奥州式ペットのしつけ方
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「へえ、じゃあお嬢ちゃ……なまえちゃんは城内に住んでるんだ。」
「うん、そう。佐助さんは?」
「まあ、日によって色々かなー。普段は上司の世話ばっかりしてるけど。」
「……大変なんだね。」
「まあね。…城下へは?」
「殆んど来ないよ。」
「……どうりで。」
「何が?」
「いや、何でもないよ、気にしないで。」
結局、城下に辿り着いた後、殆んど無理矢理といった形で甘味屋へ立ち寄ることになった。店先に置かれた長椅子に腰掛け、沈みゆく夕日を二人で眺めながら、彼女への一方的な質問が繰り広げられている。
ただ、なまえちゃんも一応伊達家に世話になっている身であるので、どうやら城内の機密について触れるような部分は知らないの一点張りで通しているようであった。
(にしても…)
会話の中程から感じていた予想は今、佐助の中で確信へと変わっていた。
奥州の偵察との任を受け、こうして独眼竜の領土に入ってみたものの、実のところ佐助はなかなか有益な情報は得ることができずにいた。手ぶらで帰るわけにもいかず、さて、どうしたものかと思案に耽っていたその時、偶然にも見つけたのがこの子である。独眼竜の屋敷内に忍び込むと時々見かける少女。一見変わったところはなく、しかも同年代の少女たちと比べ秀でている部分もさして見当たらない。平々凡々な彼女が、何故独眼竜の城の中で自由気ままに振る舞えるのか、佐助は不思議で仕方がなかった。
なんとかして話を聞き出せないだろうか。そう思いしばらく彼女に張り付き様子を見ていたところ、なんとまあ彼女、城の警備が手薄になった機会を狙われ、悪い男に拐かされてしまったじゃないか。いやまあだからといって別に無視しても良かったんだけど、これで彼女の身に何かあって俺様が疑われるのも嫌だし?なんだか目覚めも悪いし?で、こっそり跡をつけていって、その悪いおじさんをちょちょいっと誘い出し、さくっとのしちゃったというわけ。
こうしてちゃんと働いたんだから、一応、働いた分の報酬くらいは欲しいじゃない?
そんなわけで、こうなったら意地でも彼女から色々聞き出してやろうという気持ちから、今こうして彼女にかなりの質問を浴びせているのだが…。
(伊達に血縁関係があるわけでもないしなぁ…)
どうやら本当に、ただの一般人のようなのだ。
こうなると余計に疑問は膨らんでいくばかり。
(さーて、どうしたもんかな…。)
一人悶々と思索に耽っていたその時、城から続く、目の前の大きな通りの先から、馬の蹄の音が響いてきた。かなり急いでいる様子だ。地鳴りにも似た音に、城下の連中がなんだなんだと店から顔を覗かせる。さて、数は…なるほど、一頭か。
気になってひょっこり店先から顔を出すと、栗毛の馬が一頭こちらに向けて全力で駆けてくるのが目に入った。
…なぜかこちらに向けて駆けて来ているような気がしなくもないし、馬の騎手が知り合いに似ているような気がしなくもない。信じたくないが。
「なまえ!」
ズザーッという豪快な音と土埃と共に、俺たちの目の前で馬が止まった。聞こえてきた声になんとなく心当たりがあり、見れば、驚いた表情の、見覚えのある馬上の男と一瞬だけ目が合う。
男は勢いのまま馬から降り立つと、俺の隣に座る少女を素早く背後に庇い、俺様から視線を外さぬまま静かに刀の柄に手を掛け鯉口を切った。
(あらまあ、おっかない顔!)
「猿飛てめえ…」
「久しぶりー、右目の旦那!」
「どういうことか説明してもらおうか。」
地を這うような声に思わず身を縮み上がらせる。と同時に、鈍い血の匂いが鼻をかすめた。勘違いでなければ、出どころは間違いなく目の前の男だ。
…え、何この人めちゃくちゃ怪我してるんじゃない?これで馬に乗ってきたの?何してんの??
と、突然、旦那の背後から少女が飛び出した。
そうしてその小さな背中が、俺を旦那から守るように目の前に立ちふさがったのだ。
「違うの!こじゅ、あのね、佐助さんは悪くないの。助けてくれたんだよ。」
「なまえちゃん…」
「佐助さんだぁ…?」
はっ、という乾いた笑いと共に思い切り睨み付けられた。
(こ、怖ぇえええこの人!)
