賑わい始めた食堂をぼんやり眺めていたら、隣から小さな溜息が聞こえた。

隣に座る伊作が湯飲みを小さく音を立てて定食のお盆に置く 。
どことなく落ち込んだ彼の表情に、食満留三郎は視線を向けた。


「どうした。伊作。ため息なんかついて。」

尋ねたオレに伊作はいつもの笑みを浮かべる。
それは、彼の普段の表情に見えるのに、オレは僅かに違和感を感じた。


「何でもないよ。」

そう返されが、納得出来なかった。
長年の付き合いから、これくらいでは、誤魔化されない。

伊作が何か落ち込んでいる事くらい分かる。


食堂に来る前までは、伊作は普通だった、嫌寧ろ機嫌が良かった方だ。


――　って事は、アレが原因か。――

転けてぶっ飛ばした定食。目の前の空席。


「今日のは、オレのじゃぁなかったもんな。別にあいつは、そんなに怒ってなかっただろ。」


伊作の不運は時に周りまで巻き込む。
主に被害者はオレなのだが、今日は別の人物だったのだ。伊作が転けてその人物の定食は空中を飛んだ。

オレはてっきり、伊作がそいつを不運に巻き込んでしまった事に落ち込んでいるのだと思っていた。


「違うんだ。留三郎。」


伊作はそう呟くと食堂の出入口に視線を向ける。

その視線が、どことなく何時もの彼と違うようでオレは少し動揺した。


時々、こんな表情をする伊作を知っている。

六年近く、彼の隣に一緒にいれば、伊作のちょっとした仕草、表情の違いに気がつくようになっていた。


ずっと伊作が隣に居る事が当たり前で、彼が何を考えいるのかなんて手に取るよに分かると思っていた。


なのに、今の彼の視線は何を考えいるのか分からない。


彼の視線の意味は何なのか

知りたいと思った。


そして、もし自分が彼に協力出来る事であるのならば・・・


オレは伊作に、何気ない様子で呟いた。


「オレは、お前に何でも協力するぞ。」


その言葉を聞いて、伊作は先ほどとは違い、穏やかな笑みを浮かべる。いつもの優しい笑顔。


「うん。留三郎は頼りになるからね。」


でも、伊作はその先の言葉は口にしない。


「そうか…。」

今は、まだ聞かれたくないのだろうか。


其れならばとその雰囲気を察して、オレは伊作を軽く小突いた。


「食堂が混みだした。そろそろ行くか。それに、この後の授業は遅れたらまずいだろ。」


先ほどの話しは、もう聞かないとオレから話題を変える。


「次の授業は…。あの先生、遅刻したら罰掃除だよね。それはちょっとご免かも。」

伊作も苦笑しながら食べ終えた定食のお盆を持ち上げる。


「オレもお前も放課後は委員会があるし、あいつらだけだと委員会も大変だからな。」


オレの呟きに伊作も大きく頷いた。









＋ ５・食満留三郎 ＋