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6・鉢屋三郎
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裏裏山の森の奥
ひっそりと木々が佇む中に西鶴は居た。
とある一本の木に視線を向けている。
彼女が手に構えるは、十字手裏剣。
そんな彼女の横を一陣の風がすり抜け木葉を揺らした。
数枚の木葉がヒラリと舞落ちるとすかさず、西鶴が手裏剣を打つ。
その十字手裏剣の剣先は、見事に木の幹に深々と突き刺さっていた。
けれど、打った西鶴は、不満そう顔を歪める。
手裏剣で狙った木葉にかすりもしていなかったから。
『やっぱり、集中できない。』
そう言いながら、西鶴はドサリと地面に仰向けで倒れる。
ここ数日、悩んでる事がある、それのせいで今日は中々集中出来ない。
そのまま大の字で倒れたまま、西鶴は目を閉じた。
耳に届くのは
川のせせらぎの音。鳥の鳴き声。木々が風でざわめく音。
穏やかで、静かな音ばかり・・・
だけでは、ないようで。
ガサッと草を踏む音。
耳が地面に近いせいか、誰かの足音が聞こえた。
着実に西鶴に近付いて来る足音。
けれど彼女が起き上がる様子もない。瞼も閉じたままでいる。
足音は西鶴のすぐ傍で止まり、呆れた声が上から降ってきた。
「こんな所でぶっ倒れて何してるのさ?。」
その呆れた声が懐かしくて、瞑っていた瞼を上げる。
西鶴を覗き込むその顔は、逆光で影になっているのに彼の顔だと認識出来てしまう。
目は糸の様に細く、口元はちょっとヤル気なさげに下がり気味。
だから、いつも彼の表情は寝不足でもないのに、眠たそうに見えていた。
――
けれど、心の中で呟いた名前とは裏腹に口に出したのは別の名前。
『鉢屋。 お前こそ、こんな所で何しているんだ。』
その言葉で、彼の下がり気味だった口元はキュッと上へと持ち上がる。
「やっぱり、バレてましたか。」
顔の前で手を数回上下させたかと思うと、三郎の顔はもう既に不破雷蔵の顔になっていた。
『相変わらず、鉢屋の変装はそっくりなうえに早業だな。』
「これくらい朝飯前ですよ。それより西鶴先輩・・・。」
飄々とした彼には珍しく険しい表情で、詰め寄ってきた。
「私には、いらないと思うんですけど、その“壁”。今さら私に隠す必要もないですから。」
『それは、そうだけど。』
三郎から指摘されて、西鶴は恥ずかしげに顔をそむける。
『“鉢屋”って呼んだくらいで怒るなよ、三郎のくせに。』
「くせには余計ですって。」
そう口にすると険しかった表情がなんとか収まって、いつもの彼の表情に戻る。
それに西鶴は密かに安堵した。
―― 三郎には、私が女だって事バレてるもんなぁ。――
周囲にそれをバラされる事はないけれど、西鶴にとっては弱味を握られている事には代わりはない。
だからなのか三郎には少しだけ弱いのだ。
+++
『それで、こんな所に
先輩が困ったように眉をひそめた。
―― 今回は、先輩を困らせに来たつもりはないのに。――
彼女のその表情に私は少しヘコむ。
けれど、それを顔に出すのは私の矜持が許さず、私の顔はいつものように飄々とした表情を作る。
「また厄介事を持って来たとか思ってるんでしょうが、違いますから。今回は・・・。」
『今回って、付くのが怪しいんだけど。言っておくが、もうお前のイタズラなんか手伝わないからなっ!!。』
と毎回彼女はそう言っているにも関わらず、結局は私のイタズラに西鶴先輩は手を貸すはめになる。
私に弱味を握られてるとか、そう言う理由だけではない。
弱味なら私も先輩に知られている。お互い様だ。
ただし先輩と私の違いはある。
先輩は頼まれ事が断れないだけ。
彼女もまた、お人好しの性格だから。
損する事は、分かってても困っていたら手を貸してくれる。
私はそんな彼女の性格に
甘えているのかもしれない。
+++
憮然とした表情の先輩に苦笑しながら、三郎は懐から一枚の紙を取り出した。
わざわざ、学園を去った瀬戸田先輩の変装をしてまでここに来たのは、彼女にコレの内容を知らせるため。
彼女が放課後鍛練している場所は毎回違う、だからその場所を探し出すのは大変だ。
そして、その場所に人が近付く事を先輩は嫌っている。
それは、彼女が男装しているとゆう秘密があるから。
限られた人間にしか、その領域に踏み込むことを許していない。
