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「政宗様、あーそーぼっ」 「Ah,なまえか。いいぜ、入んな。」 珍しく政務に没頭していた折、ふと聞こえてきたのは小さな淑女の甘い声。何気なく顔を上げれば、自分より一回りも二回りも小さな幼い彼女の影が障子に映っていた。 コキコキと肩を回し、そういえば随分と長い間机と睨み合いを続けていたなと気がつき、丁度いい、休憩でも挟もうかと思い立つ。 承諾の意をもって返事を返せば、そっと開かれた障子の隙間からなまえが窺うように恐る恐るこちらを覗き込んでいた。 「どうしたなまえ、入れよ。」 「…もしかしてお仕事してた?」 「あ?ああ、いや平気だ。丁度息抜きでもしようと思ってたところだったからな。」 「じゃあ、お邪魔しまぁす」 「Welcome.」 いそいそと音が付きそうなほど改まった態度でなまえが部屋に上がり込む。こちらへ一度背を向け、たん、と両手で障子を閉めると正座したまま膝を進めて俺のほうへとにじり寄ってきた。 「なんかあったのか、なまえ。」 「ん?」 「いつもと様子が違うじゃねぇか。」 「ほんとう?」 「ああ、大人の女っぽくていかしてんな。」 「え、えへへ…」 嬉しい、ありがとう、これね、お城のお姉さんが教えてくれたんだよ、となまえがはにかんだ。 その手が、膝の上にぞんざいに投げ出されていた俺の両の手の指先を、恥ずかしさを紛らわすように握りしめ、ゆるゆると意味もなく上下に揺らす。 幼児特有の体温の暖かさが、手のひらの湿っぽさが、政務でかちこちに凍っていた己の脳を指先からじわじわと溶かしていくようでひどく心地良い、と感じた。 (手、ちっちぇなぁ…) 改めてまじまじと、なまえの手の指の先、関節の一つ一つまでじっくりと眺めてみる。 この手が、いつか細くすらっとしたものになって、そうしてなまえが色香ただよう女になった頃、その視線の先には誰がいるだろう。この手を取って隣を歩く男というのは、果たしてどんな人物なのだろうか。いくら頭をひねっても、全く想像がつかなかった。 「な、なまえ」 「ん?」 「好いている奴とかいんのか?」 「好いている奴?」 きょとんと音が付きそうなほど不思議そうに目を開きこちらを見つめるなまえに、そういえばこいつは好きな奴ができるほど同年代の知り合いがいないのだ、ということに気がつく。そして、そういう状況を作っているのは俺と、俺の腹心である竜の右目に他ならない。 「あー…いや、じゃあ、将来どんな奴と所帯を持ちたいとかいうのはあんのか?」 「こじゅ。」 「は?」 ここは即答だ。 「こじゅがいいな。」 「……」 「なまえ、大きくなったらこじゅのお嫁さんになりたい。」 自分の手元とも畳ともつかないところをじっと見据えるなまえの視線を追い、習うようにして彼女の手元の辺りを覗き込んでみる。 …が、何もない。 「なまえは、こじゅとお野菜育てながら暮らせたらいいなって思う。」 「なまえが小十郎位の年になる頃には、小十郎はもういい歳したジジイだぜ?いいのか?」 「うん。」 なまえがこちらを向いた。 「Really?」 「うん。今度はね、なまえがこじゅのお世話してあげたい。小さな家で二人で暮らしたいな。」 「……」 あいつが世話なんかされるタマか、とは言わないでおく。 「家には政宗様が時々遊びに来るの。」 「…で?」 「政宗様がたててくれたお茶を飲んでね、お菓子食べてね、三人でたくさんおしゃべりしたい。」 「いいだろう、茶は俺が淹れてやる。…それから?」 「それから…それから、たまにはこじゅとケンカしてね、きっとわたしこっちに戻って来ちゃうと思うんだ。」 「そん時は俺の部屋に隠れりゃなんの問題もねぇな。」 「え~っ」 くすくすとなまえが笑う。 「怒るぞ、アイツ。」 「うん、そしたら、ちゃんとごめんなさいしよう。」 「俺もかよ。」 「そうだよ。」 「そうか」 「うん。」 