狐の足跡
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世界は残酷で生きずらいのだと子どもながらに諭していた。皮肉れた考えのまま、新しい生活を迎え、花びらを掴んだ。
「……人間だらけで嫌気がさす」
握りつぶしたそれを後ろへ放って門をくぐる。有数のプロを選出した名門・雄英高校。誰が好き好んでこんな人間だらけの場所に居座るか。ただ栄光を手にしたい人間風情と一緒にしてもらっては困る。
「おはよう、高頭」
「……イレイザー」
一年ぶりの再会。相変わらずだらしない風貌の男は突然俺の前に現れ、ため息交じりに「逃げなかったな」とぼやく。あたり前だ。こんなことで逃亡を図るほど愚かではない。
「見縊るな。俺は愚かな人間とは違う」
男を横切り、人間臭い校舎へと向かった。
身長の三倍もの扉を開けると更に人間の匂いが漂ってくる。眉間にしわを寄せて教室へ足を踏み入れた。こんなところで三年も過ごさなくてはならないと考えると、つくづくこの世を恨みたくなる。既に着席された生徒たちの視線を浴びながら空席を目で探した。日当たり良好な、窓側の最後尾が空いているではないか、あそこに座ろう。
「おい」
踏み出した一歩を遮るように立ちはだかる悪人面の少年がいた。灰黄色のとがった髪に吊り上がる目で、大凡の人柄が読める。こいつは俺が嫌いな“そちら側”の人間だ。だが、いくら嫌悪している人種とはいえ、入学早々もめ事を起こせば自分がフリになることは事実。ここは穏便に済ませよう。笑顔の仮面を被って。
「通してくれるか」
「お前、入試んときの奴だな」
この高校の入学試験のことを言っているのだろう。しかし俺の記憶には彼の存在はなかった。俺が覚えているのは、突発的な大型ロボを倒した瞬間の清々しい光景のみ。入試のときみたいに、困ったように笑って見せる。
「生憎だが覚えてない」
「……あぁ?」
「通してくれ」
彼を下から煽り見る。すると、しかめっ面ががより際立って俺の胸倉を掴んだ。折角の新品にしわを作る彼は野蛮な人相で俺を睨む。
「スカしてんじゃねぇぞ、モブが」
「……」
何をそこまで怒るのか、分からない。
「なにあれ、けんか?」
「俺もアイツ知ってる。入試んとき0P敵しか倒さなかった奴だ」
「そんなんで受かるの雄英」
教室の会話はすべて耳に入ってくる。周りからの評価なんてどうでもいいから放っておこう。今は目の前の男だ。こういう話の通じない奴は相手にしないのが吉。黙っていれば、被害は少なくて済む。目を伏せて思い返す。
俺はそうやってここまで生きてきた。
「……」
「っち」
バッと離された制服を整えて席に着く。後ろから見ていれば分かるが、高倍率を勝ち取った連中の後ろ姿は他の者とは異なった風貌をしている。まだ幼く頼りないが、間違いなく英雄の卵なのだと実感できた。
俺はこの中で、頂点に立つ。
それが、俺に残された唯一の道。
合理主義の担任、イレイザーヘッドに連れられたA組は運動場へ集った。生徒の個性の可能性を見極めるための身体テストを行うこととなり、クラスメイトの個性を横目に欠伸を零す。
動物に似た者、足が速い者、物を浮かせる者、教室でメンチ切ってきた彼は爆発する個性だろう。他にも様々な能力を兼ね備えた面々がおり、やはり特殊な職業を育てる環境だと思った。
「高頭、位置につけ」
ちゃんと走れよ。イレイザーの目がそう訴えているように思えた。俺の個性は他の者とは異なりそう単純に使うわけにはいかない。こんなところで本気になったところで俺が損するだけだ。
靴のつま先をとんとん地面につける。重心を低く、測定器の合図に神経をとがらせた。
ピピ
空気を揺らす周波数を感じ、髪をなびかせる。直線状を駆ける光景は味気なく、ほんの一瞬でゴールラインを越えた。勢いよく止まると俺の周囲を囲むように土埃が舞う。
「4秒09」
ゆらりと立ち上がり思いのほか成果が出なかったことに目を細める。気持ちを落ち着かせるために息を吐き、空を見上げた。
