甘え方を教えて 🦀📣

「たまには、甘えてほしいのだが」
 
僕の隣に座っているヴィルが、突然そう言った。
 
「どうしたんです?藪から棒に」

「私とお前は恋人だ。それなのに、恋人らしいことを一度もしていないだろう。だから、たまには恋人らしく甘えてほしいと思ったんだ」

「えっ?」

確かに、僕とヴィルは付き合ってはいるものの、付き合い始めてまだ少ししか経っていない上、恋人らしいことはまだ一つもしていない。キスどころか手を繋いだこともない。距離感も付き合う前と変わらないままだ。
彼との距離をもっと縮めてみたいし、思いっきり甘えてみたいともおもっているのだが、大きな問題がある。

「甘え方」が分からない。

相手の感情を読んだり、相手を利用したりするのは得意なのだが、自分の心の内をさらけ出したり、自分の気持ちを相手に伝えたりするのは苦手だ。
その上、恋をしてからは相手どころか自分の感情を理解するのも難しくなってしまった。
そもそも僕自身彼のことを好きになったという自覚は無く、ヴィル側から告白されてやっと彼のことが好きだったと気づいた位だ。
甘え方なんて、分かるはずがない。

「……極卒?」
「――あっ、はい!何ですか?」
「もしかして、ベタベタと甘えるのは嫌だったか?だとしたらすまない……さっきの言葉は忘れてくれ」

ヴィルが、申し訳無さそうな顔をしている。
違う。そうじゃない。甘えるのが嫌な訳じゃない。

「違うんです!……あっ、えっと……その…………」

自分の思いを伝えようとしても、言葉が詰まる。
どうにかして声を出そうとしても、喉から出てこない。
どうして良いのか分かず、どんどん顔がうつむいていく。

「大丈夫。ゆっくりで良い」

ヴィルが、優しい声で話しかけてくれた。
僕はうつむいたまま、一呼吸置いて、頑張ってなんとか口を開く。

「あ、甘え方が……分からないん、です……」

僕の声は、涙声になっていた。
彼の顔は見えない。
今、どんな顔をしているのだろうか。

「甘えたいのに、誰かに甘えたことなんて一度も無くて、どうやって甘えればいいのか、分からなくて……」

話せば話すほど、ますますどうすれば良いのか分からなくなっていって、涙がぽろぽろ零れていって……

「ねぇ、ヴィルヘルム。『甘える』って、どうすれば良いの?」

最後には、本音もぽろりと零れてしまった。
どうしよう。本音が出てしまった。
僕が甘えることも知らないような人間だって、ばれてしまった。
折角恋人になれたのに、嫌われて、もう会えなくなるかもしれない。
もう、顔を上げることなんてできない。
そう思っていたのに。

「そうか、話してくれてありがとう」

ヴィルの声は、さっきと同じ優しい声のままだった。

「それなら……」

彼が、僕を思いっきり抱き締める。
身長差もあって彼の肩に僕の顔が来るような姿勢になった。

「しばらく、このままでいてくれ」

彼の暖かい体温が伝わってくる。
あぁ。これが甘えるということなのか。

「お前は、いつも一人で全てを解決しようとしていただろう。それを分かっていたのに、私は助け船も出さず、ただずっとなにもせず見ていた。すまない、何もできなくて……」

確かに、彼の言う通りだ。僕は何があっても誰にも気持ちを打ち明けず、誰にも頼らずに、一人でずっと悩みも想いも全て抱え込んでいた。

「……貴方を頼っても、良いんですか?」
「勿論だ」
「……迷惑に、なりませんか?」
「大丈夫だ」
「……本当に?」
「あぁ、本当だ」

ヴィルにさらにぎゅっと、強く抱き締められる。

「一人で抱え込まなくて良い。もっと私を頼ってくれ」

彼が優しい声で、優しい言葉で、僕に話しかけてくれる。
あぁ、ようやく分かった。
甘えるということは、その人を頼ることなんだ。

「……はい」

僕は今出せる想いと声を絞り出して返事をした後、彼の背中に腕を回してぎゅう、と抱き締め返した。

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