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9・図書委員
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放課後の廊下を歩いていた青影西鶴は背後から呼び止められる。
その時から、なんとなくこうなるだろうと予感がしていた。
「青影、頼む。」
バチンと大きな音をたてて両手を合わせた同級生は切迫つまった声で頭を下げた。
「この本を図書室に返してくれないか。」
言葉と共に差し出された本は確かに図書室の本である。
『お前、また貸し出し期限を忘れてたのか。』
そう、目の前の同級生は貸し出し期限を守らない、図書委員会の要注意人物であった。
「わ、忘れてない。今日までだからまだ期限過ぎてない。でも…。」
『あぁ、今日は補習だっけ。』
「そう、だからな。頼むよ。それに、お前は図書委員だろ。」
困り顔をした同級生に、否定も断る事もできず西鶴はそのまま本を受け取った。
『今回で、最後だからな。次は自分でなんとかしろよ。』
「あぁ、わかった。」
ホッとした表情で同級生は足早に去ってた。
図書委員会をやめた事を、あまり人に知られていない。と気づいたのは、先日の食満留三郎と話した時だった。
―― そう言えば、留三郎のやつ驚いてたものんなぁ。――
同じ組の留三郎ですら、図書委員会をやめたのを知らなかったのだから、組が違うこの同級生はきっと知らないのだろう。
それに、無事に本が期限内に返却されるのは助かると元図書委員として分かっているから断る気にはならなかった。
『まったく。仕方ないなぁ。』
そう言って歩き出した足取りが軽く思えるのは、この前出会ったきり丸の約束のおかげかもしれない。
預かった本を抱えた直すと西鶴は久しぶりに図書室へ向かった。
+++
最後の頁をめくり、端から端まで視線を巡らせると雷蔵は満足感に満たされた。
今回の本も面白く、当たりだった。
パタンと本を閉じると隣に置いてあった本の上に重ねる。
計三冊。今日既に読み終えた本である。
読んでいる途中に本の貸し出し手続きなどしなければならないので、集中して読むのは難しく、図書委員の当番の間の時間潰しに読んだにしては多く読めた方だ。
三冊分の読了後の満足感に包まれながら、僕は図書室を見渡した。
少し離れた所で同じ図書委員会である能勢久作が本を読んでいる。
今日の当番は僕だから久作は個人的に図書室に来ているのだろう。
最近、よくこんな光景見るなぁと思っていた。
久作は図書室の入口が開くたびに視線をそちらへと向ける。
まるで誰かを待っているみたいだ。
始めは、同級生と一緒に勉強をする約束でもしてるのかと思っていたが、日が沈み図書室を閉める時間になっても久作は一人で本を読んでいた。
それが、僕の当番の日に続いているものだから、見慣れてしまったのだ。もしかしたら、他の人が当番の時も久作は居るのかもしれない。
今日も本を読みながら誰かを待っているのだろうか。
そろそろ、久作にその事を聞くべきか聞かぬべきか……
悩み癖が仇となってまだ久作にそれを聞けてない。
でも、久作が誰を待っているのか、どことなく分かる気がするのだ。
再び入口の引き戸を開けて誰かが入ってきた。
その途端、久作は読んでいた本を机に置き立ち上がると急いで入口へと向かう。
「やっぱり、そうだったか。」
雷蔵は、その光景を見ながらクスリと柔らかな表情で呟いた。
+++
「どうゆうつもりなんですか。」
目の前の能勢久作はそれはもう目を吊り上げて怒っていた。
『どうゆうつもりもなにも……。』
彼よりも年上であるにも関わらず私はその迫力に負けてオロオロと青ざめた。
なぜ、こうなったのか。それは私の自業自得である。
―― 突然、図書委員をやめたのだもの、久作が怒るのも当然だ。――
この時の私はそう思っていた。
