狐の足跡②
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雄英体育祭当日に胸を躍らせる者は多くいた。二週間を有意義に使った者は大いに己の実力を発揮しようと張り切っている。そんな中、登校し体操服に着替え控室で待機を強いられている僅かな時間すら睡眠に費やす高頭は尾白の膝上ですやすや寝息を立てる。
「爆睡じゃん」
「尾白くん羨ましい」
「もふもふ、ねえ触っていいかな?」
「止めとけ芦戸、今後一生触らしてもらえなくなるぞ」
「だよねー」
「しー。今は寝かせてやろう」
そっと頭を撫でる尾白の感触にパタリと耳を動かした。体育祭の緊張で掌の人を書いて飲み込む峰田とは大きな違いだ。そもそも高頭に緊張するときなどあるのか疑問を抱く芦戸はじーっと寝顔を眺めた。
「大人しかったら可愛いのに」
「起きたら爆豪みたいになるもんな」
少し離れたところで爆豪が「ああ!?」と睨む。全員で口に指をあて「しーっ」と阻止した。膝の顎を乗せた芦戸がいう。
「でもさ、高頭って無理に強がってる感じあるよね。見栄ではないけど、背伸びして悪ぶってるみたい」
「中学生みたいに?」
「爆豪みたいに?」
「テメェしょうゆ顔殺す」
爆豪に胸倉をつかまれた瀬呂はまあまあと宥める。高頭の印象を聞いた蛙吹はその後ろで顔に指をつける。
「そうね、高頭ちゃんは私たちとお話してると穏やかね」
「やっぱり!」
「でも本心なんて、高頭ちゃんにしか分からないわ」
「……せーろん」
「三奈ちゃんは高頭ちゃんが気になるの?」
いつか高頭が本音をぶつけられる関係になれば、仲のいい尾白や蛙吹たちに羨望の眼差しを送ることもなくなるのか。ふと自分が高頭を目で追う理由を考える。それは恋のときめきはなく、危なっかしい弟を見ているような気分に近い。そして、ポジティブな芦戸から見る高頭の卑屈な思考を覆してやりたいと思う。そっと手を伸ばした。
「仲良くなりたいんだよねえ」
控室に寂しく響く本心に共感した者は多かった。やたら威嚇してオールマイトを敵視するクラスメイトに興味が湧き、USJでの活躍を耳にしてから彼への注目度は上がる一方だった。人間が嫌いだと言い切る理由と過去が気になる。きっと、彼を救いたいと願っているから。
「……ん」
「あ」
「高頭、起きたか」
「ああ」
前足で目を擦りふと前方を見ればこちらへ手を伸ばす芦戸と目が合う。きょとんと沈黙が流れる。はっきりしてくる意識が芦戸を認識し、勝手に触ろうとしたせいで威嚇をする。
「何だお前」
「いや未遂!未遂だから!」
全力で首を振る芦戸を睨み、その矛先は尾白へと変わる。
「見張ってろよ」
「うん。でも、そろそろ開会式だから起こしてくれようとしたんだ」
「尾白がいれば十分」
だから芦戸は必要ないと言われたような気がして、伸ばして手を降ろした。尾白の膝から飛び上がり宙へ浮く。回転しながら地面へ着地したと思えば、人間の姿に戻っていた。尾白たちと自分。線引きされた関係に心を痛めるのは芦戸だけではない。
「あの、高頭くん」
「……」
芦戸の突き刺さるような悲しみを感じ取った緑谷が仲介役に回った。ぎろっと向けられる鋭い目に喉がひくつくが、怯んでいる場合ではない。飲み込んだ唾で潤した。
「えっと」
「慣れ合いなら受けない。アイツのお気に入りなら尚更だ」
アイツと呼ばれる大きな背中を思い浮かべる。誰もがその背中を目指しているのに、憧れるのに彼は恨んでいる。憎悪に満ちた瞳に何も言えなくなった緑谷は俯いた。用事がないならと高頭が視線を出口へ向けたとき、遮った轟が見下ろしてくる。
「……」
「……」
奴のほうから逸らした。自分には関係ない。横切った瞬間、奴は緑谷と少年を呼んだ。控室に備わっている水をコップに注ぎほっと息を吐く。背後からは轟の宣戦布告が聞こえて来た。
「お前オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこを詮索するつもりはねえが、お前には勝つぞ」
