狐の足跡②
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USJ事件から二日後。そわそわしながら登校し教室に足を踏み入れる。見知った顔をすぐさま発見し目を輝かせた。鞄の紐を握って、今日の第一声を放つ。
「……尾白、おはよ」
「ああ、おはよう。高頭」
俺の回しに微かな華が舞う。そのまま移動し今度は梅雨に挨拶する。おはよう。たった一言交わすだけの挨拶に、緊張する俺はバンッと背中を叩かれた。
「痛い!」
「はよ、高頭!」
「切島、……おはよ」
「何だまだ固てぇな」
「う、うるさい」
睨む俺を笑いながら髪をぐしゃぐしゃにしていく切島の向こうで、羨ましそうに指を咥える奴らがいた。
「なに、お前らいつの間に高頭と仲良くなってんの?」
「男の友情だ!な、高頭」
「?…………うん」
「絶対思ってない反応だぞ」
「……」
ひょろりとした体付きの奴。確か肘からテープを出す個性。その傍で意外そうにじろじろ見て来るのは電気の奴。興味本位で傍にいるのは耳が伸びる奴。急に視線が集まっている状況に耐え切れず切島の後ろに隠れた。
「お?」
「……じろじろ見んな。変態」
「態度の差がありすぎる!!」
「ていうかギャップ。きっと懐き度の問題だね」
「ポケ●ンみてーだな」
「ってことはこいつ、懐き度が高けりゃ進化すんの!?」
「それ瀬呂の妄言だから」
「妄言いうな」
「……」
賑わしくなってきた隙に切島の背後から脱走を試みる。そろっと後ずさると、何かにつっかえた。へっぴり腰で振り返るとヤンキーがいた。
「あ?」
「……」
「おう爆豪、今日は早ぇな」
「うるせえ」
俺を挟んで切島が普通に話している。人相は悪いが案外話せるやつなのだろうか。顔色を窺っている俺を睨んできた。
「何見てんだ。泣き虫」
「!!!!」
「止めろ爆豪、お前がそんなんだからコイツが逃げていくんだぜ」
そうだ、奴は俺をバカにしてくる奴だ。決して切島と同種なわけがない。
「せっかく仲を取り繕ってやろうと思ったのに」
「…え?」
「必要ねえわ。死ね」
横を通り過ぎる爆発男はぼそっと囁く。
「お前に救けられちゃいねーからな」
「……」
USJで怪人から庇ったことだろうか?正直、あのポジションに誰がいても関係なかっただけだ。気にいらないもじゃもじゃがいても同じことをしただろう。それが彼にとって嫌悪の対象となるわけだ。切島や梅雨たちのように、俺を心配している様子もない。変わらず俺を敵視するのなら、俺だって対抗する。丸まった背中に鋭い言葉を投げる。
「別に、お前を助けた覚えはない」
「……」
勘違いするなよ。俺の声はシンと鎮まった教室に響き、重たい空気が漂う。彼は盛大に椅子に座り脚を机に乗せる。態度の悪さは相変わらずのようだ。あんなやつ、誰が助けるもんか。ふてくされている俺の後ろから麗日がやってきた。
「みんなおはよう!ってあれ、何かあったん?」
「麗日、おはよ」
「高頭くんおはよう。ん!?何か顔怖いけどどないしたん!?」
「何でもないよ」
後にやってきた飯田にもおはようした。
雄英体育祭に向けた担任からの通達に胸を躍らせる生徒たち。その興奮は昼休みまでおさまらず、一人昼飯のことを考える俺は尾白に問いかけた。
「なあ尾白。そんなに体育祭って楽しいの?」
「何言ってるんだ!雄英の体育祭だぞ?プロからの声かけもあるパフォーマンスの場なんだ!見たことない?」
「うん。知らない」
