袂の中には、任務に出る前にアイツにもらった折り紙が忍具と共に入っている………。
だから
「無事に帰るよ。」
あたしは、足元の瓦を強く蹴った。
身体がふわりと屋根から飛び上がる。
さぁ、早く学園に帰ろう。
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暗い廊下をものともせずに進んでいると一つポツリと明かりを灯す部屋がある。
会計委員会専用の委員会室
文次郎はその部屋の障子戸を無言で引いた。
「あら、お帰り。文次郎。」
所狭しと積み上げられた帳簿の山、散らかった書類そんな部屋の中で完全にくつろいだ少女を見つけ、つい癖で眉間に皺が寄った。
「バカタレっ。そんな所でくつろぐな!。」
ついつい、反射的に口に出たのはいつもの怒鳴り声。
それでも、彼女はクスクスと笑う。
「いいじゃない。怒らない怒らない。」
「まったく。お前は・・・。」
大体、その台詞より先に俺に言うべき言葉があるだろに“ただいま”と言う言葉が。
彼女のペースに乗せられて、どことなくムスッとしていると彼女が近寄ってムニッと俺の頬を引っ張る。
「なに拗ねてるの、言たい事あるなら、ちゃんと言ってよね。」
地獄の会計委員長やら学園一ギンギンに忍者してるとか言われる自分にこうやって手を出して来る者は珍しい、と言うか俺がそれを許せるのは…。
彼女だけ。
「引っ張るな。バカタレっ。」
「あっ、二回もバカタレって。もう、帳簿つけ手伝ってあげない。どうせあたしはバカですもの。」
フイッとそっぽを向く彼女に、なんだか愛しさがこみ上げてくる。
自分こそ任務あけで、疲れているだろうに。帳簿つけを手伝うなどと。
人の心配してるどころではないのだ、彼女は長期の任務を終えて帰って来たばかりなのだから。
「無事で良かった。」
やっと言いたかった言葉を呟いて隣りで拗ねてるいる彼女を抱き寄せる。
たちまち彼女の機嫌が良くなって、近くで彼女が嬉しそうに笑う。
その笑顔に安心した。
任務に赴く前の不安な笑顔が何処にもなくて。
あぁ、本当に無事に彼女は帰って来たのだと安心出来た。
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先日、今日と同じ様に彼女が部屋でくつろいでいたのだ。
それ事態は珍しい事でもなく。
眠った後輩を長屋に送り届け、一人で帳簿つけしていると彼女は現れる。
たまに手伝うぐらいで、殆どゴロゴロと人の隣りでくつろぐ変わり者。
そんな彼女があの日に限って、本を読むでもなく、何かを食べて自慢するでもなく、愚痴をこぼす事もなく、ただぼんやりと天井を見つめていた。
「ねぇ、文次郎は折鶴を折れる?。」
「突然、何を言い出しやがる。」
いつもと違う彼女の様子を心配しながらも、答えた声は素っ気ない。
「なんか、上手く折れないんだよね。何か足りないって言うか、簡単過ぎと…。」
ガバリと起き上がって、俺の目の前に一羽の折鶴を見せる。
確かにその鶴は何か足りない。
「まだ、折り紙あるのか。」
「あるよ。もしかして、文次郎が折ってくれるの。」
へらっと笑う彼女にいつもの明るさがなくて
何故か、気づいてしまった。
「次の任務、そんなに難しい任務なのか。」
彼女がここに来る理由。
それは、ここが学園で一番遅くまで明かりが灯っているから。
下手をすると朝方まで蝋燭の明かりが灯っていた。
それで、任務がある度に彼女はここを訪れる。くノたま上級生の彼女の任務はそれなりに難しい。
そのプレッシャーで不眠症になるのだと、彼女がぽっりと呟いた事があった。
但し、今回はいつもと様子が違って見えた。より、不安そうに。
取り出された折り紙を順序良く折ってゆく、そしてある所まで差し掛かると彼女は『あっ。』と声をあげた。
「そこの折り目が足りなかったんだ。なるほどね。」
彼女が関心したように俺の手元を覗き込む。
近い、彼女の顔が目の前にあってつい顔が赤くなりそうで、慌てて続きを折った。
「・・・。」
彼女は、出来上がった折鶴を無言て見つめてそっと手に取る。
「俺が持ってても、仕方がない。お前にやるよ。」
「あら、折り紙はあたしの物よ。当然じゃない。」
「お前は・・・。」
呆れて呟けば彼女は不安そうに微笑んだ 。
「もしも時、これで寂しくないわ。」
「バカタレっ!!。そんな時の為に折った訳じゃない。それなら、やらん。」
折鶴を彼女の手から奪う。
「だったらさぁ。御守りの代わりにちょうだい。それ見て頑張るから。」
折鶴を握る俺の手に彼女が触れた。
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「ねぇ、文次郎。この鶴、効果絶大だった。流石ね。」
「当たり前だ。」
そう俺が得意げに言い返すと
「これ見る度に、バカタレだの、ギンギンだの、なんかろくなあんたが出て来なくて笑っちゃった。」
手のひらに折鶴を乗せて彼女は楽しそうに頬を緩める。
「全然、死ぬ気になれないんだもの。あんたが学園で待ってるって思えるから。」
そして、僅かに間を開けて彼女は呟く。
「文次郎、ありがとう。」
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