指先からあふれる
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しかし、誰だって大人になる。それを本人が望んでいようがいまいが、生きている限り人は、大抵きまって大人にならなくてはいけないのであり、それはこの世にネバーランドがない限り決して避けては通れない道なのだ。
例にもれず、私も大人になった。お酒が堂々と飲める年齢になったし、大学に通いつつ新しくバイトも始めた。社会の荒波に飲まれ、諦めと忍耐を覚えた。政宗は某有名大に入学したのち、学校に通いつつ今や日本屈指の有名会社伊達グループの最高取締役という位置に就いている。今でも政宗とはなにかとメールや電話で連絡はとりあっているが、唯一無二の親友とはいえ仮にも社長ともなると、やはり気を遣ってしまい今までのように気軽にメールを打てなくなってしまっていた。そして何より私の心を占め、常に私を悩ませていたのは、今や彼の秘書にまで昇格した私の初恋の人。小十郎さんだ。政宗と連絡がとれなくなると、自然と小十郎さんとも疎遠になっていた。サークルの飲み会とか友人の紹介とか、素敵な異性と仲良くなれるチャンスはいくらでもあった。明るくて優しくて、いつでも連絡をとれる男の子の友だちも出来た。しかし、所詮そこまでだ。
あり得ない、しかし無理だと割り切れない未練をずるずる引きずり、ついにこんなところまで来てしまった。私だってもういい大人だ。いつまでもこんな甘っちょろい思い出に縋り付いているようではいけないなんてそれは自分が一番分かっている。私の一方的な片想いだということも、救いようのない恋愛だということも十分理解しているつもりだ。しかし、頭では理解していても、私の感情はなかなかついてきてくれなかった。
もしかしたら私に気づいてくれるかもしれない。もしかしたら、振り向いてくれるかもしれない。もしかしたら、もしかしたら。
捨てきれない望みを振り払えないまま、今日もまたこうして1日が終わる。
真冬の突き刺すような寒さの中、電車を待つ間のわずかな時間にふとホームの隙間から都会の光輝く空を見上げる。これは本当に偶然なのだが、私の勤めるバイト先の山手線内の最寄り駅のすぐ目の前に、政宗と小十郎さんが働く、あの伊達グループの本社ビルが位置している。これは後になって分かったことだ。バイトをしていても、帰り道駅へ向かう道すがらも、こうしてホームに立っている間も、私は彼の片鱗を視界の端にとらえなければならない。忘れるだなんて、できっこないじゃないか。
暗闇と中晧々と輝くガラス張りのビル。地上数十メートルを垂直に行き来するエレベータ。あそこのどこかに小十郎さんがいるのかと思うと、恋しくて恋しくて涙が出そうになる。本当は今すぐにでもあの建物に突っ込んで行って、「私、伊達政宗の幼なじみです」って受付のお姉さんに伝えて、無理やりにでも小十郎さんに会いに行ってしまいたい。あの広い胸の中に飛び込んでしまいたい。好きだって伝えなくても、政宗を介してメアドだって携番だって手に入れようと思えば手に入らないことはないのだ。ただそれを私がしないだけの話。臆病で弱虫な私が行動に出られないでいるだけの話なのだ。
中学3年生の時だったか。あの頃の私は、あの時出来る自分の精一杯で、たった一度だけ小十郎さんに告白したことがある。小十郎さん、小十郎さん、といつもいつも彼の後ろをくっついて回っていた私なりの、精一杯の告白。緊張して、ドキドキして、とにかくいっぱいいっぱいだった。
好きですと言った。好きです、と。何度も言った。好きなんです、小十郎さんが。私、小十郎さんが好きなんです。本当に好きなんです。
最後の方は涙に隠れて聞き取りにくかったにちがいない。感極まって泣いてしまった私を、小十郎さんは昔のように優しく静かに慰めてくれた。政宗と喧嘩した時、私を慰めてくれたように、そっと頭をなでてくれた。
「ありがとうな…」
「…それと、すまねぇ。」
困ったように彼は笑っていた。私のことを慰めてはくれるけれど、決して好きだとは言ってくれなかった。そういうところはとても律儀な人だから。嘘でも好きだなんて言ってくれなかった。
分かっていた。小十郎さんは私の期待に応えてくれないってこと。分かっていたつもりだったけれど、悪ィなんてそんな台詞、本当は聞きたくなかった。聞きたかったのはそんな台詞じゃないんだよ。不甲斐なくて苦しくて、その時ばかりは小十郎さんに甘えて大声を出して泣いた。
分かってほしい。私のこと。私、こんなに小十郎さんのこと好きなのに。そんな私を、小十郎さんはずっと傍にいて背中をなでてくれていた。
次の日は学校を休んで、確か政宗にノートを借りたんだっけ。あの日から私は、気軽に好きだなんて言葉、口に出せなくなってしまった。
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