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会議を終えて部屋を出ると、嫌が応にもそれは目に入ってきた。
庭のど真ん中に、一人ぽつねんとたたずむ女。こちらに背を向けていたため表情こそ見て取れはしなかったが、大体想像はつく。きっと、いつもどおりあの間抜け顔でぼうっと呆けているのだろう。そうだ、そうに違いない。
頭の中では分かっていたはずなのに、気が付けば体は、既に靴をつっかけて縁側を降り彼女の方へと動きだしていた。
案の定、鈍感で阿呆なこいつは僕になんか目もくれない。気が付きもしない。
…気に食わないな。
この僕にわざわざこんなことをさせる彼女になのか、はたまたそんな彼女に手を出したくなる自分になのか。
いずれにせよ、途方も無く苛々しているのは確かだ。
肩を落とし、ぴくりともしない彼女の背後から近寄り、そっと手を伸ばした。
後は勢いをつけて締めるだけでいい。
一瞬、やけに白い首筋が視界に入ったような気がしたが、ふいと目を逸らして力を込めた。
「せいっ…!」
「ぐえっ…!」
身長差をうまく生かした見事なスリーパーホールド。思い切り上へ上へ引き上げると、ほとんど爪先立ちの彼女から押し潰したようなうめき声が漏れた。
「し、死ぬ、死ぬ!」
「ああ、これはこれは。誰かと思ったらみょうじ君じゃあないか、すまないね僕はてっきり幽霊かなにかかと思ったよ。」
「ギブギブギブ…!」
「一人きりでこんな所にぼけっとつったっているなんて、やっぱり君は頭が弱いんだな。」
嘆かわしいね全く。
そう、ため息混じりに呟いて腕を解いてやると、多少むせながらもこちらに顔を向けた。微妙に細められた両方の瞳。何というか、気に食わない、その顔は。
「………何が言いたい。」
「……このバ鴨、先生。」
「そんなこと言うのはこの口か、え、」
「あだだだすいませんすいませんすいません。」
この口か、と言っておきながら、利き手でそのすっからかんな頭を鷲掴んでやる。そしてぐいぐいと力を込める。いつものことだが、この女は痛い痛い言いつつも、すぐに無理して笑おうとする。実際、笑おうとしているだけで全く笑えてなんかいない。どうやってもただの薄ら笑いだ。
「気味が悪いな。」
「な、何がですか。」
「君が。」
「私が?!」
「自覚がないのか。」
そう言って口角を上げて笑ってやると、この女は苦々し気な表情を浮かべ悔しそうに歯ぎしりした。
「な、なんなんですか先生は…!」
一体なにしに来たんですか、なんて言うから鼻で笑ってあしらってやった。
「何も。強いて言うなら、君で一つ遊んでやろうと思ってね。」
「うわあ性格悪い!」
「君こそ、こんな所に一人でつっ立って一体何をしていたんだ。」
そう言って、なんともなしに彼女の隣に進んだ。この破天荒な女のやろうとせんことも、こうして同じ視線に立てば何か分かるかもしれないと思ったのだが、なんというかやはり結果は変わらなかった。
「チャネリング。」
「……答えによっては斬り捨てるが…。」
「じょ、冗談です!影送りです、影送り。」
慌てて手を振る女に刀に伸ばしかけていた手を止めた。
先生もご一緒しませんか、だなんて随分可愛らしいことを言ってのけたが、生憎相手がこの女だ。
(しかも、何でまた影送りなんか…。)
「遠慮しておこう。馬鹿がうつる。」
「えーと、まずこうやって下を向いてですね、」
「おい聞いてるのか。」
勝手に話を進めだしたこの阿呆に自然と眉に皺が寄った。
心底嫌そうな表情を浮かべているであろう僕に臆しもせず、にこにこと、彼女はこれまた勝手に僕の手を取って少し身を寄せた。
「30秒間瞬きせずに影を見つめてください。」
「手を握るな手を。」
「ほげぁああっ!」
繋がったままのその手を振り下ろし顔面に打ち付けてやる。見事クリーンヒットしたようだ。空いたほうの手で鼻を押さえ情けなく眉を下げた。
「い、痛いなあもう!」
「君が悪い。」
言ってやると、少し間をあけて心外だというように彼女の眉間に皺が寄った。
「土方さんは手を繋いでも何も言いませんでしたよ。」
「…………は?」
思わず、前に向けていた視線を斜め下の彼女に落とした。何故そこで土方が出てくる。
「手を握っても何も言わないで一緒に影送りしてくれました。」
「…話が読めない。」
「そういうことです。」
「どういうことだ。」
「ああもう、ほら始めますよ。準備はいいですか。」
「ふざけるな、まだ話は…「いーち、にーい、さーん、」
無理矢理始められた影送りに、そんな必要は全くないはずだが何故か口を開いてはいけないような気がして思わず閉口した。
不本意である。
隣で歌うように数を数えだした、自分よりいくらか低い位置にいる彼女をなんともなしにぼうっと見つめながら、土方と影送りした時の土方の視線もこんなかんじだったのかと考えたら、本当に不本意ではあるが、あまり良い気はしなかった。
「…28、29、30!」
はいどうぞ、と声を掛けられて空を見上げた。
水色のキャンバスを背景にぼんやりとした影が映った。繋がれた手だけが妙にはっきりと見えたことについて、今回ばかりは弁明するのは止そう。
「映ってますね!」
「ああ。」
「しかし、思っていたより普通だなあ…。」
余り釈然としないらしく、難しい表情で空を睨んでいた。それにしてもその言い方、少し引っ掛かるものがある。
「さっき土方君ともやったんだろう。」
なじるような台詞が自分の口から漏れ、言い終わってから、しまったと思った。
これでは、まるで…
「へ?やってませんよ?」
「は?」
何を言っているんだこの女は?
