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「は、初めまして」
「…」
「私、みょうじなまえといいます」
「…」
「松尾先生とは、その、遠い親戚で」
「へぇ」
「…」
…なんだろう、なんなんだろうこの人…。さっきからこっち一度も見ないんだけど…怒ってるのか?もしかして怒っているのか??
芭蕉さんに紹介されて会いに来た彼(確か、河合さん…だったか)は、さっきから一人で将棋板とにらめっこしていて、ちらりともこちらを見てくれない。
親戚である芭蕉さんのお家の近くのマンションに引っ越してきたのが一昨日。荷物の片付けも大体終わり、さて夕飯の買い物にでも行こうかと部屋を出たところで偶然ばったり芭蕉さんと出くわした。今暇?と問われ、夕飯の買い出しに行く旨を伝えると、じゃあそれが終わったらここへ行ってみてくれないかな、と、簡単な地図が書かれた紙を渡された。へなちょこすぎて最初それがなんの地図なのか分からなかったが、曰く、それは、私が明日から転入する学校の敷地内の地図らしく。これがどうかしましたか?と問うと、彼は、地図上のとある建物を指差し、ここの建物の中にある俳句同好会というプレートが掛かった部屋に河合さんという人がいるはずだから、その人から荷物を預かってきて欲しい、と言う。自分は今から知り合いの葬式で九州まで行かなくてはならないから、週末までその荷物を預かってほしいとのこと。
私は、いいですよ、と快く引き受けた。去りぎわ、芭蕉さんに、取り敢えず河合くんは同じクラスになるみたいだから挨拶だけでもしてあげてよ、と言われたんだけど。
……帰っちゃおうかなぁ、もう。
荷物ならあそこだ、と指差したきりどっぷり自分の世界に入り込んでしまっている河合さんをチラ見する。相変わらず視線は交わらない。俳句同好会の部員のはずなのに、なぜかずっと一人将棋をしている。
チクタク時を刻む時計の音が、いやに部屋に響いて聞こえる。
…帰ろうかな。
「で?」
「は、はいっ?!」
「その、芭蕉さんの遠い親戚だという人が僕になんの用ですか」
ぱちり、と音がして、彼が「歩」の駒を一つ進めた。「歩」がひっくり返り、ひらがなの「と」に変わる。
不意に彼がこちらを向いた。途端、私の心臓が意志に反してドキンと高鳴る。う、うわぁなんだこの人めちゃくちゃかっこいいな…!
「ば、芭蕉さんに、河合さんは私と同じクラスになるって聞いて…」
「へぇ」
彼の、細いけど男の子らしい無骨な指先が、「角」の駒を4マス先に進めた。
「仲良くしてやれ、とでも言われたんでしょう。」
「うん…………あっ!」
しまった、口が滑った…!
これは本人に言うことじゃなかったかもしれない。慌てて自分の口を押さえたがもう遅い。
河合さんがおもむろに顔を上げた。その切れ長の目は、私の姿をとらえるなり、すぅと細められる。
「あんた、そういうの何ていうか知っていますか。お節介って言うんですよ。」
舌打ちまでされ、一瞬思考がフリーズする。
(え、)
(えーーー!?舌打ち!!?)
「用がないなら出て行って下さい。」
「え、あの…?!」
「まだ分かりませんか。ここにいられると気が散るんですよ。迷惑です。」
「ちょ、ちょ!ちょっと君さぁ!」
堪らず目の前の美形に一歩近づいた。
なんだいなんだい!黙って聞いていれば、お節介だの迷惑だの、ひどい言われようじゃないか。私だって好きでこんなことしてるわけじゃないやい!
「…何か?」
「何か?じゃないよ、もう!そういう言い方ってないよ。せっかくの芭蕉さんの善意をだねぇ」
「芭蕉さんがどう思おうと、僕は僕の思ったことを言っただけです。あなたが気付いてないみたいだから教えてやっただけですよ。僕のためだと言うのなら、今すぐ帰ってくれたほうが良い。」
「な、…」
生意気ぃいい!!
ビシッと文句を言ってやったつもりが、彼はそんなの気にも留めず、さらりと人を小馬鹿にするような事を言ってのける。
…駄目だ。河合さん、あまり仲良くなれる気がしない…!
また私をシカトして一人将棋を始めてしまった河合さんを尻目に、私は彼とお近づきになることは諦めて、黙って出口へと足を進めた。
…芭蕉さんには、彼は部室には居なかったと伝えておこう。うん、そうしよう。
ちらり、と最後に後ろを振り返る。
相変わらずのシカトだ。
河合さんがこちらを見ていないのをいいことに、悔し紛れに、彼に向かって思い切り舌を出してやった。
へーんだ、すましちゃってさ、このイケメンが!
そのまま部屋に籠もり過ぎて頭からきのこでも生えればいいんだ!
やい、このイケメンきのこめ!と内心ふんぞり返っていたら、不意に彼がこちらを向いて手を振り上げて、って…
パシーーーン!
「い、痛ぁああああ!!」
私のおでこに固い何かが直撃した。
なに?!なんなのこれなにごと?!
「あぁすみません、手が滑った。」
さっきと寸分変わらぬ無表情でしれっと言ってのけた彼の手の中では、将棋の駒がじゃらじゃらと音をたて遊んでいた。
「……」
「あ、帰るなら扉閉めていって下さい」
「……」
もうこの人と絶対口きかないっ…!
ファースト
インパクト
九州の出張から帰ってきて、まず一番最初に驚いたこと。それは、す~っごく穏やかでいい子で普段めったに怒らないなまえちゃんが、プンプンとそれはもう曽良君にご立腹だったこと。おでこの真ん中には、なぜか絆創膏がぺたりと貼られていた。
…一体何したんだろう、曽良君……
「面白かったですよ、彼女。流石芭蕉さんの親戚って感じですね。」
僕に喧嘩売ってくるあたりそっくりです。
特に気にした様子もなく曽良君が言う。
「ぇえええ…」
「また会いたいんで、次もここに連れてきてください。」
……曽良君、なんだかすっごく楽しそうだね。
2011.4.6
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