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ここは遊郭。
夜でも煌々と明かりが灯り、そこかしこからにぎやかな騒ぎ声が聞こえる。そんな喧騒を窓から眺め、ため息一つ。
今日はお客をとっていないからと自室でのんびり夜空を眺めていた。…ああ、星が綺麗だ。なんて、しみじみと窓枠にもたれていたら、
「……ちと邪魔するでござる。」
「なんですか貴方は。」
空から男がやってきた。
否、ただの不法侵入者だ。
「悪いが、少しばかりここに匿っていただきたい。」
「いやいやちょっ」
目にも留まらぬ速さとはまさにこのこと、文句の一つでも言ってやろうと開きかけた口は彼の大きな手のひらで容易く塞がれてしまった。
「んーっんーっ!」
「静かに」
「……」
「よろしい。」
サングラスの奥の瞳が光ったような気がして、慌てて口を閉じた。
何者だ、このござる男。
…ドタドタドタ
「?」
『…いたか!?』
『いや、こっちにはいない。そっちは。』
『いない。くそっ逃げられたか!だから連中は信用ならんと、あれだけ…!』
廊下を走る慌ただしい足音に、だいたいの状況を把握する。どうやらこのござる男、物凄い厄介ごとを持ち込んでくれたようだ。(もしくはこの男自体がそもそもとんでもなく厄介な人物なのかもしれないが。)
いかん…最悪の状況に少し眩暈がしてきた。
『…おい、ここは。』
『あ?…いや、まだ調べていないな。』
あ、来る。
とっさにお兄さんを見上げると、サングラスの奥の闇を通して彼とばちりと目があった。
「お主、散々でござるな。」
「…あんたにだけは言われたくないわ。いいから隠れて下さい。」
彼のロングコートの裾をひっ掴み、あらかじめ敷いてあった布団の中にその無駄にでかい図体を無理やり押し込める。
どういうことかと目で問うてくる彼のことは「いいから言うとおりにしてください!」と一言ぴしゃりとはねつけ、ゴテゴテと着飾っていた着物をすべて脱ぎ去り、仰向けに寝そべる彼の体に私は勢いよく跨がった。
「なにを、」
「しっ」
はねのけてあった掛け布団を私が頭から被りそのまま彼の体に覆い被さるのと、部屋のふすまがスパンと荒々しく開かれたのとはほぼ同時だった。
「邪魔するぞっ!」
本当ならこんな危ないこと絶対にしたくはなかったんだけど…、ええい、背に腹は代えられない。こうなったらとことんやれるところまでやってやろうじゃないか。此処で引いたら女が廃るってもんだ。私は腹をくくった。
目で黙ってろよとグラサンのお兄さんに指示を出し、決死の覚悟で行動に出る。
「おい女っ!」
「……」
「先程この部屋に、」
「あんっ…」
「「!?」」
今部屋に入ってきたばかりの男二人がぎょっと目をむくのが分かった。私はそれらの視線には気が付かないふりをし、ただひたすら周りが見えないほど情事に没頭し、よがり、腰を揺らす女のフリを続ける。疑われたりしないよう、むき出しの肩を適度にちらつかせつつ。
「あぁっ、いいよぉっ、ううん…」
「…………」
「あっそこ、ああ、っ堪忍えぇ…」
「ふん、何かと思えば盛りのついた雌犬か。ここにはいないな。」
(よしよし!)
彼らにはばれないよう内心で大きくガッツポーズ。
本当は、いつばれるかと気が気じゃなくて冷や汗だらっだらなのだが。
「行くぞ、まだ遠くには行っていないはずだ!」
どかどかと足音高く部屋を出ていく男たちを、私たちはしばらくは黙ってやり過ごした。
「……………」
「……………」
「……………もういいでござろう。」
むくりとグラサンのお兄さんが起き上がった。
「いやはや、主のおかげで助かった。」
「そうですかそれはそれは。……因みに、こちらとしましては貴方がさっさと出て行ってくださると非常に助かります。」
「ふむ」
…とんだ災難だ。
今になってどっと緊張と疲れが押し寄せてきて、肺の空気をすべて押し出すように深く深くため息を吐いた。なんでわたしこんな奴助けたんだろう。ほんと分からない。ほんとに。
ふと、彼が小さく唸る。
サングラスのおかげで目の前の男がどんな表情をしているかは分からないが、顎に手を当てる仕草から彼が何事か思案しているということだけはなんとなく分かった。
「…なんですか。」
「いや。いい眺めだな、と。」
彼の言葉に促されるようにして、改めて今の自分の格好を見下ろしてみる。
「………。」
…うわぁあああああ!!
「欲をいうなら拙者、どちらかと言えば跨がられるより跨がるほうが」
「うっうるさい!」
ばちん、
両手で彼の口を塞ごうとするがいとも簡単に片手で押さえつけられてしまう。彼のようにはうまくいかなかった。
「いやはや、手厳しいな。」
「ちょっ…!」
「なかなかに愉快なおなごでござる。ふむ、かようなところに閉じこめておくのは些か惜しい。」
私の肩に、そこら辺に放ってあった着物を羽織らせつつ、しばし押し黙ったあと、彼は突然その場に立ち上がった。そして、
「失礼」
「!!?」
ふわり、という浮遊感。いかにもなれた手つきで膝の裏に手を添えられ、いわゆるお姫様だっことやらをされる
…のかと思いきや、そのまま腹へと腕を回され彼の腰のあたりでまるで米か何かを担ぐようにして抱えられる。
腹を圧迫されたことと驚きで、私の口からは声にならない声が飛び出した。
ようやく人としての言語らしきものを話せるようになった頃、彼はよっこらせと既に窓枠に片足をかけ、星の瞬く夜の江戸の街へ飛び出そうとしている状態だった。いやいやいやいやいやここ三階ですけど?!!何が始まるんです!??
てかそうじゃなくて!
「なっ、ちょっ…!待っ、」
「ん?」
「助けっ、ちょ、誰かぁああああ!!人攫い!人攫いです誰かぁああああ!」
「いやはや往生際の悪い」
口の端をほんのわずかにつり上げる彼に、寒くもないのにブルッと盛大に背筋が震えた。いや、なんだよその笑い方は……!
「っ離、せ、このござる男っ」
「抵抗されると俄然燃える質でござるよ。……ああ、それともあれか、お主そういうプレイがお望みでござったか。それは失礼拙者気がつかなかったでござる。」
さらりとそれだけ言うと、何事もなかったかのように暗い江戸の空へ飛び出したこの男に、私は当然開いた口が塞がらず、言葉を失わざるを得なかったのであった。
2012.11.30
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