ぐしゃりとコップを握りつぶす。隣へやってきた飯田が顔を覗き込んだ。緑谷は憧れるオールマイトに託された力を振るうことを役目としている。轟がどんな思いで自分に宣戦布告を告げるのか不明であっても、譲れないものがある。
「僕だって遅れをとるわけにはいかないんだ。僕も本気で獲りに行く!」
二人に掛け合いを高頭は黙って聞いていた。
開会式が終了し、爆豪の選手宣誓にブーイングがおさまった頃。一年第一種目が障害物競走が表に大きく明かされた。用意されたスタートラインに位置づけをし、唇を舐める。
目の前の出入口の狭さを見れば一目瞭然だ。時間を取られている暇はない。
≪スタート!!≫
一斉に狭い通路を目指して駆けている生徒を傍観し嘲笑う。単純思考が実に面白く、一人立ち尽くす高頭の足が変化していった。瞬発力の高い狐の個性を活かし、通路の壁に足をつけ、空気を切るように走り去る。人間の群れを達観し緑谷の頭を見つけては鼻を鳴らした。前方を目指す高頭の足元から冷気が漂ってくる。何事だと異変に気づき足を速めると、出入口が氷で覆われた。前方から見える轟の足元から出現した氷結を交わして道の端を駆ける。一切の追随を許さない轟は後方を確認して個性を知られているクラスメイトたちの対応力に納得する。
個性の使い道が分からない峰田が必殺技を繰り広げようと髪の毛をもぎった。小さい身体が突然現れたロボの突進に転がり落ちる。
「……入試のときの」
仮的ロボ。張りのある実況者が第一関門を称するそれに脚と止めることなく足元をすり抜けた。高頭の姿はモニターに映らない範囲を狙っている。先頭にいた轟も追い越し優越感に浸っていた。
「大したことないな」
自分と連中とじゃ済む世界が違った。毎日恵まれた環境にいた奴らと自分は天と地ほどの差がある。ただの人間だと見縊っていると、再び冷気が全身を震わせた。見開いた目に映る地面に密着させる手から瞬時に発する氷結。それはあっという間に大型ロボを凍らせ、皆を圧倒した。たった一瞬。上限ある発動型の個性を的確に使用する判断力と知恵深さ。同じ年頃の人間にはいなかった人種が、後ろからやって来て立ち止まる俺を黙視した。
「……」
「高頭」
轟の瞳の奥に自分と近しいものを感じた。向かう先は違えど、自分の奴は憎悪を宿している。高頭はオールマイトを、轟は父親を。それは自分を縛り苦しめていることに気づかない。憎しみに翻弄される二人は似た者同士。本能で悟った高頭は同じ苦しみを分かち合う仲間を見つけた喜びとこれ以上蝕まれると辛くなるだろうにという恩情の混ざった顔で轟を見つめた。すぐ後ろからロボを壊すなり回避するなり生徒たちがやってくるにも関わらず、二人は向かい合う。
「高頭」
口を開いた轟に耳を傾けた。
「お前が俺の前に立つってんなら、緑谷同様、勝つぞ」
「…それは、つまり」
この学校に来て一つ感じたものがある。異能を使いトップを目指す者たちの本気の志だ。口先だけで一位にになるだの最高のヒーローになるだの天狗になる連中がいる世の中で、この学校には実力の伴った人間が集まっている。自分が必ず一位になる。その勢いをビシビシ肌で感じて立ち止まった。人を見下し陥れる汚い大人の世界ではなく、純白な…そうまるで足跡一つない雪景色のような白い世界。感化されし合う彼等の関係は、人間の言葉でいうなら、切磋琢磨。慣れ合いではなく、励み合い高め合うかけがえのない存在となりうる予感がした。高頭の瞳孔は獣のように縦に伸びた。轟はぐっと顎を引く。
「俺がお前に敗けると?」
初めて高頭が笑い溢れる狂気に足が竦む。頭部に見える大きな耳に、尾骶骨から生えるふさふさした尻尾。目の前の男は獲物を狙う猛獣そのものと化した。これが高頭の個性。
「……ここの連中はおかしい。俺を見ても怯えない」
バカにしない。見縊らない。逃げ出さない。
じょじょに小さく呟いていく高頭は俯き弱弱しく広げた掌を見つめる。垂れた髪の隙間から嘲笑かと思われるほどの歪んだ笑いがうかがえ力んだ。
