1
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※大幅改変パロディ
彼は常々こう口にしていた。
「僕が君を傍においておくのはあくまで君が僕の研究対象だからであって、そこに愛情や友情といった感情は存在しないし、これから先君をそういった類の感情でもってどうこうしようということは万に一つもあり得ないだろう。僕はあくまで僕自身のため君を傍においているんだ。」と。
まさにその通りだったわけだ。
根っからの学者である彼の興味は常に自分の知識欲を満たす何か、未知の領域、この世界にあふれる膨大な量の情報、そのうち特に『言語』という大きなカテゴリへと向かっていた。彼の興味はいつ何時も彼の生業であり趣味でもある言語学に注がれていて、時たま他のことに注意が向くかと思えば食事だったり入浴だったり彼が生きていくうえで必要不可欠な物事に限定されており、例えば彼がデンマークの民俗学の書物に注ぐようなあの、愛おしい恋人を見つめんばかりの熱いまなざしが私に注がれることは今日という今日までついに一度としてなかったのである。
彼は学者だ。根っからの学者だ。彼が愛しているのはきっと言語という目に見えない壮大な、人間の誕生からこれまでの歴史をたどるような胸躍るストーリーに相違ない。私が彼に愛されるだなんて例え畜生がヒトの言葉を喋ったところで到底ありっこないことなのである。私が彼を愛していたところで、もちろんその事実は変わらない。
初めて彼に会った時、私は彼にこう言われた。「汚い言葉を話すものだ。同じ英語なのにこうも違う。だから君たちのような下層階級の人間たちは下水設備もろくに整っていない肥溜めのような街の中を無様に這いずり回るしか出来ないんだ。」これが「花を買っておくれよ。」と話しかけてきたいたいけな女性に掛ける言葉だろうか。自分の耳を疑う。その日色々とあって沸点が低くなっていた私は思わず捲し立てるように言ってやったわけだ。「うるせぇこの資本主義者のブタ野郎が!馬鹿にしやがって!あたしたちみたいな人間がこうしてあくせく働いてるからあんたらだっておまんま食えるんだろ!何を偉そうに!何が肥溜めだ!その面二度と見せんじゃないよ!!」
この言葉で、なぜかその場を立ち去りかけていた彼は立ち止まり、振り向きざまへぇと呟いた。そうして私の前に戻ってくるなりこう言ったのだ。「面白い。ついてきたまえ。」
怒りで我を忘れ安い挑発に乗っかってしまった私はまんまと彼の根城へと足を踏み入れてしまったのだった。今思えば本当に注意力が足らなかったと思う。私は彼の言うとおりただの馬鹿に違いなかった。
「のこのこと着いてきて大丈夫だったのかい。」
「なに、今さら帰れってんじゃないでしょうね。」
「まさかそんなことは言わないさ。」
「あらそうそれはよかった。用があるのならさっさと済ませて頂戴よ。ついでに私の貴重な人生を浪費した分それ相応の代金を払ってもらわなくちゃ。今さら払えませんだなんてなしだからね。」
「……」
男のくせに細く、白く、しなやかな指の先でカップの取っ手を挟み、もう片方の手でスプーンをくるくると回しながら彼は面白そうに私を見ていた。見ていた、というよか、観察していた、に近い。
「…何よ。」
「いや?」
「なんでもないわけないだろう。なにさその眼は。まるで大晦日、集金に駆け回る金貸しのそれね。」
「…君、その言い回しは誰かに習ったものなのかい?あるいは自己流?」
「はぁ?言い回し?」
嫌悪感あらわに訝しむ私の顔を見、彼はようやく手元のカップに口を付けた。お作法なんてものてんでわからなかった私も、彼があまりに優雅にそして美味しそうに飲むものだから恐る恐る目の前のカップに口をつけてみた。白い陶器の底で揺れる琥珀色の液体は見まごう事なき紅茶であるはずなのに、なぜか飲んだことのない不思議な味がした。(そもそも紅茶なんて大層なもの、そうそう飲む機会なんてありはしないのだけれど。)眉を寄せつつ顔を挙げると、丁度目があった彼がまるで人を馬鹿にするような態度で私を見ていてどうにも癪に障ったので、一口飲んですぐにソーサーに戻した。目も逸らしてやった。大方、貧乏人が初めて飲んだ本物の紅茶の味に驚くさまを見て、内心指さし嘲笑っていたんだろう。考えただけで反吐が出る。
苛立ちまぎれに「まずい」と言うと、彼は存外あっさり「そう」とだけ答えて、慣れたように顔の横で手を鳴らした。
「何かご用でしょうか。」「彼女に何か別の飲み物を。紅茶は口に合わないそうだ。」
「…かしこまりました。では、先日支那の国から取り寄せた茶葉をご用意いたします。」
「そうしてくれ。」
まるでどこかで待ち構えていたかのように颯爽と現れたサーバントは、私を一度ちらりと見ると手元のカップをソーサーもろとも持ち去り、曇りのない銀製の盆に静かに乗せ失礼、と頭を垂れた。ここに来てから感じていた視線のようなものの正体は、もしかしたらこの人を含め彼が雇っている召使い達の詮索の眼差しだったのではないだろうか、と今になってようやく気が付く。勘違いだと言われればそこまでだが、勘違いで済まされないような無遠慮な視線だ。家人でぐるになって私を貶めようって魂胆か。燕尾服の男性が退室し、汚れたところなんて一つも見当たらない大きな木製の扉が閉まると室内に再び静寂が訪れた。相手の真意が分からない状況で、のこのこと敵の家に単身上がりこんだことを私は今さら後悔していた。
「…後悔してるって顔だね。」
「え」
「あれ、図星かい?」
鎌をかけてみただけなんだけど、だなんて呑気に微笑んでいる。
「…別に、なに勘違いしてるんだか知らないけどあたしゃこれっぽっちだって後悔なんかしてないよ。」
「そう?」
「それよか話ってなんだい。早くしとくれよ。わたしだって暇じゃないんだ。」
「そうだね。じゃあさっそく本題に入ろう。君、ここで働く気はないかい?」
「…はぁ?」
この人馬鹿なんじゃないだろうか、と本気で耳を疑った。さっきのさっきでよくもそんなことが言えたものだ。表情を変えずに言ってのけるものだから、ある意味感心してしまう。
「それ本気?」
「僕は冗談でビジネスの話はしない。」
「ああそうじゃあアンタ本物の馬鹿だ。」
「おや、おかしなことを言うね。」
「おかしいのはアンタの頭だよ。一体全体何考えてんだい。私がアンタの召使いだって?冗談じゃない!死んだって引き受けてなんかやるもんか。ああ馬鹿馬鹿しい。」
いきり立つ私を横目に彼はあくまで冷静に、
「なにも召使いだなんて言ってないだろう?」
「…どういうこと?」
「まぁ、とりあえず座ったらどうだい。」
どうぞ、と椅子を勧められ思いがけず赤面する。どうやら自分でも気が付かないうちに立ち上がってしまっていたようだった。
2012.4.7
-------------------
恐れ多くもm.y f.a.r.e l.a.d.yパロディで半兵衛さん。続きは未定。
35/76ページ