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1・摂津のきり丸
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とある窓辺に人影が一つ。
その人影は警戒するように辺りを見回すと、見事な身のこなしで開いている窓に侵入する。
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ふわりと音もなく床に着地すると西鶴は、辺りを見渡す。
そこには、本棚がずらりと立ち並ぶ。
よく見慣れた図書室の風景に西鶴は、ホッと息を付いた。
―― やっぱり、今日はあいつら居ないようだ。――
静かな室内の気配を探れば、よく知る気配は感じとれない。それに、図書室の利用者も居ないようだ。
―― まぁ、あいつらが居ない時を狙って来てるから居ないのは、当たり前だけど。――
『今日も、さっさとやって帰るか。』
西鶴は、図書室の奥へと進んで行く。
わずかに感じる気配は、どうも下級生らしい。
久作ではないので、新しく委員会に入った一年生が当番でもしているのだろう。
『図書委員会を辞めてから、的もに入口から図書室に来てなかったからなぁ。どんな子が入ったか知らないんだよね。でも、顔合わせたらそれはそれで厄介かも…。これから行く場所が場所な訳だし。』
そうぶつぶつと呟くも西鶴は、気配のする入口を見る事もなく、奥の書庫へと向かった。
その書庫は、限られた人しか利用出来ない場所。
書庫の扉には【持ち出し厳禁】の文字がしっかり貼られていた。
+++
「すげー、暇。」
そう言うと、きり丸は大きな欠伸を一つする。
そして、今まで読んでいた本を閉じた。
「今日に限って利用者が少ないのは、ありがたいけど。暇なのもなぁ…。何かもったいない気がするんだよな。」
きり丸は椅子から立ち上る。
「人が来ないんなら、奥の書庫でも、掃除しとくか。」
書庫の掃除も図書委員会の仕事の一つだ。
―― 中在家先輩も仕事内容は任せるって言ってたし。今日は風強いから窓もそろそろ閉めよう。――
箒を片手に窓辺に向かう。
ある窓を閉めた時、きり丸は何かの音を聞いた。
最初、図書室に誰か来たのかと思ったのだが、どうも違うようだ。
不思議に思っていると再び“ガツン”と何か叩く音を聞いた。
恐る恐る音のする方へと進む。箒を掴む手に力が入るがこの際気にしない。
別にビビってる訳じゃないと自分を諌めながら扉を少し開ける。
僅かな隙間から中を覗くと本棚の下、床に座る人影が見えた。
そしてその人影の周囲には紙の束が散乱している。
恐いとかそんなの言ってるばやいじゃない。
「本に何て事してんだよ、あんた。そこのは、すげー貴重な本ばっかりなんだぜ。」
きり丸は怒りに任せて扉を開け放つと中の人物に飛び掛かった。
+++
扉がスッパーンと小気味よい音を立てながら開くと一年生が、書庫に飛び込んで来た。
『おわっ!!。やっぱり、見つかちゃったか。』
と言いつつ西鶴は慌てる事なく、自分の回りにある紙の束を横に避ける。
その隙に、一年生が青影西鶴に殴り掛かるが…。
西鶴は、振り下ろされる拳を受け止めて、掴むとぐっと自分の方へと引っ張る。
すると、バランスを崩した一年生はそのまま、すっぽりと西鶴の腕の中へと捕獲されてしまった。
腕の中で暴れる一年生に一言呟く。
『騒ぐな、一年。長次の縄ヒョウが飛んで来るぞ。』
その一言で腕の中の一年生はピタリと静かになった。
長次の縄ヒョウの恐ろしさを知っているのだろう。
―― とは言ったものの、今日は長次の奴は居ないのだっけ。でも大人しくなったのは、図書委員の条件反射ってやつだな。私も雷蔵に言われたらなるもんな。――
西鶴は、大人しくなった一年生を解放してから、楽しそうに笑った。
『お前、一年なのに根性あるな。上級生に殴り掛かるとは。』
ぽんっと一年生の頭を撫でる。
「ちょっと、止めて下さい。」
そう言って手を払われてしまった。
―― う~ん。嫌われたかな。――
西鶴がちょっと落ち込む。否、ちょっと所か結構、落ち込む。
「だいたい、上級生のなのに本の大事さを知らないなんて………。あんた、あの時の!!。」
きり丸は、睨みつけていた六年生の顔を見て驚く。
その六年生に見覚えがあったからだ。
服装は今の鶯色の制服ではなかったけれど、髪を首の後で縛り、人の良さそうな顔で落ち込んだ表情には覚えがあった。
数日前に巻き込まれた厄介事から助けてくれた菅笠の少年。
その少年が、自分のせいできり丸が怪我をしたと落ち込む表情と今の六年生は同じ顔をしていた。
きり丸がびっくりしていると…。
『あの時のつり目の子!!。忍術学園の生徒だったのか。』
西鶴もその事に気付いて驚く。
『あの時は、すまなかったな。もう手首の怪我は直ったか。』
「もう、平気っス。あの時は、ありがとうございました。
でも…、それとこれは別ですから。」
きり丸がビシッと指をさす先には、紙の束がある。
その紙の束には表紙も無ければ、綴じ糸もされていない。
本の中身が、そのままある状態なのだ。
きり丸は、本が分解されたのだと思い込んでいた。
+++