「あ、いや、ああでも言わないと伊東先生一緒にやってくれそうになかったから…。」
ほら、先生、土方さんのことになると自棄に張り合うでしょう?
のんきに笑いながらそんなことをこの女はほざくものだから、もう呆れたなんてもんじゃない。気が付けば勝手に体が動いていた。
「君ってやつは口で言っても分からないようだね。」
「おぎゃああ痛い痛い痛い!」
「付き合いきれないな。くだらん、行くぞ。」
一通り頭を掴んでやったらなんだかどこかすっきりしたような気持ちになった。知らず知らずストレスが貯まっていたんだろう、きっと。きっとそうだ。それ以外の理由はない。
そのまま向きを変え自室に向かおうとしたが、如何せん手だけが体の動きに着いてこなかった。
彼女が踏張っていたからだ。
「…なんだ。」
「なんだって…」
手、離してくださいと情けなく抗議するみょうじの顔はどこか赤い。
「なんだその顔は。気色悪い。」
「ええええ」
「自分から繋いでおいて今更恥ずかしがるのか。」
「いやっ、まぁ、そうですけど…いやそうじゃなくて、なんで繋いだままなのかな?と」
「僕は僕の貴重な時間を君の為に割いてやったんだ、君も僕の為に何かすべきなんじゃないのかい。」
「…と、言いますと?」
訝しげに眉を寄せる彼女に首だけで自室を指し示して見せ、にやりと笑う。
「実は今日中に済ませてしまわなくてはならない書類が大量にあってね。」
「げっ!」
「取り敢えず着いてきてもらおうか。」
もう一度歩きだそうとしたが、またしてもこの女は動こうとしなかった。
「だ、駄目です!」
青ざめた顔でぶんぶんと首を横に振った。
「なんだ何かあるのか。」
「私、この後副長と見回りが入っています!」
「…………」
「だ、だから…」
「…おい君。」
偶然にも近くの廊下を歩いていた一人の隊士に声を掛ける。普段と比べ、少し僕の声の調子が違うと分かったのであろう、ぴしっと背筋を伸ばすと彼は直立不動の姿勢のまま、なんでしょうかとこちらへ身を乗り出してきた。
「今からこいつに代わって土方君と見回りに行ってくれ。」
「え?!」
驚いたのはなまえである。
「代わりと言ってはなんだが、後で君の書類整理は全てこの女がやると言っている。」
「ええええ?!」
「構いませんが…」
おずおずと承諾した青年にもう行っても構わないことを伝えると、今一度後ろを振り返り、驚きで目を大きく開くなまえを口角を上げて見下ろした。
「そういうことだ。」
「どういうことですか!」
「つべこべ言わずついて来たまえ。」
「い、嫌ですよう!それとこれとは話は別で…ぐふっ!」
今度は彼女の隊服の首根っこをしっかり掴むと屯所内へと引きずりだした。(それにしても少し重くなった気がする。)
「ちょっ苦し、だ、誰かぁあああ!」
「いい加減諦めろ。」
午後の日差しは容赦無く降り注いでいる。
だからってそりゃあないぜベイベー!
「さっきから何してるんでしょうかね、あの二人…。」
「放っとけィ山崎、どうせ暑さで頭やられちまったんだろィ。」
2009.04.24
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