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藤條姫子のアフターストーリー

この、舞台は。
私が用意した、最高傑作。
信頼のおける役者から、音響スタッフ。
利用できるものはなんだって財力と信頼に任せて用意した。

この舞台は、私にとって特別だ。
ハッピーエンドを、この舞台でえがきたいだなんて、誰が考えた、だろうか。どんな物語にも終わりがある。でも、私は終わりになんてしない。待ち続けると友達との再会を先に描いてしまったっていいはずだ。私たちはそこで終わりなんかじゃない。だからこそ、私は、私のできる限り、めいいっぱい、やり遂げようと思う。

劇が、始まる。

ひょんなことから出会った二人。
不思議な男の子と、能天気な女の子。
仲良くなって沢山話をしたり、彼女は彼の境遇を知っていく。
知れば知るほどに手放したくなくなっていくのに、別れの時は来てしまう。
何もすることのできなかった彼女はひどく悩み、そして、自分の殻の中に閉じこもる。
でも彼女は諦められなかった。
悩むことにどれほどの意味があるのか、彼女は疑い始めた。

先へ、進もう。

彼女は、彼に会うために彼の居場所を探した。
来る日も来る日も、彼女は調査に明け暮れる。
そして、暑い、暑い、夏の日に、彼女は彼と再会することとなる。

彼女は彼の手を取って、何もかも振り切って、走っていく。
それは雲一つなく青々と輝き、太陽はサンサンと地を照らす。
彼と彼女はそのあとどうなったのか。
それは、誰も知らない。

「本日は誠に」

「「「「ありがとうございました」」」」

拍手喝采とはこのことをいうのだろう。
主役を演じた私はひどく汗をかいていた。彼に出会ったときと同じようだ。蒸し暑い夏の、昼下がりのような、そんなところを歩いて、あぁ、彼に会って……どうしているだろう、今頃。そんなことが頭の中をめぐる。

幕が、下りる。

キャスト達が舞台袖に消えていく中。
私は、ただ一人、幕をじっと見ていた。
やりきった。
私はやりきった。
でも、こんなことをしたって、ハッピーエンドを作ったって、現実は変わりっこない。
なのに、どうして私は。
どうして、私はこんな事をしたのだろうか。

「あつい、な……」

滴る汗をぬぐいながら、舞台袖にはけようとした私の目に、『彼』が映る。

『あついね! そうだ、アイス食べにいこうよ。ぼくは、9番のチョコミント!』

あの時と、同じだ。
目の前に、あの時と変わらない『彼』がいる。

「そう、だね。いこう? チョコミントのアイス、一緒に、たべに」

ぼた、ぼたと涙が流れる。

『先にいってるね!』

彼が走り出す。

「待って!!!」

私はすぐに彼を追いかけた。
でも、追いつけなかった。
彼は、あの時みたいに、ふわっと消えた。

「そんなにはやくはしったら……おいつけないよ」

ぐらりと視界がゆがむ。
ブラックアウト。
貧血にでもなってしまったのか、身体が起こせなくなり、次第にひどい寒気がして、目を強く瞑る。

頬を撫でるひんやりした手。
目を薄く開けると、そこには彼がいた。
まるで水族館の大きな水槽の前のように、青い光が私たちを包んでいる。
彼は優しく笑うと口をパクパクさせながら何かを伝えた。

「     」

ひどく、ひどく寂しくなって、手を伸ばした瞬間、現実へと引き戻される。目を覚ませば、白い天井。ベッドの上で寝かされており、優しい風が部屋に吹き込んでいる。病院だろうか、いや、今はそんなことはいい。

「もう、春になっちゃったよ? ……シキ。アイス、たべに、いこうよ」

歪む視界、滴る涙。
届かない手、過ぎ去る時間。
誰も解決できない、私の中の事件。

いつまでも、待ってるから。
きっと、きっと、また会えるから。

脳裏に廻る言葉は私を縛っていく。
胸の痛みは、まだ、ひきそうにない。
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