そして私が変装したのは、鉢屋三郎として彼女に近付く事を躊躇ったから。
もし、先輩に逃げられてしまったらヘコむどころのダメージではすまない。
だから、わざと先輩の親友に変装した。
例え、正体がバレバレだとしても。
三郎のままで先輩に逃げられるより、ずっとましだ。
「先輩、近いうちに、身体測定あるの知ってましたか?。」
取り出した紙を西鶴先輩に見せる。
『何!!。もうそんな時期か。』
「そうですね。そんな時期です。」
忍術学園では身体測定は春と秋の年二回ある。
「今回は先輩方が居ないので、
今までみたいにいきませんよ。」
三郎の言葉に私は頭を抱えたくなった。
今まで同室の二人の協力があったからこそ誤魔化せた部分もある。
毎回何かしらの方法で身体測定を回避しきた。
前回の身体測定の時は、
その前は瀬戸田と伊作の実験の被害に合っていて不参加だった。
その他にも、立花が・・・。
あの時の事は………、思い出したくもない。
自ら回想を止めた。
―― ろくな目に合ってないな、私って・・・。――
思わず遠い目になった私を三郎が現実に引き戻す。
「今回は、私が先輩になります。」
+++
私の言葉に西鶴先輩が悩んでいる。
元から私は、そのつもりだった。
幸い、西鶴先輩と私の身長はほぼ同じである。
それこそ、体格も似通っている。
私は変装するため細身だし、先輩は性別の違いからやはり細身だ。
それに上級生にもなると身長体重だけでなく、胸囲や座高、胴回りと測定する場所が増える。
男装していても、そこまで誤魔化しきれない。
なのに
『三郎、そんな事しなくてもいいよ。』
「どうしてですか。私の変装が未熟だとでも。」
『そんな事はない。三郎が本気を出せばそう簡単にはバレないよ。でもあいつ…、伊作の目だけは分からない。』
鋭い観察眼をもつ保健委員会委員長、善法寺伊作。
彼は侮れない。勿論、ほかの六年生も。
「ですが!。」
そう大きく反論すると西鶴先輩は、私を落ち着かせるように背中をポンと叩く。
『これでも私は三郎を信用してるんだよ。』
そこまで、言い切ると先輩はニッコリと笑う。
『だから、もしもの時はちゃんとお前に頼むさ、でも今回はまだそこまでじゃないだけ。』
西鶴先輩から、そんな事言われると私は
「分かりました。」
と答える事しかできない。
「それじゃぁ、どうするんですか。」
『う~ん。ここは堂々とサボるとか?。』
西鶴先輩の言葉に少し呆れた。
あんな事を言っていたから、他に何か名案があるのかと思ったら、サボるだけなんて。
「西鶴先輩、そんなのでいいんですか。」
と問いかけると開き直られた。
『なんとか、なるって。』
そう言った後、彼女はハッと表情を変えた。
『三郎、もう一度その紙を見せてくれ。』
「どうかしたんですか。」
三郎から渡された紙に書かれた日付をみて西鶴は内心驚く。
先ほどまで忘れてたので気づいてなかったが、その日は“ある課題”が出されていた。
だから、身体測定が行われる日に私は学園には居ない。
偶然。否、そんな事は決してない。
何故ならば両方共日付を決めたのは同じ人物なのだから。
―― 私は、なんて恵まれた環境にいたのだろう。――
改めて、その事を実感した。
それに・・・
手に持つ紙から三郎へと視線を向けた。
―― 随分と心配をかけてしまったようだし。――
心配そうな表情の三郎を久しぶりに見た。
―― もっとしっかりしなきゃぁいけないな。悩んでる暇はないようだ。――
ここ数日間、周囲との対人関係にどうすればいいのか悩んでいたが。
今回の事で、力が入り過ぎていた肩の力が良い感じに抜けた気がした。
確かに、友人二人が居なくなって環境が変わってしまったが、私自身が目指している事が変わった訳ではない。
慌てなくても、なんとかなるかもしれない。
その事に甘え過ぎるのは良くないけれど、僅かに安心感を持つくらいは許されるのでわないか。
そんな気持ちになって、私は笑顔を作っていた。
『三郎、知らせてくれて助かったよ。』
西鶴先輩が穏やかに笑った。
どうやら、サボる以外に身体測定を回避する方法がみつかったようだ。
「それなら、よかったです。」
私もほっと息を吐いた。
私が出来る事は限られている。
けれど、私にしか出来ない事もあるのだ。
例え些細な事でも。
「西鶴先輩、たまには私と組み手してくれませんか。」
私の言葉に先輩は面白そうだと表情を緩めた。
*