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4・七松小平太
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私、青影西鶴は
今日に限って、ものの見事にツイてなかった。
朝、自主練していると目の前を黒猫が横ぎって行った。
直後、普段なら落ちない、塹壕の穴に落ちた。
特に気にしないで自主練を続けていると
足袋の結び紐が切れた。草履の花緒でもあるまいし、ぶちりと切れからと何か起こる訳もない。
と思っていたのだが……。
今、目の前を私の定食が空中に舞う。
『俺の昼飯!!。』
叫ぶと同時に昼食のお盆をキャッチする。
―― あぁ、汁物は全滅だな。――
そう思いながら、掴むと悲惨な状態のお盆をしっかり持ち直す。
横でずっこけてる善法寺伊作は、見なかった事にしょう。
とりあえず、ご飯とおかずの小鉢は無事なようで安堵する。
「酷いなぁ、青影。助けてくれても良いのに。」
床でぶつけたおでこを赤くした、善法寺に睨まれた。
『お前の昼飯は無事なんだから、いいじゃないか。俺を巻き込むな!。』
西鶴が少し拗ね気味に言い返すと横で笑い声がする。
「なんだ、もう巻き込まれたのか西鶴。」
「食満。」
「留三郎!!。」
伊作分も受け取り、二人分のお盆を持つ食満留三郎の姿があった。
『大体、巻き込まれるのは何時もならお前だろ。なんで俺なの?。』
しょんぼりしながら西鶴は呟く。
無事だと思ったご飯は味噌汁が掛かり、猫まんまになっている。しかも中途半端にだ。
「伊作に悪気はない。諦めろ。」
ぽんぽんと西鶴の肩を叩く、食満の言葉はやけに実感が篭っていた。
普段、被害にあっている彼の言葉だけに重みがある。
今日は授業が早く終わって、昼休み前に食堂に来れたので座る席は選び放題だ。
三人は、適当な席に付き、昼食を食べ始めた。
+++
西鶴は、猫まんまと化したご飯をさっさと食べ終えて、箸を置く。
ちらっと向かいに座る善法寺を見た。
―― やっぱり、昨日の事気にしてるのかな。食満には言って…………ないよな。流石に。――
溜息をつくほどではないが、どこと無く気が重い。
一人で食べる事にやっと慣れてきたのに。
「青影、もしかして味噌汁欲しい?。いるならあげるよ。」
善法寺と目が合い、そんな事を言われる。
『いいよ。もう食べ終わったし。』
西鶴は、あっという間に昼の定食を食べ終えている。
その早さには西鶴と同じ定食を選んだ食満も驚く。
ちなみに善法寺も同じ定食を選んでいるがまだ半分も食べていない。
「早過ぎるだろ。」
『そうでもない。何時もこんなもんだ。』
その言葉に善法寺の眉間に皺が寄る。早食いは体に悪いと善法寺が説教モードになっているが、全然怖くない。
何故なら、彼の口の横に米粒が付着しているからだ。
善法寺がまるで小さい子供のようで、それでいてその目は真剣そのもの、思わずそのギャップに西鶴は笑ってしまった。
『善法寺。口元に米が付いてるぜ。』
慌てて口元に手をやる善法寺のその隙に西鶴はお盆を持って立ち上がる。
『じゃぁ、お先に。』
「なんだ、もう行くのか。」
食満が引き止める声に西鶴はひらひらと片手を上げて振るとお盆を返して、食堂を出て行ってしまった。
食堂の外に出て数歩進むと西鶴は立ち止まる。
『ちょっと食べ過ぎたかな。』
軽くお腹を摩る。
今日は、善法寺達と同じ定食を食べたが、普段の昼食はもう少し軽目だ。
『身体を動かすしかないか。』
そう、呟いた瞬間だった。
背後に覚えのある気配。
―― まずい!!。――
その気配の前で、『身体を動かす』なんて言葉は絶対禁句だ。
何故なら………。
「それじゃぁ、バレーしよう。」
暴君様から恐怖のご招待が待っているから。
+++
『七松、七松、なな…まつ…。ナナマツ………。』
