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「やあみょうじくん。」
「あ、伊東先生。」
ちゃーす、と言い切る前に彼のご自慢の長い足で臀部を思い切り蹴りあげられた。臀部を。
思わず、ぎぃえええ!!なんて、到底乙女には似付かわしくない雄叫びをあげた後、私は若干くの字になって床にひれ伏すことになった。痛い、痛いですと泣き真似をしながらその表情を伺えば、にやにやと、それはもう愉快で愉快で堪らないといったかんじでこちらを見下ろしていた。ちょっと、…いや、かなり腹立つその顔。
「…何するんですか、このインテリ眼鏡。」
「何とでも言ってくれて構わないよ。」
相変わらずのにやけ顔。明らかにこちらを見下したような言い方に、私は少々ふくれた面で答える。
「…そんなんじゃもてませんから。」
悔しまぎれに呟いた台詞も、この男の、おかしくて堪らないといった笑い声に遮られてしまった。
「そうは言ってもね。世の中の女性はそのインテリがお好みのようだよ。」
そう言って、彼は私の視線の高さまでしゃがみこんだ。ほら御覧よ、と目の前にちらつかされた物体を右左と目で追う。
便箋だ。
しかもかなり可愛らしい。ピンクの花柄なんてこの人の趣味じゃない。と、すれば大方…。
そこまで考えて何となく先が読めてしまい、途端自分が渋い顔になったのが分かった。もちろんそれをこの男が見逃すはずもなく、なお楽しそうに続ける。
「これは今朝方、とある女性から戴いてね。」
「ふーん。」
極力興味などなさそうに相槌を打つ。
「どうやら恋文のようなんだ。なんて書いてあるか知りたいかい。」
「いえ、結構です。」
「…『伊東先生へ。』」
「いいって言ってんでしょうがこんちくしょー!!」
「『先日は共に楽しい時間を過ごすことができて嬉しゅうございました。わたくし、男の方というのはどうも苦手なのですが、何故でしょうか、伊東先生とお話していると、斯様なことを忘れてしまう程でありました。』……どうやらこの女性、僕に惚れているようだね。」
「そーですねー。」
「ちゃんと聞きたまえこのブス。」
「あだだだ聞いてますって、聞いてます。ほら続けてください。」
ひねりあげられた腕を擦り、先を促す。
「……『正直に申し上げます。わたくし、どうやら貴方様を好いているようなのです。もし貴方様さえ宜しければ、今一度わたくしめとお会いしては頂けませんでしょうか。どうしても先生ともう一度お話がしとうございます。それでは、良いお返事をお待ちしております。』」
差出人の名前まで読み上げると、こんのインテリ野郎は半ば呆れたように溜め息をつき、顔を上げた。
「せめて君も、この位素直だったら良かったのに。」
「ほっといてください。」
「全く、君みたいな雌ゴリラ、誰か貰い手でもいるのかい。」
「う、うるさいなあ!」
少し叫んで立ち上がると、びっ、と目の前の男に指を突き付けた。
「私だって良い男の一人や二人、引っ掛けてみせますよ!先生が驚きすぎて目から鱗、いえ、目から魚の大群が飛び出してしまう位の美男子をね!!」
今に見てろよ、と負け犬の遠吠えの如く吐き捨てて部屋を後にしようとした。が、思い切り足を引っ掛けられまたしても顔面から床に倒れ伏すことになった。犯人は言わずもがなである。
「何すんですかーもおおお!!」
「まあ待ちたまえ。」
落ち着いた様子で彼は隊服の内ポケットを探り出した。そうして取り出されたのはまたしても便箋であった。しかし、先程とはわけが違う。その便箋、みょうにくしゃくしゃで、そして私はそれを前に見たことがある。
というか…。
「え?ちょっ、それ…え?」
心臓がこれでもかという程ばっくんばっくんと音を立てている。口の中が一瞬にしてからっからになったのが分かった。
まさかとは思うが…
「君の部屋を歩いていたら偶然見つけたものでね。」
「やっぱりそうかー!!何勝手に人の部屋入ってんスかあああああ!!」
「いやはや、それにしても見苦しかったね。あれは本当に女の部屋なのか?その辺に下着が落ちていて「ぎゃああああ!!聞きたくない!」
慌てて口を押さえようと手を伸ばすが、ひらりひらりと難なくかわされてしまう。しまいには、にやっと笑うと再び便箋へと目を移した。
(や、やばいやばいやばい!)
