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7・一年は組
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ぼんやりと窓から空を眺めれるのは窓際に座る者の特権で、隣に座る三治郎や窓から離れている奴等は軒並み夢の中だ。
笹山兵太夫は視線を前方の黒板とその前に立つ教師に戻した。
「かすかな物音、遠くの小さな音、人の話し声を聞き取る事は忍として大切な情報収集の一環である。その為の道具が・・・。」
黒板に文字を書きながら授業をしている土井先生には、申し訳ないが、午後の授業は確実に眠くなる。
おばちゃん特製の美味しい昼飯を食べ、昼休憩の適度な運動。ほのぼのとした午後の日差し。
―― 健康な10歳児としては、ここで昼寝しちゃうの、仕方ないと思うんだけどなぁ。――
と考えてれば、斜め前の伊助の頭がカクンと揺れた直後、彼は慌てて周囲を見回している。
「聴音器の一種である……」
土井先生の声が段々と大きくなってきている。そろそろ我慢の限界が近いのだろう。
―― あ~、今のうちに三治郎を起こさないとまずいかな。――
土井先生の話しに耳を傾けつつ、密かに三治郎を起す為に彼を肘で小突く。
「この小音聴き金は、印子金という高純度の金の薄板を絹糸で耳の傍に吊るし、共鳴させて音を聞き取る道具で・・・。」
「はい、土井先生。」
目の前の庄左ヱ門が手を上げた。
「なんだ、庄左ヱ門。」
真面目な学級委員長はしっかり起きていたようだ。
「小音聴き金とは、前に学園長室の床下で使った、アレの事ですか。」
「あぁ、そうだ。あの時に使った・・・。「えっ!!。そんな物、使ったけ?。」
庄左ヱ門の質問が予想外で土井先生が話しているのに、つい言葉が出た。
学園長室の床下とか校舎の天井裏など、ぼくと三治郎であっちこっちと日々探索している。
からくりを仕掛ける為にそのような場所で使った道具や忍器等は覚えている方だ。
しかし今まで、そんな物を学園長室の床下で使った記憶はない。
「以前、学園長の書いた掛け軸が何者かに破かれる事件があっただろ。」
そう言って振り返った庄左ヱ門と横からは少し寝惚けた三治郎の声が続く。
「あの時、兵太夫は屋根裏組だったからね。知らないんだよ。」
やっと隣の彼は起きたらしい。
「そうそう、でも折角、小音聴き金を使ったのにしんべヱのイビキの音で……」
言いかけた庄左ヱ門があっと気づく。放置されている土井先生に。
「おほっん。いいか?お前達。小音聴き金は床下は勿論、壁向こうや風上の声、時には水中で水上の音を聞くのにも利用される聴音器だ。他にも・・・。」
この説明をきっかけに再び退屈な授業へと逆戻りしてしまった。
忍者としては大切な授業だと分かってはいる。
しかし、授業中の土井先生の声は心地良くて、まるで子守り歌のようで眠気に誘われる。
欠伸を堪え、瞼で隠れそうな瞳をなんとか黒板から窓の外に向ける。
今度は空ではなくて地上の方に向けた。
今日は運動場を使っている組がないので、とても静かでつまらない。
―― 眠気に負けそう。――
ぼんやりと眺めていたら、運動場の木々の間を黒い影が一瞬通り過ぎた。
早すぎてよく分からないけれど
―― 影の後を小松田さんが追いかけてるって事は…。――
あの黒い影は見間違いじゃない。
一瞬にして眠気が吹っ飛んだ。
「あっ!。小松田さんが入門票持って誰か追いかけてる。」
そう声を出せば、あっという間に窓際には組の面々が集まった。反応が素早いのはさすが、は組である。
「本当だ。でも誰が追いかけられてるのか見えないね。」
「それって、まずいんじゃないの。小松田さん、そいつに逃げられたって事だろ。」
「姿が見えないって事は、いつもの曲者さん?。」
「いや、もしかしたら敵忍者の偵察かも。」
「えー。学園長狙いの暗殺者だったりして。」
「それか、只単にサインし忘れた間抜けなお客さんもありだよ。」
「ただっ!!。」
「きりちゃん、今の只単にの“只”に反応しちゃうんだ。」
「相変わらずだね、きり丸はさぁ。」
「ねぇー、それじゃぁ本命はどれだと思うー。追いかけられてる人物の正体。」
「さぁね。でもどれが本命でも、面白そうだよね。」
最後に呟いたのは、ぼくだ。
「おいおい、お前達。頼むから、厄介な事に首を突っ込むなよ。」
土井先生が心配そうに言うのだけれど。
先生の言葉のすぐ後に授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
これで午後の授業は終わりだ。
―― 土井先生、ごめんなさい。――
と心の中で謝ったのは多分、ぼくだけじゃない。
三治郎と目が合った。
彼はいつもの人なっこい表情で笑い頷いた。視線が入り口へと動く。
「行くか?。」
ぼくのそう言った言葉は小さかったのに、その後にしっかり残りの10人分の返事が続く。
「そうだよな“一年は組”だもん。こうでなくっちゃ、つまらないよ。」
兵太夫は密かに呟いた。
++ 7・一年は組 ++