春恋し
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そもそもの話、政宗は、この国人との同盟を快くは思っていなかった。むしろこんな奴と同盟を組むなんざまっぴらごめんだ、とすら思っている。
適当に機嫌を取り(実はこれが一番厄介なのだが)、同盟の話、小十郎との見合いの話共々ある程度期待を持たせておきつつ、頃合いを見計らって相手を潰しにかかる予定でいた。
というのもこの国人、政宗より前の代で既に伊達の傘下に下っていたにもかかわらず、最近になって、南方から大量に武器を購入し、密かに兵力を整えるなど、何やら不穏な動きが見られるとのことだった。
先ほど小十郎が目を通していた治水事業の話も、実はこの国人が治める領土の話なのであるが、完成が予定より三月ほど遅れそうだという報告に、政宗は察しがついていた。おおかた、兵力の強化や武器の購入に資金と人手を回してしまったための遅延であろう。
このまま問答無用で戦を始めるつもりか。いや…あの根性なしのことだ、本気でこちらを潰すつもりはないのだろう。そもそも出来やしないだろうし、させもしないが。
おそらくは、兵力と武器でもってこちらに脅しをかけ、何か自分たちにとって有益となる、それはそれは面倒な要求を突きつけるつもりなのだ、きっと。
上等だ、と政宗は息巻いた。
前々から、年貢の横領で民による訴えが多く上がっていたこの男を、政宗は早々と始末するつもりでいた。こちらが負ける要素は一つもないし、端から勝ちに行くつもりでいる。負ける、とは微塵も思っていない。
が、しかし、そんな彼を制し、待てと口にしたのが他ならぬ小十郎であった。
「お待ちくだされ政宗様。ここは一先ず、相手の意をくみ、頷いておくのが賢明かと。」
小十郎の言い分はこうだ。
あちら側の手勢が分からない今、下手に手をだし闇雲に動き回ったところでいたずらにこちらの兵力を削るだけである。仮に潰すことができたとしても、その混乱に乗じて、今回この国人に武器を横流しし、謀反を起こすよう唆した連中に逃げられ足取りを絶たれては元も子もない。そうして下手に逃げられたとなれば、いつまた今回と同じようなことが起こるかも分からない。ここは一つ芝居を打って、相手の要求を飲んだふりをし、その間に忍びを走らせ情報を集め、頃合いを見計らって唆した者共々芋づる式に仕留めるのがいいだろう、と。
もちろん、そうこうしている間に、向こうも兵力を増強するに違いないが、たとえ他国に軍を要請したとて、大量の雪に閉ざされる師走のこれからの時期、雪深い奥州の地へ進軍することは、他国の者はもちろん、この気候になれた者でも非常に困難を極める。少なく見積もって雪解けまでのあと三月はこちらにも猶予があるとみていいだろう、と。
また小十郎は加えて、この献策には、優秀な人材の引き抜きと人質の保護の意味合いも含まれていると言う。
これまでの温和な関係から一転した、同盟国の急激な態度の変化。さらに、長らく病の床に伏せっていた組織の長の死と、それに伴う世代交代。これらがすべて無関係ではないことは火を見るより明らかである。
今回の無謀紛いの行動は、国のごくごく一部の人間が中心となり、周囲の同意を得ずにほぼ独断で企てていることが、密かに潜り込ませていた忍の報告からも分かっている。しかもその一部の人間というのが組織の頭であるというのだから、なんとも嘆かわしい話である。
優秀な人材の引き抜き、というのは、詰まるところ、無能な主君に虐げられている有能な家臣達を、この機会に正式に伊達軍へ引き抜き登用するということを指している。
そしてもう一つ、小十郎が言わんとする人質の保護というのは、今回問題となっている領地の民の保護と、かつての伊達軍英傑ならびに伊達家親族の安全の保証という、2つの側面を持っている。
先代から親交の深かったその地には、政宗の父親やそのさらに前の代から縁のある人物が今尚暮らしている。かつて、まだ政宗が生まれて間もない時分、伊達家と同盟を結び、戦場を駆け抜け伊達軍の勝利に大いに貢献した勇猛な家臣達がいた。彼らは、周辺勢力との均衡が保たれ伊達家の領土が安定すると、主君より地方の政を任され、その一部が奥州各地へと派遣された。また一方では、伊達家は奥州攻略の手段として、奥州の各勢力と婚姻関係を築いている。
政宗の父親以前の代の君主らは、自分たちの信頼の置ける優秀な人材(部下や親族)をそれぞれの適した土地土地へと根付かせたわけだが、今回のような場合について見てみれば、地方に散らばった身内は、厄介なことにある意味で人質にもなり得た。
かつての英傑達を見殺しにするような、恩を仇で返すような真似は、伊達の跡継ぎとして政宗には当然ながらできるはずもない。これを見捨てたとなっては、政宗の今後の家臣からの信頼に大きく影響が出るだろう事は想像に難くない。もちろん、親族を見捨てるなどもってのほかである。
「奴らの要求はどうするんだ。」
理屈は分かる。が、性に合わないおとなしく後手にまわるような策に若干の不満を覚えつつ政宗がそう問えば、
「相手の信頼を得るためにも、取り消しのきくものであれば、可能な限り汲んでやった方がよろしいかと。」
とのこと。
そういう本人とて、実のところ、政宗に楯突く命知らずの輩なぞ早々に叩き潰してやりたくてたまらないのであるが。
「面倒なことにならねぇといいんだけどな。」
「保証はできかねます。が、ここから得る物も大きいでしょう。」
確かに、とも思う。
目先のことに捕らわれるあまり大局を見失い、勢いに任せて闇雲に突っ走った結果、その身を滅ぼした愚かしい輩を政宗は何人も知っている。
「出来るのか。」
「…やりましょう。」
静かにぎらぎらと光る鋭い眼差しは、彼の臣下が本気であることを十分に物語っており、政宗はそれ以上何か言うことをやめた。
そうして、やんわりとそれとなく突きつけられた要求というのがこれである。
(以前より一層強く確固たる同盟関係、立場の優遇、加えて伊達縁者との婚姻ね。)
…冗談だろ。
誰が悪いというわけでもないのに思わず毒を吐きそうになり、政宗は苦々しく口元を歪めた。
伊達縁者、なんて軽々しく書かれてはいるが、どう見てもこれは、自分か成実あたりのことを指しているに違いなかった。…まあ多分十中八九俺だ。よくもまぁこうも大胆なことができたもんだ、と呆れを通り越して寧ろ感心する。
(こっちが下手に出りゃあ調子に乗りやがって…)
どこまでも太え野郎だ。苛つきにまかせて盛大に舌打ちを零した。
しかもさらに不幸なことに、あちらは未だ誰にも嫁いでいないうら若い娘が丁度二人ばかりいると言う。
(偶然にしちゃあ出来すぎじゃねぇか。)
図ったようなタイミングだ。大方あの男、今回の為だけにどこかその辺の娘を拾ってきて養子縁組でもしたに違いないのであろうが。本当に、この男のやり方には反吐が出そうになる。
(仕方ねぇな…)
二人の娘の内一人は俺が相手するとして、もう一人だ。
俺はそっと、隣で眉間に皺をよせ報告書に目を通す、浮ついた話の一つもない良くできた部下に視線を移した。
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