「ちょっと、ほんのちょっとだけ興味が湧いた」
ピコンと片耳が揺れる。尻尾がゆさりと左右に動いた。
180812
「爆睡じゃん」
「尾白くん羨ましい」
「もふもふ、ねえ触っていいかな?」
「止めとけ芦戸、今後一生触らしてもらえなくなるぞ」
「だよねー」
「しー。今は寝かせてやろう」
そっと頭を撫でる尾白の感触にパタリと耳を動かした。体育祭の緊張で掌の人を書いて飲み込む峰田とは大きな違いだ。そもそも高頭に緊張するときなどあるのか疑問を抱く芦戸はじーっと寝顔を眺めた。
「大人しかったら可愛いのに」
「起きたら爆豪みたいになるもんな」
少し離れたところで爆豪が「ああ!?」と睨む。全員で口に指をあて「しーっ」と阻止した。膝の顎を乗せた芦戸がいう。
「でもさ、高頭って無理に強がってる感じあるよね。見栄ではないけど、背伸びして悪ぶってるみたい」
「中学生みたいに?」
「爆豪みたいに?」
「テメェしょうゆ顔殺す」
爆豪に胸倉をつかまれた瀬呂はまあまあと宥める。高頭の印象を聞いた蛙吹はその後ろで顔に指をつける。
「そうね、高頭ちゃんは私たちとお話してると穏やかね」
「やっぱり!」
「でも本心なんて、高頭ちゃんにしか分からないわ」
「……せーろん」
「三奈ちゃんは高頭ちゃんが気になるの?」
いつか高頭が本音をぶつけられる関係になれば、仲のいい尾白や蛙吹たちに羨望の眼差しを送ることもなくなるのか。ふと自分が高頭を目で追う理由を考える。それは恋のときめきはなく、危なっかしい弟を見ているような気分に近い。そして、ポジティブな芦戸から見る高頭の卑屈な思考を覆してやりたいと思う。そっと手を伸ばした。
「仲良くなりたいんだよねえ」
控室に寂しく響く本心に共感した者は多かった。やたら威嚇してオールマイトを敵視するクラスメイトに興味が湧き、USJでの活躍を耳にしてから彼への注目度は上がる一方だった。人間が嫌いだと言い切る理由と過去が気になる。きっと、彼を救いたいと願っているから。
「……ん」
「あ」
「高頭、起きたか」
「ああ」
前足で目を擦りふと前方を見ればこちらへ手を伸ばす芦戸と目が合う。きょとんと沈黙が流れる。はっきりしてくる意識が芦戸を認識し、勝手に触ろうとしたせいで威嚇をする。
「何だお前」
「いや未遂!未遂だから!」
全力で首を振る芦戸を睨み、その矛先は尾白へと変わる。
「見張ってろよ」
「うん。でも、そろそろ開会式だから起こしてくれようとしたんだ」
「尾白がいれば十分」
だから芦戸は必要ないと言われたような気がして、伸ばして手を降ろした。尾白の膝から飛び上がり宙へ浮く。回転しながら地面へ着地したと思えば、人間の姿に戻っていた。尾白たちと自分。線引きされた関係に心を痛めるのは芦戸だけではない。
「あの、高頭くん」
「……」
芦戸の突き刺さるような悲しみを感じ取った緑谷が仲介役に回った。ぎろっと向けられる鋭い目に喉がひくつくが、怯んでいる場合ではない。飲み込んだ唾で潤した。
「えっと」
「慣れ合いなら受けない。アイツのお気に入りなら尚更だ」
アイツと呼ばれる大きな背中を思い浮かべる。誰もがその背中を目指しているのに、憧れるのに彼は恨んでいる。憎悪に満ちた瞳に何も言えなくなった緑谷は俯いた。用事がないならと高頭が視線を出口へ向けたとき、遮った轟が見下ろしてくる。
「……」
「……」
奴のほうから逸らした。自分には関係ない。横切った瞬間、奴は緑谷と少年を呼んだ。控室に備わっている水をコップに注ぎほっと息を吐く。背後からは轟の宣戦布告が聞こえて来た。
「お前オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこを詮索するつもりはねえが、お前には勝つぞ」
ぐしゃりとコップを握りつぶす。隣へやってきた飯田が顔を覗き込んだ。緑谷は憧れるオールマイトに託された力を振るうことを役目としている。轟がどんな思いで自分に宣戦布告を告げるのか不明であっても、譲れないものがある。