この学校の体育祭はかつてのオリンピック並に盛り上がるそうだ。異能を持ち合わせたヒーローの卵たちの活躍を見て世間一般は楽しいのか分からないが、名前は知られるという。別に目立つ必要もないが、一位になれば平和の象徴へ一歩近づけるだろうか。ちょっと頑張てみるか。
「尾白くん尾白くん」
「やあ、葉隠さん」
「……」
制服を着た透明な女子が尾白と話す。透明だから人より頑張らなきゃね、と頬を掻く尾白をじっと見つめた。女子と話すとき、声のトーンが少しだけ変化している。動揺か緊張かが感じられた。俺のときとは違った様子の彼と目が合う。すぐに逸らした。透明女子の髪がふわっと揺れる。
「高頭くんも頑張ろうね」
「うん」
「うん!?」
俺が素直に返事をしたことに驚く二人。俺は密かに体育祭へ意気込んでいた。
放課後になり速攻で荷物をまとめて教室を出た。雄英体育祭まで時間がない。家に帰って訓練をしなければと張り切る俺は階段を駆け下りる。通りすがりの生徒たちにチラチラ見られるが、もう慣れた。ぴょんと飛んで、次の階段を降りるとき、人とぶつかった。
「わっ」
「痛…ってえな」
「わ、悪い」
さすがに俺が悪い。注意力に欠けていた。よろける生徒は手の隙間から俺を認識すると、顎を突き出した。何だ、こいつ。カツアゲが始まる予感がした俺は睨み返す。
「悪いって顔してないな」
「……」
「宣戦布告だ。ヒーロー科の問題児」
問題児?俺ってそんな風に思われているのか?目立ったことはしていない。授業も真面目に受けているはずだ。なるべく人と関わらないようにしている俺が、目立つはずがない。紫の髪のオールバックはクマの多い目元を下げた。
「余裕ぶっこいてると足元すくわれるぜ」
「……誰に」
「他科の連中に」
今朝のHRで相澤が語っていた雄英体育祭のことを思い出す。体育祭はヒーロー科のビックイベントだが、他科の全員参加だ。ヒーローのアイテムを造るサポート科、運営を見定める経営科、そして普通科。
「活躍次第じゃヒーロー科編入も検討してもらえる。逆に、ヒーロー科が他の科に落ちることもある」
「……」
落ちる。という単語に皺を寄せた。俺は人間の考えに反発する傾向にあるらしい。淡々と雄英の仕組みを教示してくれる彼の口を挟んだ。
「ヒーロー科が一番偉いみたいな言い方止せよ」
俺の反発を、じとりを見つめる。
「凄い個性があったり、目立つ活躍する奴だけがヒーローになれるわけじゃない。人を救える力がある奴が英雄になるべきだ」
「……」
根拠のない自論と意志は虚しく彼の耳を通り抜ける。きれいごとだな。唖然とし肩をすくめる彼は俺を横切り階段へと昇って行く。これから上はヒーロー科の教室で、他の科は関係のない場所だ。何か用事かは知らないが、少し気がかりだった。
「何処へ行く?」
「決まってるだろ。宣戦布告」
そういって遠ざかって行く背中は頼りなく冷ややかに見えた。
妙に上の階に向かう連中を押しのけ校門へ向かう。いつもより静かな校舎を振り返ってはその大きさに圧倒された。俺がこういう人間だらけの環境にいることを、誰が想像できただろう。田舎に引き籠って自由に暮らしていた頃が懐かしい。懐古に思わず笑う俺の背後からトテトテ可愛らしい足音が聞こえた。
「やあ、高頭くん。下校かい?」
「…………鼠?」
「はてさて、鼠なのか犬なのか熊なのか、かくしてその正体は、校長さ!」
ああ。そういえば二日前のUSJにいた。まさか校長だったとは。入学式を欠席した俺たちは校長が動物だということも知りえない。そんな校長がフラフラ出歩いていいのか?というか、臭いぞ。
「……煙草臭いな」
「ハハハ!大人の嗜みを楽しんだ後だからね!」
動物のくせに人間の真似ごとか。ケラケラ笑う校長の尻尾がゆらるとなびく。
