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3・善法寺伊作

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一瞬、焼け付くような痛みを感じ。

慌ててそこを押さえるとヌルリとした感触がして、指の隙間からポタリと赤い雫が零れ落ちた。

西鶴は、空いているもう片方の手で、懐から手ぬぐいを取り出すと傷口を強く押さえた。

赤く染まった掌と大きく裂けた袖に視線を向け溜息を付きそうになる。


『これは繕うのが大変そうだな。』

思わず、怪我の心配より、破けた制服の方を気にして言葉が漏れる。

いつの間にか身体が傷つく事に慣れていた、手が赤く染まる事を怖く無くなったのはいつからだろうか。


“強くなる”と決めた“あの頃”から、私はどれくらい進めているのか。

学園で最上級生となったはずなのに、焦りと不安は、昔よりもずっと私の傍にある。


だから、彼に………

あの場所へと行こうなんて思いもしなかった。


私には、隠さなければならない事がある。

その偽りが簡単にばれてしまうあの場所は

私にとって避けなければいけない場所だった。


なのに、あの子と会ってその気持ちは変化する。

深い穴を泥だらけになってでも抜け出そうとあがく一年生の少年。

何故か彼を見て、焦りと不安よりも、勇気が湧いてきたのだ。
彼に、あの頃の私が重なったから。

もし、私が少しでも“あの頃”より強くなっているのなら、逃げずに立ち向かうのも、悪くない。

解いた頭巾を再び結び直すと、西鶴は覚悟を決めてあの場所へと向かう。


『さて、吉と出るか凶と出るか。どちらだろうねぇ、保健委員長……。』

西鶴は、これから会いに行く彼に呼び掛けた。





+++





「乱太郎ー。乱太郎ー。」 

呼びかけながら周囲を見回すが、月明かりが暗く普段より暗い中庭からは何も反応がない。


「やっぱり、僕の勘違いだったのかなぁ。」

伊作は、ホッと息をつく。どうやら乱太郎が、何処かの穴に落ちたのではなさそうだ。
もしかしたら今頃、医務室に戻っているかもしれない。

伊作は、そう思い中庭を後にした。

そして今、彼は医務室の入口で固まっている。


医務室が明るいのは何時もの事だし、こんな夜遅くに誰かいても不思議ではない。
忍者のたまごであるからには、夜遅く自主練や訓練をしている生徒は多いので怪我をして医務室を利用する事もある。

だから、夜遅く医務室の中から人の気配がしても、違和感なく戸を開けた。

それこそ乱太郎が戻って来てるのかもしれないと思っていた。


けれど、伊作が戸を開けると予想外の人物が居たのだ。


のんびりとお茶を飲む西鶴の姿。


―― 何故、西鶴が・・・。――


青影西鶴、彼は、決して医務室に利用しない人物だったはずだ。


目を見開き驚く伊作に、西鶴は可笑しそうに笑うと手招きをする。


『伊作。いつまで入口に突っ立ている、中に入ったらどうだ。』


「そうだね…。」

と言いながら室中に入るが思わず辺りを警戒してしまう。


―― これって、何かの罠とかじゃないよね…。――


のんびりお茶を飲む西鶴の姿に、僅かに伊作は緊張した。



+++

青影西鶴は、とても目立たない生徒だった。

同じは組であるにも関わらず、西鶴について知らない事が多い。

そうだからと言って、決して仲が悪い訳ではない。

会えば話しはするし、授業だって協力して課題をこなす。それに困っている事があれば、お互い手を貸し助けたりもする。

けれど、それ以外に西鶴は自分達にあまり関わって来ない。


静かに教室の隅に居る、目立たない生徒だった。


そんな西鶴に秘密がある事を伊作は気付いている。


長年、保健委員をやっているお陰で気付いたのだ。

西鶴は医務室に来ない。

どんなに酷い怪我をしても、同室だった瀬戸田か自室に居る時の新野先生にしか治療を任せない。

それは何故か?