「…petは?動物は何が欲しい?」 「わんちゃん」 「どんな?」 「こーんなでっかいの」 なまえが両腕をこれでもかと広げる。 「くくっ…いるかよそんなバケモンみたいな犬。」 「いるよいるよ」 「いねぇって」 「いるもん!いるよ、絶対いるよ!」 「OK,OK,分かった、分かったから降りろって」 腹の上に乗っかったなまえの髪に、なだめるようにそっと指を通す。 そうして何度かなでていると、多分わざと膨らましていたであろう彼女の林檎のような頬もしゅるしゅるとしぼんで、しまいにはくすぐったそうに目を細めて、ここんとこ、えくぼまで浮かべて笑うのだ。 愛しさが溢れ出すとはきっとこのことだ。ぐっと喉の奥で言葉に詰まり、声にならない。声にしたくても出来ない想いが手を動かし体を突き動かす。今度は俺のほうから彼女の手を取り、その真っ黒でつやつやの二つの瞳をじっと見上げ目を細めて見つめていた。 握る手に、自ずと力がこもる。 「…つまんねぇなあ、なまえ、嫁に行っちまうのか。そうしたらもう、こうして毎日は会えねぇよなぁ…。」 親指の腹で何度も彼女の指先をなぞってやる。 知ってか知らずか、なまえは不思議そうに首を傾げ、くすくす声を立てて笑うばかりだ。 「大丈夫だよ、関係ないよ、ねぇ政宗様知ってる?家族ってね、会いたい時はいつでも会えるんだよ。」 「そうだな、そうだな、」 「ねぇ、政宗様。あたしと、こじゅと、政宗様。このままおじいさんとおばあさんになるまでずーっと、いつまでも一緒にいられるんだよ。すごいね、良かったね。」 「本当に…」 ああ、本当に。こんな夢みたいな話が本当に起こればいいのに。本当に、なまえが小十郎の嫁にでもなっちまえばいいのに。 そうしたらお前は、いつまでも俺たちの傍にいられるのにな。 「…I love you,my dear.You're everything to me.」 shape of my heart 「政宗様、今お時間よろしいですか。」 ふ、と障子に映った影。近づく気配で分かってはいたが。 「小十郎か…入れ」 「失礼いたします」 スッと障子が開き小十郎が頭を垂れて部屋へと膝を進めてきた。その声に筆を滑らせていた書面から顔を上げる。 「どうした」 「先日お伝えした西方の治水の件についてご報告が、」 「OK,書簡だな。その辺に置いといてくれ。」 背中越しに親指で適当な場所を示すと、小十郎が書簡の詰まった漆の箱を文机の空いた場所に静かに据えた。 そのまま立ち去るかと思いきや不意に背後から声をかけられる。 「…政宗様、」 「あ?」 一旦硯に筆を置き改めて体ごと小十郎に向き直る。 「なんだ、まだ何かあるのか。」 「…つかぬことを伺いますが。」 先程、このお部屋へなまえがやって参りましたな? その語気、質問、というよりも最早確認に近い。 「Oh...yes,来たぜ。よく分かったな。」 「…失礼。」 不意に、スッと小十郎が自分のほうへと手を伸ばしてきた。 何事か、と驚き少し身構えていると、その手は髪を一度かすりあっさりと引っ込んだ。流れるような手の動きを目で追うと、その無骨な指先に摘まれていたのは、見事な―― 「紅葉…?」 「先刻、なまえが庭先でなにやら一心に集めておりましたので。」 「Ah...あん時か…」 合点がいった。と、同時に思わず漏れたのは深いため息。 「いつの間に…緊張感が足りねぇのか、俺は……。」 「……」 「…やられたな。」 くっと口端を持ち上げどこか愛おしげに苦笑をこぼす主に、小十郎は、なにも被害者は貴方様だけではないのですよ、などとは言うに言えず、ただ黙って手元の紅葉を見つめていた。 …言えるわけがない。 まして、その中に自身が含まれているとなればなおのこと。 2012.2.28 ------------- 題名は愛してやまない映画の挿入歌より |
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