「表情が少し変わったね、何かいいことでもあったかい?」
「……いっちょ前に教師面か、応える義理はない」
「思春期だね!愉快愉快!私にもそういう若い頃があったさ!大いにこじれたまえ!」
「……」
田舎にもいた。己の世間話をしたいがために俺の下へ来てペラペラ武勇伝を語り、出し尽くした瞬間に帰路を歩く高齢者。人生の先輩だから大事にしろとかテレビでは言うけれど、俺には関心のかの字もないため耳を通り抜けていく。だが、校長は何か見透かしたような口調で虫唾が走る。高らかに笑う校長に挨拶して帰ろうとしたとき。
「憎いかい?人間が」
「!」
「私もかつてそうだった。だからこそ人間を甚振るときは実に心地よい」
穏やかな声音と沈んだ表情に心が軋む。嫌な思い出を蘇らせた校長に舌打ちを残して帰る。どうも今日は価値観の相違に敏感になっているようだ。
「俺は憎くても甚振りはしない」
「……へえ」
「耳障りな断末魔が俺の中に残ってむしゃくしゃするだけだ。そんな無意味な発送は捨てるんだな、校長さん」
「……」
嫌に残る声はどれだけ足掻こうと消えはしない。最後の声を聞きたくても聞けない奴がいるというのに、皮肉なものだ。
「あら、校長。お戻りですか?」
「やあミッドナイトくん。さっき高頭くんと出くわしてね。少し話をしていたのさ」
「イレイザーのクラスの彼ですね。入試のときから校長が一目置いている」
「ああ」
夕日に照らされた職員室を短い脚で歩く。数ヶ月前のモニタ―室で見た彼の後ろ姿を思い出してほくそ笑む。ミッドナイトは恐ろしい光景に肩が跳ねた。
「面白い子だよ。私とはまるで違う」
根津は人間を恨む心がまだ残っているが、彼は忘れ去ろうとしている。それは歳なんて関係ない。彼の人柄ゆえだ。
「イレイザーは人を見る目があるね」
憐れな少年にせめてもの救済を。小さな祈りは赤い太陽に飲み込まれていった。
180812
「……尾白、おはよ」
「ああ、おはよう。高頭」
俺の回しに微かな華が舞う。そのまま移動し今度は梅雨に挨拶する。おはよう。たった一言交わすだけの挨拶に、緊張する俺はバンッと背中を叩かれた。
「痛い!」
「はよ、高頭!」
「切島、……おはよ」
「何だまだ固てぇな」
「う、うるさい」
睨む俺を笑いながら髪をぐしゃぐしゃにしていく切島の向こうで、羨ましそうに指を咥える奴らがいた。
「なに、お前らいつの間に高頭と仲良くなってんの?」
「男の友情だ!な、高頭」
「?…………うん」
「絶対思ってない反応だぞ」
「……」
ひょろりとした体付きの奴。確か肘からテープを出す個性。その傍で意外そうにじろじろ見て来るのは電気の奴。興味本位で傍にいるのは耳が伸びる奴。急に視線が集まっている状況に耐え切れず切島の後ろに隠れた。
「お?」
「……じろじろ見んな。変態」
「態度の差がありすぎる!!」
「ていうかギャップ。きっと懐き度の問題だね」
「ポケ●ンみてーだな」
「ってことはこいつ、懐き度が高けりゃ進化すんの!?」
「それ瀬呂の妄言だから」
「妄言いうな」
「……」
賑わしくなってきた隙に切島の背後から脱走を試みる。そろっと後ずさると、何かにつっかえた。へっぴり腰で振り返るとヤンキーがいた。
「あ?」
「……」
「おう爆豪、今日は早ぇな」
「うるせえ」
俺を挟んで切島が普通に話している。人相は悪いが案外話せるやつなのだろうか。顔色を窺っている俺を睨んできた。
「何見てんだ。泣き虫」
「!!!!」
「止めろ爆豪、お前がそんなんだからコイツが逃げていくんだぜ」
そうだ、奴は俺をバカにしてくる奴だ。決して切島と同種なわけがない。