あの頃より、ずっと個性が衰えている。
「次、体育館に移動だ」
イレイザーの指示に生徒の足音が気だるげに鳴る。
「……」
そんな中、俺の背中を鋭く睨む男が一人いた。振り返ったらすぐに目が合う。
「……」
「……」
左右の瞳と髪が違う。俺の席の斜め前にいる彼はじっとこちらを見つめて逸らさない。先程の爆発の彼といい、何が探るような気持ちの悪いものを感じる。
しかし、彼のその目は爆発の彼より憎悪に満ちており、人間の奥底の怒りも見える。何かの執念を持つ者の目。
「っふ」
彼は俺と似ているのかもしれない。憐れさに笑いがおこり、体育館へと向かった。
いくつかの種目が終わり、程よい成績を残していく中、ボール投げと不格好な種目がやがてくる。
「次、蛙吹」
「はい」
ぴくっと鼻先が動く。
「次、切島」
「はい!」
また動く。
走ればボールに追いつく所までしか投球できない生徒は多い。ころっと飛ばされたボールを見ては、うずうずして鼻が動く。
「どうかした、高頭」
「……別に」
尾のついた彼に不愛想に返す。隣で肩をすくめてクスッという小さな笑い声が聞こえた。何だこいつ。
「……」
「いや、あからさまに強がってるから、つい」
「……強がってない」
確かに、本当は走ってボールを拾いに行きたいが、そんな動物染みたことすれば過去の二の舞だ。人間から白い目で見られるのはごめんだ。
「案外強情なんだ」
「……何だお前」
「尾白だよ」
「……」
むっとなる俺を見下ろす彼は未だにクスクス笑う。それは嘲るようなものではなく、温かい。
フラッシュバックする女の笑顔と似ており、目を伏せる。
「……尾白、笑うな」
「うん、ごめん」
二人でボールを振りかざすもじゃもじゃの少年を眺めた。蒼白な顔面でボールを投げようとする。その一瞬で、彼が発動しようとしていた個性が封じられた。
「……イレイザー」
イレイザーヘッドの個性で、もじゃもじゃ頭は平凡な数字を記録する。今まで静かだったイレイザーが眉間に皺をよせている。
「つくづくあの試験は合理的に欠くよ、お前みたいな奴でも合格できるのだから」
口ぶりから少年の個性または人柄を嫌悪している。身体テストで最下位の者を除籍処分にすると言った大胆な発言は、あのもじゃもじゃに充てられた警告だったのかもしれない。
生徒が一人減るところで、何とも思わないが、イレイザーの陰湿なやり方に青筋ができる。
「お、おい、高頭?」
「……」
尾白が威圧感に耐え切れず俺の顔を覗き込む。瞳孔が縦になった獣の目がイレイザーをとらえた。何だ、文句あるのか。奴の赤い目で俺の瞳が元に戻る。
「大丈夫か」
「……問題ない」
頭ごなしに否定するイレイザーの考え方は好きじゃない。平和ボケして能力に己惚れる『あの男』よりはマシだが。
「彼、大丈夫かな」
他人の心配している場合ではない厳しい世界にいる自覚が薄いような尾白を見上げて、もじゃもじゃに戻る。ここで折れるようなら立ち去るべきだろう。イレイザーはそれを伝えようとしている。もじゃもじゃはイレイザーの叱責を受けとめブツブツ呟き始めた。それが俺の耳に鮮明に届く。
「力の調整…僕にはまだできない…!この一投で『出来る可能性』に懸けるか?オールマイトも言ってたのに?一朝一夕にはいかないって…!ダメだ……ダメだ」
「…!」
気になる単語があった。ふと香る最強の男の匂いと共に、俺の瞳孔が見開く。
彼はぐっと唇を噛み、意を決して二度目のチャンスに腕を大きく振った。
「見込み、ゼロ」
教師歴によるイレイザーの言葉を、彼は強力なバッドで叩くように覆した。未だに見せなかった個性を発動させ、ボールを遥か彼方へと放った。その風圧に髪や服が揺れ、一歩後ずさる。
「ッ!!!」
この世で最も嫌いとする男と、同じように笑っているもじゃもじゃ。彼の個性は『あの男』と似ている。校舎の傍から漂う『あの男』と。俺が、俺がこの身をもって倒しに来た。
「……オールマイトッ」
この世で倒さなければならない『あの男』と似た、あのもじゃもじゃは何だ。