まるで呪いの呪文のように西鶴は、その人物の名前を叫ぶ。
視界は先程から揺れる床とやたら元気に走る足しか見えない。
―― 食べた直後にこの体制はキツイ。ってか、マジで吐く。――
現在、青影西鶴は七松小平太に小脇に抱えられ、拉致られていた。
【なぁ、バレーしようぜ。】
元々、この口癖は友人である御調の口癖だった。
今は、私も良く使うけど、あいつの方が多く言ってた。
暇さえあれば、【バレーしよう】と言っていた気がする。
御調と私は、同じ体育委員会で良き友人であり、ライバルだった。
“ライバルだった”と過去形なのは、もう彼がこの学園にはいないから。
そして、主に御調のあの言葉の被害者だった青影西鶴は、彼が辞めてからバレーをしなくなった。
西鶴は事々く、御調に引っ張られて私達の元に対戦相手として連れて来られていた。
しかし、連れて来る人物がいなければ、西鶴はバレーをする必要がないのだ。
そんな事を思い出していると、抱えていた西鶴が大声で叫ぶ。
『あ゙~。もう無理。小平太、いい加減下に降ろせ。』
西鶴が苗字じゃなくて、名前で呼んだので七松は、ぱっと抱えていた手を離した。
ドサリと音を立て西鶴が廊下に落ちるが、本人はそれどころではないらしい。
『ほんと今日はついてない…。』
青ざめた顔で西鶴はぶつぶつと呟く。
『七松。ほんといい加減しろよ。人を小脇に抱えるな!!。』
怒ってそう言う西鶴は、再び苗字呼びに戻った。
七松は密にがっかりする。
―― 以前なら、西鶴は私の事を名前で呼んでくれたのに。――
西鶴は最近、私達の事を苗字で呼ぶようになった。
まるで、私達と壁を作っるかのように。
同じ委員会だった長次ですら、苗字呼びだ。
以前から、余り目立つような人物では無かったが、さらに六年生になって西鶴は目立たなくなった。
うっかりすると忙しい毎日に、彼の存在は埋もれて気付かず日々が過ぎてゆく。
まるで、辞めた御調と同じように“居ない存在”かのように。
―― それって、なぜか寂しい。青影西鶴はここに居るのに ――
七松は、そこに青影西鶴が居る事を確認するように廊下に座り込む彼に手を延ばす。
「大丈夫か。西鶴。」
ポンポンと頭を優しく叩く。
怒った西鶴の表情が徐々に呆れた表情へと変わる。
『七松。お前、昼飯は…。』
「あぁ、もう食べた。昨日、ろ組は校外実習があったから、今日の午前は休みだったんだ。」
『そうか…。』
何故かガクリと肩を落とす西鶴。
―― 昼ご飯を理由にはもう断れないか。――
『しかたない。バレーってもパス練だけな。』
諦めてそう呟いた西鶴を七松は、今度は横抱きで抱える。
「それじゃぁ、いけいけどんどーん………。」
しばらくして、バッコーンと小気味よい音が廊下に響いた。
『七松!!お前、何するんだよ。横抱きって!!。』
西鶴が七松を殴って逃げたのだ。
「小脇に抱えるなって言うから………。西鶴は意外と柔らかいな。もっとしっかり鍛えないと駄目だぞ。」
『!!。』
真っ赤になった西鶴が殴り掛かるが七松は軽く避ける。
『悪かったな。筋肉がつき悪い体質なんだよ。やっぱり・・・。』
その先を言われたら困るので、七松は慌てて西鶴の手を掴んだ。
「よし、パス練だな。」
ニッコリ笑うと西鶴を掴んだまま走り出す。
「いけいけどんどーん!!。」
目指す校庭はもうすぐだ。
高く上がった白球をタイミング良く狙う。
指先、掌、手首、腕、それぞれに意識を集中して、目的地目掛け素早くバレーボール打ち下ろす。
西鶴は七松の手前の手が届かない場所をアタックで狙い打った。
しかし、ボールは見事に七松のアンダーレシーブで、拾い返えされて再び高く上がってしまう。
―― また、拾われたか。――
西鶴は綺麗にパスされたボールを見た。
自分には七松みたいな馬鹿力がない。
アタックの威力も実はそこまで強くないのだ。
男と女。