「そうか、佐助さんか……随分かわいい名前で呼ばれてるじゃねぇか、猿。」
「ちょっ、違うから、いや違くないけど!ああもうなまえちゃん、しーっ!」
「違わないよ、佐助さんは佐助さんだよ。こじゅ、佐助さんをいじめないで。」
「(だぁあああこの子はーっ!!)」
「どの口が言ってんだこのクソガキ。さんざん皆に迷惑かけやがって。自分が何しでかしたか分かってんのか。」
「ガッ、ガキじゃないもん!だって、だって、」
「だってじゃねぇ。」
「…こじゅ何も言わないで出てっちゃうから。心配だったんだもん。ちゃんとお迎えしたかったんだもん…」
「こうしてちゃんと帰って来ただろうが。」
「違うもん!そうじゃないもん…こじゅのばか!もう知らない!」
旦那の叱責にじんわりと目に涙を浮かべたなまえちゃんが、旦那に背を向けだっと駆け出した。が、それより早く、旦那の見事なまでの手刀がなまえちゃんの首筋に決まった。さっきまでの勢いはどこへやら、まるで眠るようにくったりと力なくうなだれてしまったなまえちゃん。そんな彼女を脇に抱え、右目の旦那はため息一つついた。
(子供相手に容赦ないな!)
いやまぁわかるよ?旦那、立ってるのがやっとでしょ?早く連れ戻すにはこうしたほうが手っ取り早いってのはわかるけどね?
しかしほんと伊達軍ってどんな教育してるわけ…?
思わず笑顔も引きつる。
「……大丈夫なの、なまえちゃん。」
「平気だろ。っとにきゃんきゃんきゃんきゃんうるせぇったらねぇ。帰ったら説教だな。」
ため息と共にもう一度抱え直した。
これではまるで米俵だ。
だらりと垂れた腕が虚しく宙を揺れたのを見て、静かに心の中で手を合わせた。
そして、ふと思いついたことを何ともなしに口に出してみる。
「そんなにうるさいんだったら俺様の所で貰ってあげようか。」
うちの旦那犬とか好きそうだし。
ほんの冗談のつもりだ。
本当のところ、冗談6割本音4割といったところだったのだが。この際、まあどうでもいい。
一瞬、わずかに目を見開き、ピタリと全ての動作を止めた右目の旦那だったが、暫くすると肩が小さく揺れ始め、今度はくっくっと喉の奥で唸るような笑い声が聞こえてきた。とにかく迫力がすごい。とにかく怖い。
下を向いていた旦那の視線があがる。
「悪いが、それは出来ねぇ相談だな。」
うるせぇし、面倒だが、余所へやる気はさらさらねぇよ。
笑いながら発した台詞であるはずなのに、残念ながら目が少しも笑っていなかった。
これ以上つっつくと藪蛇なので、口を閉ざしておく。
先になまえちゃんを馬の背に乗せると、後から旦那自身もそこへと登る。自らの体の前へなまえちゃんを座らせ手綱を握ると、そのままこちらを見下ろしてきた。
「すまなかったな、猿飛。礼を言うぜ。」
こいつのこと、ここまで連れてきてくれたんだろう、と問う右目に、
「さて、なんのことだか?」
「お前も大概食えねぇ奴だな。」
いいんだ、俺様もなまえちゃんと喋れて楽しかったし。
ひらひらと手を振ってみせると、食えねぇな、と苦笑で返された。どうやら、初めから、俺が誘拐目的で彼女近づいたのではないと分かっていたらしい。
じゃあなんであんなにおっかない顔して威嚇してきたのかって…そうだなぁ、伊達軍にとってこの子は、それだけ本当に大事な存在なんだろうな、といやに平和な結論に思い至る。この群雄割拠の戦国の世で、出自や能力どうこうじゃなく、一人の人間として愛されているんだろう。
自分自身の幼少期と比べると天地とも差がある待遇だが、だからといって不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
俺様も、旦那や大将と長いこと一緒にいすぎてちょっと平和ボケしてきたのかもしんないね。
一度強く手綱を引き、颯爽と駈けていくその背を見送りながら、さて自分も我が家へ帰ろうか、なんて少し暖かい気持ちになったのはこれまた別のお話。
伊達式
ペットの
しつけ方
一、ペットの前では
常に厳しく。
一、他人には存分に
のろけましょう。
「随分と長い廁だったな、小十郎。」
「まっ、政宗様、これは…!」
「分かってるぜ、なまえだろ。よくやった小十郎。」
「……はっ。」
「まあ、でもその傷は感心しねぇな。」
「これは…」
「早く治せよ。その間あいつの相手するの俺なんだからよ。」
「…御意に。」
「ほんと、無茶するよなお前も。」
絞れるくらいに血を吸った包帯を見て、看病した女中が気を失いかけたと聞いた。
…呆れてため息も出てこねぇよ。どんだけ走り回ったんだよお前は。
2009.03.28
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のん子さんに捧げます!
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