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ある日の事務所での出来事。
なんてことない日だった。レジェンダーズの皆はいつも通り、各々別のことをして過ごしていたと思う。
「雨彦さん、あのちょっといいですか。」
「ああ、なんだいお前さん。」
「ちょっと見てもらいたいものがあって…」
……“雨彦さん”?
プロデューサーさんがふと、僕の隣の雨彦さんに話しかけた。
横目で2人の様子を伺うと、2人は仕事について何か話しているようだった。
雨彦さんはリーダーだし、大人だし、何か個別に相談があるのかもしれない。
ついこの間まで、“葛之葉さん”と呼んでいたと思ったんだけど…。
クリスさんも対面にいるけど、海関連の本か何かを見ているようで気づいていないみたい。
オーディションを受け、プロデューサーさんと出会い、3人でユニットを組んでアイドルになってから数週間。
…確かこの間は、
「北村さん、葛之葉さん、古論さん!みなさんのユニット名が決まりましたよ!」
「わー、どんなのになったのー?」
プロデューサーさんは嬉しそうな顔でわざわざホワイトボードに文字を書き始める。
キュッキュッとペンが滑る音が聞こえている間、僕ら3人はジッとプロデューサーさんの小さな背中を見つめていたと思う。
「“Legenders”です!」
「…随分と大層な名前じゃないか。」
「Legend…伝説、でしょうか?」
「はい。キャッチコピーは「偉大なる歴史の系譜を受け継ぎ、越えていく者たち」です。」
「…わあー、かっこいいけど…なんだか大分仰々しくないかなー?」
「ユニット名に見合うパフォーマンスを見せないと恥ずかしいことになりそうだ。」
「皆さんなら、大丈夫です!」
「…言い切るねー。
まあ、期待には応えないとだねー?」
そこで僕が雨彦さんとクリスさんの方を見ると、2人とも笑顔で頷いた。
プロデューサーさんは、全く心配がないというような笑顔で、僕らを見つめていて、不思議だったけど。
…あれから、大して日も経っていないけど、いつの間にか、雨彦さんとプロデューサーさん…親しくなったのかなー?
…あ、それともあの時、
「…そういえば、ユニット名も決まりましたが、リーダーも皆さんで決めたと伺いましたが…。」
「ああ、一応、俺がリーダーをやらせてもらうことになった。2人からも了承は得ているが…勝手に決めちまって大丈夫だったかい?」
「葛之葉さんに決まったんですね。皆さんが相談の上決めたのであれば大丈夫ですよ。そしたら、何かと葛之葉さんにご連絡させてもらうこともあるかもしれませんが…。」
「ああ、承知の上さ。任せてもらったからにはきっちりやらせてもらうぜ。お前さんもなんでも言ってくれ。」
「ありがとうございます!これからよろしくお願いします。」
…そんな会話を、クリスさんと僕も、暖かく見守ったこともあったかな。
もしかしたら、リーダーとして雨彦さんと連絡を取っている内に親しくなったのかもしれない。…そう考えると自然な流れだし当然なんだけれど。
「雨彦さんがこの間話していた、これなんですが…」
「どれ…ああ、このことか。これは…」
再び今会話している2人に視線をやると、…随分親しくなったみたい。
2人でプロデューサーさんのスマホを覗き込んで、距離も近く感じる。
…別に、悪いことじゃないんだけど。…っていうか良いんだけどー。
でもなんだか…。
2人の様子を見ていたら、プロデューサーさんと目が合ってしまった。
あ、見過ぎちゃったかなー。
少し罰が悪い感じがしたが、プロデューサーさんの方はにこやかな様子で、僕も瞬時に切り替えた。
「2人とも、なんの話してるのー?…仕事の話?」
僕もにこやかに話しかける。仕事の話なら、僕も聞きたいなーと添えて。
「北村さん。いえ、仕事と言いますか、相談で…。これなんですが…!」
プロデューサーさんは、笑顔でスマホの画面を僕にも惜しげもなく見せてくると、そこに映っていたのは…、
「これは…ロボット掃除機ー?」
「はい、うちの事務所にも導入を検討中でして!雨彦さんが詳しいようなので相談していて…。」
「なるほどねー。」
これは確かに、雨彦さんの専門分野かもしれない。
雨彦さんの方を見ると、僕が見たことに気づいた雨彦さんはニッと笑った。
「なんだ、北村も掃除に興味が出てきたかい?」
「そういうわけじゃないけどー。でもこれ、あったら便利かもねー。」
「そうなんです…!種類もいろいろあって…。山村さんや雨彦さんが事務所の掃除をしてくれていますが、お二人の負担が減るかと思いまして。」
「俺は掃除が負担とは思ったことないからな。そこは気にする必要ないぜ、お前さん。」
ふふと笑い合う2人を見て、ついに言葉に出てしまった。
「…2人とも、随分仲良くなったみたいだねー。」
「え…?私と雨彦さんがですか?」
「おや、嫉妬かい?北村。」
「嫉妬っていうかー。ただ…いつの間に名前で呼んでたのかなーって思ってー。」
「あっ……これは…その…」
プロデューサーさんの顔が赤くなり、言葉を濁して声が小さくなっていった。
…うーん?あれー?