いくら鍛練しても訓練しても筋肉のつき方はどうにもならない。
ならば、技術力で勝負するしかない。
バレーなら力で捩伏せるのではなく、精密なボールコントロールで隙をつく。
卑怯だろうが、何であろうが、それが私の武器なのだ。
やたら高く上がったボールが、ちょうどいい所まで降りてくるのに一瞬の間が開く。
先程のやり取りを思い出し西鶴は僅かに苦笑いをした。
―― ついつい感情的になると忘れてしまう。――
彼を苗字で呼ぶ事を。
今まで、親友二人が守ってくれていたから、学園生活も楽しむ余裕があった。
けれど………。
自分がどれだけ彼らに依存していたのか、六年になった今、思い知らされる。
だから、私が俺で居られる為に
壁を作った。
実際、離れてゆく者もいた。
元々、浅く狭い人間関係だったのだ。
寂しくなどないと思っていたのに。
バシッと手にボールの感覚。
無意識にタイミングを計り、再びアタックを打つ。
ボールは今度も七松小平太に拾われた。
―― 何故、お前は私の手を掴む…。――
七松に掴まれた手の感触が頭から離れない。
+++
―― やはり、鈍ってなかったか。――
小平太は自然と笑みを浮かべた。
単なるパス練だが、その内容は実に深い。
普通はパスが続くようにとお互いにアンダーやオーバーでボールをやり取りする。
しかし、西鶴とのパス練は攻めと守りの二つに別れる。
西鶴の狙い澄ましたアタックは見事、私の隙をつく。
パスを続けようなど微塵も感じさせない。
一歩でも出遅れるとボールが地面へと落ちて負けてしまう。
その正確さは、以前となんら変わりはなく。
―― 気を抜けば、私の負けだ。――
その感覚はまるで組み手をするかのよう。
私と西鶴の真剣勝負。
何度目かで、私はミスをした。ボールは低く、飛び付かなければ間に合わず。
地面をスライディングしてボールを拾うが、上がったボールは容赦無く西鶴のアタックで地面を跳ねた。
「私の負けかぁ。」
私が呟くと西鶴が嬉しそうに笑った後にドサリと地面に仰向けで倒れ込む。
『疲れた~。』
私も横に寝転がる。
「私も疲れた。」
『嘘だぁ。小平太ならあれくらい全然平気だろ。』
「そうでもないさ。西鶴が攻めてばっかりくるから。」
『悪い。小平太もアタック打ちたかったよな。』
「たまには、レシーブを練習するのもいい。」
西鶴はとても器用だ。
私が返したボールが低くても、ボールのタイミングを計り、鋭いアタックを打つ。
私もできないくはないが低くいボールは打ちにくいし、久しぶりにレシーブ練習も悪くないと思える。
最近は、アタックを打つばかりで、レシーブをするのはもっぱら後輩たちの役目だったから。
横を見るとすっきりした表情の西鶴が居る。
その事に小平太は安堵して、真っ青な空を見上げる。
+++
遠くで授業開始を告げる鐘が鳴った。
『小平太、やばい遅刻だ。』
慌てて起き上がった西鶴が私を揺する。
いつの間に眠気に負けたのか、うとうとしていた。
「ん~。遅刻でもいいじゃないか。もうちょっと。」
『そうゆう訳にいくか。ほら行くぞ。小平太、起きろ。』
西鶴が私の腕を掴んで引っ張る。
―― さっきから、西鶴が名前呼びに戻ってる。――
西鶴は無自覚なのか、それとも遅刻に焦っているせいか。
気付かず小平太の名前を連呼している。
『小平太。ほら、小平太ってば起きろ!!。』
「まぁいっか。」
私がしかたなく起き上がると、西鶴は転がるバレーボールを拾いに離れた。
西鶴の表情が前より明るい。
その違いを見た小平太はニッコリと笑う。
彼から壁が消えたのなら、西鶴に先程のパス練に負けたのは気にならない。
なぜなら、試合に負けたが勝負に勝つ、そんな感じがして
「もしかして、今回は私の勝ちかも。」
小平太は楽しそうに呟いた。
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