「せっかく仲を取り繕ってやろうと思ったのに」
「…え?」
「必要ねえわ。死ね」
横を通り過ぎる爆発男はぼそっと囁く。
「お前に救けられちゃいねーからな」
「……」
USJで怪人から庇ったことだろうか?正直、あのポジションに誰がいても関係なかっただけだ。気にいらないもじゃもじゃがいても同じことをしただろう。それが彼にとって嫌悪の対象となるわけだ。切島や梅雨たちのように、俺を心配している様子もない。変わらず俺を敵視するのなら、俺だって対抗する。丸まった背中に鋭い言葉を投げる。
「別に、お前を助けた覚えはない」
「……」
勘違いするなよ。俺の声はシンと鎮まった教室に響き、重たい空気が漂う。彼は盛大に椅子に座り脚を机に乗せる。態度の悪さは相変わらずのようだ。あんなやつ、誰が助けるもんか。ふてくされている俺の後ろから麗日がやってきた。
「みんなおはよう!ってあれ、何かあったん?」
「麗日、おはよ」
「高頭くんおはよう。ん!?何か顔怖いけどどないしたん!?」
「何でもないよ」
後にやってきた飯田にもおはようした。
雄英体育祭に向けた担任からの通達に胸を躍らせる生徒たち。その興奮は昼休みまでおさまらず、一人昼飯のことを考える俺は尾白に問いかけた。
「なあ尾白。そんなに体育祭って楽しいの?」
「何言ってるんだ!雄英の体育祭だぞ?プロからの声かけもあるパフォーマンスの場なんだ!見たことない?」
「うん。知らない」
この学校の体育祭はかつてのオリンピック並に盛り上がるそうだ。異能を持ち合わせたヒーローの卵たちの活躍を見て世間一般は楽しいのか分からないが、名前は知られるという。別に目立つ必要もないが、一位になれば平和の象徴へ一歩近づけるだろうか。ちょっと頑張てみるか。
「尾白くん尾白くん」
「やあ、葉隠さん」
「……」
制服を着た透明な女子が尾白と話す。透明だから人より頑張らなきゃね、と頬を掻く尾白をじっと見つめた。女子と話すとき、声のトーンが少しだけ変化している。動揺か緊張かが感じられた。俺のときとは違った様子の彼と目が合う。すぐに逸らした。透明女子の髪がふわっと揺れる。
「高頭くんも頑張ろうね」
「うん」
「うん!?」
俺が素直に返事をしたことに驚く二人。俺は密かに体育祭へ意気込んでいた。
放課後になり速攻で荷物をまとめて教室を出た。雄英体育祭まで時間がない。家に帰って訓練をしなければと張り切る俺は階段を駆け下りる。通りすがりの生徒たちにチラチラ見られるが、もう慣れた。ぴょんと飛んで、次の階段を降りるとき、人とぶつかった。
「わっ」
「痛…ってえな」
「わ、悪い」
さすがに俺が悪い。注意力に欠けていた。よろける生徒は手の隙間から俺を認識すると、顎を突き出した。何だ、こいつ。カツアゲが始まる予感がした俺は睨み返す。
「悪いって顔してないな」
「……」
「宣戦布告だ。ヒーロー科の問題児」
問題児?俺ってそんな風に思われているのか?目立ったことはしていない。授業も真面目に受けているはずだ。なるべく人と関わらないようにしている俺が、目立つはずがない。紫の髪のオールバックはクマの多い目元を下げた。
「余裕ぶっこいてると足元すくわれるぜ」
「……誰に」
「他科の連中に」
今朝のHRで相澤が語っていた雄英体育祭のことを思い出す。体育祭はヒーロー科のビックイベントだが、他科の全員参加だ。ヒーローのアイテムを造るサポート科、運営を見定める経営科、そして普通科。
「活躍次第じゃヒーロー科編入も検討してもらえる。逆に、ヒーロー科が他の科に落ちることもある」
「……」
