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※才谷×鈴花
※無駄に長い上に書きかけ
夜の巡察は、正直言うと怖い。出来れば行きたくないというのが本音だ。一人の時は尚更。提灯の火で夜道に揺れる、あさぎ色に染め抜かれただんだら羽織は、まるで、どうぞ私を狙ってくださいと言っているようなものであった。長州者からすれば、目の敵にしている新選組がたった一人無用心に歩いているのだから、こんな絶好の機会、逃す訳がないというのに。
遠くから野犬の遠吠えが聞こえる。草履が砂利を踏みしめる音以外一切聞こえないこの静まり返った空間で、私はいつにも増して辺りに注意を払っていた。刀の柄に手を掛けていつでも抜刀出来るようにしている。たとえ男に力負けしてしまう私でも、居合いの速さならまだ勝算はある。相手より早く抜き、一手で仕留めろ。そう教えてくれたのは土方さんだ。
からからと落ち葉が風に流されていく。道の両側は大体が旅籠か問屋で、この時間にもなるとほとんどの店は戸を締め切ってしまっており、格子戸の隙間から僅かに漏れる光と手元の提灯以外に大きな明かりはない。昼間の賑わいからは想像もつかないほど辺りはしんと水を打ったような静寂に包まれていた。まるで町全体が沈黙しているよう。
右、左と忙しなく出される自分の足を目で追い、次いで空を仰いだ。月は雲に隠れていた。重い鈍色が幾重にも重なって京の町にのしかかっているようにも見えて、少し気味が悪くなる。呼吸のたびに、どんよりした空気が肺を満たし体の中に沈んでいくようであった。これだから、夜の巡回は好きになれないのだ。
はたはたと揺れる羽織の袖を小脇に挟み、早く早くと急くように足を動かした。
振り返る。何もない。どうしてだろう、何かにつけられているような、訳の分からない不安が私を襲っていたからかもしれない。根拠はないが。
じゃり、
不意に足音が聞こえた。
じゃり、じゃり、
聴き間違えではない。確かに私以外の足音が背後から聞こえてくるのを感じた。
こんな時間に出歩くなんて、まともな人間じゃない。
振り返りたい衝動を押さえ、前を見据えて尚も足を動かす。あの時の土方さんの言葉が頭を占めていたから、この時の私は少しだけ冷静であった。
尚も近づく足音。気配。
相手の息遣いも聞こえる距離になって、ついに私は刀を抜いた。上体を沈めて抜き放ち振り向きざまに切っ先をぐいと突き出す。喉元に狙いをつけた。もし刀を抜こうと動いたりなんかしたら、その時はすぐにその太い血管から斬ってやろうと思った。
しかし、私が刀を下ろすのにそう時間は掛からなかった。驚いたような男の声にどこか聞き覚えがあったからだ。
「鈴花くん、よく見とおせ。わしじゃ、才谷梅太郎じゃ。」
その言葉に改めて闇に目を凝らす。手の甲を返し、わざと刀を鳴らして威嚇するも反応がない。もしや本当に…。半信半疑で僅かに顔を近付けると、成る程、立ち尽くす男は彼の言うとおり才谷梅太郎その人であった。
「才谷さんですか。」
刃先を左胸まで下げてみるも相手の声は笑っていた。
「おう、わしじゃ。」
その顔に、声に、安堵する。
思わず苦笑して刀を腰に戻した。
「…っ、脅かさないでください。」
肺に溜まっていた空気をゆっくり吐きながら、刀を抜いたときに放り投げてしまった提灯を拾いにゆく。奇跡的に消えていなかったその明かりを持って、念の為もう一度彼の顔を確認すると、掲げられた提灯に照らしだされたのはやはり愛しのあの人であった。
心臓は未だ煩いくらいに鼓動を刻んでいる。
「悪かったのう。」
「本当です。」
「ほんにわしを斬るつもりじゃったろう。」
梅さんが手を伸ばす。
まるで全て見透かしたようににやにやと笑いながら髪を掻き混ぜられて、思わず、ぐっと言葉に詰まってしまった。
「………少しだけ。」
「はっは、大したおなごちや!」
豪快に笑って髪を掻き上げる仕草が、また私の心を揺さ振る。先程の胸の高鳴りとは違う、穏やかな優しい速度で。そんなこと、この人は知りもしないのだろう。
2009.10.29
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実はこれ才谷さんが幽霊でしたよっていうオチの話でした
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