+++
僕は図書室の入口が開いた音で、読んでいた本から顔を上げた。
目に飛び込んできたのは、深い色合いの緑の制服。
次に、少しばつ悪そうな表情をした西鶴先輩。
僕はずっとこの時を待っていた。
先輩がこの図書室に訪れる時を。
すかさず、入口に突っ立ったままの西鶴先輩の元に駆け寄り、その手を掴む。
先輩は優しいから、驚いた顔をしたものの、その手を振り払わない。
だから、僕は先輩の手を掴んだまま図書室を出て人気のない廊下まで引っ張って行った。
後から思うと、よく上級生相手にそんな事が出来たものだと青くなったのが、この時の僕は完全に頭に血が上っていたのだと思う。
西鶴先輩は僕にとって大切な先輩だから。
図書委員になったのを一時期、後悔した事があった。
図書委員には中在家長次先輩がいたからだ。
僕は中在家先輩が怖かった。
一年で図書委員になった時、既に中在家長次先輩は今の中在家先輩だった。
顔には大きな傷があり、無口で笑顔の怖い先輩。
不破先輩達はそうなる前の中在家先輩を知っているから怖くないのだろうけど。
図書委員になったばかりの僕は、どうしょうもなく中在家先輩が怖くて仕方なかった。
『能勢、どうした。』
なんとなく、中在家先輩が居る図書室に入りずらくて、入口で立ち往生していると西鶴先輩が声をかけてくれた。
中在家先輩が怖くてなんて言える訳もなく。ただ黙っていると。
先輩は優しく、ポンと背中を叩いて笑う。
『なぁ、能勢は本が好きか。』
「好きか嫌いかと問われれば好きな方ですが。」
なぜそんな事を言われたのか、分からないながらも先輩の問いに答える。
『そうだよな。じゃなきゃぁ、図書委員になんて、ならないよなぁ。』
にこにこと笑いながら頷く先輩を見ながら、僕は首を傾げた。
『そこで、本好き少年よ。あれをよく見てくれ。』
そう言って西鶴先輩は図書室の戸を少し開けて中を指差した。
図書室の中では中在家先輩が黙々と作業をしている。
表情はいつも以上に険しく怖い。
「…………。」
あまりの恐怖に僕が絶句していると西鶴先輩は再び背中をポンポンと優しく叩く。
『いいか、能勢。長次の手元を見てみろ。手元だ。』
先輩に言われて視線を落とすと中在家先輩は器用に本を縫って綴じていた。
製本の作業の途中のようだ。
針がリズム良く動いている。行って戻って、行って戻ってを繰り返すだけなのに楽しそうに針が行き来している。
中在家先輩の表情とその動きの違いに思わず、ポカンと口が開き、次いでクスッと笑ってしまった。
顔はムスと不機嫌なのに、本を縫っている手は上機嫌だ。
「もしかして今日の中在家先輩は機嫌が良いのですか。」
『そう、ずっと前から気になっていた本の修理ができるからね。』
「そうですか。」
答えた僕の声は先程より明るい。
『長次も本が好きて好きでたまらないんだ。だから……。あいつもお前と一緒、本好き少年なんだよ。俺達と同じだ。』
西鶴先輩と一緒に作業中の中在家先輩を見る。
中在家先輩は本を綴じて終えて、出来た本を開いて閉じると小さく息を吐いた。
満足感とか達成感とかそんな感じのやり遂げた感じを滲ませてゆっくり本を撫でる。
そのしぐさで中在家先輩は本が好きなんだと理解できる。
あの怖そうな顔は機嫌が良い時なんだとも納得できた。
不思議な事に、納得できてからは中在家先輩の表情の違いを見分ける事ができるようになった。
前ほど中在家先輩を怖いとも思えなくなっていた。
中在家先輩と図書室で本について話しをする事も増えた。
そんな僕達を見つけると西鶴先輩は嬉しいそうに不破先輩を引っ張ってきて話しに加わる。
すると不破先輩とも話す機会が増えて、前よりも仲良くなった。
時には図書委員会の最中に四人で本の話しに盛り上がってしまう事もあった。
あれやこれやと本について語る西鶴先輩は目が輝いていて、先輩自身も製本を楽しそうに作業してるから、中在家先輩の事をあんなに理解できているのだと分かる。
