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日辻羊介のアフターストーリー

きみがいない。

どこを探しても君がいない。
優しく笑いかけてくれた、優しく接してくれた君が、僕の目の前から消えた。
そうだよね、頼りないもの。
頼れる人と一緒にいたほうが、君は幸せだものね。
僕の、頼りない僕なんかより、君はずっとずっと幸せだ。
彼と君はお似合いだよ。
僕と、君よりね。


新宿。
光の消えることのない、うるさい場所。
僕の働くこの街はいつだって飢えて渇き切っている。
誰かが荒み、誰かが悦び、誰かが身を削り、そして、生きる。
この小さな歪曲した世界で、僕は未だに生きている。

命に代えても守りたかった。
でも、僕にはそんなことはできなくって、彼女が、彼女が頼りになるお医者様を好きになるなんて、そりゃ、そうに決まってて。

帰路。
酔っ払いが道端で吐いてる。
助けても助けなくても結果なんて変わらない。
だって、僕は、彼女を。
頭を振る。
嫌な思いなんて思い出さなくていいんだ。
彼女には僕は必要ないんだから。
もう、僕の役目は終わったのだ。
だから、だから……彼女のことは思い出さないでいよう。
そうおもっているのに、すぐ。

携帯が鳴る。

画面には彼女の名前が出ている。
酷い汗が吹き出す。
カッと顔が熱くなって、視界がぼやける。
ぽたぽたと液晶に涙が零れ落ちる。
あぁ、彼女が、僕を見放さずに、連絡をくれているというのに!

携帯が鳴りやむ。

なのに、ぼくは、どうして。
どうして、逃げてしまうのだろうか。

ずっとこうだ。
僕は、彼女からの連絡を避けている。
もう、傷つきたくないのだ。
彼女と出会う前の落ちぶれた僕に、僕は もどってしまった 。

彼女は僕を避けない。
きっとこれから先も連絡をくれるだろう。
でも僕はいつもこう返すのだ、「ごめんね、出られなくて。忙しくって」。
そしたら彼女はこういうんだ、「じゃ、また声かけるよ」って。

彼女のそばには彼がいるだろう。
僕なんかが入るすきなんでどこにもない。

酔っ払いが絡んできた。
酷いイラつきを覚えて、存外にあしらったせいか、そいつは僕に殴りかかってきた。
怒号、暴力、頬の痛み、やり返せない『僕』。
何が変わったというのだろう。
何も変われなかったというのだろうか。
雨が降り始める。
酷い痛み、ひどく楽しそうな酔っ払い、抵抗したら何か変わるのか?
僕には分からない。
わからない。

満足してソイツはどこかに行った。
気が付けば地面にあおむけに転がっていた。
僕の上に降り注ぐ大粒の雨。
やけに冷たい雨は僕から体温を奪っていく。
その雨の先に、夜も更けていくというのに新宿の街は煌々と輝いている。

汚い歪曲した世界は鮮明に見えるのに、どうして。
どうして、君だけが、見えないんだろう。

ひどい胸の苦しみと共に、ゆっくりと僕は意識を手放した。
次に目を覚ました時、僕はきっとまた僕にとっての普通の生活を繰り返していくのだろう。
もう、君とは出会わない、普通の生活に。

さよなら、にこ。
きみは、かれといきて。
ぼくは、
ぼくは。
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