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「……人間だらけで嫌気がさす」
握りつぶしたそれを後ろへ放って門をくぐる。有数のプロを選出した名門・雄英高校。誰が好き好んでこんな人間だらけの場所に居座るか。ただ栄光を手にしたい人間風情と一緒にしてもらっては困る。
「おはよう、高頭」
「……イレイザー」
一年ぶりの再会。相変わらずだらしない風貌の男は突然俺の前に現れ、ため息交じりに「逃げなかったな」とぼやく。あたり前だ。こんなことで逃亡を図るほど愚かではない。
「見縊るな。俺は愚かな人間とは違う」
男を横切り、人間臭い校舎へと向かった。
身長の三倍もの扉を開けると更に人間の匂いが漂ってくる。眉間にしわを寄せて教室へ足を踏み入れた。こんなところで三年も過ごさなくてはならないと考えると、つくづくこの世を恨みたくなる。既に着席された生徒たちの視線を浴びながら空席を目で探した。日当たり良好な、窓側の最後尾が空いているではないか、あそこに座ろう。
「おい」
踏み出した一歩を遮るように立ちはだかる悪人面の少年がいた。灰黄色のとがった髪に吊り上がる目で、大凡の人柄が読める。こいつは俺が嫌いな“そちら側”の人間だ。だが、いくら嫌悪している人種とはいえ、入学早々もめ事を起こせば自分がフリになることは事実。ここは穏便に済ませよう。笑顔の仮面を被って。
「通してくれるか」
「お前、入試んときの奴だな」
この高校の入学試験のことを言っているのだろう。しかし俺の記憶には彼の存在はなかった。俺が覚えているのは、突発的な大型ロボを倒した瞬間の清々しい光景のみ。入試のときみたいに、困ったように笑って見せる。
「生憎だが覚えてない」
「……あぁ?」
「通してくれ」
彼を下から煽り見る。すると、しかめっ面ががより際立って俺の胸倉を掴んだ。折角の新品にしわを作る彼は野蛮な人相で俺を睨む。
「スカしてんじゃねぇぞ、モブが」
「……」
何をそこまで怒るのか、分からない。
「なにあれ、けんか?」
「俺もアイツ知ってる。入試んとき0P敵しか倒さなかった奴だ」
「そんなんで受かるの雄英」
教室の会話はすべて耳に入ってくる。周りからの評価なんてどうでもいいから放っておこう。今は目の前の男だ。こういう話の通じない奴は相手にしないのが吉。黙っていれば、被害は少なくて済む。目を伏せて思い返す。
俺はそうやってここまで生きてきた。
「……」
「っち」
バッと離された制服を整えて席に着く。後ろから見ていれば分かるが、高倍率を勝ち取った連中の後ろ姿は他の者とは異なった風貌をしている。まだ幼く頼りないが、間違いなく英雄の卵なのだと実感できた。
俺はこの中で、頂点に立つ。
それが、俺に残された唯一の道。
合理主義の担任、イレイザーヘッドに連れられたA組は運動場へ集った。生徒の個性の可能性を見極めるための身体テストを行うこととなり、クラスメイトの個性を横目に欠伸を零す。
動物に似た者、足が速い者、物を浮かせる者、教室でメンチ切ってきた彼は爆発する個性だろう。他にも様々な能力を兼ね備えた面々がおり、やはり特殊な職業を育てる環境だと思った。
「高頭、位置につけ」
ちゃんと走れよ。イレイザーの目がそう訴えているように思えた。俺の個性は他の者とは異なりそう単純に使うわけにはいかない。こんなところで本気になったところで俺が損するだけだ。
靴のつま先をとんとん地面につける。重心を低く、測定器の合図に神経をとがらせた。
ピピ
空気を揺らす周波数を感じ、髪をなびかせる。直線状を駆ける光景は味気なく、ほんの一瞬でゴールラインを越えた。勢いよく止まると俺の周囲を囲むように土埃が舞う。
「4秒09」
ゆらりと立ち上がり思いのほか成果が出なかったことに目を細める。気持ちを落ち着かせるために息を吐き、空を見上げた。
あの頃より、ずっと個性が衰えている。
「次、体育館に移動だ」
イレイザーの指示に生徒の足音が気だるげに鳴る。