本当に先輩達は本が好きなんだと気づいた。
西鶴先輩も他の先輩達や僕と同じ本好き少年だって知ってるから、図書委員会をやめて、図書室に来なくなった西鶴先輩がすごく心配になった。
勉学に集中するためと聞ていたのに、先輩はやめてから一度も図書室を利用していない。
前は次から次へと行数を増やして真っ黒になっていた貸し出しカードも今は真っ白のままだ。
僕は学年の違いからか食堂や休憩時間に西鶴先輩に会えないし。
唯一、先輩と繋がりがあった図書室で僕は待ち構えていたのだ。
それでも、西鶴先輩はなかなか現れてくれない。
待っている間に心配や不安が増すばかりだった。
だから、図書室で久しぶりに西鶴先輩と会って、僕は感情を上手く制御できずにいる。
「どうゆうつもりなんですか。」
先輩に言いたいことは沢山あるのに、思っていた言葉は出てくれない。
『どうゆうつもりもなにも……。』
戸惑うようにオロオロとした先輩の態度に
―― 西鶴先輩は僕らが嫌いになっちゃったのかもしれない。――
一瞬、そんな考えが頭に浮かんだ。
―― 嫌だ。先輩がもう図書室に来なくなるなんて。――
「僕らはずっと先輩が来るの待ってたのに、どうして………図書室に来てくれないのですか。勉学に励むと言うのならば図書室の本は必要でしょう。どうゆうつもりなんですか!西鶴先輩。」
僕は勢いに任せて、大きな声で言った。
+++
「お前は図書委員だろ。」
それを二ノ坪怪士丸が聞いたのは偶々であった。
ボクのいる少し前の廊下でのやり取りが偶然にも耳に入ってしまったからだ。
曲がり角の先を一瞬だけ覗くと鶯色の制服が見えた。
そして本を渡されていた相手は中在家先輩ではない。
ボクの位置からはその人の顔は見えないし、そんな人物に心当たりもなくて戸惑った。
―― 中在家先輩以外に六年生の図書委員がいたなんて聞いてない。――
このまま、この謎の先輩に図書室の本をまかせたままでいいのだろうか。
脳裏に友人の口癖「すごいスリル~。」がこだまする。
どうしようかとボクが悩んでいる内にその先輩の姿は廊下から消えていた。
慌てたボクは同じ図書委員会のきり丸を捕まえて、先程の出来事を語ると彼はすぐに事情を察した。
「それは多分、西鶴先輩だよ。元図書委員だった人。」
「でも、なんでその人は断らなかったんだろう。元で今は図書委員じゃないのに。」
ボクの呟きを聞き、面白い事を思いついた表情できり丸が笑う。
「そりゃぁ、本人に聞かなきゃわからないぜ。と言うわけで行くぞ。」
きり丸に背中を押されボクは図書室へと向かった。
その先であの先輩が能勢先輩に怒られているなんて予想もしていなかった。
+++
久作の大きな声を聞き、先程までオロオロと慌てていた青影の動きが止まった。
『能勢、お前が怒ってるのは俺が図書委員をやめたからじゃなくて、図書室に行かなくなったからか。』
目を丸くしたあと西鶴先輩はいつもの落ち着いた表情に戻る。
「そうですよ。先輩が委員会をやめられたのは仕方ない事ですし、それを怒るだなんて……。別に今も怒っるわけじゃないです。」
『そうか。』
先輩がホッとした顔で僕に手を伸ばした。
『悪かったよ。すまない。』
頭に置かれた先輩の手は本当に久しぶりだ。
「別に謝られるような事ではありませんし。」
つい、恥ずかしくてそんな事を言うと
「要するに、能勢先輩は西鶴先輩に会えなくてさびしかったって事じゃないっすか。 」
突然、第三者の声がした。
僕達のやりとりをこっそり見ていたらしく、背後から現れたきり丸がニヤリと笑う。
「きり丸!、違う。僕は先輩が心配だっただけで………。」
突然現れた後輩の発言に動揺して、つい本音がこぼれた。
慌てて口をふさぐが、言ってしまった事は取り消せない。
「だってさ、西鶴先輩。」
今度は珍しく西鶴が恥ずかしそうに頬を掻く。
