ワンスモアアゲイン
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ちょっと甘酸っぱく切ない、どこか懐かしい夢から目を覚ますと、なぜか視界にはあれから少しだけ成長し大人びた河合さんの姿が映っていて、寝起きで上手く頭の回らない私は暫しそのまま硬直した。
春がきて夏がきて秋を過ぎ冬を越し、そうしてまた春がきて。
幾度となく季節は巡り、気がつけばあれから三年の月日が経っていた。
「おはようございます。」
「え、あ、お、おはようございま……ぐぅっ」
突然今この場にいないはずの人に朝の挨拶をされた、と思いきや、そのまま身にまとっていた掛け布団ごと体に腕を回し、ぎゅうぎゅうと力一杯抱きしめられ、その苦しさに私は漸く今の事態の異常さに気がついたのだった。
ちょっと待って、なんだこれ。
「ぐううう苦しい苦しい、苦しい…です……」
「そうですね。苦しくなるようにしていますから。」
「ええええ……あの、もしかしてその声………、?」
「…………」
返事の代わりに私の体を抱きしめる腕の力がわずかに強くなった。
「…女の一人暮らしのくせにろくに戸締まりしないで寝るってどういうことですか。前から思ってましたけど馬鹿でしょう貴女。」
「え、な、あ、ていうかそのずけずけとした物言い貴方もしかしてもしかすると河合さんでうぐぅうっ」
「口の利き方は相変わらずですね。全く成長していないじゃないですか。馬鹿は死んでも治らないって言いますけど本当みたいですね。貴女あれから何年経ったと思っているんですか。」
「は、ははっ……」
久しぶりに聞く彼の歯に衣着せぬ物言いに、懐かしさから思わず苦笑する。この毒舌、間違いなく河合さんだ。既にしっかりと目は覚めていたものの、余りに突然すぎる彼の来訪に未だ私は混乱していた。いつこちらに戻ってきたんですか?とか、なんでこんなところにいるんですか?とか、お変わりありませんか?とか、聞きたいことはたくさんある。だけどどこから聞くべきか分からないから、やっぱりこちらから聞くことはしないでおく。
暫くそうして身動きのとれない状態で体を固まらせていると、不意に彼がぽつりと言葉を漏らした。
「…僕が羨むくらい幸せになるって聞いた気がするんですが。」
「うっ」
「例の縁談、お断りしてしまったとか。それが元で親から勘当されたって、何をやっているんですか貴女。」
「…………」
「聞いたところ完全に婚期逃してるそうじゃないですか。この部屋見る限りどうやらろくな男に恵まれなかったみたいですね。お悔やみ申し上げます。」
「くぅっ…」
人の痛いところを!
分かっていて言っているのだから、余計にたちが悪い。
「誰のせいだと…!」
「誰のせいですか。」
「…………」
「言ってくださいよ誰のせいですか。」
「し、知ってるくせに…」
「言ってください。」
「…………」
「お願いします。貴方の口から聞きたい。」
ぎゅう、と腕の力が強くなり、それきり彼は口を開く気配がない。初めわたわたと慌てていた私も、無言の彼につられ、ようやく落ち着きを取り戻してくる。
本当は彼も彼なりに、不安の中探り探り私に鎌を掛けているのではないか、とふと思った。…ただの自意識過剰かもしれないが。
「……か、」
「………」
「河合さんのせい…です……」
「へぇ、僕のせいですか。」
「………。」
「僕のせいですか。」
「だ、だって河合さんが言えって……」
言い返そうと口を開いたところで、勢い良く体を起こした彼に素早く口をふさがれた。
一瞬の出来事だ。
あっけにとられ、ぽかんとする私を見、河合さんは今度はゆっくりゆっくり私に口づけた。
私の指に自分の冷たい指先をそっと絡め、まぶたを伏せた彼の表情は、今まで私が見たことのないものだった。
(…河合さん、ほっぺたすんごい真っ赤です、よ。)
今までの仕返しも兼ねて言ってやろうか。
でも、その前に、まずは彼にお帰りなさいを言わなくちゃならないな、と、幸せでぼんやりとする頭で辛うじて考えたのだった。
アゲイン
2013.2.24
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