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幼馴染







風の噂で聞いた彼のこと、否定しない彼の言葉。周りの声…胸がザワつくこの感情がなんなのか、彼と殴りあって分かちあった僕にはまだ、分からなかった。


『緑谷、出久くん?』

「…はい?」

声を掛けられて振り向くと、可愛い女の子が立っていた。 少しふわふわとした緩いウェーブがかかってる天パみたいな髪。 僕よりは少し薄いけど黒と緑が混じったような髪色。そしてその視界は誰を捉えてるんだと思うくらいクリクリとした大きな瞳をした彼女。 その子は最初おどおどしたようにしていたが、僕と顔を合わせ、僕が振り向いた瞬間に口端をあげて微笑み彼女はまるで僕を見定めたように近づいてきた。 殺気ではないが、僕を認識した瞬間に感じた感覚が僕はぞくっとした。


『こんにちは、緑谷出久くん。初めまして…になるのかな? 勝己の彼女です』


その言葉に僕の頭を殴られたような衝撃を受けた。
そのあとに地面が揺れた感じがして足元が覚束無いまんまふらっと揺らぐ。その瞬間に目の前の女の子が僕に手を伸ばすと同時に後ろからシャツを引っ張られた。ふわりと持ち上げられる瞬間に後ろを見れば、かっちゃんが僕を引っ張って地面とのキスは避けてくれたらしい。優しいっとじわっと涙目になれば、かっちゃんは僕を後ろにしてから少女の隣をズカズカと歩いていく。すると…


『彼女を無視するんだぁ、勝己酷いなぁ〜。ねぇ、2人でお話したいなぁ』

「…おいデク。先に行ってろ」

「うわっ、かっちゃ…」

『…もぉ、勝己…酷いよォ幼なじみの子に…あんな』


するりと腕を絡め、豊満な胸を押し付けるように擦り寄る彼女の姿に胸がチクッとする。彼が彼女を退かさないとはそういう事なんだとありありと感じてしまった。 その瞬間に胸の奥にモヤっとした黒い何かが生まれた気がした。


_________



また暫くすると、かっちゃんの彼女さんと出くわし、ベンチに腰掛けて話していた。 彼女は僕の知らないかっちゃんの話をしてくる。 まるで彼氏と彼女でしか分かり合えないその言葉に僕の心臓はズキズキと痛みを訴えてくる。
聞かなきゃいいのに、でも彼女が笑顔で『勝己の事は幼なじみの緑谷くんにしか話せないもん、お願い…最近の悩み、聞いてくれない?』などと言われてしまえば断れない。悩みなんていいながら僕に話してくるのは惚気ばかりで聞いてる僕はどんどん気持ちがズタズタに切り裂かれていく気がした。

最近気づいた遅くなった感情。かっちゃんにどんなことをされても離れられなかったことに気づいてしまった気持ち。憧れよりももっと汚くて醜いその感情をバレる訳には行かないのだからっと胸元のシャツを握った。


『緑谷くんなら知ってると思うけど…勝己って、独占欲強いじゃない? ほら、此処とか…もう、付けないでって言ってるのに激しくて…』

「そ、そうなんだ。僕…かっちゃんが独占欲強いなんて、知らなかったなぁ、あはは…」


髪の毛を退かして見せられた首に残る痕に、僕はびくっとした。その瞬間に脳裏に駆け巡ってしまった彼の痴態に僕は俯いた。
彼女を組み敷いて、柔らかい肌に顔を埋めその身体を掻き抱いては跡を残すのだろうかなどと考えてしまう。 彼が独占欲が強いなんてのは知らなかったし知れるわけなんかないのに。だって彼にとっては僕は性的対象ではないのだから。 幼なじみなんて所詮単なる友達の昔のつながり的なのと変わりはない。実際は友達よりも遠くなる可能性なんかあるのだ。
自分の知らない彼が沢山いて、それを教えてくれる人が居てくれるだけ嬉しいはずなのに胸が痛くて堪らなかった。
それなのに隣の彼女は僕を鋭利な刃物で傷つけるようにザクザクと僕の知らない『彼』を話す。

『独占欲が強くて…』
『夜も嫌がるのに離してくれないの…』
『あとね、2人きりでいる時は手とか優しく繋いでくれるし』
『あ、そうだ!デートの時なんか待ち合わせから帰るまでのエスコートが凄くて…』
『あとはね…そうだ、緑谷くんはこれ知らないかもね、幼なじみでもやっぱり恋人ではないもん』


等と言われ、僕は悩みを聞いてたはずなのに心だけが傷つけられてきた気がした。悩みどころか、彼女のかっちゃんへの気持ちを聞かされてるだけに過ぎないのに…断ればいいのに、僕の知らないかっちゃんを知りたくてついつい聞いてしまう。こんなことなら僕…幼なじみじゃなくて、普通の友達がよかったっと目を覆ううっすらした膜がこぼれ落ちる。


「僕の知らない、かっちゃんの話し、しないでよ…っ」


その言葉を紡いだ瞬間…目を大きな熱い手のひらで覆われた。



「俺が居ねぇとこでお前の新しい顔見せてんじゃねぇぞクソナード」

「…ふぁ、ちゃん?」

『か、勝己! わざわざ私の事迎えにきてくれたの? うれし…』

「黙れや…モブに用はねぇんだよ、こっちこいデク」

「へ? あ、あのかっちゃ…」


彼女を適当にあしらったかっちゃんは僕の腕を引っ張って人気のない校舎裏に連れてくると振り向いて制服の袖で僕の顔をぐしゃぐしゃと乱雑に拭う。
あの潔癖に近いかっちゃんがっと思いながら顔をあげた。 その時の表情が何かを悔いてるようで僕は何もいえなくなった。