『能勢には心配かけたみたいだな。ありがとう。』
再び僕に伸ばされた手は優しく頭を撫でた。
「ねっ。言った通り大丈夫だったでしょう。」
きり丸は先輩にしてやったりと八重歯を見せて笑う。
二人はいつの間に仲良くなったのだろうか
「西鶴先輩はきり丸と知り合いなんですか。」
その問いには、きり丸の方が答える。
「前にゴロツキに絡まれた時、先輩に助けてもらった事あるんです。」
「もしかして、前に手を怪我したあの時か。」
あの時の事を思い出して言うと
「まぁ、それだけじゃないですけど…。」
きり丸は小さな声でモゴモゴと呟いたけれど、僕には聞き取れなかった。
聞き直そうとすると、きり丸は何かを思い出した様子で慌てて背後の廊下へと駆けて行ってしまった。
僕と先輩が呆気にとられていたら、すぐにきり丸が戻って来た。
同じ井桁模様の制服の少年の背中を押して西鶴先輩の前までやってくる。
「西鶴先輩、こいつもおれと同じ図書委員なんです。」
どうやら彼も先程まで、きり丸と一緒に背後の廊下に隠れていたらしい。
きり丸に紹介されて、僅かに戸惑いながらも彼は、はっきりと自らの名前を口にした。
「一年ろ組、二ノ坪怪士丸です。きり丸から聞きました先輩は元図書委員なんですね。」
横の西鶴先輩を見ると先輩は嬉しそうに笑い、彼の前に手を差し出す。
『そう元だけど俺も図書委員だった。六年は組 青影西鶴だ。これからよろしくな二ノ坪。』
怪士丸は恐る恐るという感じで先輩の手を握る。
「よろしくおねがいします。」
『あぁ。』
先輩のあの穏やかな微笑みは、前に図書委員会で一緒だった頃によく見かけた表情だ。
「おれの時は握手なんてしなかったのに。」
きり丸が珍しく拗ねたように口を尖らせて言えば、 西鶴先輩が今度はきり丸の頭に手を伸ばし、大袈裟に頭を撫でる。
『お前の時はこっちだったもんな。これは嫌か。』
西鶴 先輩はまた嬉しそうに笑みを溢す。
―― 図書委員会をやめた先輩にとって、図書委員の後輩なんてあまり関係ないのに……。――
と思う反面、あの頃と同じ笑みを浮かべた先輩に僕は安心した。
―― 先輩は図書委員を嫌いになったわけじゃない。――
先程まであった不安は波が引くように消えて無くなった。
「 そう言えば、青影先輩は、どうして図書室の本を預かったのですか。」
怪士丸の言葉に青影はハッと我に返る。
『そうだ。本を返さないと。ってどうして二ノ坪が本の事を知ってる?』
抱えていた本の存在を思い出す。
これは同級生から預かったモノだ。
「たまたま、先輩達のやり取りを聞いちゃって……。」
素直に答えた怪士丸の表情が暗くなる。
『二ノ坪、別に聞かれて困る会話じゃないから落ち込まなくても大丈夫だから。』
「いや、先輩。怪士丸はべつに落ち込んでないっすよ。暗めなのはいつもの事ですから。」
きり丸が怪士丸に助け船を出す。
一年ろ組のあの暗くなる特徴は、よく人に勘違いされやすい。
きり丸の言葉に怪士丸も大きく頷く。
『そうなのか。』
「はい。だからあまり気にしないでください。」
『そうか。それなら良いが…。あ、えっとこの本を預かった訳が知りたいのだっけ。』
抱えていた本に視線を向ける。
『この本の返却期限が過ぎたら、困るだろ。だから預かったのさ。』
そう返事をすれば、久作に溜め息をつかれた。
「相変わらず、先輩のお人好しは健在ですね。」
「それだけの理由ですか。」
「先輩らしいですね。」
怪士丸もキョトンと驚き、きり丸はその答えが予測出来ていたのか笑っただけで驚く様子もない。
『お前らの反応、なんか酷くないか。』
と私が肩を落として呟けば、制服の端をきり丸が掴む。
「嘆かない、嘆かない。おれが図書室まで先輩のお供しますから。もちろん、怪士丸も行くだろ図書室。能勢先輩も。」
「ボクも行くよ。」
「あたりまえだ。戻らなくてどうする。」
怪士丸が頷き、久作が踵を返す。
再び青影は図書室へと足を向けた。