「僕だって遅れをとるわけにはいかないんだ。僕も本気で獲りに行く!」
二人に掛け合いを高頭は黙って聞いていた。
開会式が終了し、爆豪の選手宣誓にブーイングがおさまった頃。一年第一種目が障害物競走が表に大きく明かされた。用意されたスタートラインに位置づけをし、唇を舐める。
目の前の出入口の狭さを見れば一目瞭然だ。時間を取られている暇はない。
≪スタート!!≫
一斉に狭い通路を目指して駆けている生徒を傍観し嘲笑う。単純思考が実に面白く、一人立ち尽くす高頭の足が変化していった。瞬発力の高い狐の個性を活かし、通路の壁に足をつけ、空気を切るように走り去る。人間の群れを達観し緑谷の頭を見つけては鼻を鳴らした。前方を目指す高頭の足元から冷気が漂ってくる。何事だと異変に気づき足を速めると、出入口が氷で覆われた。前方から見える轟の足元から出現した氷結を交わして道の端を駆ける。一切の追随を許さない轟は後方を確認して個性を知られているクラスメイトたちの対応力に納得する。
個性の使い道が分からない峰田が必殺技を繰り広げようと髪の毛をもぎった。小さい身体が突然現れたロボの突進に転がり落ちる。
「……入試のときの」
仮的ロボ。張りのある実況者が第一関門を称するそれに脚と止めることなく足元をすり抜けた。高頭の姿はモニターに映らない範囲を狙っている。先頭にいた轟も追い越し優越感に浸っていた。
「大したことないな」
自分と連中とじゃ済む世界が違った。毎日恵まれた環境にいた奴らと自分は天と地ほどの差がある。ただの人間だと見縊っていると、再び冷気が全身を震わせた。見開いた目に映る地面に密着させる手から瞬時に発する氷結。それはあっという間に大型ロボを凍らせ、皆を圧倒した。たった一瞬。上限ある発動型の個性を的確に使用する判断力と知恵深さ。同じ年頃の人間にはいなかった人種が、後ろからやって来て立ち止まる俺を黙視した。
「……」
「高頭」
轟の瞳の奥に自分と近しいものを感じた。向かう先は違えど、自分の奴は憎悪を宿している。高頭はオールマイトを、轟は父親を。それは自分を縛り苦しめていることに気づかない。憎しみに翻弄される二人は似た者同士。本能で悟った高頭は同じ苦しみを分かち合う仲間を見つけた喜びとこれ以上蝕まれると辛くなるだろうにという恩情の混ざった顔で轟を見つめた。すぐ後ろからロボを壊すなり回避するなり生徒たちがやってくるにも関わらず、二人は向かい合う。
「高頭」
口を開いた轟に耳を傾けた。
「お前が俺の前に立つってんなら、緑谷同様、勝つぞ」
「…それは、つまり」
この学校に来て一つ感じたものがある。異能を使いトップを目指す者たちの本気の志だ。口先だけで一位にになるだの最高のヒーローになるだの天狗になる連中がいる世の中で、この学校には実力の伴った人間が集まっている。自分が必ず一位になる。その勢いをビシビシ肌で感じて立ち止まった。人を見下し陥れる汚い大人の世界ではなく、純白な…そうまるで足跡一つない雪景色のような白い世界。感化されし合う彼等の関係は、人間の言葉でいうなら、切磋琢磨。慣れ合いではなく、励み合い高め合うかけがえのない存在となりうる予感がした。高頭の瞳孔は獣のように縦に伸びた。轟はぐっと顎を引く。
「俺がお前に敗けると?」
初めて高頭が笑い溢れる狂気に足が竦む。頭部に見える大きな耳に、尾骶骨から生えるふさふさした尻尾。目の前の男は獲物を狙う猛獣そのものと化した。これが高頭の個性。
「……ここの連中はおかしい。俺を見ても怯えない」
バカにしない。見縊らない。逃げ出さない。
じょじょに小さく呟いていく高頭は俯き弱弱しく広げた掌を見つめる。垂れた髪の隙間から嘲笑かと思われるほどの歪んだ笑いがうかがえ力んだ。
「ちょっと、ほんのちょっとだけ興味が湧いた」
ピコンと片耳が揺れる。尻尾がゆさりと左右に動いた。
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