落ちる。という単語に皺を寄せた。俺は人間の考えに反発する傾向にあるらしい。淡々と雄英の仕組みを教示してくれる彼の口を挟んだ。
「ヒーロー科が一番偉いみたいな言い方止せよ」
俺の反発を、じとりを見つめる。
「凄い個性があったり、目立つ活躍する奴だけがヒーローになれるわけじゃない。人を救える力がある奴が英雄になるべきだ」
「……」
根拠のない自論と意志は虚しく彼の耳を通り抜ける。きれいごとだな。唖然とし肩をすくめる彼は俺を横切り階段へと昇って行く。これから上はヒーロー科の教室で、他の科は関係のない場所だ。何か用事かは知らないが、少し気がかりだった。
「何処へ行く?」
「決まってるだろ。宣戦布告」
そういって遠ざかって行く背中は頼りなく冷ややかに見えた。
妙に上の階に向かう連中を押しのけ校門へ向かう。いつもより静かな校舎を振り返ってはその大きさに圧倒された。俺がこういう人間だらけの環境にいることを、誰が想像できただろう。田舎に引き籠って自由に暮らしていた頃が懐かしい。懐古に思わず笑う俺の背後からトテトテ可愛らしい足音が聞こえた。
「やあ、高頭くん。下校かい?」
「…………鼠?」
「はてさて、鼠なのか犬なのか熊なのか、かくしてその正体は、校長さ!」
ああ。そういえば二日前のUSJにいた。まさか校長だったとは。入学式を欠席した俺たちは校長が動物だということも知りえない。そんな校長がフラフラ出歩いていいのか?というか、臭いぞ。
「……煙草臭いな」
「ハハハ!大人の嗜みを楽しんだ後だからね!」
動物のくせに人間の真似ごとか。ケラケラ笑う校長の尻尾がゆらるとなびく。
「表情が少し変わったね、何かいいことでもあったかい?」
「……いっちょ前に教師面か、応える義理はない」
「思春期だね!愉快愉快!私にもそういう若い頃があったさ!大いにこじれたまえ!」
「……」
田舎にもいた。己の世間話をしたいがために俺の下へ来てペラペラ武勇伝を語り、出し尽くした瞬間に帰路を歩く高齢者。人生の先輩だから大事にしろとかテレビでは言うけれど、俺には関心のかの字もないため耳を通り抜けていく。だが、校長は何か見透かしたような口調で虫唾が走る。高らかに笑う校長に挨拶して帰ろうとしたとき。
「憎いかい?人間が」
「!」
「私もかつてそうだった。だからこそ人間を甚振るときは実に心地よい」
穏やかな声音と沈んだ表情に心が軋む。嫌な思い出を蘇らせた校長に舌打ちを残して帰る。どうも今日は価値観の相違に敏感になっているようだ。
「俺は憎くても甚振りはしない」
「……へえ」
「耳障りな断末魔が俺の中に残ってむしゃくしゃするだけだ。そんな無意味な発送は捨てるんだな、校長さん」
「……」
嫌に残る声はどれだけ足掻こうと消えはしない。最後の声を聞きたくても聞けない奴がいるというのに、皮肉なものだ。
「あら、校長。お戻りですか?」
「やあミッドナイトくん。さっき高頭くんと出くわしてね。少し話をしていたのさ」
「イレイザーのクラスの彼ですね。入試のときから校長が一目置いている」
「ああ」
夕日に照らされた職員室を短い脚で歩く。数ヶ月前のモニタ―室で見た彼の後ろ姿を思い出してほくそ笑む。ミッドナイトは恐ろしい光景に肩が跳ねた。
「面白い子だよ。私とはまるで違う」
根津は人間を恨む心がまだ残っているが、彼は忘れ去ろうとしている。それは歳なんて関係ない。彼の人柄ゆえだ。
「イレイザーは人を見る目があるね」
憐れな少年にせめてもの救済を。小さな祈りは赤い太陽に飲み込まれていった。
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