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「こじゅのこと、嫌いじゃぁないんだよ。」
「……ああ。」
「……大好き。こじゅは本当は誰より優しいって、私知ってるもの。」
もちろん、政宗様もだよ。
そう言って顔を上げた幼子の、繊細で艶やかな髪にそっと指を通す。
手櫛で毛先まで梳いてやり、目を細め、微笑ましい気持ちでその円らな瞳を見つめ返した。こげ茶色のその黒眼が少し潤んでいるのは先程までこの少女が泣いていたからで、大人の俺からすればそんな理由些細なものにすぎないのだけれど、この歳の子供からするとそれは大変重要なことらしく、汚れを知らない清らかなこの少女の心には重く重くその事実が圧し掛かっているようであった。
はて、嘗ては俺もこの子のように幼かった時期というものがあったはずだが、果たしてこれほどまでに純粋で、無垢で、愛おしい存在であったろうか。
ちらりと脳裏を掠めた実の母親の姿に、堪らず目を閉じた。じくりと傷んだ胸に、そっと着物の合わせ目を握りしめた。
「…I know.知ってるぜ、なまえ。」
小さくて白くて、少し力を込めれば壊れてしまいそうなその掌を自分の無骨な指でなるべく優しく包んでやる。
暫く宙を見つめていたなまえであった。が、不意に、その手の甲にぽたりと雫が落ちて跳ねた。
「なまえが悪いの。」
「……。」
「こじゅにね、酷いこと言っちゃった。あんなこと言われたら、こじゅじゃなくてもきっと怒るよ。」
「……。」
「こじゅ、なまえのこと嫌いになっちゃったかな。もう、顔も見たくないのかもしれない。」
ついにはぽろぽろと涙を零して泣き出してしまった。
「どうしよう、どうしよう…。」
目元を赤くして嗚咽で肩を揺らす姿に、思わず握りしめた手に力がこもる。
子供は無力だ。それでいて、あれもこれもと手に入らないものを欲しがる。だからこそ、時に煩わしくて、それ以上に愛しい。
ただの喧嘩にここまで真剣になれる純粋さに羨ましいとさえ思った。
(苦しいんだよなあ…)
指先でそっと少女の涙を掬いつつ、ぼんやりと考えた。
しかし幸運なことにこの愛しい少女は、嘗ての己とは決定的に違うものをもっている。それは、俺が手に入れることの叶わなかった、俺が心のどこかで今でも手に入れたいと願ってやまないものである。
そしてそれに気づいた俺は、どうしても微笑まずにはいられなかった。
「大丈夫だ、なまえ。」
大丈夫だ。
もう一度言って、慰めるように背中を撫でてやった。
「小十郎のヤツ、全然怒ってなんかねぇよ。」
「……え」
「寧ろお前泣かしちまったんで、今頃お前のこと探してその辺うろうろしてるんじゃねぇか?」
にやりと確信めいた笑みを浮かべ、ふすまの外へちらりと視線をよこした。
「本当…?」
「ああ。」
「なまえ、謝ったら許してくれる?」
「Of course!」
高らかに声をあげ、なまえの頭をぽんぽんと軽く叩いてからようやく腰を上げる。
「なんたってあの小十郎だぜ?なまえのこと、娘みたいに大事にしてるもんな。」
けたけた笑って言ってやると、部屋の外からむせたような咳が聞こえてきた。
(どれ、いつもの仕返しといくか。)
「…そういやなまえ、この間熱出してぶっ倒れた時あったろ?」
「うん。」
「あん時小十郎のやつ、軍議終わって一番最初にお前の部屋に向かったんだぜ。」
「え?」
少女が驚いたように目を見開いた。
「う、嘘だあ、だってこじゅ、あん時……」
俯いて何かを思い出すように考え込む少女の手をとり、その目線の高さまでしゃがみ込んでじっとその瞳を見詰めた。
漸く俺の言う話が嘘じゃないと分かったのだろう、なまえの口元がゆるゆると締まりなく嬉しそうに歪んだ。
「もう仲直り、できるな?」
「!……うんっ!」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、ぱあっと顔を輝かせると何度も頷いてみせる。(鼻水も、涙もそのままだ。)
単純だ。が、そこがまたこの少女のいいところでもある。自分に素直。大いに結構なことだ。
ちらりと俺を覗い顔を赤らめたなまえは、はにかんだ様な笑顔を見せて言った。
「ありがとう、政宗様!」
……まあ、小十郎がこいつを可愛がるのも、分からないでもない。
言葉にできない幸福論
襖を開け部屋の外へ出ると、案の定壁に背を預けて小十郎が立っていた。
俺が出てきたと知ると、居住まいを正し気まずそうに黙って頭を下げた。
「Ha!盗み聞きたぁ男の風上にも置けねえなぁ小十郎?」
「…お戯れを。」
俯いた途端、ちらりと見えた目の前の男の腹の傷に、思わず苦笑がこぼれる。
今回の喧嘩の原因が、これだ。
「なまえ、心配してたぜ。」
それ、と目で指し示すと、小十郎もらしくない苦笑をこぼした。
「はあ…。」
「『もっと自分を大事にしてほしい』って、そう言ってたな。」
「…ったく、あいつは…。」
いつも思うが、小十郎はなまえの前だととかく厳しい。俺の前で見せるこういう表情を少しでもあいつに見せてやればいいのにと常々思う。
(全く、どいつもこいつも不器用ばっかりだな。)
言うと後が怖いので口には出さないでおくが。
(さて、)
一仕事終えたことだし部屋へ帰るか、と、ぐぐっと一つ伸びをして歩みを進める。
「俺ぁもう疲れちまった。後は自分で何とかしろよ。」
「ええ。」
返事を聞いて安心し、歩き出す。今日はひどく疲れた。
廊下の中ほどまで進んだところで、ふと気になって後ろを振り返った。
気まずそうに、強張った表情で襖を開ける小十郎。
少女の名前を呼ぶ声。
途端、その腰の辺りに思い切り飛びついたなまえのあどけない姿。
一瞬面くらったものの愛おしそうその頭を撫でる小十郎に、不覚にも涙が出そうになって顔を背けた。
(俺も、あの人にああしてほしかったのかもしれない……。)
俺の欲しかったものが、そこにはあった。
2009.6.6
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策略家様へ提出。
ありがとうございました!
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