ずっと疑問だった。

一年生の時、怪我をした西鶴に手を振り払われたあの時から。


だから、目立たない西鶴をずっと気にかけていた。


何故、あの時に手を振り払われたのか?。


その答えは



青影西鶴が・・・。





『伊作!!。俺の話し、ちゃんと聞いているのか。』


不機嫌そうに西鶴が伊作を睨む。


「聞いてるよ…。乱太郎が穴に落ちてる所を助けて、ついでに彼の代わりに報告しに来てくれたんでしょう。」

慌てて伊作は返事を返し、お茶のお代わりを西鶴へと渡す。

どうやら西鶴が保健室に来た理由は、保健委員の後輩を助けてくれたからだったらしい。

確かに、夜遅くになっても戻って来ない乱太郎の事は心配していたが、まさか西鶴が来るとは思いもしなかった。

ましてや、医務室でのんびりお茶を飲むなんて!!。

夢にも思っていなかった。


「聞いてたなら、良いけどさ。」

そう言ってお茶を飲む西鶴に、何処か違和感を覚え伊作は密に考えた。


―― あれ、もしかして西鶴って、ちょっと痩せた…。どこと無く顔色も…。――

気付いた途端、伊作は行動を起こしていた。


湯呑みをもつ西鶴の手首を掴む。


『何だ、伊作!!急に…。』

西鶴が慌てて掴まれた手首を引き離す。
飲んでいたお茶が零れるが二人共それ処ではなく、気にしない。


「やっぱり。青影、前より痩せたでしょう。」

『・・・。』

無言で西鶴が睨む。

「ご飯、ちゃんと食べてる?。」


その問いに、眉間に深く皺を刻む西鶴の左目が、僅かに引き攣ったように細まる。


「!!。」

それを見て伊作が動く。
今度は振り払われないようにしっかりと“彼女”の手を掴んだ。




+++





―― だから、嫌なのだ、この場所は。――


今更ながら、自分の行動に後悔を覚える。

先程まであった自信と余裕は見事なまでに無くなった。

いくら覚悟を決めても、不安が大きくのしかかる。
そして、その不安は意図も簡単に現実化するからだ。

だから、此処に来るのを避けていたのに。


+++


まだ、一年生の時だ。

医務室に行くとそこには誰も居なかった。

ダラダラと流れる真っ赤な血。
赤く染まる手を見つめて、身体が小さく振るえた。

怖かったのだ、まだあの頃は怪我をする事も血を見る事も。


強くなると決めたから此処に居る。

他の子と私は違うけど、気にしない。

強くなる為にはどんな手段も選ばない。

そう誓った筈なのに。

その思いは、既に弱い自分に負けそうだ。
まだ、ここでの生活は始まったばかりだというのに。

ジワリと滲んだ涙に気付かない振りをする。


薬を捜していると背後に人の気配。


振り返ると、優しい顔をした男の子が心配そうに立っていた。

同じ組の善法寺伊作。



「僕、保健委員なんだ。西鶴君、さっき怪我したでしょう。心配になって。」


『大丈夫だから、善法寺は授業に戻ったら。』


振るえを隠して、彼を追い返す。

怪我した場所は左の二ノ腕。袖を赤く染め、指先でポタリと雫が落ちた。


治療するなら上着を脱がなければならず


それだと………。


―― 彼に女の子だとばれてしまう。――


心配そうにこちらを見つめる彼にさらに言葉を投げ付ける。


『邪魔なんだよ!!。出て行ってくれ。』

「でも、新野先生も居ないし、一人じゃぁ包帯が巻けないよ。とにかく止血しないと。」

彼は、労るようにこちらに手を伸ばす。


―― 嫌だ。まだ、女だってばれたくない。――


西鶴は、伊作の伸ばした手を力一杯振り払い

医務室を後にした。

 

+++



それから医務室に来るのは、本当に用事がある時だけで、絶対に生徒が居る時には近付かないでいた。



けれど・・・ 
 
逃げてばかりじゃなくて、立ち向かおうと決めたから。


伊作を睨みつけながらも、後に逃げずに動かなかった。

しかし、動けなかった理由はそれだけではない。

伊作が、何時もの優しい顔ではなく凄く怒った様子で、そのキリリとした瞳の目力の迫力に負けてしまったのだ。
今まで西鶴の知っている伊作では見たことな表情に圧倒された。