「これ、どうやら僕宛てのようなんだ。」
「か、か え せ!!」
「…ふむ、読んでみるか。君も聞くだろう?」
「え、ちょっ!!」
「『先生へ。』」
「ああああああああ!!!」
好きと嫌いの真ん中
「…で。」
「……」
「何でさっきから黙っているんだ。」
「そりゃあ…だって…。」
気まずさから顔を上げられず畳を見つめて、かれこれ15分は経とうとしている。対して目の前のこの男は、特に動揺した様子も見られない。
…ああ、落ち着かない。
だってあれでしょ。さっきの手紙を見て、先生はどうせ私のこと、とんだドMだとでも思っているんでしょ。あれだけ毎日こき使われて馬鹿にされて、それでいて好きとか。気でも狂っとんのか、と。私もびっくりしてるわ。自分で自分にびっくりしてるわ。でも好きなんだよ。なんだこれ。
もういっそのこと走って逃げ出してしまおうかと思い、正座を崩しかけた時だった。
「なんというか君は、」
「……はあ。」
ここで初めて目の前の男と目を合わせた。
「仕事もろくにできないし、ましてや刀なんか振れたもんじゃあないだろう。茶だって上手くいれられないし。とにかく何をやらせてもだめだ。」
「ええええ。」
そりゃあ、そうですけども…、と眉を下げる。
(突然何を言いだすのだろうか、この人は。)
「君みたいなとんちんかんでわけの分からない人間を引き取ってくれる聖人君子はそういないだろうね。」
だからそうだね、仕方がないしかなり不本意ではあるけれど、他にできる者もいないし、次の引き取り手が現れるまで僕が君の面倒をみてやったって良い。
「話は以上だ。」
「?はぁ…‥え?」
そこまで言うと、呆然とする私を置いて、では失礼するよと、彼は早々と襖に手を掛けこちらに背中を向けた。ぽかんと始め呆気に取られていた私だったが、我に返ると再び彼を呼び止める。
「せせせ、センセー!」
「センセーではなく先生と呼びたまえ。何度言えばわかるんだ。」
「さっきのは、つまり、どういうことでしょうか…!」
「……言わないとわからないのか。やっぱり君は、ちょっとオツムがあれであれなんだな。」
「いやもう言ってもらわないとわかりません!わたし!おバカなので!」
「……」
「先生!」
「…ああもういい、分かった。」
本当に五月蝿んだな、君は。
小さく(いや、本当に小さくだったが)彼は一度笑むと、おいで、と手招きした。
「ちょっと出かけるんだ。」
君も来るだろう、と問うた。そんなの、答えはもちろん決まっている。
「お、お供しま…!「いいわけねえだろうがてめえ!!」
がんっと、とてつもない衝撃が頭に走った。
「ったぁああああああ!!」
何だこれ死ぬ、死んでしまう!
反射的に振り替えればそこには、やっぱりというかなんというか…。まあ思ったとおりの人物が仁王立ちしておりました。
「副長…!」
かなりお怒りだ。すこぶるご機嫌斜めのようで、私の襟元をひっつかむとゆさゆさと乱暴に揺すった。
「てめえ茶汲みに行かせてからどんだけ経ったと思ってんだ!」
ああ?しかもどこで油売ってるかと思いきや…。
ここで言葉を区切ると、私から手を離し、先生と向き直った。
「…伊東てめえどういうつもりだ。」
「何のことかな。」
何か誤解しているようだが、と口角をあげる。
「そちらから絡んできたんだが。」
「えええええ。」
「……なまえ」
「えっ!ちょっ、副長違いますってあの人私の臀部を…!」
「そういえばみょうじ君、先程臀部がかゆいから蹴ってくださいとかなんとか言っていたね。」
「何してんだなまえてめえええ!!」
「だから違っ、あだだだだ!」
小指を力強く踏まれた。伊東先生ともあろうお方が、執拗に小指を…!
何だか先程までの良い雰囲気が嘘のようである。
「ふ、副長の阿呆おおお!!副長のせいで良い雰囲気がパーですよパー!」
「誰に口きいてんだ!」
「痛あああ!」
またもや拳骨である。一体全体、乙女に何たる暴挙だ!
恨みを込めて睨み上げると、首根っこを捕まれ容赦なく引きずられた。
「帰るぞ!」
「ぐええパーンってなる!パーンってなる!」
首が!と抗議の声を上げるものの、そのままずるずると引きずられる。
(ああ、先生…)
名残惜しげに彼を見やると自然と目が合った。
「みょうじ君。」
「は、はい!」
少し声が上ずってしまったように思う。
「さっきの話だが。」
「え…!」
ごくり、生唾を飲んだ。
「土方くんの小姓をやめて、僕の所に来れば考えないこともないよ。」
「や、やめます!」
また殴られた。
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