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「おーおいっしさん!」
「……げ。」
せっかくの非番なのに。
よりにもよってこんなやつに出会ってしまうだなんて、全く今日の俺はついてないに違いない。屯所の磨かれた廊下をこちらに向かって駆けてくる女は紛れもなく俺の苦手な奴のうちの一人で、出来れば必要以上に関わりたくない人物第一位だった。(って言っても、苦手な奴なんてあいつぐらいしかいないのだが…。)
何がそんなに楽しいんだか知らないが、今日もその顔には憎たらしい位の笑みが貼り付けられている。いつだったか普通の女なら泣いてしまうようなひどい言葉を散々投げ掛けた時も、こいつは平然としていたのを思い出す。元来楽天的なのか、ただの鈍感なのか。
(…あーあー)
ぶんぶん手なんか振って。恥ずかしくないの、それ。
まぁ逃げ出さずに待っている俺も俺だけどねぇ…
息をきらせてこちらへ駆けてくる。向けられた笑顔に、つい、と目を逸らした。
「もう、何ですかその『……げ。』って顔。私と会うの、そんなに嫌だったんですか?」
「ああ、嫌だね。」
あんたに構うとろくなことがないんだから。
何か言ったところで聞きゃしない。怒りもせず、泣きもせずと言ったところか。話していても埒があかない。
もうこれ以上俺に構うな、の意を込めて、さっと踵を返し元来た道を歩きだしたのだが、ぱたぱたという足音と共に何故かこいつも一緒についてきた。
「……何。」
なんか用?
自分でも分かるくらい露骨に嫌そうな顔をしてみたのだが、残念ながら効果はなかったようだ。こいつの顔から笑みは消えない。
「いえ、特に用事はないんですけど……。」
「じゃあ俺に構わないでくれるかなぁ。鬱陶しいんだよ。」
言ってからちらりとこいつを見下ろしてみる。落ち込んでいるか、はたまた憤慨しているか。顔は…よく見えない。が、いずれにせよ、一通り騒いだらまたあの顔で笑うんだろう、きっと。
しかし、そんな俺の予想をことごとく裏切り、思いもよらず急に黙りこくってしまったこいつに、言いたいことがあるなら早く言えば?なんて声を掛けてしまったのは、きっとちょっと焦ってしまったからだ。認めたくはないが。なんていうか、一方的に幼子をいじめてるみたいで、いい気はしない。きっと今の俺は、苦虫を噛み潰したような表情をしているに違いない。
本当に、なんなんだろうねぇ、こいつ。
「………」
「…甘味屋。」
「…………は?」
「甘味屋行きましょう!そうだそうだ、そうしましょう。」
突然また笑ったと思ったら、ね、なんて勝手に自己完結してはしゃぐ彼女の様子に思わずため息が漏れた。
「嫌だね。一人で行けば。」
「そんなこと言わずに!」
「嫌だ。」
「じゃあ私も嫌です。」
「……なんなのお前。」
「いいからいいから。さ、早く行きましょう!」
そう言って自然に取られた己の手に一度目をくれたがわざと気が付かないふりをした。振りほどくこともない。
(ほっそい手。
何食べたらそんなになるんだか。)
ぐいぐい俺の手を引っ張って先を歩く女の後ろ姿を見つめながら、ぼんやりと、しかし確実に、こうしてこいつに振り回されるのもこれで最後なんだろうなと思った。せいせいする。そう思う一方で、頭のどこかではもう一人の俺が呟くのが聞こえた。
「なあ、お前、愛してるって言ったらどうする。」
口には出さないから、もちろん返事はない。
きっとあの子は笑顔で待ってる
(君が帰らないことを ただ純粋に)
2009.8.15
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大石が甲府へ行く前日
DOGOD69様からお題をお借りしました。
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