「なぁに泣かされてんだよブス」

「ち、ちがっ、これは…その」

「あの女に何聞かされたか分かんねぇけど、ひとつお前に言っとくことがある」

「え?」

「俺は…お前には全部見せとるからな」

「…へ、へ?」

「だからっ!クッソ…テメェには俺の情けねぇとこもガキの頃からの色んな汚ぇもんも既に見せとるから今さらポッとでのモブの言うこと真に受けてんなつっとんだわ!」



ポケットに手を突っ込みながら顔を逸らしながらも耳まで真っ赤になってる彼に僕の顔も真っ赤に染まる。
くんっと彼の制服の裾を掴んで引っ張ると彼より少し小さな僕は見上げるような位置になるが構わないっと少し背伸びをして彼の突き出された唇に自分の唇を重ねた。

彼は少し固まった後に「はぁーーーーー」っと盛大なため息をついてから頭をガシガシと掻き回したあとに僕の後頭部を掴んで引き寄せ噛み付くように口付けを返してくれた。



「お前の知らねぇ俺なんかねぇくらい…傍にいてやんよデク」

「…か、彼女さん、は夜の君も知ってるんでしょ?」

「…んなわけねぇだろーが、誰が知るかあんなクソモブ。黙って言うこと聞いてりゃ、つけ上がりやがって。 言っとくがあの女が悪ぃんだからな。先にルール破ったのはアイツだ」

「?????」


「来いっ」と腕を引っ張られかっちゃんに言われた通りに彼女の元に向かってハンカチを差し出した。 彼女はベンチから腰をあげると微笑んでありがとうと僕に告げた。


『勝己ってば、照れ屋だから…あんな風に私を拒絶するんだよね』
『…こんなことなら、緑谷くんのこと好きになれば良かった』


ハンカチで目元を拭いながら告げてくる彼女を見つめ、かっちゃんに言われた通りに黙っておく。 その瞬間に彼女は僕の胸に泣きついて僕の手を握ってきた。 ここまではかっちゃんの予想通りだけど、まさか手まで握られるとはっと手を握り返さずにいると顔をあげ目をとじてきた。


『…ねぇ、勝己のこと忘れさせて? 色んな緑谷くん、知りたいの…』


するりと彼女の手が僕の胸元を触ろうとした瞬間に僕は引っ張られ見ていた彼に抱きしめられた。


「わっ、ちゃん!?」

「おい、コイツは俺のだから気安く近付いてんじゃねえ。つか約束も守れねぇクソモブはどっか行けよ」

『か、勝己…ちが、違うのよこれは…』

「黙って聞いてりゃ名前も連呼しやがって、てめぇに呼ばす名前は無いわモブが! なんだっけか? あぁ?」


敵顔負けの顔で彼は彼女にbombomと手のひらを爆破させながら近づいていく。あー、あの笑顔は僕が中学の頃にすごく見た怒っていらっしゃる顔っと思いつつそのまんまにする。



「緑谷出久を酷い目にされたくなかったら私に従いなさいだぁ? こっちは従ってお前のくだんねぇキモイ噂も訂正せずに甘受してやってんのに、お前から近づいてるのはなんだってんだァあぁ? 規約違反だろうがよぉ、なぁ?」

『ひっ、ち、ちがっ、これは』

「テメェの個性が対象者をネガティブにするってのは調べ着いてんだよ…デクに関わったこと後悔すんだなぁ!クソモブがァァァァァ」 

「かっちゃん、辞めてっ」



ガシッと彼の逞しい腕を掴んで彼を止める。
彼は動きを止めてから僕を見ると、ギュッと僕を抱きしめながら息を吐いた。 僕は背中をぽんぽんっと数回撫でてから彼を見上げるとちゅっと軽く唇重ねてから笑って彼の頬を両手で包み込んだ。


「ネガティブな僕なんか、君は沢山みてるじゃないか。君が知らない僕なんか…居ないだろ?」

「…デクっ…」


確かに出会った時からいつもより不安になる事が多くなったが彼女の個性だったのかぁっと抱きしめる彼の背をなんどか撫でて笑いかける。
彼女は流石にかっちゃんが怖かったのかへたり混んでその場から動けなくなっていた。


「あのね、君がどんな気持ちでかっちゃんを恋人にしたかったかは知らないけど…これだけは言っとくね」


僕はそっと座り込んだ彼女の耳元で囁いた。
彼女は立ち上がると、泣きながらその場を去っていった。





「君の容姿に僕を重ねてたかっちゃんを…君は知らないだろ?」



子供の頃から薄々気づいてた汚れた感情を支配したのは僕だった。
かっちゃんが無個性の僕を嘲笑って罵って突き放して、でも『無個性の木偶の坊』は諦めないと脳裏に焼き付けたのは僕だ。
かっちゃんは僕の知らない君は居ないという、だけど…君はわかってる。
君の知らない僕が居るということに…かっちゃんはきっと優しいから…気づいていても既に落ちてるとわかっているから。


ほら、また今日も君は新たな僕に手を伸ばす。互いが知らない顔がないように…今日もまた2人で堕ちるのだ。







エンド





後書き



リクエストありがとうございました。
またご縁があればお願い致します。
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