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藤條姫子のアフターストーリー

私にできた、可愛らしい友達。
変な子だと思ってたけど、話せば話すほどに、離したくなくなる、そんな子だった。仲良くなれたのに、私は、私はあの場所で……結局、何もできなかった。彼はあっちに行ってしまった。手の届くことのない、あの場所へ。

階段を上って、鍵を開ける。事務所には先生はいない。暗い部屋の中、やけに明るい外の光が部屋の中に淡く照らしていた。明かりをつける気にもならずにいた。

誰も私を理解しなくてもいい。
確かに私はあの時、「一緒に行ってもいい」と本当に思ったのだ。
だって一人は寂しいから。自分が選んだわけじゃないのに、見知らぬ場所で終わりの見えない明日を一人で向かえる。それがどれだけ、どれだけつらいことか。だからこそ、そばにいてあげたいと思ったのに、私は。

「……結局、私は、私が可愛いってね」

シンとした事務所の中に、私のなんでもない一言が零れ落ちる。誰が何と言おうと、私は逃げたのだ。死という闇を恐れて、叶うかわからない再開を祈って。
こんなこと考えてるだなんて先生に言ったら、きっと私を笑ってくれるに違いない。でも、そうだと思えても、一瞬でも理解を示されなかったら私は、――私は、どうなってしまうのだろうか。

暗い事務所、ソファーで足を抱えて横たわる。
じっとりと汗をかいた身体が嫌に気持ち悪い。まるで、何か得体の知れない何かに抱かれているような、そんな感覚が襲ってきて、背筋に嫌に冷たい汗が流れる。
このまま呑み込まれてしまったら。
そんなことをおもえば思うほどに心が重く、沈んでいく。

誰かが階段を上ってくる。トン、トンと音を立てる。革靴。ゴム底ではなく、革底。やけに規則正しく階段を踏む靴音。この音は、先生に違いない。

ぱっと目を開けて、扉の方を見ると、すぐに扉は開いた。先生が照明をつけるのと同時に、私に気が付いてやや溜息をつく。いつも通りの風景。先生がいる、いつもの、私の居場所。
そんな場所に得体のしれないものなんているはずがない。だって、先生がそんなやつやっつけてくれるから。そこまで考えてなんだ面白くなってしまって、ふふふと笑うと、先生が「頭でも打ったか?」と声をかけてきて、また面白くて笑ってしまう。「なんでもないですよ」と声をかけて、先生のためにコーヒーを淹れる。

――いいえ、どうにもならない。誰が私に影響しようが関係ない。
だって、私は藤條姫子。誰にもかえることのできない、私だもの。私が、この私が、待つっていったんだから、生涯待つにきまっているでしょう。弱気になんてなっている場合じゃないわ。あの子が、すぐに見つけ出せるように、私はもっともっと努力して有名にならなくちゃ。

淹れたてのコーヒーを先生にお持ちして、今日の話を聞く。
いつか、あの子を混ぜて日常を過ごしたい。
この世界には、選択する権利と自由が存在する。それを先生が教えてくれた。だから、次は、私があの子に教えてあげないといけない。きっと、そうだと思う。

だから、私は、ひたすらここで待ち続けるのだ。
いつ帰るかもわからない、私の可愛い、可愛い、友達を。
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