「…何かあった感じー?」
「これはな、北村。深い
「ちょっと雨彦さん!待ってください!北村さん、大したわけはないんです!ただその…私がですね…葛之葉さん、とお呼びする時に、呼びにくくて…、」
「プロデューサーが俺を呼ぶ時に、盛大に噛んだ事があってな。」
「あ、あれはもう忘れてください…!」
クククと喉を鳴らすように笑う雨彦さんと慌てるプロデューサーさん。
「と、とにかく、く、…葛之葉さんって呼ぶの、呼びづらいなあという事になりまして…。」
コホン、と咳払いしてプロデューサーさんが仕切り直した。
「それで、北村さんを思い出して…」
「え?僕ー?」
「はい。」
ニコッと笑うプロデューサーさんに、なんだか拍子抜けする。ここで、なんで僕が出てくるのかなー?
「たしか北村さんは、雨彦さん、と呼んでいたなあと思いまして…。それに倣って同じように名前で呼ばせていただこうと思ったんです。」
「プロデューサーが思いっきり噛んだ時は彩の面々もその場にいたからな、散々猫柳と華村サンに揶揄われたプロデューサーの苦肉の策ってわけさ。」
「もう…キリオさんも翔真さんも、笑いすぎなんですよ…!散々揶揄ってきたのは雨彦さんもじゃないですか!」
「はは、いやなに、くずにょはさんってのは、あまりにも衝撃がでかいもんで、つい、な。」
「言わなくていいですって…!」
2人が微笑ましく戯れているところを眺めて想いを馳せる。
…なるほど。一通り説明を聞いて、その経緯に納得がいった。キリオ先生と翔真先生の様子も目に浮かぶ。
まあ、雨彦さんとプロデューサーさん、2人が大分距離が近く、仲良くなったという点は変わらない訳だ。
「…なるほどねー。そんなことがあったんだー。僕もその場にいたかったなー。」
「わ、私としてはあまりこの話をこれ以上広めて欲しくないのですが…」
「北村、やっぱり嫉妬かい?」
「うん、そうかもー。」
「…えっ?」
僕の発言に、プロデューサーさんは目を丸くして驚いている。
「だって、雨彦さんだけ名前で呼ばれるなんてずるいよねー?しかも、キリオ先生も翔真先生も、名前で呼んでるんだー。なんだか、親しい感じがして羨ましいかもー?」
「…っ北村さん!」
「うん、なあにー?プロデューサーさん。」
驚いていたプロデューサーさんだったが、すぐに意気込んだような真剣な表情で、真っ直ぐこちらを見つめて呼びかけてきた。
僕もにっこり笑って応じると、プロデューサーさんは、慌ててクリスさんにも声をかけた。
「…!すみません!古論さんも!少しいいでしょうか…!」
「はい。…おや、どうしましたか。3人でなんの話をしていたんですか?」
プロデューサーさんに名前を呼ばれ、本に集中していたクリスさんも顔を上げてこちらに近づいてきた。
「あの…北村さん、古論さん。…これから想楽さん、クリスさんと、名前でお呼びしてもいいでしょうか…!」
「名前…ですか?」
「はい!お二人とも、…雨彦さんとも、レジェンダーズの皆さんと、これからもっと、親しくなれたらと、思っています。」
…こんな照れ臭いこと、真っ直ぐ言うんだもんなー。
「プロデューサーさん…!はい!こちらこそ、プロデューサーさんと仲良くなりたいです!ぜひ私のことは名前で呼んでください!」
「クリスさん…!ありがとうございます!」
嬉しそうにプロデューサーさんの手を取るクリスさんに、プロデューサーさんの顔もぱあっと明るくなったようだった。
…僕はクリスさんやプロデューサーさんみたいに、真っ直ぐにはなれないけど、
それでも、プロデューサーさんがチラリと控えめに僕の方を見てきたので笑みが溢れた。
「ふふ、僕も、みんなと同じ距離で接してくれたら嬉しいよー。」
「!想楽さん…!」
「わざわざ言わせちゃってごめんねー。」
「いえ!配慮が足りずすみません…!…でも、想楽さんが想いを伝えてくださって、嬉しかったです。」
「そんな大袈裟な事はしてないけどー。…僕のことも、よろしくねー。プロデューサーさん。」
「もちろんです!想楽さん、こちらこそよろしくお願いします!」
満開の花が綻ぶような笑顔で、本当に嬉しそうなプロデューサーさんにこちらもつられて嬉しくなった。
「…良かったな、北村。」
「…雨彦さんは抜けがけ禁止だよー。」
「おっと、俺はたまたま、少しばかり先に名前で呼ばれただけさ。」
「そういえば…雨彦はすでに名前で?」
「ああ、古論には話してなかったな。実はな…」
「ちょっと!雨彦さん言いふらさないでくださいって…!」
みんなで笑い合う中にいる自分や、とても満足している自分に、僕は少し不思議な気分になってプロデューサーさんを見ていた。
……たまに、名前を呼ばれた時、ふとあの日のことを思い出す。
ステージ袖から、たくさんのペンライトの色がのぞいて見えた。たくさんの歓声も全身に感じる。
「…想楽さん、」
背中の後ろから、あの日と変わらないプロデューサーさんの声が聞こえた。
「雨彦さん、クリスさん。…みなさん、行って来てください。ここで見ていますね。」
あの日と変わらない、花が綻ぶ笑顔のプロデューサーさんに見送られ、また満足した僕は、3人で駆け出していく。
「プロデューサーさん、行ってくるねー。」