『あぁ、これか。そう怒るな…。そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな。あの時もドタバタして聞いてなかったし。俺は青影西鶴。六年は組だ。』
「一年は組の摂津のきり丸っス。話しそらさないで下さいよ。」
『いいじゃないか、自己紹介くらいさせてくれよ。俺も元図書委員なんだし。』
苦笑する西鶴に、きり丸は目を丸くする。
「元図書委員って、じゃぁ、あれは、何かをやってたんですか。」
『これは、製本してたんだよ。それで、あの紙の束は長次が写本した紙。』
西鶴が、横に避けていた紙の束を拾うと、それをきり丸に渡した。
パラパラとめくると丁寧な文字で書かれた文章が読める。
「確かに中在家先輩の字ですけど、なんで西鶴先輩が製本するんです?。」
西鶴がちょっと困った表情で頬を掻く。
『本来なら、長次や雷蔵がするんだけど。忙しいみたいだし、久作も手が回らないようだからなぁ。俺は図書委員を辞めたけど、製本の道具持ってるから。』
そう言う、西鶴の視線は床に転がる道具と紙の束を見つめる。
「それなら何で、普通に入口から入って来なかったんです。先輩、今日入口を通って来てないですよね。」
『なんかなぁ、図書委員の奴らに会いづらくってさ。委員会が忙しいのに俺、辞めたし…。』
西鶴は、腰に手を当てた。
その制服の下には、さらしが巻かれている。
―― 委員会を辞めた、本当の理由…あいつらに、ちゃんと話してないもんな。辞めたの突然だったし…。――
きり丸の問いに答える西鶴の表情が冴えない。
「もしかして先輩達に嫌われたとか思ってます。」
きり丸に図星を突かれ、西鶴は少しへこむ。
「大丈夫っスよ。その…、なんだかんだ言って、うちの先輩達は優しいですもん。心配ないですよ。俺よりか、西鶴先輩の方が知ってるんじゃないっスか。付き合い長いんでしょう。」
きり丸は、今日の教室での出来を思い出す。
中在家先輩に不破先輩、それに、密に能勢先輩までもおれの様子を心配して来てくれた。
正直、誰かに心配とかして貰うのは慣れてない。
彼らの優しさには慣れないけど、嫌ではなかった。
きり丸は、ほんの少し表情を緩めて、西鶴を見る。
「西鶴先輩が来たら、うちの先輩達だって絶対にほっときませんって。」
『そうか。………、うん。そうだよな。』
西鶴が、安心したのか明るい表情で笑う。
先程の落ち込んだ表情より笑った表情の方が、なんだか西鶴先輩に似合っているなぁときり丸は密に思う。
恥ずかしいから口に出して言わないけれど。
「これ、製本の途中だったんですよね。この先どうするんです。」
西鶴の笑顔から、きり丸は慌てて視線をずらす。
見つめていたのを西鶴に気付かれたくないから。
『あぁ、それか。今な
さっきの笑顔とは、また違うキラキラした笑顔で西鶴が話す。
『多分、きり丸が俺に気付いたのは、この仮綴じの穴を開ける音がしたからだろ。』
「えぇ…。まぁ…そうっス。」
上手く返事が返せないのは西鶴の表情に戸惑ったから。
さっきの表情との違いにドキドキする。
―― なんでおれ、男の先輩の笑顔にドキドキしてるんだろ。――
そんな様子のきり丸には気付かず、西鶴は、側にある他の紙や部品をきり丸に見せる。
『これは、扉てゆう紙でこれを本体に貼って、角布を端に付ける。その後に、のりで表紙を貼り付けて乾いたら、仮綴じと同じ様子に穴を開けて糸で綴じるんだ。』
西鶴が、先程の紙の束を手に取り説明する。
『そうだ。こっちはまだ出来ないけど、あの本はもう糸で綴じれるぞ。きり丸、やってみるか?。』
「おれがするより、先輩の見せて下さいよ。勉強になりますから。」
勉強は、本当は嫌いだ。でも、こうゆう知識は持ってるとすごく役立つ。
バイトする時なんかには得に。
きり丸の真剣な視線に西鶴、よしと気合いを入れる。
『それじぁ、何時もは四つ目綴じなんだけど、今日は
「ほんとっスか。」
キラキラと目を輝かす、きり丸を可愛いなぁと思いつ西鶴は穴を開ける道具を手に取った。
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ずっと不安だった。
図書委員会を辞めてから、彼らに嫌われかもしれないと…。
大好きだった本も借りに行くのも怖くて、図書室に来る事が出来なかった。
でも、製本は私の仕事だったから、これだけは中途半端まま終わりにしたくなかったのだ。
だからこっそり書庫に忍び込んでいたけど。
―― こんな後輩が居るのなら、図書室に来るのも大丈夫かもしれない。あいつらも、また私を受け入れてくれるかなぁ。――
『今度は窓からじゃなくて、入口から来ようかな。』
帰り際に、西鶴はそう呟きながら、きり丸の頭をグシャグシャと撫でた。
きっかけを彼がくれたのだ。
「西鶴先輩、撫で過ぎですって。」
恥ずかしがるきり丸は、西鶴はクスクスと笑う。
『じゃぁ、また今度な。きり丸。』
図書室の引き戸が静かに閉まる。
きっと今度、西鶴先輩が来る時は他の先輩達も一緒の時だろう。
なんとなく、そんな気がする。
「また、今度かぁ。」
きり丸は、嬉しそうに呟いた。
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