―― い…伊作の奴、怖えぇ。――


色々と考えていたけど、そんなの全部が頭の中から吹っ飛んでった。


はっきり言って、こんな伊作を見た事がなかった。


西鶴、怪我してるよね。どうしたの左目の上。」

手を掴まれたまま、彼の顔がこちらに近付く。
被っていた頭巾が剥ぎ取られると

左目の上にパックリと切れた傷がある。
今まで頭巾で隠れていたのだ。


『こ、これは、ちょっとヤブこぎしてて枝が跳ねて………。』

アハハと笑ってごまかそうとしたら、今度は伊作の方が西鶴を睨む。


「どうして、そんな無茶するのさ。」

その言葉には、西鶴方も黙ってはいられなかった。


『無茶だって。そんな事ない。これくらいあいつらが居た頃は普通だったんだよ。』

そう、親友達がまだ学園に居た頃は、夜間にも関わらずヤブこぎしたり、裏々山で訓練したりするのが普通だった。


―― 私は人より、多く訓練しなければいけないから。――

一人になったからと言って、訓練や鍛練を減らす訳にもいかない。


そんな西鶴の言葉に伊作が押し黙る。


『血は止まってるし、別に手当てだってしないつもりは、なかったんだよ。』

本当は自分で手当てしようと思っていた。


でも………。


『タイミング逃して言いそびれただけ。善法寺に見て貰うつもりだった。』


西鶴は俯きながら呟く。

だから、伊作の表情には気付かない。


顔を真っ赤にして、驚く彼の表情など見てないのだ。


「そうなんだ。」と呟いた伊作は西鶴から手を離し、薬箱を取りに立ち上がる。

途中、何もない所でこけたりするが、彼の不運は何時もの事なので西鶴は、得に気にしなかった。


傷口を消毒して薬を塗られる。傷に染みるが文句は言えない。何故なら


「顔や頭はね、ちょっとの怪我でも出血しやすいんだよ。気をつけなきゃぁ。」

ブツブツと伊作に小言を言われているからだ。
一言でも文句を言ったら、さらに倍は小言が返ってきそうで、やめた。


「はい。これで終わりっと。それと青影。」


怪我の手当てを終えて、伊作が真剣な眼差しでこちらを見る。


―― やっぱり、伊作にばれたのか。――


西鶴の方も覚悟を決めて見つめ返した。


青影、あのね。明日から一緒にご飯食べようよ。」

『はぁ??。』

予想とは違う、伊作の発言に思わず変な声が出た。


「自覚ないかも知れないけど、青影って、前より痩せてるよ。さっき手首を掴んでよく分かった。」

『俺の手首の太さの違いが、なんで分かるんだよ。』

「いゃ…、そのさぁ。僕よく穴から助けて貰うから…。」


言い憎いそうに伊作が言いうのを聞いて、西鶴は納得する。

伊作を穴から助ける時、彼の手首を掴み、伊作も西鶴の手首を掴んで引き上げるのだ。
その時、手首の太さを知ったのだろう。

『そうかもしれないけど、俺はちゃんとご飯ぐらい食べてるよ。食堂のおばちゃんのご飯食べないとか、もったいないし。』

「でも、一人で食べるのはつまらないでしょう。これからは一緒に食べようよ。」

伊作は引き下がらない。


確かに、この春まで親友と三人食べていたのが、今では一人で食事をするようになった。
それに慣れるまで、おばちゃんの美味しいご飯の味なんて感じる余裕がなかったのだ。

気がつけば、早く食事を終わらる事ばかりに気を取られていた。
今、思えば自然と食事の量は減っていたのかもしれない。


『でも、小さな子供じゃあるまいし、つまらないとか言ってらんないだろ。これから気を付けるから、一人で大丈夫だ。』


そう言い切ると西鶴は、医務室を飛び出した。





+++

バタバタと忍者にあるまじき足音を立てて廊下を歩く。


『なんで、あんな事に気付くんだよ。制服が破れてるのとか、何も言わない癖に。』

そう、西鶴の制服の袖が裂けているにも関わらず、伊作は何も聞いてこなかった。
額の傷や痩せた事には気付いてたのに

それは、腕に怪我がないので何も言わなかったのか。

ぐるぐると先程のやり取りが頭を巡る。


―― でも、伊作は私が女だって気付いてなさそうだよな…多分。でも、あれだけ観察力があれば………。どっちだろう。分からない。――

混乱する頭では、その答えはまだ出ない。

思わず額に手が伸びて、ある事に気付く。


『しまった!!。』

慌てて頭を押さえた。伊作に剥ぎ取られた頭巾がない。

今更、医務室に戻る気になれず、西鶴は溜息をつき部屋へと帰った。



+++



伊作は、床に落ちている頭巾を拾う。


「また、逃げられちゃった。」

そう呟くも、あまり落ち込んではいない。

あの言葉を聞いたからだ。


『善法寺に見て貰うつもりだった。』


初めて西鶴に頼られた…と思う。
今は、その一言で十分だった。


「まずは、一歩前進だよね。」


伊作は誰も居ない医務室で静かに呟いた。











   
 
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