「……」
そんな中、俺の背中を鋭く睨む男が一人いた。振り返ったらすぐに目が合う。
「……」
「……」
左右の瞳と髪が違う。俺の席の斜め前にいる彼はじっとこちらを見つめて逸らさない。先程の爆発の彼といい、何が探るような気持ちの悪いものを感じる。
しかし、彼のその目は爆発の彼より憎悪に満ちており、人間の奥底の怒りも見える。何かの執念を持つ者の目。
「っふ」
彼は俺と似ているのかもしれない。憐れさに笑いがおこり、体育館へと向かった。
いくつかの種目が終わり、程よい成績を残していく中、ボール投げと不格好な種目がやがてくる。
「次、蛙吹」
「はい」
ぴくっと鼻先が動く。
「次、切島」
「はい!」
また動く。
走ればボールに追いつく所までしか投球できない生徒は多い。ころっと飛ばされたボールを見ては、うずうずして鼻が動く。
「どうかした、高頭」
「……別に」
尾のついた彼に不愛想に返す。隣で肩をすくめてクスッという小さな笑い声が聞こえた。何だこいつ。
「……」
「いや、あからさまに強がってるから、つい」
「……強がってない」
確かに、本当は走ってボールを拾いに行きたいが、そんな動物染みたことすれば過去の二の舞だ。人間から白い目で見られるのはごめんだ。
「案外強情なんだ」
「……何だお前」
「尾白だよ」
「……」
むっとなる俺を見下ろす彼は未だにクスクス笑う。それは嘲るようなものではなく、温かい。
フラッシュバックする女の笑顔と似ており、目を伏せる。
「……尾白、笑うな」
「うん、ごめん」
二人でボールを振りかざすもじゃもじゃの少年を眺めた。蒼白な顔面でボールを投げようとする。その一瞬で、彼が発動しようとしていた個性が封じられた。
「……イレイザー」
イレイザーヘッドの個性で、もじゃもじゃ頭は平凡な数字を記録する。今まで静かだったイレイザーが眉間に皺をよせている。
「つくづくあの試験は合理的に欠くよ、お前みたいな奴でも合格できるのだから」
口ぶりから少年の個性または人柄を嫌悪している。身体テストで最下位の者を除籍処分にすると言った大胆な発言は、あのもじゃもじゃに充てられた警告だったのかもしれない。
生徒が一人減るところで、何とも思わないが、イレイザーの陰湿なやり方に青筋ができる。
「お、おい、高頭?」
「……」
尾白が威圧感に耐え切れず俺の顔を覗き込む。瞳孔が縦になった獣の目がイレイザーをとらえた。何だ、文句あるのか。奴の赤い目で俺の瞳が元に戻る。
「大丈夫か」
「……問題ない」
頭ごなしに否定するイレイザーの考え方は好きじゃない。平和ボケして能力に己惚れる『あの男』よりはマシだが。
「彼、大丈夫かな」
他人の心配している場合ではない厳しい世界にいる自覚が薄いような尾白を見上げて、もじゃもじゃに戻る。ここで折れるようなら立ち去るべきだろう。イレイザーはそれを伝えようとしている。もじゃもじゃはイレイザーの叱責を受けとめブツブツ呟き始めた。それが俺の耳に鮮明に届く。
「力の調整…僕にはまだできない…!この一投で『出来る可能性』に懸けるか?オールマイトも言ってたのに?一朝一夕にはいかないって…!ダメだ……ダメだ」
「…!」
気になる単語があった。ふと香る最強の男の匂いと共に、俺の瞳孔が見開く。
彼はぐっと唇を噛み、意を決して二度目のチャンスに腕を大きく振った。
「見込み、ゼロ」
教師歴によるイレイザーの言葉を、彼は強力なバッドで叩くように覆した。未だに見せなかった個性を発動させ、ボールを遥か彼方へと放った。その風圧に髪や服が揺れ、一歩後ずさる。
「ッ!!!」
この世で最も嫌いとする男と、同じように笑っているもじゃもじゃ。彼の個性は『あの男』と似ている。校舎の傍から漂う『あの男』と。俺が、俺がこの身をもって倒しに来た。
「……オールマイトッ」
この世で倒さなければならない『あの男』と似た、あのもじゃもじゃは何だ。
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