前方を久作が歩き、私の横をきり丸と怪士丸が並んで歩く。
そんな彼らの様子を眺めて、ふっと思う。
―― きっと………。――
図書室の当番の彼も怒ってないかも。と思えて自然に笑みが浮かぶ。
―― 本当に、今日の私は頬の筋肉が緩みぱなしだ。――
+++
預かった本を彼に返却すると、彼はにっこりと私の知る笑顔で対応してくれた。
以前とかわらない彼の姿に私の僅な緊張がとけた。
一つ下の可愛い後輩はやはり怒ってないようだ。
けれど、次に彼から発声られた言葉は私にとって予想外であった。
「先輩、おかえりなさい。」
雷蔵の穏やかな声に私は顔をほころばせた。
+++
西鶴先輩に会った時に、どんな言葉を言うかは、決めていなかった。
自然と溢れた「おかえりなさい」の言葉。
―― あぁ、僕も久作と同じようにここで西鶴先輩を待っていたんだ。――
僕は、自らのその言葉で自覚した。
「ただいま。不破にも心配をかけてしまったな。」
照れたのか先輩の顔は僅に赤い。
『図書委員会をやめた負い目だったんだろうなぁ、俺はお前達が怒っているんじゃないかって思ってた。』
「まさか。委員会をやめたからって、僕達は怒りませんよ。」
西鶴先輩の発言に驚く。
まさか、先輩がそんな事を考えてるなんて。
「だから、僕達が居ない図書室に来ていたのですね。」
横に置いてある新しい本に視線を落とせば先輩は苦く笑う。
『あぁ、それは俺の最後の仕事と決めていたから。』
最後と言う言葉にズキリと心が痛む。
正直に言えば、先輩が図書委員会をやめるなんて思っていなかった。
沈黙の生き字引と言われるほど、知識が豊富な中在家先輩にも負けず劣らずの西鶴先輩は筋金入りの本好きで、図書委員会に居る事が僕にとって当たり前だった。
六年にもなれば、課題や実習で委員会に参加しない事が増えるかもしれないけれど、先輩がやめる事までは考えていなかった。
だから、どちらかと言えば先輩が図書委員会をやめて怒るという感情よりも寂しいと感じる気持ちの方が大きい。
先輩が居なくて寂しいなんて言葉に出して言うものではないと分かっている。
けれど、言わずにはいられない。
「最後だなんて言わないで下さいよ。先輩の製本技術は受け継がせなきゃもったいないですよ。言っときますけど、僕は無理ですからね。中在家先輩は委員長でお忙しいですし。だから、あの子達に教えるなら西鶴先輩しかいませんよ。」
そう大雑把な僕は、先輩の製本技術を真似は出来ても、受け継ぐほど上手くない。
製本技術を受け継ぐなら、久作や一年の二人だ。
「先輩が暇な時でいいですから、また顔を出しに来て下さいね。」
にっこり笑って言えば、先輩は戸惑った。
『図書委員会をやめた俺でいいのか。』
「先輩がいいのですって。」
そう言い返せば
『そうか。』
西鶴先輩はぎこちなく頷いた。
「あと今度は西鶴先輩自身が本を借りに来て下さいよ。」
先輩が返却した本に僕は思わず吹き出した。
「図書委員会をやめても“図書委員会の鑑”をしてる先輩は、やっぱりここに必要な人ですよ。」
青影西鶴は“図書委員会の鑑(カガミ)”だとあだ名のように言い出したのは何代か前の図書委員長だ。
返却されない本の回収が、何故か西鶴先輩は上手い。
それは相手から預けられるせいなのか、先輩のお人好しの性格が返却期限の過ぎてしまう本を放って置けないせいなのか、原因は不明だけれど歴代の図書委員のなかで一番に本の回収率が高い。
現に図書委員会をやめた今ですら、こうして本の返却に役立っている。
『これに関しては、俺も諦めた。』
そんな言葉を言いつつも西鶴先輩は嬉しいそうである。
図書委員会と西鶴先輩の関係は、この先も切っても切れないだろう。
不破雷蔵は返却された本を置きながら、密かに安堵した。
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